~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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 遅れてすいませんでした。今日は苦いものを飲み食いしながら見た方がいいかも…?


第65話 初恋情愛劇

 ──覚醒。

 

 珍しく、俺は朝早い時間帯に夢の中から意識を取り戻した。立春の日は最早一カ月前のことであり、本格的に春が近づいてきてはいるのだが、まだまだ外の世界は寒さが厳しい。それを示すように、頭上にある窓際は少しひんやりとした冷気が流れ込んできていた。

 だが、俺が目覚めたのはその寒さが原因ではない。その原因は、廊下から漂う美味しい匂いだ。耳を澄ませば、グツグツと鍋を煮込む音が聞こえてくる…ことは無い。扉をしっかりと占めているなら、外からのあらゆる音は遮断されるというのがこの世界の仕様であるからだ。

 ならば、何故匂いはこうも感じるのかは俺にも分からない。朝早いというのに、俺の脳内は意外にも冴えていた。まだ布団の中で温もった身体は目覚め切ってはいないが、俺はゆっくりと指を動かし、時刻を確認した。

 …午前七時、俺にしては、やはり寝覚めが良い。偶には早めに起床して、ユウキのことでも驚かしてやろうか、と、そんな杜撰な計画を企てた俺は部屋を出て、一階へと静かに降りていく。

 その過程で、鼻で感じ取っていた匂いはドンドン濃くなっていき、リビングに辿り着いた時には、何かを煮込みながらユウキが台所に立っている光景が目に入って来た。俺に背を向けているユウキは、まだ俺の存在に気が付いていないらしい。

 

 アルファ「おはよう」

 

 ユウキ「…お、おはよ…」

 

 俺がちょっと脅かしてやろうと後ろから声を掛けると、ユウキは不自然に肩をビクつかせてから、俺の方を見て、朝の挨拶を返してくれた。

 

 アルファ「何してるんだ?」

 

 ユウキ「…え、えっと…朝ご飯作ってるんだ…アルファはそこら辺で待っててっ!」

 

 アルファ「お、おう…」

 

 ユウキが何故だか焦るように、いきなりタジタジになりながら俺の質問に答えた。そしてユウキは俺の背中を強引に押して、キッチンエリアから俺を追い出す。なので仕方なく、俺は席についてユウキが朝ご飯を完成させてくれるのを待つことにした。

 …なんだ?この妙な違和感を感じる雰囲気は…。何かがおかしい。そう歯車が一つ分ズレたこの感覚…。俺はその違和感の正体を見抜けぬまま、しばらく目を閉ざして思考を巡らせていると、ユウキが料理を完成させたらしい。

 料理スキルを持たない俺でも、配膳ぐらいはできる。彼女一人に任せてしまってはいけないだろうと、俺はテーブルまで料理を運ぶ作業を手伝った。だが、ユウキはやはり何処かよそよそしく、そそくさとテーブルとキッチンを行き来していた。

 本日ユウキが作ってくれた料理は、白ご飯におでんみたいな風味の野菜煮込み、そしてだし巻き卵など、朝食らしい献立だった。勿論、ユウキが遊び無しで作った料理は、やはり美味しくて、思わず無言で朝食を食べ続けてしまう。

 取り皿に残り一個となっただし巻き卵がある。俺とユウキが同時に箸を伸ばしたのだが、その時、ユウキがヒョイと箸を引っ込めた。

 

 アルファ「…え?…いいのか?」

 

 ユウキ「う、うん…あげるよ?」

 

 …やっぱり、何かが違う。いつもなら、こういう場面ではユウキと取り合いになるか、先に奪うか奪われるかの二択であったはずなのに、ユウキが食べ物を譲っただと!?あの食にこだわってるユウキだぞ!?

 ますます、何か異変を感じ取り始めた俺は、今日のユウキの様子に疑問を抱き、真っ向から訊ねてみる。

 

 アルファ「…ユウキ?どうかしたのか?」

 

 ユウキ「え?何もないよ?」

 

 アルファ「そ、そうか…」

 

 ユウキ「…それより、ボクの作った朝ご飯…どうだったかな…?」

 

 アルファ「…あぁ!悪い!美味し過ぎて感想一つも述べてなかったな…俺は特に、おでん風味の出汁が美味しかったと思うぜ」

 

 ユウキ「…ホント!?…褒めてくれて、嬉しいな…」

 

 アルファ「…どういたしまして…?」

 

 俺が純粋な感想を述べると、ユウキは大層嬉しそうに俺に対して輝かしい笑顔を向けてくれた。…何というか、ユウキの笑顔が、俺に向けられる瞳が、いつもよりも何処か熱っぽい気がする…。

 そこで俺はハッキリと思い出し、全身に衝撃を走らせた。そう、俺が昨夜ユウキに告白して、オーケーを貰えていたということを。昨日は、ユウキからオーケーを貰えたことに安心しきって、特段何も考えずに今日と言う日を迎えてしまったが、つまり今日から俺とユウキは恋人同士ということなのか!?

 …そういや昨日、ユウキが俺のこと好きだって言ってくれたよな?幻聴じゃないよな!?え!?普通にヤバいんだが!?これが幸せの絶頂って奴か!?いや、これからもっと上がっていくんだ。絶頂は更に先に待っているということか!

 さっきまで、あんなにも落ち着いていたはずの俺は、急激にアタフタと焦り始めた。だが、それは表面には出さず、平静を装う。ひとまずはユウキと共に、手早く食器類を片付け、俺達は一日ぶりに最前線へと向かった。

 現在の最前線は、第57層だ。主街区の名は<マーテン>石畳の通路に、周囲には教会や民家、道具屋に武器屋、食事処と街の規模や整っている景観的にも、これからしばらくの間は攻略組のベースキャンプとなりそうだ。

 取り敢えず、午前はレベリングをしようと、フィールドに出るために南の門へと向かって行く。その過程で、ピタリと足を止めたユウキは、俺に顔を向けながら恐る恐ると言った様子で想定外のことを言葉にする。

 

 ユウキ「…手、繋ぐ…?」

 

 アルファ「ゆ、ユウキ!?」

 

 なんたる大胆な勇み足!?流石ユニークスキル持ちなだけのことはあるよ!?なんて、意味不明のことを思いながら、俺はパニクってユウキをギョッと眺めてしまった。するとユウキは、申し訳なさそうに上目遣いで俺に伝える。

 

 ユウキ「……あ、ごめん…その、ボク、誰かとお付き合いするの、初めてだから…何したらいいのか分からなくって…」

 

 アルファ「……実は俺も初めてだから…あんまり分かんねぇ…」

 

 …え、ユウキって今まで誰とも付き合ったことなかったの?俺が初恋人ってことなの!?ユウキ程の魅力的な女性なら、お付き合いという経験は一度や二度はありそうな気がしていたんだが、如何やらそうでもなかったらしい。俺がリードしてあげなきゃいけないのかもしれないが、不幸にも俺にだってお付き合いの経験など微塵もない。

 

 ユウキ「…じゃあ、恋人同士が手を繋ぐのって、変かな…?」

 

 アルファ「…いや、そんなことは無いと思うけど…」

 

 ユウキ「…だったら、ボクはアルファと手、繋ぎたいな…」

 

 アルファ「…りょ、りょーかい…」

 

 ユウキが顔を赤く染めながら、左手を差し出してきた。俺はそんなユウキにドギマギしつつも、それを受け入れて、右手でユウキの手を握る。するとユウキは、ギュッと、俺の手を握り返してくれた。多分、俺もユウキも、すっごい顔が赤かったんだと思う。

 俺もユウキも緊張してか何も話すことが出来ず、無言で門まで歩いて行った。その途中、何度かプレイヤーに遭遇することがあったが、彼らから向けられた視線は、生暖かさ二割、殺意八割、だ。

 …何であんな奴が月光ちゃんと…ッ!など、…クソッ!さっさと滅んでしまえリア充!など、千通りはあるのではないかと思えるほどの呪詛を唱えられた気がする。しかもそれがユウキと俺、ではなく、俺だけに注がれていたのだから尚恐ろしい。

 …どうだ見たか。これが散々酷い二つ名で弄ばれてきた俺の力だ。今後はアルファ様、と呼ぶように…。と心の中で現実逃避気味の命令しているうちに、フィールドに辿り着いた。そこからは勿論、まだ手を繋いではいたいけども、俺達はフィールドに集中する。

 それから、フィールドダンジョンに辿り着き、現時点で最高に経験値効率が良い狩場でレベル上げに励む。次々と襲い来る狂土竜どもを、俺とユウキの絶妙なコンビネーションで撃破し続けた。

 

 アルファ「フォローサンキュー」

 

 そうやって、ユウキが俺の背中を守ってくれたことを、普段通り拳を突き合わせることで、感謝申し上げようとしたのだが、何故かユウキはモジモジしていて、それに応じない。

 

 ユウキ「…なんか、ちょっと恥ずかしいね…」

 

 アルファ「ユウキ!?」

 

 …調子狂うなぁ…。ユウキがこれまた恐る恐ると言った様子で、俺が突き出した拳に自身のこぶしを突き出そうとしたその時、再び俺達の目の前に狂土竜が出現した。

 先程までのやり取りは何だったのか、そんなレベルで一気に戦闘に集中した俺達は、華麗なる剣技で葬り去った。今度は、ユウキも勢い良く拳を突き合わせてくれた。だが、その行動を取ってからすぐに、ユウキが顔を赤らめる。

 …何で!?今までやってたことだよね!?それから、俺達はお昼ご飯を食べたり、迷宮区に突撃したり、クエストを消化したり、晩御飯を食べたりと、普段と全く変わらない日常を過ごしたのだが、ユウキは何処か調子はずれであった。

 …まぁ、戦闘時には完全に目の前に集中してくれているので、特段問題はないわけだが、もう少し落ち着いてはくれないだろうか…。なんて、考えながらも、ユウキと手を繋いで街を歩いている俺も、少々浮かれているのかもしれない。その時、ふと背後の虚空から、声を掛けられた。

 

 「熱々だナ、お二人さん」

 

 アルファ「うお!?」

 

 ユウキ「あ、アルゴ!?」

 

 アルゴ「…二人共、オレっちの接近に気が付けないなんて、ちょっと緩み過ぎダヨ?」

 

 アルファ「…面目ない…」

 

 確かに、最近の俺は索敵スキルを使わずとも、何かのシステム外スキルなのか、アルゴの接近にも勘づけるようになっていたはずだった。なのに、アルゴに声を掛けられるまでその存在を看破できなかったということは、それすなわち俺の気が抜けていたということ他ならない。

 …反省反省、と心の中で自省をしていると、アルゴがあらぬことを話してきた。

 

 アルゴ「いや~、ユーちゃんがアー坊の下から逃げ出した時は、どうなるかと冷や冷やしたヨ?まぁ、その様子なら結局告白は成功に──」

 

 アルファ「待て待て待て。お前俺が告白したの何で知ってんだよ?」

 

 俺達が手を繋いでいた様子から鎌をかけてきたにしても、余りにも情報が正確過ぎる。俺は慌ててそう訊ねると、アルゴは愉快そうに言葉を返してくれる。

 

 アルゴ「あー…偶々昨日シャリアに行ったら、アー坊とユーちゃんが歩いているのを見かけてナ。何だろうと後を付けてたら、現場に出くわしたってことダ」

 

 アルファ「…お前……なぁ…」

 

 アルゴ「ン?」

 

 アルファ「…もしかして、俺の背中押したのって、アルゴだったのか?」

 

 アルゴ「…何のことダ?オレっちはアー坊の背中なんて押した覚えはないケド…」

 

 アルファ「そうか…なら、いいんだ」

 

 ならば、やはり昨夜背中を押してくれたのは、オウガとサツキだったのだろうか?…分からない。死者は何も答えてくれない。だからこそ、そこにあるのは生者の勝手な解釈だけだ。だけど、それが都合の良い思い込みであったとしても、あの瞬間だけはオウガとサツキが、俺に勇気を与えてくれたのだと、俺はそう信じていたい。

 

 ユウキ「…この情報、売ったりしないよね…?」

 

 アルゴ「…まぁ、オレっちは売るつもりは無いケド、そんな見せつけるように歩いてたら、その内噂になるヨ」

 

 アルゴが憎たらしく左目をパチクリと閉じて、ユウキに向けて揶揄うようにウィンクしていた。それに対してユウキは、大慌てで弁明を図る。

 

 ユウキ「え!?べ、別に見せつけてるとか、そんなつもりじゃ──」

 

 アルゴ「初々しい時期はそれぐらい、甘い関係でいいのサ。オネーサンからのアドバイスダヨ」

 

 ユウキ「そ、そうかな…」

 

 アルファ「にしても、あんまり気張らずに、普段通り接してほしいけどな」

 

 ユウキ「ア、アハハ…善処するよ…でも、アルファもボクのことを、好きだって思ってくれてると思うと…ね?」

 

 アルゴ「おっと、オレっちはお邪魔かナ?」

 

 アルファ「お、おい──」

 

 俺が言葉を掛け終える前に、アルゴは何処かへ走り去って行った。俺の目を見つめながら、惚けた顔をしているユウキから目を逸らして、ユウキのおでこをベシッと軽くデコピンしてやる。

 …流石に、ちょっと恥ずかしい。認めよう、今のは照れ隠しだ。

 

 ユウキ「痛っ!?」

 

 アルファ「…さっさと帰るぞ。…いや、ごめん、キリト達と会う予定忘れてたぜ…先帰ってといて貰える?」

 

 ユウキ「仕方ないなぁ…にしてもどうかしたの?」

 

 アルファ「ユウキに告白するためのイロハをさ、皆に聞いたんだよ。だからその結果報告はしとかないとな」

 

 ユウキ「それで明日別れたらどうするのさ~」

 

 アルファ「それは笑えない冗談だぜ…」

 

 オレのデコピンで少し調子を取り戻したのか、ユウキが若干平常運転に戻っている。俺はそれに安心しつつも、何だか甘え全開のユウキを何処か寂しく思う気持ちも芽生えていた。

 兎に角、一度転移門でユウキと別れた俺は、集合地となっているエギルの店に寄る前に、同じく第五十層で店を開いているお菓子屋さんに来店してから、事を済ませて、エギルの店に向かった。

 ドアを開けると、既に彼らは俺の到着を待っていたようだ。キリト、エギル、クライン、そしてディアベルにノーチラスと、今回俺の為に尽力してくれた人達が飲めや食えやの大騒ぎをしている。

 …ノーチラス、お前そういう雰囲気もいけるタイプだったのか。

 

 クライン「お!今日の主役が来たぜ!」

 

 アルファ「別に主役なんかじゃねぇよ」

 

 キリト「で、どうだったんだ結果は。…まぁ、俺達を呼び出したってことはもちろん?」

 

 キリトがいきなり本題を切り出してきた。エギルの店に集まっていた彼らは皆、俺が何かを言い出すことを待っているように、さっきまでのざわつきがウソのように、一気に静寂を作り出した。

 俺はやけに真剣な彼らを見て、そんな重大なイベントだろうか、と一瞬思ったが、確かに俺も現実世界では、友達の恋愛うんぬんというものは、結構気になる話であったし、それなりに首を突っ込んでいたことを思い出した。

 …やっぱり、案外みんなそんなもんか。謎の共感を抱きながら、俺は彼らにハッキリと答える。

 

 アルファ「…告白成功だ。手助けしてくれてありがとな」

 

 俺が微笑みながらそう答えると、皆が歓声を上げてくれた。

 …温かいな。本当にイイ奴らに出会えた。ノーチラスが差し出してきたグラスに口を付けると、舌にアルコールの苦みを感じた。昨日は、アルコールの美味しさに気が付ける気がしたのに、結局駄目だったか…。

 それから、俺はお礼としてさっきの店で買って来たお菓子を振舞った。クラインが俺の首に腕を回しながら、乱暴に話し掛けてくる。

 

 クライン「よーし!流石は俺の一番弟子だ!」

 

 アルファ「おいおい…師匠ならサッサと、恋人の一人や二人作ってくれよな」

 

 エギル「そりゃあ言っちゃダメなことだろうよ」

 

 キリト「お前がアルファに弟子入りしたらどうだ?」

 

 クライン「そりゃぁねぇだろ…」

 

 ディアベル「結局、告白のステージは何処を選んだんだい?」

 

 アルファ「…あ~…シャリアの高台にしたんだけど…紆余曲折して結局、路地裏になっちゃったなぁ…」

 

 ディアベル「路地裏!?…紆余曲折どころか、迷いに迷ったんだな…」

 

 ノーチラス「告白したのは、いつなんだ?」

 

 アルファ「昨日の夜だな」

 

 ノーチラス「付き合って一日目なのか!?だったら早く彼女の下に帰るべきだろ!?」

 

 クライン「今日はユウキちゃんと一緒にゆっくりしとけ!俺達はこれからキリの字の恋愛事情について語らっとくからよ!」

 

 彼らから順番に放たれたマシンガンのような質問に対して、俺は順番に答えていくと、この道の先輩にあたるノーチラス先生が、彼女との時間を大切にしなさい、とご教授いただけた。恋愛経験がほぼゼロの俺も、流石にそれぐらいは何となく分かっていたので、そろそろお暇させてもらう。

 

 アルファ「そうか、んじゃあ先にお邪魔させてもらうぜ…また明日な」

 

 キリト「いや待て、俺は恋愛なんてだな──」

 

 とまぁ、キリトが、クラインに対して必死に弁解しているのを、残りのメンバーが笑っている様子を目尻に、俺は店の扉を閉め、エギルの店を後にした。俺は素早く、ギルドホームまでの道を進み、ものの数分で我が家の前にまで辿り着く。

 …そう言えば、以前アルゴが俺に対して、同棲だのなんだの言ってきたことがあったが、昨日の夜からはまさしく、俺とユウキはこの家の屋根の下で、共に同棲しているということになるのか…。

 何だか、それを意識すると途端に緊張感が出てきた気もするが、まぁ今更だろ、と思い直して、ドアを開けた。この世界ではうがい手洗いなどをする必要が無いため、そのままリビングへ向かう。するとユウキが、お帰り~、と声を掛けてくれたので、俺もただいまー、と間延びした返事を返す。

 そのまま俺は、ソファに腰掛けているユウキに近づいて、ストレージから小さな箱を取り出した。

 

 ユウキ「…なにそれ?」

 

 アルファ「今年はまだ渡せてなかったからな。受け取ってくれ」

 

 そう言って俺はユウキに赤色の箱を差し出した。ユウキは、今年?と不思議そうな顔で赤箱を開ける。するとその箱の中には、おおよそ六粒ほどの四角い黒い物体が綺麗に並べられていた。ユウキは、それを一つ手に取って、いろんな角度から眺めたり、匂いを嗅いでみたりとその正体を突き止めようとしていた。そしてユウキはほぼ確信の疑問形で口を開いた。

 

 ユウキ「…チョコ?」

 

 アルファ「…今年のホワイトデーは色々あったからさ、渡すタイミングが無かっただろ?だから、遅れたけどそれがお返しということで」

 

 ユウキ「お返しのことなんて、ボクもとっくに忘れてた。…取り敢えず、隣座ってよ」

 

 アルファ「ん…」

 

 そう、本来のホワイトデーは数日前であったのだが、その当日は迷いの森にて事件が起きてしまったわけで、とてもじゃないがチョコを渡す雰囲気ではなかったのだ。もしあの日に何事もなければ、俺はタイラに素材を納品した後、お返しに何かしらのお菓子を買いに行ってたのだろう。

 だが、事件が起きなければきっと、俺は自分の気持ちに気が付くことは…いや、どうなのだろうか。遅かれ早かれ気が付かされていた気がする。

 ユウキがソファの右側をポンポン、と叩きながら、俺に腰掛けることを催促してくるので、俺もそれに従ってソファに座らせてもらう。するとユウキは、オレの左手を無言で掴んできた。ビクリと肩を震わせた俺を見ながら揶揄うように笑いかけてくる。

 

 ユウキ「…今年のお返しがチョコなのは、そう言うことだよね?」

 

 アルファ「まぁ…」

 

 ユウキ「ん~?照れてるの?」

 

 アルファ「…そうだよ…」

 

 …何だコイツは。今日のほとんど一日中デレデレしてきてた癖に、こういう時は余裕を取り戻せるのか。よし、俺もユウキに一泡吹かせてやろう。そう決めるとすぐさま、ユウキを照れさせる方法を脳内検索した俺は、僅か一秒でその答えに至り、答えを精査することの無いまま、攻撃を仕掛ける。

 

 アルファ「…ユウキの笑顔が可愛すぎてな?そりゃあ照れるだろ?」

 

 ユウキ「ッ!?」

 

 俺がそう言うと、ユウキは顔を今日一番真っ赤にさせた。まるで、ボンっと破裂音が聞こえてきそうな程に、だ。…いや、だって事実だし。別にいいだろう…。もしかしたら、俺も自分の発言に自爆して、顔を赤くしているかもしれない。ユウキは、ふぅ、と一呼吸置いてから、俺に話し掛けてくる。

 

 ユウキ「…してやられた」

 

 アルファ「俺の勝ちだな」

 

 しばらくの間訪れた静寂。だけども、俺はそれを気まずくは感じず、不思議と心地よく感じていた。俺の左手から伝わってくるユウキの温かさが、その心地よさを倍増させている気がする。

 

 ユウキ「…ボクさ…アルファがボクのことを好きだなんて想ってくれてるとは思わなかったよ…だからさ、今がすごく楽しいんだ」

 

 アルファ「俺も夢にも思わなかったな…自分で言うのも恥ずかしいけど、まさかユウキがあれ程俺を好いていてくれるとは…」

 

 昨夜、ユウキはトンデモない暴露をしてくれた。ユウキが、俺の色んな所に魅力を感じてくれていたのは非常に嬉しい事だ。特に、弱さをも好きな一面として認識してくれていることが、俺にとっては一番嬉しかった。

 …そう言えば、ユウキが俺の匂いが好きだとか言ってたけど、ユウキってもしかして匂いフェチだったりするのだろうか。

 

 ユウキ「あ、あれは忘れて…いや、忘れて欲しくは無いけど、忘れて!?」

 

 アルファ「はいはい…心の内に仕舞っとく…そういや、ユウキって知ってるか?三カ月の法則」

 

 ユウキ「三カ月の法則…?」

 

 アルファ「あぁ、カップルってのは、三カ月で別れる奴らが多いらしい。何でも、そこら辺の時期でマンネリ化に陥るからとか…」

 

 ユウキ「…へぇー…ま、ボクは大丈夫だと思うけど、問題はアルファだね~」

 

 アルファ「自分で自分のこと大丈夫、っていう奴ほど信用の出来ないものは無いぞ」

 

 というか、何だかんだで一年以上ダラダラと寝食を一緒に過ごしてきた俺達が、世の中のカップルと同じようにマンネリ化に陥る気がしない。寧ろ、関係に変化を加えた今こそが、ある意味でマンネリ化していたと言っても良いこれまでの変わらない生活に、大きな刺激を与えたように感じる。

 

 ユウキ「因みにだけど、一カ月記念日とか、半年記念日とか、覚えなくていいからね?プレゼントとかもいらないよ?」

 

 アルファ「…え?お付き合いってそういうもんなの?…いや、俺としては覚えることが少なくて助かるんだけど」

 

 ユウキ「さぁ?でもボクは、そういうのしてると多分、お互いに面倒臭くなりそうだからさ、要らないと思うかな」

 

 アルファ「確かに…なんか、ユウキらしいな」

 

 ユウキ「…それどういう意味?あ、でも、周年記念は覚えててほしいな」

 

 アルファ「それはもちろん」

 

 ユウキ「ありがと」

 

 アルファ「あいよ」

 

 普段通りの明るいユウキも、芯のある強さを見せるユウキも、こうやって甘え上手な甘々のユウキも、恥ずかしがってるユウキも、それに、ちょっと意地悪なユウキも、どれも本当に愛おしい。俺は、そんなことを思いながら、誰にも邪魔されない空間で、しばらくユウキと手を繋ぎ、二人だけの甘い時間を楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 誰ですか、筆者のビターチョコをミルクチョコレートに変えた人は。

 では、また第66話でお会いしましょう!

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