今回からは数話かけて、圏内事件の物語にアルファとユウキを添えていきます。
では、どうぞ!
アルファ「今日はいい天気だったなぁ」
ユウキ「こんな日に迷宮区に籠るなんて、ちょっと勿体なかったかもね」
この世界に来て以来、これ程にまで良好な天候であったのは、思い返してみても片手の数ほどしかない気がする。
この世界は現実世界同様に四季が再現されているわけだが、気温以外にも湿り気や砂煙などの埃っぽさ、更には夏や春に出現する、自転車で突っ込むと口の中に入って来るあの謎の小虫っぽいやつら、小雨や降雪に風の具合など、その日その日の天候は複雑な要素の絡み合いの中で形成されている。故にすべての条件が整った最高の天気、というものは中々巡り会えないわけだ。
その点で言えば今日は最高の天候設定であった。日差しが温かく、気温も程よい、そよ風は気持ちよく、変な虫も発生していない、こんな日には暗くジトーっと雰囲気の迷宮区などには入らず、外で日向ぼっこでもしていたいわけだが、俺達は迷宮区に潜り込み、お宝探しに明け暮れていたわけだ。
そんなこんなで陽が傾き始めた頃合いに、俺達は主街区に向けてフィールドを駆け抜けていた。数分後、ようやく主街区に辿り着いた俺達は、そのまま転移門へと向かおうとする。しかし、主街区からフィールドへ出るためのゲート門の前に、何やらちょっとした人集りが出来ている様子が視界に入って来た。
俺は少しそれが気になって、彼らの視線の向く方向に同じように視線を伸ばすと、そこには、芝生の上で気持ちよさそうに眠りこけているアスナと、その横で座り込むキリトがいるではないか。決定的瞬間をとらえた俺は、誰に言われるでもなく、ストレージから今日の迷宮区のトレジャーボックスから手に入れた記録結晶を取り出し、キリトとアスナのワンシーンを焼き付けようとしていた。
だが、音速の速さで俺の腕を掴んだキリトが、それを全力で阻止した。
アルファ「な、なんだよ?他の奴らだって撮ってんだろ?」
キリト「お前は駄目だ!」
ユウキ「にしても、こんな所でお昼寝なんてどうしたの?」
キリト「…俺が、昼寝でもしろ、って声を掛けたら、アスナが素直に昼寝ちゃったんだよ…」
アルファ「…ま、最後まで面倒見てやれよ」
キリト「分かってる」
ユウキ「それじゃ、またねー」
何とも珍しい、恐らく今日の気候設定よりもレアであろうキリトとアスナのワンシーンを記録結晶に収められなかったのは残念極まりない話だが、取り敢えず、俺達は転移門を利用して第十層に降り立ち、タイラの店へと向かって行く。
俺達は日頃、フィールドやダンジョン、迷宮区に挑んでは様々なモンスターを倒し、コルと素材、アイテムを収集している。素材系のアイテムは俺達がそのまま持っていても正しく宝の持ち腐れとなってしまうわけで、基本的にはNPC商人か職人クラスのプレイヤーに売るべきだと俺は考えているのだ。
そういうわけで裁縫系の素材はタイラに、鉱石系のアイテムはリズベットに、そして残りのアイテムはエギルに引き取ってもらっていた。鉱石系のアイテム…所謂インゴットはフィールドの何処かにある鉱脈を専用ツールであるピッケルで掘り出すことで収集できるわけだが、勿論それ以外にもモンスターからドロップしたり、宝箱から出てきたりするので、俺達でも案外鉱石系のアイテムは手に入る。
裁縫系の素材とは糸や毛皮類のことだ。そして残りのアイテムとは、自分たちが使わない装備品や武器だったり、調合スキルや木工スキルの所有者が必要としているであろう素材だったり、後は換金用の古代硬貨や宝石類などである。
因みにだが、食材系のアイテムに関してはユウキは自分の研究のために蓄えているらしい。ユウキは相変わらず俺を実験台として利用してくるわけだが、ちゃんと美味しい料理を作ってくれる頻度が上昇している。今日も、ユウキが晩御飯に美味しいステーキのソースを作り上げるのだと宣言していた。
俺は今からでもそれが楽しみで仕方が無いのだが、その楽園に辿り着くためには、今から一つ試練を乗り越えなければならない。
ユウキ「タイラー!今日も来たよー!」
タイラ「今日も一日お疲れ様です」
アルファ「あぁ、タイラもお疲れ」
ユウキ「今日はこんなに素材が手に入ったんだ!」
タイラ「えぇ、いつもありがとうございます…ところで…」
アルファ「」ビクッ
タイラ「…今朝の新聞に、月光ちゃん、遂に結婚か!?なんて記事があったんですが…どういうことか説明してもらえます?」
…遂にバレてしまったか…。そう、俺達は、付き合い始めたことをタイラには黙っていたわけだ。…というか、実際には俺がタイラには黙っておこう、とユウキにお願いし、ユウキがそれを渋々受け入れてくれたのだが。
…だって、タイラなんかにバレた日には、きっとろくでもない事になるのが目に見えてるじゃないか…。悲しくも想定通り、タイラは、随分と愉快そうに口元を歪めながら、俺達に話し掛けてくる。
さて、何と答えたもんだろう。俺が返答に迷っているうちに、ユウキが顔を真っ赤にしながら答えてくれた。
ユウキ「…じ、実はボク達、付き合い始めたんだっ…ね?アルファ?」
アルファ「あ、あぁ…そういうことだ…つまり俺達は結婚はしていない、その新聞はミスリードだ」
タイラ「…何時ごろから?」
アルファ「…三月の終わり頃から」
俺がそう答えると、タイラは、ハァ~…と大きくため息をついてから、これまた楽しそうに話し掛けてくる。
タイラ「つまり僕は、半月ほどアルファ君とユウキちゃんのイチャイチャ話を聞けていなかったというわけですか…残念です」
アルファ「そういうこと言うから、言いたくないんだ」
タイラ「でも、ユウキちゃんは満更でも無いとは思いますよ?」
ユウキ「ふぇ!?…いや、まぁ…アハハ…」
アルファ「ユウキ!?」
タイラにそんなことを言われて、乾いた笑い声をあげているユウキを見て、俺は驚愕する。するとタイラは、当然だと言わんばかりに俺に言葉を掛けてくる。
タイラ「年頃の女の子は、好きな男の子との惚気話を話したくなるものですよ」
アルファ「…そうなのか?」
ユウキ「…」コクッ
タイラ「では、僕に半月黙っていた罰として、これから週に一回は惚気話を語ってもらいますね」
ユウキが静かに頷いたのを見て、俺は何とも言えない気分になりつつも、タイラから引き渡した素材の分のコルを頂いた。
アルファ「…んじゃ、またな」
ユウキ「またね~」
そんなこんなで色々あったが、何とか難所は越えられた。今日は鉱石系のアイテムが三つしか手に入らなかったので、もう少し溜まってからリズベットに渡そう、ということに決定する。
この後は、エギルの店で適当に素材、アイテムを売却して、二十二層でデュエルして、それからホームに戻ってユウキが作ってくれるご飯を…なんて、これからの予定を復習しながら、エギルの店へと向かって行った。
五十層へと転移し、いつも通りエギルの店への道を通って、俺達は迷うことなく目の前にまで辿り着いた。しかし、
ユウキ「…閉まってるね」
アルファ「あぁ…フィールドにでも出てんのか?」
俺達は珍しく、と言うか初めて、客のかき入れ時である夕暮れにエギルの店が閉店しているのを見た。この時間帯にエギルの店に訪れている固定客も数人いたはずだが…。
システム上無駄だと分かっていても、俺はドアを頻りに叩いて、おーい!エギル!いるか?などと声を掛けていた。するとその声が届いたのか否か、急にドアがこちらに向かって開いた。
俺は最前線で戦っている攻略組だ。それ故にSTRもAGIもかなりの高さを誇っている。しかし、どれ程素晴らしいステータス値を保持していたとしても、自分の身体に、動け、と命令を下して、その通りにその場から移動できるかどうかはまた別の話なのだ。
突発的過ぎる出来事であったせいで、俺はこちらに向かってくるドアを避けられないまま、ドンッ、と強く激突した。
アルファ「痛たた…エギルに…キリトとアスナ?」
エギル「うお!悪い悪い、大丈夫か?」
閉店していたはずのエギルの店から出てきたのは、店主であるエギルは勿論、まさかのキリトとアスナである。エギルは顔にこそあまり出てはいないものの、キリトとアスナの表情は少し険しかった。
ユウキ「いつも通り素材を売りに来たんだけど…それどころじゃなさそうだね。どうかしたの?」
ユウキも彼らのいつもとは違った雰囲気に気が付いたようで、不思議そうにそう訊ねた。エギルがキリトとアスナの顔を見やり、何かを訴えると、キリトが、助手は一人でも多い方がいいだろ、と呟いた。
そして、俺とユウキをもう一度店内へと案内する。席に着いた俺達にキリトは衝撃の発言をした。
キリト「…ついさっき、第五十七層の主街区で、圏内PKが発生した」
アルファ&ユウキ「…」
キリト「しかもそれは恐らく、デュエルを用いてではない方法で、だ…」
アルファ「なにっ!?」
圏内でのPK。これを達成する方法は、デュエルの完全決着モードを圏内で行い、それによって降参しないまま相手の体力バーを削り切るという方策しかないはずだ。
圏内では、アンチクリミナルコードによって圏内にいるすべてのプレイヤーの体力を実質的な不死状態に設定している。その上、アンチクリミナルコードを解除する方法など無いわけだから、デュエル以外にはプレイヤーの命を奪う行為は全て制限されるはずだ。
俺はキリトの言うことが信じられず、思わず声を荒げてしまった。ユウキも、信じられないといった様子でキリトに聞き返す。
ユウキ「…ウィナー画面の見落とし、っていうわけじゃないの?」
アスナ「少なくとも、あの場には何十人ものプレイヤーがいたわ。…だから、そんな状況で全員がウィナー画面を見落とす、なんて確率は相当低いはず…」
アルファ「…だったら、一体どんな方法で圏内PKが行われたんだ?」
キリト「…それが分からないんだ…。だから、俺達はこの謎を解くために、その犯行に使われたであろう武器を、エギルに鑑定してもらったんだよ」
そう言いながらキリトが、机の上にNPCメイドであろう安物のロープと漆黒のショートスピアを取り出した。ロープの方はともかく、黒のショートスピアにはPKの一番の原因となっているからか、嫌な威圧感を醸し出していた。
そのショートスピアは柄の全体に短いトゲを生やしており、そこからこの武器が貫通継続ダメージを与えるための、つまり対人用の武器であることが伺えた。ショートスピアの固有名は<ギルティソーン>と言うらしく、俺はギルティの意味しか分からなかったわけだが、そこはエギルが、罪の茨だ、と顔に似合わず日本語訳してくれる。
製作者はグリムロックというプレイヤーだったようで、心当たりは無いか?とキリトに聞かれたが、俺もユウキもそんなプレイヤーに出会ったことは一度もなかった。
ギルティソーン、名前からして嫌な予感を感じさせられるが、製作した武器の名前はシステムが決定するため、グリムロックなる人物が意図的にその名前を付けたのではないことは分かる。だが、俺個人としては、製作された武器の名前には、その人の意思が宿るように感じている節があった。
例を挙げるなら、ユウキが今も愛用しているリズベットが鍛え上げた片手剣<モーントシャイン>は和訳で月光と言う意味合いらしく、そこからまるで、リズベットがユウキの為に作り上げたような剣の名前をしているとも取れる。
だから俺は、まだキリト達から事の詳細を伺ってはいないわけだが、グリムロックが何かの復讐のために、何らかの方法で圏内PKを成し遂げたのではないかと考えていた。
アルファ「…グリムロックが圏内PKをしたっていう可能性は?」
キリト「可能性はある。取り敢えず、事の顛末を聞いてくれ」
そうして、キリトが話し、所々でアスナが補足した話によると、圏内PKの被害者はカインズというフルアーマーの男だったようで、彼は五十七層主街区の教会二階部分からロープによって吊るされていたらしい。そしてその胸には深々とギルティソーンが突き刺さっており、キリト達が救出に成功する前に、彼はその体をポリゴン片に変化させてしまったとのことだ。
その場に何者かが潜んではいないか、及びその近くに怪しいプレイヤーがいなかったかどうかは周囲にいた顔見知りのプレイヤー達が手伝ってくれたようで、ほぼ確実にその場に犯人が潜んでいたということはないらしい。
そして、そのカインズと言う男と五十七層に訪れていたプレイヤーが一人いた。それがヨルコなる女性プレイヤーだ。ヨルコは装備の成りからして中層プレイヤーで、カインズとは食事に来ていたらしい。ヨルコがふと目を離した隙にカインズは居なくなっており、気づけば教会に吊るされていた。
…キリトとアスナは、ヨルコというプレイヤーに実際に会って話していたからか、彼らの中にヨルコを疑う、という選択肢が無いように見えた。今の話を聞いた第三者の俺からすれば、客観的に見てヨルコがカインズを殺した可能性があるのではないかと思ってしまう。
…装備なんて、誤魔化したい放題なわけだし…いや、キリト達の索敵スキルを欺けるほどの隠蔽ボーナスを持っているとも考えづらいか…だったら、やっぱりヨルコは犯人じゃない…?
ユウキ「…その、ヨルコって人が犯人ってことはないの?」
アスナ「あれが演技だとは思えないわ…」
キリト「…そうだな…取り敢えず、生命の碑を確認しに行こう」
エギル「俺はここらで降りさせてもらってもいいか?商売を切り盛りしないといけないんでな」
キリト「あぁ、鑑定ありがとな」
エギルは歯切れが悪そうにそう言うと、キリトは俺とユウキの助手二人を見つけたことからか、すんなりとエギルを解放した。
エギルは、済まねぇな、と呟く。そして俺、キリト、アスナ、ユウキの四人で、生命の碑を確認しに第一層へ降り立った。生命の碑に向かうまでの道中、軍の見回りを担当しているプレイヤー達と何度か遭遇したが、最早俺とユウキは彼らと顔見知りみたいなものである。
お疲れ~、と気の良い挨拶を交わしていると、キリトがギョッと俺とユウキを眺めてくる。
キリト「…お前ら、軍の奴らと仲いいのか?」
アルファ「まぁ、毎日一層には足を運んでるからな、毎日顔も合わせりゃ知り合いぐらいにはなるだろ?」
アスナ「…最近、軍が夜間のプレイヤーの外出を禁止したっていう話は本当なのかしら」
ユウキ「…初めて聞いたよ…今度それとなく聞いてみようかな」
アスナ「軍はそのうちプレイヤーに課税、何てことも始めようとしているらしいわよ」
キリト「へ!?税金!?…嘘だろ、どうやって徴税するんだよ」
アスナ「…さぁ?」
軍の基本理念は、全プレイヤーに平等にリソースを配分することだ。つまり現実で言う所の累進課税制度を導入し、富める高レベルプレイヤーから何かしらの方法で多めに徴税して、それを他のプレイヤーに分配するということだろうか。
だが、そんな事すれば攻略組からの反発は尋常ではないはずだ。現実的に考えるなら、軍の影響力が強い第一層に居住するプレイヤーに軍に所属するプレイヤーの資金を分配する、と言うことだろうか。しかし、そうであったとしても内部のプレイヤーからの反感を買う可能性が高いだろうが、キバオウは一体どんな方策を練っているのだろう。
話は変わるが、現実世界における累進課税制度も実際のところは課税できる上限が設定されており、それこそサラリーマンのような年俸受給者からすれば有難い設定であろうが、その一方で複数の大企業を束ねる極一部の超大金持ちにとってはあまりに有利過ぎる制度となっている。
…まぁ、そういう人間が関与して出来た法律だとするのなら、当たり前と言えば当たり前だが。つまり、富の溺れて他を省みない人間で形成されているのが行き過ぎた資本主義経済の末路と言うことになる。
今が資本主義経済の頂点にあるのか、それとも破滅の道を進み始めている段階のかは分からないが、今からでも、諦めずにその社会構造を改善をし続ければ、よりよい社会が到来するのかもしれない。
かと言って共産主義が資本主義に勝った存在であるかと言われれば、そうではない。フラットな状態を維持しようとするあまり、粛清が相次ぐ上、民はそれを恐れて生きていくことになる。
つまり、そんな社会の下では幸福など甘受できるはずがないのだ。要するに、どちらの社会構造も一長一短なのだと俺は考える。俺達が目指すべきはどちらにも偏らない、その真ん中なのではないだろうか。
…最も、この世界でリソースの分配が行われた結果、上位プレイヤー達がそれを嫌がるのは、富に縋りついているというわけではなく、どちらかと言えば攻略組が攻略組足る所以、要は己こそが最強であるという優越感が得られなくなってしまうからであろう。
もしも今この瞬間に富が全プレイヤーの間で再分配されれば、攻略組は一時的には弱体化してしまうわけだが、時間を掛ければ高レベルプレイヤーは今の何倍にも膨れ上がるかもしれない。ならば結果的に、ゲームクリアまでのトータルの時間も短くなる可能性が高いだろう。
だが、一方で考えられるのは、実際に命懸けの戦場に出てまで、このゲームをクリアしようと考えているプレイヤーは今の高レベルプレイヤー数百人ぐらいしかいないのではないか、と言う問題だ。もし、最前線で闘いたいと考えるのなら、現状でも死ぬ気で努力してくるだろうし、その熱意を攻略組のギルドが見逃すはずがない、と言う考え方である。そうであるというのなら、富の再分配などするだけ無駄であろう。
因みに、俺はリソースの分配には難色を示している。その理由は、決して他者よりも上に立っていたい、などという気持ちから来るものではない。己を強化するのは偏にユウキを守り抜くため、その力を誰かに分け与えられるほど、俺は強くはないからだ。
…いや、そう思い込むことで、心の何処かに潜んでいる自分でも気が付けない、誰かを見下していたいという薄汚い感情から目を逸らしているだけなのかもしれない…。気が付くと、ユウキが俺の顔を覗き込んでいた。
ユウキ「…アルファ?着いたよ?大丈夫?」
アルファ「あ、あぁ…ちょっと考え込んでた」
キリト「じゃあ俺達はカインズを探すから、アルファ達はグリムロックの名前を探してくれ」
アルファ「了解」
キリトに言われた通り、俺達はグリムロック…Grimrockの名を探す。その途中に、何度も名前の上に白線が記されているのを目に移しながら、とうとうGの列までやって来た。
ユウキ「…あった、生きてるよ」
アルファ「ホントだな」
この事件の生き証人がいることが確認できたことに安心した俺達の前に、真剣な表情をしたキリトとアスナが現れる。
キリト「カインズは死んでた。サクラの月二十二日、十八時二十六分だ。間違いない」
アルファ「…そうか」
俺達はその場で黙祷を捧げてから、その場を後にした。俺とユウキも事件解明の手を貸すことを伝えると、アスナが、グリムロックの捜索は明日にしよう、と言ったので今日は転移門で解散することとなった。
ユウキが、今日はもうデュエルは止めとく?と訊ねてきたが、俺はユウキにデュエルをお願いし、二十二層へと向かった。デュエルの結果は俺の敗北に終わり、そのままホームへと戻る。ユウキが、今日は時間が無いから、と言いながらも美味しい料理を作ってくれた。
それを噛み締めて味わってから、デュエル勝利特権でユウキが先に風呂に入り、その後に俺が風呂に入った。風呂を上がった俺は、ソファに掛けるユウキの隣に腰を下ろす。するとユウキは、少し真面目な表情で俺に語り掛けてきた。
ユウキ「…ボク、ちょっと考えてみたんだけど、貫通ダメージって圏内の中だとどういう扱いになってるんだろうね。もし貫通ダメージが継続するなら…」
アルファ「なるほどな…それは明日、キリト達に話してみようぜ」
ユウキ「そうだね…そう言えば、最近アルファ、デュエルの動きいいよね~」
アルファ「ま、ガチの対人戦とは何たるか、っていうのが分かったからな、それでもユウキの速さには敵わないんだけどな」
ユウキ「…ぁ……ご、ごめん…嫌なこと思い出させちゃったよね…」
ユウキが、やってしまった、と言う感じの申し訳なさと後悔を滲ませた顔をする。俺はそんなユウキを安心させるように、その手に握るユウキの手に力を込めた。
アルファ「大丈夫だ、俺の剣はユウキを守るためにある、それが揺るぎないからな」
ユウキ「…じゃあ、明日は是非ともボクを負かしてよね」
アルファ「…それとこれは別の話でなぁ…」
ユウキが優しく微笑みながらそれに反して悪魔みたいなことを言ってくる。俺はそれに口ごもることしかできない。それから、ユウキとおやすみ、と言い合って、俺達は自室に入って行った。
…そうだ。俺は圏内PKを仕掛けられようとも、相手を殺せるだけの意思がある。揺るがない信念があるのだ。いざと言う時は、彼らではなく、俺が犯人を殺さなければならない、絶対に彼らの手を汚させるわけにはいかないのだ。俺は、そんな決意を固めながら夜を過ごした。
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ユウキ「ごめん!遅れてホントにごめん!」
キリト「い、いや、俺は大丈夫だけど…後ろの彼は一体何があったんだ?」
アルファ「…す~…す~…」
ユウキ「アルファ!着いたよ!もう!コーヒーでも飲んで眠気覚ましてよ!」
アルファ「…ん~…あぁ…分かった…」
ユウキにグラグラと身体を揺らされたことで、俺は僅かに意識を取り戻した。再び意識が夢の中へ飛んで行ってしまう前に、いつの間にか辿り着いていたカフェテリアの席に着いた。正面に座っているキリトとアスナが、不思議なものを見る目で俺を見つめているがもう限界だ。俺は再び夢の中へと誘われる。
キリト「…アルファって、ギャップ凄いな…」
アスナ「…人って、眠い時は素直になるものだけど、アルファ君は見た目相応って感じね…」
キリト「にしても何があって遅れたんだ?まさかアルファの奴、九時集合も守れないほど朝に弱いんじゃ…」
ユウキ「…たぶん、アルファは昨日の謎の圏内PKが気になって、寝てる間に誰かが殺しに来てもおかしくないと思ってたんじゃないかな…。だから、ボクの部屋の前でずっと見張りしてたんだ…ボクが気づいた時にはもう六時で、それからちょっとの間でもアルファに睡眠を取ってもらってたら、中々起きてくれなくて…」
アスナ「ずっとユウキことガードしてたの!?…それなら、寝不足になっても仕方ないかな…」
キリト「え?でも、ユウキとアルファはホームに住んでんだろ?だったら、安全だとは思うけど──」
アスナ「…え!?ユウキ…アルファ君と…同じ家で…!?」
ユウキ「う、うん…アスナは知らなかったっけ…」
アスナ「あひゅ~」
ユウキ「ちょっとアルファ!ほら!コーヒー届いたよ!」
アルファ「…ありがと…」
ユウキが、頭をぺしぺし叩いてくれたおかげで、俺は再び意識を取り戻すことが出来た。キリトは、流石だな、と謎に褒めてくれるし、何故かはわからないが、アスナは若干顔を赤らめている。
…やっぱりコーヒーは苦いな。カフェオレぐらいがちょうどいい…。少し苦めのコーヒーを口にして、俺は何とか眠気を覚ました。
アルファ「…遅れてすまんかった。俺はもう目を覚ましたぞ」
キリト「んじゃ、復習がてらに説明してやるよ。途中で眠らないでくれよ」
俺はちびちびとコーヒーを飲みながら、キリトの話に耳を傾ける。内容はなんと驚いたことで、キリトが保管してあった圏内PKに使われたギルティソーンがDDA所属のシュミットに奪われたらしい。
シュミットとは攻略会議やボス攻略戦で幾度となく戦線を共にしているわけだが、DDAの中でも最高峰のタンクプレイヤーであり、DDAの幹部の一人でもある大物だ。ヒースクリフという圧倒的なタンクプレイヤーが居なければ、アインクラッド一のタンク職を務めるプレイヤーと言っても過言ではないぐらいの素晴らしい腕の持ち主である。そんな彼が、わざわざキリトからギルティソーンを回収せねばならなかった理由は何だろうか。
寝起きの俺は中々頭が冴えないが、俺を除いた三人はバリバリ頭が冴え渡っているようで、シュミットがPK事件を起こした犯人である可能性が一割。だが、ならばわざわざ現場に物証を残す必要が無かっただろうから、あのギルティソーンは見せしめとして使われた。つまり、カインズを殺したのは公開処刑であり、カインズと何らかの関係があったであろうシュミットは寧ろ犯人に狙われている側である、という可能性が九割、という結果に行き着いていた。
グリムロックか、彼に味方する何者かが復讐としてカインズを殺した。次はシュミットを狙っている…今のところのパーツで考えるならこんなところだろうか。キリトもアスナも一晩経って現状を客観視できるようになったのか、ヨルコの言動にも注意を配ろう、これもすべて圏内PKを仕掛けた奴の演出かもしれない、と話していた。
…その可能性を見落とすとは、やっぱり、まだ頭がしっかりと働いていないな。
ユウキ「ボク、昨日思ったんだけどさ、圏内に入った時って、貫通ダメージは継続するのかな?」
アスナ「やっぱりユウキも気になってたんだ…二人が来る前に、ちょうどその話をしてたの」
キリト「というわけで、それを実験してみよう、ってことだな」
そう言ったキリトをアスナは不思議そうに眺めていた。俺達はカフェテリアを出て、霧のような小雨が降り続ける主街区マーテンを歩いて行く。
昨日の良好な天気とは打って変わったその天候は殺人事件が起きた後の空模様に相応しいように感じた。最寄りのゲート門からフィールドに出ると、キリトが己の手の甲にダガーを刺そうとしていた。
…なるほど、実験と言うのは、実際に貫通ダメージが継続するのか、自分の身で確かめてみるということか。だが、ダメージを受けた時に発生する、あの不快な鈍痛を好き好んで受けたいという奴は…相当なドMでもない限り、早々にはいないだろう。そんなことを誰に頼むこともなく自ら率先してやるとは、キリトはやはり良い奴だ。
そんなキリトを大袈裟にも、回復結晶を手に握って制止したのはアスナだ。キリトが心配なのか、アスナはキリトに、体力バーが目視できるようにパーティーを組め、と迫っていた。キリトはその過保護さに若干呆れつつも、アスナの指示に従ってパーティー申請を送ったようだ。キリトは、ダガーで自傷する前に、アスナの顔を見つめている。
アスナ「……なに?」
キリト「いや…なんつうか、こんなに心配してくれるとは思わなくて…」
アスナ「ち、違うわよ!いえ、違わないけど…もう、さっさとしてよ!!」
アスナが顔を赤らめながらそう言ったのを皮切りに、キリトが勢いよく投剣スキルを放った。ダガーはキリトの手の甲にグサリと刺さった。体力バーを凝視しているキリトを、アスナは急かすように圏内へと誘導した。そして結果は、圏内に入れば、継続ダメージも停止する。だが、感覚は残ったまま、というものだった。
…だったら、カインズは何故死んだのだろう。俺もまだ知らない、圏内でダメージを与えられるようになるとかいう危険極まりない武器かスキルが存在するとでもいうのだろうか。…いや、流石にその線は薄いか?安全圏が安全圏として機能しなくなるなど、ゲームとして破綻していると言っても過言ではない。
キリトも、俺と同じように深く考え込んでいるようで、つぶつぶとひとり呟いていた。するとアスナが、大胆にも両手でダガーが刺さっていたキリトの左手を掴み、胸の方へと引き寄せたではないか。キリトは、口をパクパクと動かし、アスナはキリトから視線を逸らして、ほんのり顔を赤く染めている。
…青春だねぇ~。なんて、自分のことを棚に上げた感想を心に浮かべていた俺だったが、ユウキも似たような感想を抱いていたのだろう。その口元はやけにニヤついていた。
実験結果が芳しくなかったせいで、再び事件が迷宮入りしてしまった為、俺達はキリトに案内されてヨルコなる人物が泊っているという宿の先まで案内された。
十時過ぎにその宿に辿り着いた俺とユウキは、初めてヨルコというプレイヤーと対面したわけだが、長く伸びたを綺麗に巻いており、髪色は青っぽい黒、大きな瞳も同じくダークブルーで年齢は俺よりも年上、と言った感じの雰囲気だった。
キリトが、俺とユウキが事件の真相を解明するために手助けしてくれているということを伝えると、ヨルコは快く俺達を受け入れてくれた。そして、ヨルコがアスナの方へと視線を移し、目を丸くした。
ヨルコ「うわぁ、すごいですね。その服全部アシュレイさんのお店のワンメイク品でしょう。全身揃ってるとこ、初めて見ましたー」
キリト「それ、誰?」
ヨルコ「知らないんですかぁ!?」
…アシュレイ?…ワンメイク品?聞き慣れない単語が俺の中で反復していると、キリトもその人物に聞き覚えが無かったようで、ヨルコに質問していた。するとヨルコは駄目な人を見る眼でキリトを眺めてからキリトに解説していた。…一瞬、ヨルコがチラリと俺を眺めた気がしたんだけど、気のせいだろうか…。
アシュレイなる人物は何でも、アインクラッドで一番最初に裁縫スキルの熟練度を1000にまで上げた凄腕らしい。
…だったら、タイラのところに通うのは止めて、今後はアシュレイさんにコートを新調してもらうか、などと一瞬考えたわけだが、アシュレイは最高級のレア生地素材を持参しないと、アイテムを作ってもらえないらしく、ならばアインクラッドで何番目かは分からないけれども、裁縫スキルの熟練度を1000にまで上げているタイラでいいや、と言うのが結論だった。
それに恐らく、今日アスナが着ている戦闘用ではないオシャレな服装がアシュレイ作だというのなら、ああいうオシャレな服を作ることを生業としており、戦闘系の装備は手掛けていないかもしれない。アスナがキリトに対して、ち、違うからね!と反駁していたが、キリトはイマイチその意味を理解できていなかったようだ。
…キリト、俺でもお前の為にアスナがオシャレしてきたことぐらい、裕に理解できるぞ。そんなキリトが、聞きたいこと、話したいことがあるから付いてきてくれないか、とヨルコに伝えると、彼女は二つ返事で付いて来てくれた。
…第一印象的には、ヨルコは人を殺せるだけのあの異常さを感じさせられない、現状では白だろうか…。何て、頭の中で考えながら、ユウキに話し掛ける。
アルファ「ユウキって、アシュレイって人知ってた?」
ユウキ「知ってたけど、タイラでいいかな、って」
アルファ「…そうだよなぁ…最高級素材持参ってのがキツすぎる…」
ユウキ「…ア、アルファ的には、フィールドに出てないときはボクにオシャレしてて欲しい?」
ユウキが、突然そんなことを言うから、アスナやヨルコ、道案内していたキリトまでその足を止めて俺に注目してるじゃ無いか。俺はどうしたものかと頭を捻らせてから、当たり障りのないであろう言葉を選ぶ。
アルファ「…ユウキなら、どっちでも、いいと思います…」
俺が恐る恐るそう答えると、ユウキは何とも言えない表情で、残りの三人は大きなため息をついて、俺に冷たい言葉を掛けてくれた。
ヨルコ「…回答点三十点ってとこですかねー」
アスナ「そういう時は、オシャレして欲しいって言わないとダメじゃない!」
キリト「…今のは俺でも余裕で分かったぞ…」
アルファ「え?え?…ごめんなさい?」
何がいけなかったのか。俺は唯、ユウキはオシャレしようとしまいと可愛いんだというつもりで伝えたのだが!?ちょっと恥ずかしくて可愛いの部分省略したのが駄目だったの!?
俺がしどろもどろになりながら、謎に謝罪をしていると、ユウキも小さくため息をついて、言葉を掛けてくれる。
ユウキ「…まぁ、ボクもオシャレなんてしたことなかったし、いきなりお願いされても困るから、回答点二十点ってとこにしておいてあげる」
…さっきよりも点数が下がってるんですがそれは…。俺は、何だか今日一番の失敗をした落胆感を味わいながら、案内を再開したキリトに黙って付いて行ったのだった。
時間は無いけど休日なので、明日も投稿します。
では、また第68話でお会いしましょう!