アスナ「…どういうことよ?」
アスナが驚愕と僅かな疑いを孕んだ表情で、キリトに訊ねる。それに対してキリトは、すっきりとした表情で答えた。
キリト「そのままの意味だ。ヨルコさんも、カインズ氏も生きているんだ」
アスナ「…でも、わたしたちゆうべ確かに見たじゃない。黒い槍に貫かれて、窓からぶら下がったカインズさんが…死ぬところを」
キリト「違うんだ。俺達が見たのは、カインズ氏のアバターが、ポリゴンの欠片を大量に振りまきながら光を放って、消滅する、その現象だけだよ」
ユウキ「…それがこの世界での死亡エフェクトだよね?」
アスナの疑問点を代弁するように、ユウキがそう付け加える。そこで俺が、丁寧な補足説明を加えた。
アルファ「そのエフェクトは、恐らく装備の耐久値がゼロになった時に発生するもんだ。ヨルコもカインズも、貫通属性の武器によって体力バーを減らしていたんじゃなくて、装備の耐久値をジワジワと減らしていっていたんだろうな。圏内で装備の耐久値が減少するか否かは、まだ検証していないから何とも言えねぇけど、ハンバーガーが消滅することから、圏内のコードが保護する対象となるのはプレイヤーだけで、その他オブジェクトはその限りではない…。要するに、耐久値がゼロになる瞬間に、転移結晶でその場から離脱すれば、立派な圏内PKの演出が可能、ってわけだ。背中に刺さってたダガーは、事前に圏内に出て刺してたんじゃないか?思い出してみれば、ヨルコはあの時一度も俺達に背を向けていなかったわけだし」
ユウキ「なるほどね…カインズもヨルコも、死んでなかったんだ…よかったよ…」
俺とキリトの理論に納得し、ユウキは二人が生きていることに安堵したようだが、アスナにはまだ疑問点が残るようだった。
アスナ「…待ってよ。ゆうべ私とキリト君が確認した、カインズさんの死因は貫通継続ダメージ、死亡時刻もピッタリだったじゃない」
キリト「ヨルコさんに聞いた限り、そのカインズ氏の名前表記は、Kainsだったろ?ところがどっこい、このメモを見てみると…」
アスナ「えーっ…Cayns…これが本当の綴りだったの!?」
キリト「まぁ、そういうことなんだろうな」
カインズの名前表記に関するお話は、俺とユウキは直接聞いたわけではない為、へぇー、と頷くことしかできない。
…あの情報さえあれば、俺の推測は確信まで至れたのか…なんというかキリトに負けた気がして悔しい…。するとアスナが、急激に表情を強張らせてキリトに迫った。
アスナ「じゃ、じゃあ…あの時…私たちが教会の前の広場でCのカインズさんの偽装死亡を目撃した瞬間、同時にアインクラッドのどこかでKのカインズさんも貫通継続ダメージで死んだってことなの?偶然…ってことは無いわね……?まさか…」
キリト「ちがうちがう。ヨルコさんたちの共犯者が、タイミングを合わせてKのほうを殺したってことじゃない。この世界でサクラの月の二十二日が来るのは、昨日で二回目なんだよ」
ユウキ「そういうことかー!今日はみんなに感心させられてばっかりだよ!」
アスナも納得気に頷いたことで、キリトはこの事件の真相をまとめるように、ヨルコとカインズがかなり早い段階で自分と同じ読みが出来る、そして綴りが異なるプレイヤーが死亡していることを知り、それを利用すれば、カインズの死を圏内殺人と言う恐ろしい形で偽装できるのではないかと考えたのだろう、と。
そしてアスナが付け加えるように、圏内事件を起こしたのは、半年前に起こった指輪事件の犯人を炙り出すこと、その結果、圏内殺人の恐怖に駆られて動いたのがシュミットであった、と言葉を繋いだ。
キリトとアスナはそのまま、中堅ギルドに所属していたシュミットが、いきなり加入条件の厳しいDDAに入団できたのは、やはりグリセルダさんを殺して、超レア指輪を奪い取ったのではないか、と推測していく。だが、そこで俺が口を割り込んだ。
アルファ「…有り得ない。シュミットがレッドプレイヤーであることはあり得ないと思う。これは俺の勝手な考えだけど、シュミットには決して、私利私欲のために誰かを殺せるあの異常さを持ち合わせているとは思えない」
…別に、シュミットとこのデスゲームを共に生き抜いてきたことから、彼に情が沸いてこのような思考判断に至ったわけではない。
…俺はかつて、本物のレッドプレイヤー達と相対したことがあるのだ。だが、その時に奴らが見せたような、人の命を何とも思っていないあの異常な雰囲気を、圏内殺人を信じ切り、武器を構えることさえ忘れてソファの上で怯え恐怖していたシュミットが、ソレを隠しているとは思えなかった。
キリトもアスナも、俺の言い分を理解してくれたのか、極限まで追い詰められた今、シュミットはどんな行動を取るだろうか、と言う話題にシフトチェンジした。そこでユウキが、共犯者がいれば、その人と連絡を取るのではないか、と珍しくそれらしいことを述べてくれる。
そしてキリトが更に、穏やか且つ悲しげな声色で、俺ならグリセルダさんのお墓に行って、そこで赦しを乞うよ、と答えた。…恐らく、キリトの中には、かつて所属していた中層ギルドのメンバー達の顔が思い浮かんでいるのだろう。
するとアスナは、まるでキリトの事情を知っているかのように、キリトに向けて穏やかに微笑み、そして、私も同じようにするだろう、きっと、ヨルコさんとカインズさんもグリセルダさんのお墓で、シュミットが来るのを待っているのだろう、と答えた。
だが、そこでユウキが慌てて俺達に訊ねる。
ユウキ「ボク、思ったんだけど…もし、グリセルダさんのお墓が圏外にあったら、そこで待ち伏せしていたカインズとヨルコがシュミットに復讐する…もしくは、シュミットが口封じだなんてことも…」
…確かに、カインズとヨルコは圏内殺人という演出を作り出してまで指輪事件の犯人を憎み、探し出したいと思っているが故の今回の行動なのだろう。だと考えるのなら、カインズとヨルコが復讐心に駆られてシュミット殺害に及ぶ可能性もないわけではない。
それに、俺的にはシュミットが自発的にヨルコとカインズを殺害しようとはしないだろうが、彼らから襲われた場合はその限りではないだろう。受動的に殺人を犯してしまう可能性はある。そんな不安感を胸に抱いていると、キリトがはっきりと答えた。
キリト「いや、それは無いよ。だって、アスナはまだヨルコさんとフレンド登録したままだろう?」
アスナ「…確かに、登録されたままよ。もっと早くこれを見ていれば、事件のカラクリに気づけたのになぁ…でも、となると、そもそもヨルコさんは何でわたしとのフレンド登録を受け入れてくれたのかしら?ここから計画が全部破綻することもあり得たわよね?」
キリト「恐らく…俺達を結果として騙すことへの謝罪と言う意味と、もう一つ、俺達を信じてくれたんだろうな。フレンド登録が生きていることに気づいても、そこから彼らの真の意図まで推測して、シュミットをおびき出す邪魔はしない、とね」
アスナが、フレンド機能を使ってヨルコの位置情報を追跡してみると、主街区から少し離れた19層のフィールドにいることが把握できた。多分、そこがグリセルダのお墓がある場所なのだろう。
アルファ「…まぁ、これにて圏内事件は一件落着、ってことか、後はアイツらに任せようぜ」
キリト「…そうだな」
思いの外呆気ない幕引きを迎えた圏内事件の真相だったが、誰も死んでいなかったという事実から、俺達四人は満足気に探偵ごっこを終えることが出来たのだった。
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事件の解決に至った俺達は、ふぅ、とそれぞれの座っていた椅子にもたれ掛って、事件解決の余韻に浸っていた。
…一日の中でこんなにも頭を使ったのは生まれて初めてじゃないだろうか。学校のテスト期間でもこんなに頭をフル回転させたことは無かったな…。と最早遥か昔の話となってしまった学生生活を思い出し、懐かしい気持ちに沈んでいた最中、キリトが、なぁ…と誰に訊ねるでもなく、朧気に口を開いた。
キリト「アスナって結婚してたことあるの?」
キリトがそんなデリカシーのない発言をすると、アスナは深く座り込んでいた椅子から飛び跳ねて、キリトにありったけの右ストレートをぶちかまそうとしていた。それを見たキリトが、うそ、なし、今のなしなし!!と両腕を上げながら懇願する。
少し不機嫌そうなアスナが、結婚が何よ?と鋭く聞き返すと、キリトがロマンチックだとかプラスチックだとか…と発言した。それに対してアスナが、プラグマチックよ!因みに意味は、実際的、だからね!と付け加えてくれる。
…なるほど、そんな意味だったのか。と俺は頭の片隅に今の英単語を暗記していると、ユウキがアスナに言葉を掛けた。
ユウキ「…実際的?」
アスナ「うん、だって、ストレージの共有化なんて、あまりに直接的過ぎない?」
キリト「…ストレージの共有化…じゃあ、離婚した時はどうなるんだ?」
アスナ「え…?ええっとね…確か、幾つかオプションがあるのよ。自動分配とか、アイテムを一つずつ交互に選択していくとか…全部は覚えてないんだけど」
俺はぼんやりとした頭で、どうしてキリトは結婚のシステムについてこうも深刻そうに訊ねているのだろう、と思っていた。
…もしかして、アスナと結婚して離婚するまでの流れを予め想定しているのだろうか。そんな最初から離婚のことなんて、視野に入れなくても…それこそプラグマチック…?いや、使い方がおかしいかもしれない。
そうこう頭の中で考えていると、キリトが何気ない様子で、俺にヤバすぎる質問をしてきた。
キリト「アルファってもうユウキと結婚したんだっけ?」
アルファ「なっ!?…け、結婚はしてない!付き合ってるだけだ!」
何を思ったのかユウキは顔を真っ赤に染めて思考停止している。ギリギリ理性を保ち続けた俺が、慌ててキリトにそう言い返すと、アスナが、俺とユウキの顔を交互に見ながら、口をパクパクと喘ぎ、そして、宿全体に響き渡るほどの声量で絶叫した。
アスナ「え!?え!?え────────っ!?」
そしてアスナは、恐る恐る、俺達に訊ねてくる。
アスナ「……アルファ君とユウキって、お付き合いして、恋人同士になってたの…?」
アルファ「…まぁ、そうだけど…ユウキ、まだアスナに言ってなかったのか?」
ユウキ「…やっぱり、ちょっと言うのが恥ずかしくてさ…ごめんねアスナ、伝えるのが遅れて」
アスナ「…ユウキ!おめでと──っ!!」
ユウキ「わぁ!ありがと~!!」
ユウキが恥ずかしそうに胸の前で両手を合わせながら、アスナにそう告げる。するとアスナは、感無量、といった様子でユウキに抱き着いた。
ユウキは嬉しそうにそれを受け止めている。アスナが、今度リズにも言わなきゃね、とユウキに伝えているのを聞いて、そこで俺はアスナとリズベットが知り合いだったことを知った。
…リズベットに知られたら、タイラ並みに厄介になりそうだな。黙っといてくれないかな。と俺は軽く現実逃避する。
だが、キリトだけは、心ここにあらずのまま、虚空を眺めて何かを考え込んでいるようだった。そしてキリトが、またまた更にヤバすぎる問いかけをする。
キリト「やっぱり、詳しく知りたいな。どうするか…そうだ、アスナ、試しに俺と」
──結婚してみないか?キリトがそこまで言葉を発することが無かった理由は、ユウキと嬉しそうに抱き合っていたアスナが、キリトの言葉を聞いた瞬間、急激に冷徹なニッコリスマイルをその顔に張り付けて、腰に帯刀している細剣を引き抜く態勢を整えたからだろう。
…多分、キリトは俺達に結婚してくれないか?と頼むのは順序を飛ばしてしまって悪い、と考えたが故の結論なのだろう。だが、そこまで気を利かせられたのなら、是非ともそんな発言もしないでほしかったものだ。
…因みに、俺がユウキと結婚まで至っていない理由は、単純にあの夜に、俺がユウキに付き合ってください、と申し出たからだ。まだまだ学生身分で成人さえしていない、恋愛経験さえまともにない俺には、結婚、というものよりも、お付き合い、というものの方が身近に感じていたためである。
アスナ「試しにあなたと、なあに?」
キリト「……お、俺と……質問メール書いてみないか、ヒースクリフ宛の」
流石のキリトもアスナが醸し出す笑顔の憤怒を無視することが出来なかったらしく、恐る恐るアスナにそう告げた。アスナに、離婚システムについてヒースクリフにメッセージで訊ねてもらうと、僅か一分ほどでその返事が返って来たらしい。
その内容には、アスナが先程述べた方式以外にも、慰謝料を発生させるパターンや無条件での離婚の場合には、アイテム分配率を自分ゼロ、相手百パーセントに設定した場合にのみ可能となるパターンがあるらしく。離婚成立時に持ちきれなくなったアイテムは、全て足元にドロップする、と言うシステムのようだ。
…流石システムの開発者といった所か、今度ヒースクリフに頼んでシステムの全て、という題名の本でも書いてもらうか、などと冗談事を考えている中、キリトは更に深く思考していた。
そして十数秒後、キリトは椅子から飛び退き、俺達の方を見やる。その表情は、驚愕と恐怖を孕んでいるように見えた。
キリト「……自分百、相手ゼロ。必ずそうなる離婚の仕組みが、ひとつだけある。…死別だ。結婚相手が死んだ瞬間、収納し切れないアイテムは全て足許にドロップするはずだ。…つまり…つまり、グリセルダさんが殺害されたその瞬間、彼女にストレージに入っていたレア指輪は、犯人ではなく…結婚相手であるグリムロックの元にドロップしたはずなんだ」
キリトの発言を聞いた瞬間、俺はこの驚くべき事実を認識すると同時に、恐ろしい真実に辿り着き、戦慄した。
アルファ「……だったら、指輪はグリムロックに奪われた、ということか…?」
ユウキ「…うそ…」
アスナ「…だとすれば、グリムロックさんが…グリセルダさんを殺したの…?…でも、どうして…?」
キリト「…動機は、俺にも分からない。…だけど、ヨルコさんが言うには、グリセルダさんはギルドの中で一番強かったらしい。…それを考慮するなら、グリムロックはPK専門のレッドプレイヤーに依頼して、間接的にグリセルダさんを殺したんだろう…」
アルファ「…だったらどうして圏内事件の演出に手を貸したんだ?二度とギルメンに会わなければ、事件も闇に葬れるはずだろ?」
キリト「圏内事件の演出が、あまりに大掛かり過ぎたんだ。…そしてグリムロックは思ったはずだ。これでは何者かが、死別の場合の結婚解消に関するシステムに気が付いてしまうのではないか、と」
アスナ「ならいっそ、彼らに協力するふりをして、今度こそ関係者の三人を消してしまおう、ってことなの!?」
ユウキ「…シュミットがいきなりDDAに入れたのも、その計画を手伝った報酬で…?」
アルファ「ッ!だったら不味い!少なくともヨルコとカインズはこれから消されるぞ!」
俺達はその可能性にまで至るとすぐに、宿屋を飛び出した。転移門に向かって走りながら、キリトが指示を飛ばす。
キリト「クライン達にメッセージを送ったら、アイツらが攻略組のメンバー達を拾えるだけ拾って、17層のフィールドに急行してくれるらしい!恐らく、グリムロックは今回ばかりは三人が殺される所をこの目で確かめるはずだ!お墓の近くで誰かが待機してないか、索敵スキルで看破してくれ!」
アスナ「でも!今からどれだけ全力で走っても、もう間に合わない…ッ!」
アスナが絶望と悔恨を滲ませた声でキリトにそう訴えると、17層の主街区に辿り着いたキリトは、すぐそばの建物を指差しながらアスナに答える。
キリト「アレを使う!」
アルファ「う、馬小屋!?」
キリトの後について、俺達もその建物に入り込む。するとそこは、飼い慣らされた馬やら牛やらが数頭預けられた厩舎だった。驚く俺達を目尻に、キリトが告げる。
キリト「そうだ!騎乗用の馬を使えば、まだ間に合うはずだ!」
アルファ「…やるしかねぇか!」
俺は現実世界で騎乗の訓練を受けたことはもちろん、この世界においても一度たりとも馬に乗ったことなど無かった。
だが、キリトの手短な説明によると、騎乗自体にスキルは不要で、今からでも馬に乗ることは出来るらしい。ただ、結構な出費になるらしいが、今はそんなことを気にしている暇はない。
颯爽と、とはいかずに、不格好にも馬の上に乗った俺達は、主街区からグリセルダさんのお墓があると思われる方角を目指してフィールドを駆け始めた。
ユウキ「うわぁぁ!?」
最初に馬から転げ落ちたのは、意外にもユウキだった。ユウキを振り下ろした馬は、何処かへ駆けていく。その数秒後にアスナも、馬に振り落とされてしまった。今は彼女たちの心配をしている場合ではない為、後ろから全力で走り追いかけてくるユウキとアスナを見捨てる形で、俺とキリトは馬を走らせ続けた。
しかし、目的地である小さな丘が見え始めた辺りで、遂に俺も馬から落っこちてしまった。すまん!とキリトに叫んでから、街へと走って行く馬とは真逆の方向に走って行く。
…太陽の戎具のおかげで、最近はAGIにステータスを振りやすくなってきてはいたのだが、それでもまだスピードが足りないか!こんなことなら余暇を作り出して騎乗スキルを高めておくんだった!と心の中で悪態づきながら、キリトの位置情報を横目にフィールドを駆け抜けた。
俺は極論を言えば、ユウキやキリトなどの大切な仲間の命さえ守れればそれでいい、と考えているような薄情な人間だ。だが、それでも少し知り合ったプレイヤーが殺されることが確定している中、それを見過ごせるほどの冷酷非情なる人間でもない。
主街区を出る前に四人でパーティーを組んだが、そのHPバー表示を見る限り、キリトが体力を減らす様子はなかった。もしかしたら、今はレッドプレイヤーと話し合いによる解決を図っているのかもしれないが、結局は戦闘へと移り変わるはずだ。
俺は対人戦に備えて太陽の戎具を刀に変形させ、隠蔽スキルを発動させながら丘を登っていく。その途中で、何か怪しげな気配を感じた気がしたので、ユウキに、ここら辺りにグリムロックが潜んでいるかもしれない、気を付けろ、とメッセージを送っておいた。
そして、もう少しでキリト達の元に辿り着ける。そこまで迫ってきた時に、俺はそれを見た。
それは、黒いローブを被り、鈍くギラめく巨大な包丁を構えた人物と恐ろしい程に先端が細尖りしたエストックを構える骸骨仮面の男、そしてその前に立ちはだかるキリトと地に伏せるシュミット、慄くカインズとヨルコだ。
俺から見て手前にいる二人のプレイヤーのカーソルはオレンジ…つまり、奴らがグリムロックの依頼で動いたレッドプレイヤーということだろう。俺は、彼らに気づかれないよう細心の注意を払って、木々の陰に隠れながら、そちらへと向かって行く。
俺は限界地点にまで忍び寄り、メニューウインドからギザギザ刃のダガーを取り出して、レベル五の麻痺毒を塗り込む。…まだ、奴らは俺の存在に気が付いていない。
──やるなら今だ!
先手必勝を確信した俺は、AGI全開でローブの男に飛び掛かった。隠蔽スキルは他のプレイヤーに自ら攻撃を仕掛けた際には、強制的にその効果が失われる。だが、その直前まではハイディング効果を発揮できる。故に、それに慣れていないプレイヤーならば、ほぼ確実に先手を取れるのだ。
しかし、奇襲に慣れているプレイヤーはその限りではない。自分に接近してくる僅かな揺らぎに違和感を感じるのだ。ローブの男はそれに勘づき、俺のダガーをその巨大包丁で弾き返す!
PoH「──シッ!」
アルファ「チッ!」
ギャリン、と刃と刃が火花を散らす音を響かせながら、俺達は面と向かって対峙した。ローブの男の横に控えていた骸骨仮面の男もこちらに気が付いたようで、警戒するようにエストックを向けてくる。
キリト「お、おい!アルファ!」
PoH「…てめぇ、何者だ…?」
アルファ「…」
ローブの男の質問に、俺は何も答えない。左手に持つダガーをどこかのタイミングで刀に切り替えたいのだが、果たして彼らがその隙を与えてくれるだろうか。
…なんだ?ローブの男の声を聞いたその時、俺の中に記憶の疼きを感じた。…この男の声…何処かで聞いた覚えが…。
ザザ「……お前、そのダガー、どこで手に入れた」
敵前だというのに、一瞬気を逸らしてしまった俺に、骸骨仮面の男が言葉を途切れさせながら、そう訊ねてきた。
これは、かつて俺がユウキを守るためにその命を奪った、頭陀袋の男が使っていたものである。小回りの利くコンパクトさと、麻痺毒の蓄積量が倍になるという効果が便利なので、有難く使わせてもらっているのだ。
確かに、この武器はクエストやNPC武器屋では見たことのない、銘柄も付いていないことから、恐らくモンスタードロップ品だ。
…にしてもこいつは、どうしてこのダガーを知っているかのような聞きまわしをしてきたんだ。…まさか、頭陀袋の仲間か!?俺がその答えに至ったのと同時に、ローブの男が愉快そうに笑う。
PoH「クックック…ジョニーを殺したのはお前だったってことか…あの時のガキが、ここまで成長するとはな…実にエキサイティングだ」
アルファ「ッ!?てめぇあの時の!?」
エキサイティング、という単語を、流暢に発声する様を見聞きして、俺はようやくこの男に既視感を抱いていた理由を思い出した。
…そうだ、こいつはオウガに睡眠PKを教え込んで、誑かしたPK集団のリーダー格の男だ!今も何処かでレッドプレイヤーとして生き続けているような気はしていたが、まさかこんなところ出会うとは…。
それに気が付いた俺は一気に緊張感を高める。骸骨仮面の男の実力は知り得ないが、少なくともローブの男は、冷静さを欠いていた状態ではあったとは言え、サツキと対等に剣戟を繰り広げていたのだ。
…今の俺では少し厳しいかもしれない。そんな身構えたオレとは対照的に、ローブの男は戦闘態勢を解いた。
PoH「残念だが、今日はもう引き上げる予定なんだよ。…キリトの言う通り、本当に攻略組数十人がこっちに向かってきてるようだしな。さっきまでは半信半疑だったが、これはマジらしい。…そんなわけで、お前との殺し合いはお預けだ。また別のビッグステージで楽しみにしてるぜ?」
そう言い残して、ローブの男はその場を後にした。骸骨仮面の男は去り際にキリトに何かを言い残してから、ローブの男の後を付けていく。二人のレッドプレイヤーが索敵スキルの範囲内から消えてから、ようやく俺とキリトも息をついた。
キリト「お前、あんまり無茶するなよ…」
アルファ「悪い悪い…」
キリトの渡した解毒ポーションによって、麻痺状態から回復したシュミットは驚き顔を隠さないまま、俺に訊ねてくる。
シュミット「アルファ、お前本当にラフィン・コフィンの幹部、ジョニー・ブラックを倒したのか…?」
アルファ「……あぁ、迷いの森で襲われたんだ。流石にあの時は終わったと思ったな」
はは、と苦笑いしながら、心配そうな視線を向けてくるキリト達に俺はおどけて見せた。
…ローブの男…あいつは別のビッグステージ、だなんて言いやがったが、俺としては二度とそんな機会は来てほしくないもんだ…。やがて、落ち着きを取り戻し始めた彼らに、キリトが事の顛末を話し始めたのだった。
次話で圏内事件のお話は終わります。
次回の投稿日は、11月5日の金曜日となります。
では、また第71話でお会いしましょう!