ユウキ「アスナ!アルファから、この位置に誰かが潜んでるかもしれない、っていうメッセージが来たんだ。ここからはスピードを落として、辺りを警戒しながら進もうか」
アスナ「…分かったわ。私は左を確認するから、ユウキは右側をお願いね」
ユウキ「うん」
アルファに、気をつけてね、とメッセージを打ち返してから、ボク達は周囲に意識を張り巡らせ始めた。騎乗馬を乗りこなせなくて、馬から振り落とされてしまったボクとアスナは、そこからは全力でフィールドを駆け抜けて目的地まで急行していたのだ。
しかし、ちょうど丘へと差し当たる辺りの場所でアルファからの注意喚起が届いたので、ボク達はそれに従って行動し始めた。アスナは、キリトのことが心配なのか何処か焦っているように見える。だけどそういうボクも、アルファの安否が気になって仕方がなかった。
慎重に丘を登り詰めていく中で、ふと、アスナが右手でボクを制止した。
アスナ「…あそこのブッシュに、誰か隠れてるわ」
ユウキ「…ホントだね。どうする?」
アスナ「キリト君の目論見通りなら、あれはグリムロックさんである可能性が高いわね…。一気に囲んで逃げられないようにしないと」
ユウキ「分かった。それじゃあボクはあっち側から飛び掛かるね」
アスナの指摘通り、ボクの左側に位置する茂みの中には、索敵スキルによって看破されたプレイヤーが一人、こちらに気が付かぬまま茂みの中に居座り続けていた。ボク達の索敵スキルの熟練度は相当高いため、中層プレイヤーであると思われるグリムロックのハイディングを見破れるのは当然だろう。
だが、もしこれが何かの罠で、その周りにボク達でも看破し切れないほどの隠蔽スキルを持ったレッドプレイヤーが潜んでいるかもしれない…。その可能性も頭の念頭に入れておいたボクは、周囲を一層警戒しながら、アスナとブッシュを挟むように移動する。
そして二人が定位置についた一瞬でボク達はアイコンタクトを取り、一気にブッシュの傍に急行した。アスナが剣を構えながら、鋭い声で呼び掛ける。
アスナ「出てきなさい!もうあなたはリピールされているわよ!」
アスナの鋭い声に観念したのか、ブッシュの中からは一人の男が両手を上げて降参ポーズを取りながら出てきた。男
は、白い服の上からゆったりとしたダークグレーの羽織を着こみ、頭に被るシルクハットは羽織と同じ色をしていた。身長は高く、顔を見るためには男を見上げねばならぬ程だ。黒いレンズの丸いサングラスを付けた男がその身に纏う雰囲気は柔らかく、とても殺人をしでかすような人間には見えなかった。
…いや、だからこそ、殺人を代行してもらったのだろう。
ユウキ「これでもボク達は攻略組だからね。変な真似は起こさない方がいいよ」
ボクが男に剣を向けて威嚇しながらそう付け加えると、男は落ち着いた声色で答える。
「…私に反抗するつもりなど無いよ。ところで、私に何の用かな?」
アスナ「…あなた、グリムロックでしょう?大人しく私達に付いてきなさい」
「…まぁ、そうだね…ここから逃げ出したくても、君たちはそれを見逃してくれ無さそうだし、付いていく他ないだろう」
意外にも何の抵抗もすることなく、大人しくボク達に付いて来るグリムロックを見て、ボクは少々驚きながら、とうとうアルファとキリトが待つエリアまでやって来た。
そこは丘の天辺であり、頂上には捻じれた低木が一本、その根元には苔むしたお墓…恐らく、グリセルダさんのものがひっそりと設置されていた。
グリムロックが静かに、やぁ、久しぶりだね、君達、と声を掛けると、アルファとキリトから知らされたであろう真実を認知してしまったヨルコが震える声で、本当に指輪を奪ったのか、私達を殺そうとしていたのか、と訊ねた。グリムロックは微笑を浮かべたまま、答える。
グリムロック「…誤解だ。私はただ、事の顛末を見届ける責任があろうと思ってこの場所に向かっていただけだよ。そこの彼女たちの脅迫には素直に従ったのも、誤解を正したかったからだよ」
…へぇ、否定するんだ。もしかしてグリムロックはキリトの辿り着いた答えを覆せる証拠でも持っているんだろうか。それとも、ギルド黄金林檎で活動していた時期に勝ち取った信頼で、ヨルコ達から向けられた疑念を晴らそうとでもいうのだろうか。
そんなことを考えているとアスナがグリムロックに、私たちに看破されなければ、ずっとハイドしたままだったでしょ!と強く反駁した。だが、グリムロックは、どうしてしがない鍛冶屋である中層プレイヤーの私が、レッドプレイヤーを前にして勇敢に立ち向かわなかったからと言って、責められる余地があろうか、と隙の無い反論を返す。
するとキリトがグリムロックに対して、指輪を回収できたのは、死別によるストレージ共有化の解除のシステムを利用した犯行によるものだったと、指輪を換金して、その半額をグリセルダさんの宿屋に回廊結晶の位置情報をセーブさせたシュミットに渡したのだと、そして指輪事件を完全に闇に消し去るために、今回の圏内事件に関与したのだと、完璧な推論を述べた。
因みに、シュミットは指輪事件が起こった当日、気づけばポーチに回廊結晶とメモ用紙が入れ込まれており、そこには、グリセルダが宿屋から出た隙に、そこにコッソリと回廊結晶の出口を設定して、その回廊結晶をギルド共有タブに仕舞え、それが出来たのなら、指輪売却値の半分を提供してやる、と書かれていたそうだ。金欲に吞まれたシュミットは、それに従ってしまったらしい。
…まぁ、そのメモの差出人がグリムロックだったわけだけど。そんなキリトの完璧なる推論に対して、グリムロックはボク達の想像を超える反論した。
グリムロック「もし、あの指輪がストレージに格納されておらず、オブジェクト化されグリセルダの指に嵌められていたとしたら?…グリセルダは、スピードタイプの剣士だった。故に売却前に少しだけ、その凄まじい敏捷値を試したくなったとしても、不思議ではないだろう?いいかな、確かに彼女が殺されたとき、共有ストレージに格納されていた全アイテムは私の足元にドロップした。しかしそこに、あの指輪は存在しなかった。そういうことだ、探偵君」
…確かに、その可能性はあり得る。だが、グリムロックがヨルコ達を嗾けようとしたのは確実だ。きっとグリムロックはレッドプレイヤーに殺害を依頼したはず…。しかし、ボク達にはそれを確かめる術がなかった。完璧だと思われた理論に、唯一だけの欠陥があって、それを見事に突かれたのだ。
グリムロックに言い返す言葉が見つけられないのか、キリトも、アルファも、アスナも、そしてボクも、唇を噛み締めて、黙っていることしかできなかった。口元を僅かに歪め、勝利を確信したグリムロックは、早足にその場を去ろうとする。
だが、ヨルコが、静かに、それでいて強く、グリムロックを呼び止めた。そしてヨルコは、リーダーががレア指輪を装備していた可能性はない、と言い切ったのだ。
ヨルコ「ドロップした指輪をどうするかを決める会議をギルドメンバー全員で開いた時、リーダーは、笑いながらこう言ったわ。──SAOでは、指輪アイテムは片手に一つずつしか装備出来ない。右手はギルドリーダーの印章、そして…左手の結婚指輪は外せないから、私には使えない。いい?あの人が、そのどっちかを外して、レア指輪のボーナスをコッソリ試してみるなんてこと、するはずが無いのよ!」
ヨルコがそう反駁したのを、一同は息を吞んで見守っていた。するとグリムロックは、それは根拠のない推論であり糾弾であると、それを言うのならば、まず最初にグリセルダと結婚していた私が彼女を殺すはずが無い、と言ってもらいたいものだね、と余裕気に答える。
それに対してヨルコは、確かに彼の言葉を否定した。彼女は、犯人は無価値と判断したアイテムは殺害現場に放置していったと、それを見つけたプレイヤーがたまたま、リーダーのことを知っていたのだと、皆に内緒で墓標に埋めた遺品があるのだと、それが決定的な証拠であると話し、墓標の裏を手で掘り返し始めた。そしてその中から出てきたの物は──
アスナ「あっ……永久保存トリンケット……」
永久保存トリンケットとは、細工スキルの熟練度を1000に…つまり、細工スキルをマスターしたプレイヤーだけが作れる、耐久値無限の保存箱だ。しかしその大きさは十センチ四方程度であり、故に内包できるアイテムは限られてくる。ヨルコがその銀色の箱をそっと開けると、中には二つの指輪がキラリと輝いていた。
ヨルコ「これは、リーダーがいつもリーダーが右手の中指に装備していた、黄金林檎の印章。…そしてこれは、彼女がいつだって左手の薬指に嵌めていた、あなたとの結婚指輪よ、グリムロック!内側にあなたの名前が刻み込んであるわ!…そして、これがここにあるということは、リーダーは回廊結晶のポータルで圏外に引き出されて殺されたその瞬間、両手にこれらを装備していたという揺るぎない証よ!違う!?違うというなら、反論して見せなさいよ!!」
ヨルコは、涙交じりに絶叫しながら、それを告げた。その圧巻の弁論と今度こそ覆ることの無い絶対的な証拠を前に、誰一人として口を開くことは無かった。静寂から十数秒経ってようやく、グリムロックが、己がグリセルダを間接的に殺害したことを認めるように、その場に項垂れた。
そんなグリムロックに、ヨルコは魂の抜けたような声で訊ねた。…きっと、ここまでくればもう聞かずにはいられなかったのだろう。
ヨルコ「……なんで…なんでなの、グリムロック。なんでリーダーを、奥さんを殺してまで、指輪を奪ってお金にする必要があったの」
グリムロック「……金?金だって?」
彼は膝立ちのまま、く、く、く…と不気味な笑い声を喉の奥から響かせながら、メニューウインドを開き、コルのたっぷり詰まった金貨袋を床に落とした。
そして、指輪を売却した際に発生した金の半分は、金貨一枚だって減っちゃいない、と答える。呆けるヨルコ…いや、ボク達全員に対して、彼は狂気の独白を始めた。
グリムロック「金の為ではない。私は…私は、どうしても彼女を殺さねばならなかった。彼女がまだ、私の妻でいる間に。…グリセルダ。グリムロック。頭の音が同じなのは偶然ではない。私と彼女は、SAO以前にプレイしたネットゲームでも常に同じ名前を使っていた。そしてシステム的に可能ならば、必ず夫婦だった。なぜなら…なぜなら、彼女は現実世界でも夫婦だったからだ。私にとっては一切不満の無い理想的な妻だった。夫唱婦随とは彼女の為にあったとすら思えるほど、かわいらしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩もしたことがなかった。だが、共にこの世界に囚われたのち…彼女は変わってしまった…」
…SAOに夫婦でログイン…タイラも親子でログインしたと言ってたのだから、それもあり得る話なのだろう。
グリムロック「強要されたデスゲームに怯え、怖れ、簸るんだのは私だけだった。いったい、あの彼女のどこにそんな才能が隠されていたのか…。戦闘能力に於いても、状況判断能力に於いても、グリセルダ…いや、ユウコは大きく私を上回っていた。それだけではない、彼女はやがて、私の反対を押し切ってギルドを設立し、メンバーを募り、鍛え始めた。彼女は…現実世界に居た時よりも、遥かに生き生きとし…充実した様子で……。その様子を傍で見ながら、私は認めざるを得なかった。私の愛したユウコは消えてしまったのだと。例えゲームがクリアされ、現実世界に戻れる日が来たとしても、大人しく従順だったユウコはもう永遠に戻ってこないのだと」
既に舞台は彼の独壇場だ。誰一人として彼の次なる言葉を待つように、視線をグリムロックに注視し続けた。グリムロックは小刻みに震えながら猟奇的な囁きを続ける。
グリムロック「……私の畏れが、君達に理解できるかな?もし現実世界に戻った時…ユウコに離婚を切り出されでもしたら……そんな屈辱に、私は耐えることが出来ない。ならば……ならばいっそ、まだ私が彼女の夫であるあいだに。そして合法的な殺人が可能な、この世界にいるあいだに。ユウコを、永遠の思い出の中に封じ込めてしまいたいと願った私を…誰が責められるだろう……?」
グリムロックの狂気染みた独白が終わった時、この場にいる誰もが、息を吞んで言葉を発することが出来なかった。…きっと、誰も彼もが、グリムロックのその異常に捻じ曲がった精神性を理解できないでいるのだろう。
だが、何かの間違いなのか、それとも、これは必然的なことであったのか、ボクには理解できてしまったのだ。彼の抱いた畏れの気持ちを…。
……もし、ボクを好いていてくれているアルファが……ボクが、HIVキャリア持ちであることを知ってしまったとき、彼はボクに、どんな目を向けるのだろうか。彼は今まで通りボクに変わらず接してくれるのだろうか。
…彼が、変わらずボクに接してくれると、彼を信じる気持ち以上に、彼が自分に奇怪な目を向けるのではないか、と、ボクを避けるようになるのではないか、と異物を見るような冷たい視線を浴びせてくるのではないか、と、そう思ってしまう僅かな畏れが瞬く間に増幅し、心がそれによって冷たく、重く支配される。
……ならば、ならばいっそのこと、彼のようにアルファを殺すとはならずとも、ボクは……彼がボクを純粋な眼差しで…一人の同じ人間として見つめてくれているうちに、全てを終わらせてしまい、彼と同じように永遠の思い出として己の中に閉じ込めてしまうのではないだろうか……?
そんな、ボクの心のうちを読み取ったのか、一瞬、グリムロックと目が合った気がした。その目に宿る異常な情熱が、まるで自分の鏡写しのようにボクの瞳に映る。そして彼は、ボクを哂うように口を開いた。
グリムロック「……く、く、く、く……そこのヘアバンドの君は、私の気持ちを理解できるんだろう?」
ユウキ「……っ」
グリムロック「なに、戸惑うことは無い。人間というものは、誰しもが内に秘めたる狂気を持ち合わせているのだよ。…それも、自分では気が付かないような、ね」
ボクは、グリムロックの言葉に何も言えず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。そんな中、彼がグリムロックに言い返す。
アルファ「…てめぇとユウキを一緒にすんじゃねぇ…ユウキはユウキだ。お前とはまた別の人間だ」
彼は若干苛立ちながら、グリムロックに対して反論してみせた。きっと心優しい彼のことだ。何も言い返せないままでいるボクの代わりに、グリムロックに言い返してくれたのだろう。
だが…あぁ、違うんだ。そうじゃないんだ。君には見えないのだろうけど、ボクにはグリムロックと随分似通った醜悪な精神性が己の根幹にこびり付いているのだ…と、それを言葉にする勇気などありもせず、心の内で唱えるだけに留まる自分をひたすらに哂い、嗤う。そんな中アスナが、更に反駁する。
アスナ「あなたがグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない。ただの所有欲だわ。まだ愛しているというのなら、その左手の手袋を脱いでみせなさい。グリセルダさんが殺されるその時まで決して外そうとしなかった指輪を、あなたはもう捨ててしまったのでしょう」
アルファ「……」
アスナの一声に、つい先程まで仲間を見つけたように喜びを見せていたグリムロックは、再び肩を小刻みに震わせ、左手の手袋を右手で抑えながら、しかし手袋を外し、指輪がここにあるのだと証明することは無かった。再び訪れた静寂を破ったのは、これまで黙り続けていたシュミットだった。
シュミット「……この男の処遇は、俺達に任せてもらえないか。もちろん、私刑にはかけたりしない。しかし罪は必ず償わせる」
シュミットは落ち着いた声と普段身に纏っている覇気を取り戻して、そうハッキリと告げた。キリトがその様子を見て、分かった、任せる。と答えると、シュミットは無言で頷いてから、グリムロックの左腕を掴んだ。その時アルファが、まだレッドプレイヤーがいる可能性もあるから、俺も一応同行してもいいか?と訊ねると、シュミットがよろしく頼む、と言葉を返した。
シュミットとグリムロックが丘を降りていく前に、彼はボクの傍に来て、大丈夫だ。アイツが言ったことなんて気にしなくていいからな、と優しくボクを慰めてから、ヨルコとカインズの護衛を頼む、またあとで合流しよう、と言い残し、シュミットたちを追いかけて行った。
……なぜ…どうして彼はあんなにも強く、純粋に、汚れを知らず、どれだけ地を這い蹲ろうとも、どれだけ絶望に打ちひしがれようとも、何度でも立ち上がって、未来に立ち向かっていけるのだろうか。ボクは遠のく彼の背中を見て、そう思わずにはいられなかった。
────────────────
アルファ「……」
俺、シュミット、そして指輪事件及び圏内事件の裏の真犯人であったグリムロックの三人という、歪なパーティーで俺達は主街区を目指し、夜のフィールドを歩いていた。丘から主街区まではに十分ほどの距離があるが、その道中、三人は一言たりとも言葉を発することは無かった。レッドプレイヤーが潜んでいるかもしれない、という俺の考えは杞憂に終わってくれて、俺達は無事に主街区に辿り着くことが出来た。
フィールドでグリムロックが逃げ出す、ということはなく、彼も大人しくシュミットに主街区まで連行されている。そしてに十分ぶりに、俺は口を開いた。
アルファ「で、こっからどうする?軍に預けに行くのか?」
シュミット「…いや、取り敢えずはDDAの本部の一室に閉じ込めておく。構わないか?」
アルファ「あぁ、好きにしてくれ」
てっきり、第一層の監獄エリアにぶち込んで、無期懲役という形で罪を償わせるつもりなのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。まぁ、どういう罰を与えるのかは、ヨルコとカインズとの話合い次第なのだろう。
DDAの本部の一室ならば、DDAのメンバーではないグリムロックにはドアを開ける術はないだろうし、脱出逃走劇だなんて笑えない結果にもならないだろう。そんなことを考えていると、グリムロックが皮肉気味に発言した。
グリムロック「…仮に私が罪に問われるというのなら、指輪事件の片棒を担いだ…グリセルダ殺害に関与したシュミット君も罪に問われるべきなのではないのかな?そんな加害者でもある君に、捕らえられることとなるとはね」
シュミットに精神的負担を掛けるのが目的なのか、棘のある言葉を送ったグリムロックに対して、シュミットはハッキリと答えた。
シュミット「罪を認識するのは己の心だ。罰を司るのは他人の心だ。オレも、ヨルコとカインズが俺の罪を償えというのなら、甘んじて受け入れるつもりだ」
グリムロック「…」
シュミットの信念の籠った宣言を受けて、グリムロックは再び押し黙った。そのまま十七層の転移門を利用して五十六層の主街区に降り立ち、DDAの本部に向かって歩いて行く。そしてようやくDDAの本部の前にまでやって来た時に、再びグリムロックが口を開いた。
それは、俺に向けられた言葉であり、その目はレッドプレイヤーが内に秘めているような、何処か異常な輝きを放っていた。
グリムロック「…恐らく、君はあのバンダナの少女と恋仲なのだろう?私も交際から結婚までの過程を経験してきたのだ。それぐらいは分かる」
アルファ「…なにが言いたい」
グリムロック「く、く、く…忠告しておこう。彼女はいつの日か、必ず取り返しのつかない過ちを犯すだろう。彼女は私と似ているんだよ。きっと彼女も、私と同じように罪を犯すことになる。愛情を手に入れ、そしてそれが失われようとしたときにね」
アルファ「それは無い。…俺もお前に一つ教えてやるよ。ユウキとお前には決定的な違いがある。それは、お前は最後の最後でグリセルダを信じられなかったことだ。例えユウキがどれだけお前に近しい存在であったとしても、ユウキは必ず俺を信じて抜いてくれるはずだ」
グリムロック「…さぁ。果たしてどうなるのだろうね」
シュミット「グリムロック、もう黙れ。…アルファ、ここまでありがとうな。後は任せてくれ」
アルファ「あぁ、んじゃ、またな」
シュミットが、グリムロックを引き摺るようにDDAの本部に連れ込んでいくのを眺めてから、俺もその場を後にした。転移門まで向かっている途中に、ユウキからパスタ専門店の前で待っている、とのメッセージが入っていたので、確かにアスナの作ってくれたバゲットだけだと少し腹の減っていた俺は、今から向かう、とメッセージを返してから、そちらへと向かって行った。
メッセージ通り店の前で待っててくれていたユウキと、少し遅めの晩御飯を頂いた。今日はカニクリーム風味のソースのパスタを注文したが、そろそろこの店の味付けも全種類コンプリート出来そうだ。それらを食べ終えて、近くの出店でアイスクリームを買い食いしながら、俺達はギルドホームへと歩いていく。そんな中で、俺は不意にユウキの右手を握った。ユウキは、驚いたようにこちらを眺めている。
ユウキ「ふぇ?…あ、アルファから手繋いでくれるなんて、初めてだね…」
アルファ「…そうだろ?俺もたまにはこうやって強引にユウキの温かさを感じていたいんだよ」
ユウキ「…全然、驚くぐらいアルファは優しいんだけどね…」
ユウキがそんなことを言いながら、俺に体を寄せてきた。俺も少しだけユウキに近寄り、くっつくようにして街を歩いて行く。
アルファ「……なぁ、さっきアスナが言ってたことなんだけど」
ユウキ「どうしたの?」
アルファ「アスナは所有欲は愛ではない、って言ってただろ?だけどさ、俺が今こうしてユウキの手を握り締めたのは、俺が他の誰にもユウキの手を握らせたくないと思ったからかもしれない。…なら、これは紛れもなくユウキに対する俺の所有欲なんじゃないのか?だとすれば、俺はユウキを好きでないということなんだろうか」
…だからと言って、俺がユウキを好きでないという証明になるわけではないと分かってはいるのだが、俺はどうしてもこの疑問を解消したかった。
アスナの考えは間違っていて、所有欲も愛の一つであるのか。それとも、アスナの言う通り所有欲は愛などではなくて、俺の抱いているユウキに対する感情の一部は、グリムロックが孕んでいたような狂気を宿す可能性のあるものなのか。それを知りたかったのだ。ユウキは暫く考え込んでから、俺に微笑んだ。
ユウキ「……ううん、アルファが僕に抱いている感情は、所有欲じゃなくて、独占欲なんじゃないかな。確かにアスナの言う通り、所有欲は愛にはなり得ないんだと思う。だけど、独占欲は愛の一つの形なんじゃないかな。所有欲と独占欲、似ているけれど本質は全く別のもの。そういうことなんだとボクは思うよ」
…なるほど、そういう考え方がしっくりくるな。俺はユウキが出した答えに納得し、それを受け入れた。そして、ユウキに対してニヤリと笑みを浮かべる。
アルファ「…にしても、自分でそんなこと言って恥ずかしくないのか?」
ユウキ「…な!?そんなの反則だよ!せっかく真面目に考えたのに、もう知らない!」
アルファ「お、おい!ごめんって~!」
ユウキ「もう知らないよー!」
俺の揶揄いに顔を紅潮させたユウキは、プイっとそっぽを向いてから、俺の左手を乱暴に振り解いて、スタスタと歩いて行く。そんなユウキに俺は笑いながら謝ると、ユウキも愉快そうに笑いかけてきた。そして、ボクを追い掛けろと言わんばかりにその場から駆け出したユウキを、俺は追い始めたのだった。
次回の投稿日は明日となります。
では、また第72話でお会いしましょう!