アルファ「ユウキ!」
ユウキ「分かってる!」
前方から火炎ブレスが吐き出す上半身を逸らした予備モーションが確認したことから、俺とユウキは極限まで身体を近づけ、その場で単発ソードスキルを発動し火炎ブレスを断ち切る。ソードスキルにより俺達には僅かな硬直時間が発動するが、火炎ブレスを吐きだした緑色のドラゴンも反動があるのか、その巨体を大きく震わせながら低い唸り声を上げるだけだ。
先に硬直状態が解けたのはこちらだ。俺達は瞬間的にドラゴンのすぐ傍まで接近し、その鉄壁の鱗に剣を走らせた。この作業はもう何度も繰り返しており、とうとうその鱗が剥がれ落ちる。弱点部分を曝け出したドラゴンは危機感を募らせたのか、長い尻尾を振り回し、そこに攻撃を加えようとしている俺達を牽制する。
だが、一歩引いた俺は投げナイフを投擲、ユウキは刀身に淡い輝きを迸らせ月光波を放ち、遠距離攻撃を仕掛けた。綺麗に弱点部分を貫いた俺達の攻撃によって、ようやくドラゴンはその巨体をポリゴン片へと変化させる。強敵を打倒した喜びから、俺とユウキは普段通り拳を突き合わせ勝利を祝った。
ユウキ「おっ!やっとドロップしたよ!」
アルファ「や、やっとか…」
ユウキのその言葉を聞いて、俺はへなへなとその場に腰を下ろしたくなったのだが、ここは迷宮区だ。幾ら攻略済みの迷宮区とは言えど気を抜くわけにはいかない…とどうにかその気持ちを堪えて、ユウキにドロップ品をギルド共有タブへと移してもらった。
俺がそちらに目を通すと、そこには確かに<ドラゴンの皮革>というアイテムが一つ存在していた。そんな単純な名前をした素材アイテムではあるが、このアイテムをドロップするのはドラゴン系モンスターだけだし、そもそもドラゴン系モンスターが登場する階層が限られており、一番上質な鱗革が入手できるのは現状ではここ第五十層の迷宮区に登場するドラゴンだけである。
革素材アイテムを集めているのは勿論俺のコートを新調する為なのだが、ならば現在の最前線第63層で入手できる牛の革の方がスペックがいいのではないかと思う輩もいるだろう。しかし、革系の素材界において最も優れているのは、紛れもなく、ドラゴン系のモンスターがドロップするものなのだ。故に。コート関連の装備に置いて、ここ第五十層で手に入るドラゴンの皮革の右に出るものは無い。
だが、ドラゴン系モンスターは総じて体力や防御力、攻撃力に多彩な技と同じ層のモンスターと比べても数層分強力なモンスターとなっているため、狩ること自体が困難である。それでも俺達攻略組ならば、流石に十層以上も下の階となれば、苦労はするが狩る対象になり得るのだ。
ユウキ「結局どれぐらい時間掛ったんだったけ?」
アルファ「ざっと二時間半、ってとこだな」
ユウキ「どうりでお腹が減ってきたわけだよ。今日はどこに食べに行こっか」
迷宮区タワー最上階をうろつきながらボス部屋へと侵入し、そこにある螺旋階段を登りながら、俺達はそんな会話をしていた。一度クリアされたボス部屋にはもうフロアボスは出現せず、そこには次層へと続く螺旋階段が設置されている。ここを登れば、五十一層の主街区に近いフィールドに出ることが出来る為、いちいち迷宮区タワーを降りていくよりは早く街に辿り着けるはずだ。
因みにだが、俺達は二時間半の間延々とドラゴンと戦闘を繰り広げていたわけだけど、さっきドロップした分を合わせても、合計十個の鱗革しか入手出来ていない。あのアイテムは素材としての優秀さに加えて、レアアイテムでもあるのだ。なのに、ドラゴンの皮革を集めてくるのなら、ついでに幾つか余分に取って来てくれませんか?だなんてお願いしてきたタイラはやはり悪魔的な人物である。螺旋階段を登り切り、フィールドを駆けていく中で、ユウキが思い出したように口を開いた。
ユウキ「…あ、そう言えばこの次はインゴット集めだったよね?先にリズベットにお願いしに行こうよ」
アルファ「…やっぱり覚えてたのか。黙っていれば忘れてくれるものかと…」
ユウキ「うわ~、酷いなぁ~」
アルファ「ま、約束は約束だからな。ちゃんとお供するって」
俺達は今朝、ユウキのメインアーム更新のためにインゴットの回収に行くのか、それとも俺の新たなコートをあつらえる為にドラゴン狩りに勤しむのかをコイントスで決めたのだが、それは表を選んだ俺の勝ちで終わり、まずはドラゴン狩りから始めたのだ。
…言っておくが、本当にユウキのインゴット集めを無いものにしてしまおうだなんてことは微塵も思っていない。ユウキの生存率アップの為ならば、俺はどれほどの時間をかけても構わないのだ。ただ、俺もお腹が減って来ていたので、先にご飯が食べたかっただけである。五十一層の主街区に辿り着き、転移門を利用して流れるようにリズベット武具店の前まで辿り着いたのだが、そこで問題が発生した。
ユウキ「…あれ?お店閉まってるね」
アルファ「確かに珍しいな…何か用事でもあったんじゃねぇの?」
ユウキ「じゃあ、インゴット集めはまたあとでにして、まずはお昼ご飯だね」
リズベットにお願いされて、俺達が彼女の護衛を務めながらインゴット集めをすること自体はよくあることなのだが、今回はいつもとは違った理由でリズベットにインゴット集めに同行してもらいたかったのだ。
何でも十日ほど前に、第五十五層の片隅にある小さな村で、西の山に住む白竜が毎日餌として水晶を齧り、その腹で貴重な金属を精製している、と話す長老NPCが発見されたらしく、長老からクエストを受諾すると、西の山に貴重なインゴットを溜め込んだ白竜に出会えるらしい。
白竜は竜種なのだから、ドロップ品の中に鱗革があっても良さそうなのだが、これまでに幾度となく編成されてきた白竜討伐部隊によると、ドロップするのはケチな装備と少額のコルだけのようで、鱗革などドロップしないらしい。…やっぱり、現実はそう上手くはいかない、と言うことこのクエストで暗に示していたりするのだろうか。ま、流石にそれは邪推だとは思うが。
しかし、白竜を倒しても貴重な金属が手に入らないというのならば、貴重な金属は一体どのタイミングで手に入るのだ、と言う話になってくるのだが、実は、それが未だに判明していないのだ。それ故に、長老が片手剣士だったという話から、討伐部隊全員が片手剣使いである必要があるとか、スピードクリアの必要があるとか、様々な噂が飛び交っているのだが、その中でも特に、貴重な金属なのだから、マスタースミスがパーティーにいる必要がある、という噂が一番信憑性が高そうだと俺とユウキは見積もり、いつか自分がマスタースミスになったことを自慢していたリズベットをパーティーに編成してクリアしてみよう、と思っていたというわけだ。
しかし肝心のリズベットが不在となれば、俺達の計画も頓挫するわけで、俺達は六十三層に転移し、適当な飯屋を探していた。
ユウキ「アルファ、この店にしない?」
アルファ「賛成だ。俺もこの店に何となく惹かれてた」
ユウキが指差した先にあった店はポストモダン的な洋風のオシャレな外観デザインであった。扉を開けて店内に入ってみると、中もこじゃれた雰囲気を醸し出しており、これは当たりのNPCレストランだろうと期待を高める。
ちょっとした余談ではあるが、俺はこの世界に来て以来、直感と言うか、第六感と言うものを信じるようになった気がする。今回この店を選んだのも、なんかビビッと来たから、という直感でしかない判断によるものなのだ。席に着き、メニュー表に目を通すと、ここがオムライスみたいな見た目をした食べ物を販売している店であることを察した。俺もユウキもこの店おススメらしい昔ながらのオムライスと飲み物を注文し、料理が到着するのを待つ。
数分後料理が届けられ、出来立てほやほやのオムライスが俺達を出迎えてくれた。早速スプーンでオムライスをすくってみると、断面図もしっかりとチキンライスが詰まっている正真正銘のオムライスだった。別に俺はオムライスは好きでも嫌いでもないが、ここ一年以上オムライスを味わっていないので、ここらで現実世界の料理を想起していきたい気持ちもある。そんな期待を抱きながら、俺はオムライスを口にした。
アルファ&ユウキ「「!?」」
オムライスを口に入れ噛み締めた瞬間から、俺の口内には宇宙が広がっていた。卵は妙に硬く、チキンライスはゴワゴワとしていて、ライスの中に入っていた野菜のサイズが大き過ぎる。味付けはケチャップの酸味を凝縮したようなものであり、食材の良さを際立たせ、それをまとめ上げるのが美味しい料理だとするのなら、このオムライスはその真逆を突き進んでいる…つまりは、これは究極的に不味い。
俺もユウキも急いで注文した飲み物でその味を洗い流そうとしたが、あろうことかその飲み物も苦み成分満載であった。俺とユウキは、無表情で顔を見合わせながら、満場一致の意見を交わす。
アルファ「俺の中では、この店がアインクラッドで一番不味いんだと思うけど、ユウキはどう思う?」
ユウキ「間違いないね。ボクもそう思うよ」
普段はちょっとマズめの料理が出てきても、不思議な味だね~、と特段それを気にすることなく料理を口に運んでいるユウキも、今回ばかりは提供された料理が不味いことを認めざるを得ないらしい。
…先程、俺は第六感を信じるようになったと言っていたが、その発言は取り消しさせてもらおう。あれはウソだ。アインクラッドの世界では、ちょっと微妙な料理がありふれてはいるが、ここまで大外れの料理店はこれまでに出会ったことが無かった。もしこれを勘で引き当てたとでもいうのなら、そんな第六感など滅んでしまえばいい…とは言え、どれだけクソ不味い料理だとしても、例え提供した者がプレイヤーではなかったとしても、作ってもらった以上は死ぬ寸前までは食べることを放棄する気にはなれない。ユウキも俺と似たようなことを考えているのか、気合いでオムライスを完食した。
…もう二度と行きません。もう次からは見た目で判断しません。と自分の心に戒めを刻みながら、俺達は店を後にした。その道中に口直しがてら、焼きそばみたいなものを食べてから、俺達はタイラの店へと向かう。扉を開けるといつもと変わらず、タイラが出迎えてくれた。
アルファ「ういーっす、ドラゴンの皮革持って来てやったぞ~」
ユウキ「えーっと、アルファのコートに六枚使うから…約束通り四枚持ってきたよ!」
タイラ「アルファ君、ユウキちゃん、今朝ぶりですね。まさかお昼一番に戻って来るとは…流石は攻略組といった所でしょうか」
タイラが口にする上っ面だけのお世辞は置いておいて、ユウキがドラゴンの皮革を十枚タイラに手渡すと、この時間帯とはいえ店内にいたプレイヤー達が、おおっ!とレア物をその目で見たという感動から声を上げてくれる。
そう言えば、一、二週間前、何故かは知らないが俺とユウキが私服デートをしていた写真がタイラの元へと流通していて、それを出汁に色々揶揄われたこともあった。その時、そもそもタイラのことを紹介してくれたのはアルゴであったことを思い出したわけだが、だからといってどうということもない。その後アルゴを問い詰めたぐらいだ。
タイラ「ありがとうございます。…恐らく、今日中には最高のコートを仕立て上げられるでしょうから、完成したらまた連絡しますね。あ…これがそのお礼です。心付け程度のものですが…」
アルファ「マジで心付け程度じゃねぇかよ。偶には面倒臭さに見合った報酬とものをだな…」
タイラ「人件費及び光熱費、固定資産税のせいですかね」
ユウキ「アハハ~どれもこの世界だと全く無縁のものだけどね~」
タイラが渡してくれた硬貨数枚は、路上ライブのチップかと勘違いするほどショボい枚数であった。俺とユウキはそれを皮肉りながらも、タイラからの文字通りちょっとした厚意を有難く受け取っておいた。
俺達は店を後にして、これからリズベット武具店にもう一度寄り、リズベットが居たらインゴット集めを、居なければレベリングに励むというプランを打ち立てていると、前方から音速の何かが通り過ぎて行った…と思ったらまるで逆再生をするようにこちらへと戻って来た。俺達の前でピタリと止まった彼女は、第一声を放つ。
アルゴ「アー坊にユーちゃんカ…ちょうどよかった、ちょっとオレっちのお手伝いしてくれないカ?報酬は弾むヨ?」
アルファ「これまたいきなりのお願いだな…それで、俺達はどんなお手伝いをしたらいいんだ?」
アルゴ「…犯罪プレイヤー達のギルドと繋がりを持っているであろう商人クラスのプレイヤーの尾行…そしてそれが真ならば、その場で犯罪プレイヤーを含めた輩の捕獲…カナ。オレっち一人じゃどうしても全員を捕らえられる気がしないカラ、出来ればあと二人ぐらい手を貸してくれる人が居たらナ、って」
ユウキ「それはまた物騒な話だね…よし、ボクらがアルゴのお手伝いするよ!アルファはそれでいい?」
アルファ「…まぁ、ユウキが協力するってなら、俺も協力してやんよ」
アルゴ「二人共、ありがとナ。高レベルプレイヤーが二人も加わってくれるのは、中々安心ダ。…一応念押ししとくケド、もし危ない状況になったら、迷うことなく転移結晶で脱出してくれよヨ」
ユウキ「それはもちろんだけど、アルゴを置いて逃げるだなんてことは絶対にしないからね!逃げるときはみんな一緒だよ?」
アルゴ「分かってるヨ、ユーちゃん。それじゃ、オレっちに付いてきてくれヨ。移動中に色々話すカラ」
申し訳ないが、アルゴとユウキには俺の出せる最高スピードに合わせてもらい、俺達はアルゴの誘導に従った。
その途中にアルゴが話してきた内容によると、この世界で生産系スキルを駆使し生計を立てているプレイヤー達を職人クラスと呼ぶわけだが、彼らはなんと崇高な思想の持ち主が多いらしく、多くの職人クラスのプレイヤーの間で、中層プレイヤーの育成支援を目的とした集いがあるらしい。そんな素晴らしい集団を形成しながらも、彼らが商人ギルド、みたいな形でギルドを作り上げていないのは、ギルドに加入すると商人の売り上げの一部がギルドマスターへと徴収されてしまうからだろう。中層プレイヤーのサポートという大きな負担があるというのに、更にコルを巻き上げられては辛いということだ。
兎に角、そうして二十人余りの職人クラスのプレイヤー達が中層プレイヤーの育成にコルをつぎ込んでいたらしいが、どうにもそのコルをネコババしている奴がいる可能性が高い、ということに誰かが気が付いたようで、アルゴにその人物の基本情報を探ってもらっていたらしい。そうしてアルゴがそのプレイヤーに関する情報に探りを入れていたのだが、そこでなんと、そのプレイヤーが犯罪ギルドと繋がりがあるのでは、と言う結論に行き着いたとのことだった。
…まったく、人の善意に付け込んで悪意を垂れ流しにするプレイヤーには反吐が出る。
アルゴ「それじゃ、ここから例のプレイヤーが来るのを待とうカ。因みに、そのプレイヤーの名前は<グラシェ>ダ。見た目は銀色の軽金属装備とごっついメイスを装備しているカラ、直ぐに分かると思うヨ」
アルファ「了解だ」
アルゴに案内された先は、第43層の主街区の奥地にある小さな店であった。俺達は隠蔽スキルを発動させ、物陰に潜みながら、例のプレイヤーがやって来るのを待っていた。
ちょうど二十分後に、アルゴが教えてくれた風貌にそっくりなプレイヤーが店内に入り、その十分後ぐらいに一人の曲刀使いのプレイヤーが店に入って行く。恐らく、曲刀使いの男は犯罪ギルドのグリーンプレイヤーとしての役割を担っているのだろう。やり取りを済ませたのか、二人が店内を後にしようとする。
アルゴ「…ユーちゃんはグラシェの方を追ってほしいナ。この記録結晶に今のシーンを激写してあるカラ、それを見せつけて監獄エリアに繋がってる回廊結晶に自首することを呼びかけてクレ。もしその場から逃げ出そうものナラ、武器で威嚇してもいいし、圏外にまで逃げ出したらこっちの麻痺毒付きのダガーで動きを阻害してもいいカラ」
ユウキ「…分かった。アルゴとアルファはどうするの?」
アルゴ「オレっち達は犯罪ギルドを取っ捕まえに行ってくるヨ。ちょっとの間アー坊のこと借りるケド、構わないカ?」
ユウキ「うん。不束者だけどよろしくね!」
アルファ「笑顔で嘘ついてんじゃねぇよ。俺は優秀な助手としての才能に溢れてるんだからな」
適当な会話を済ませてから、俺達は二手に分かれた。俺達が後を付けている方のプレイヤーは、やはりフィールドに出て、三十分ほどかけてこの層にある圏外村へと移動する。その途中にユウキから、無事にグラシェを監獄エリアにぶち込んだとの趣旨のメールが届き、俺は一安心した。
曲刀使いの男は圏外村に入って手前三個目の家屋に入っていく。コッソリと窓から中の様子を伺うと、そこには曲刀使いを合わせて八名ほどのプレイヤーがいた。その内六名はオレンジプレイヤーである。
アルファ「アルゴ、見つけたはいいけど、こっからどうするんだ?…ま、アイツらの装備的にもごり押し出来そうだけど…」
アルゴ「…そうだナ。耐毒ポーションを飲んでカラ、一気に片付けようカ」
圧倒的なレベル差を利用した制圧作戦を決行することに決めた俺達は、耐毒ポーションを呷り、毒耐性のバフを付与する。これで相手が麻痺毒を使ってこようとも、毒抵抗値を上回ってこちらが麻痺することは無いだろう。
この世界に存在する建物は、基本的には破壊不能オブジェクトであり、持ち主が許可したプレイヤー以外の侵入は不可能である。しかし、こうして圏外村にある建物は、相変わらず破壊不能ではあるものの、侵入自体は誰でも出来るのだ。俺達は勢いよく家屋の扉を開き、彼らに呼び掛ける。
「な、なんだっ!?」
アルファ「てめぇら、年貢の納め時だぁッ!!大人しく俺達が用意した回廊結晶で監獄エリアに入っていくか、俺達に無理やり監獄エリアに放り込まれるか、好きな方を選べ…」
アルゴ「ま、オレっち達は高レベルプレイヤーだカラ、抵抗するのはあまりおすすめ出来ないヨ?」
突然の事態に、彼ら犯罪プレイヤー達も動揺を隠せずにいたが、やがて冷静さを取り戻したのか、それとも敗北を悟って自暴自棄になったのか、俺達に剣を抜いてきた。
「お前ら!相手はたったの二人だ!殺るぞッ!」
「「おおっ!!」
このギルドのリーダーらしいプレイヤーが残りの七人に呼び掛けると、彼らは威勢よく雄叫びを上げた。次々と俺達に飛び掛かって来る彼らの剣を、俺は呆れながら捌きつつ、それでもアルゴを庇いながらだと、一対八なわけで、流石に全ては捌き切れず、彼らに身体を斬り刻まれた。
しかしオートヒーリングの効果ですぐに体力は全快し、彼らも俺を倒すことが出来ないと否応なしに理解してしまったようだ。渋々アルゴの展開した回廊結晶を渡り、彼らは監獄エリアへと自首していったのだった。ここまでは俺達が圏外村へとやって来てから僅か十分ほどの出来事である。
アルゴ「アー坊、どうしてオレっちを庇ったんダ?確かにオレっちは攻略組ほど高レベルプレイヤーではないケド、今の奴らよりは確実にレベルが高かったヨ?」
アルゴが不思議そうにそう訊ねてきて、俺は一瞬返答に困った。しかし、別に嘘をつく必要もないので、正直に答える。
アルファ「…万が一を考えるなら、わざわざ攻撃を受けるのは俺だけでいいだろ?それだけだ」
アルゴ「…へぇ、オレっちはてっきり、アー坊がオネーサンに浮ついた心を持っていたのかと勘違いしちゃったナ~」
アルファ「俺はユウキ一筋なんだよ」
アルゴ「今の録音しておいたカラ、後でユーちゃんにプレゼントしようカナ?」
アルファ「それだけはやめてくれ。普通に恥ずかしいから」
俺達は無駄口を叩き合いながら、再び主街区へと戻って行った。俺とのちんけな約束などアルゴが守ってくれるはずもなく、先程の俺の言質が入った録画結晶はユウキにプレゼントされてしまった。だが、それを聞いたユウキが嬉しそうに笑っているのを見て、こちらとしても嬉しい気持ちになる。
俺達はてっきりアルゴが報酬を払ってくれるのかと思っていたのだが、アルゴによると依頼主からぶんどればいいとのことなので、彼女の案内に従って依頼主の元まで向かっていた。
アルファ「……アルゴ、ここが依頼主がいる場所なのか?」
アルゴ「そうだヨ」
ユウキ「ってことは…」
アルゴが扉を開けると、いつも通りのあの声が俺の耳に入って来た。
「いらっしゃいませ…アルゴちゃんですか、お疲れ様です。…それに、アルファ君とユウキちゃんですか、ちょうど今コートが出来上がったとのメッセージを送ろうとしていたんですが、手間が省けましたね。ではアルゴちゃんはちょっとそこら辺で待っておいてくれませ──」
アルファ「…お前がアルゴの言ってた依頼主なのか…タイラ」
タイラ「依頼?…あぁ、もしかしてアルゴちゃんに依頼したことを、アルファ君たちも手伝ってくれたんですか?」
ユウキ「そうだよ!にしてもタイラが中層プレイヤーのサポートに尽力してるなんて、ボク感心しちゃったよ!」
タイラ「…アルゴちゃん?話したんですね?」
アルゴ「にゃ、にゃはは…オレっちは情報屋だからナ…」
タイラに詰められて、珍しく焦る様子を見せたアルゴを観察しながらも、俺の内心は非常に衝撃を受けていた。
…タイラが、中層プレイヤーの育成支援だと!?俺はその事実に驚愕するとともに、同時に感慨深い気持ちに襲われる。…かつては攻略組を嫌い、店にさえ入れなかったあのタイラが、今では攻略組を目指して活動している中層プレイヤーのサポートをこなしている…これほどまでに人の成長を感じられるエピソードは他にあるのだろうか。恐らく、俺達から安くで素材を仕入れていたのも、中層プレイヤーにハイクオリティの装備を安くで還元するためだったのだろう。
それを俺達に黙っていたなんて、まったくタイラも水臭い奴である。言ってくれれば俺達も快く依頼を引き受けていたのに…。
アルファ「…タイラ、お前最高だな」
タイラ「…それは言い過ぎです。因みに、僕が所属している育成支援会には、アルファ君たちがよく知っているであろう人物もいるんですよ?」
ユウキ「へぇー、だれなの?」
アルゴ「情報料、1000コル」
アルファ「なんかやけに高いな…ほれっ」
アルゴ「まいど、…アー坊たちが知っているとなると多分…エギルだろうナ」
ユウキ「え!?エギルも中層プレイヤーのサポートしてるんだ~。確かにエギルならやっててもおかしくはないよね~」
タイラ「そういうことです…それじゃあ今回の依頼料は…」
アルファ「そういう事情なら、俺は遠慮しとくぜ。俺の依頼料はコートってことでよろしく」
ユウキ「ボクも遠慮しとこうかな」
タイラ「そうですか。では──」
アルゴ「…オレっちはしっかりと依頼料貰うからナ?」
タイラ「…」
俺達がそう答えると、途端に普段の二倍ぐらい明るくなったタイラであったが、アルゴに依頼料を要求されて、普段通りに早戻りした。まぁ俺達はともかく、アルゴはタイラと同じく情報屋としてプレイヤーをサポートしているのだから、お金のやり取りに関しても対等な関係にあるのだろう。
アルゴに依頼料を払い終えたタイラは店の奥へと、アルゴは別件があるから、と店を出て行く。暫くしてタイラが俺達の前に、俺達が苦労して狩ったドラゴンの鱗革とそっくりの深い緑色をしたコートを持ち出してきた。俺はそのカッコよさに興奮しながら、急いでプロパティを確認する。そのコートの名前は<深碧の竜套>この世界にしては珍しく、和名系のアイテム名であった。
タイラ「そのコートには竜の皮革をベースに、現状見つかっている最上級の素材の数々を組み合わせて作った最高の作品です。恐らくこのコートの性能を越えてくるのは、それこそフロアボスからのドロップ品ぐらいでしょう」
タイラが自信満々にそう言ったのにも納得が出来るほど、深碧の竜套のスペックは素晴らしいものだった。防御力は最高級の軽金属装備に負けないほどのものであり、ブレス耐性やスタン耐性、ノックバック耐性などのおまけに加えて、耐久値が94%以上あるときに、三回まで相手の攻撃を50%軽減するというトンデモナイ代物だ。最後の能力は過信は禁物ではあるが、いざと言う時には大いに役立つことだろう。
俺は早速、装備し続けていた茶色いレザーコートに、今日まで俺の命を繋いでくれたことを感謝してから、深碧の竜套をその身に纏った。…うん、思った通りしっくりくるな。俺はコートの具合を確かめてから、ユウキ達の顔を見やった。するとユウキは、俺を小馬鹿にしてくる。
ユウキ「アハハっ!アルファがそのコート着ると、子供が背伸びしてるようにしか見えないや!」
タイラ「確かに、アルファ君には少しばかり大人っぽいデザインかもしれませんね~」
アルファ「なっ!?俺はどっちかと言えば大人だろ!子供なのはユウキの方であって──」
ユウキ「あ!なんでそこでボクが出てくるのさ。そもそもアルファはコーヒーもお酒も飲めないわけだし、そこからして子供だよ!」
アルファ「それはあくまで個人の趣味嗜好だから関係ないんだよ!」
それから、俺が如何ほど大人であるのかを証明するためにひと悶着あったが、結局俺は子供である、という印象を覆すことは出来ず、俺達はタイラの店を後にした。代金は数日前に前払いしていたので、今日は出費はゼロである。中々に値の張るお買い物となったが、まぁあの代金も中層プレイヤーの助けとなるのなら、それでいいのだろう。
そしてお次はお待ちかね、ユウキのメインアーム更新である。流石に夕方前のとなれば、リズベットも武具店に戻ってきているであろうということで、再び俺達はリンダースにあるリズベットのお店へと赴いた。想定通り、リズベット武具店はオープン状態であった為、ユウキが勢いよくドアを開けた。
ユウキ「リズ~!久しぶり~!」
リズベット「いらっしゃいませ~…って、ユウキとアルファじゃない」
リズベットが自然な笑顔で俺達に営業スマイルを浮かべてきたが、その相手が俺達だと分かった途端に、彼女はその笑みを取りやめて、ふてぶてしい顔をしてくる。リズベットは最近になってようやく営業スマイルを身に付けたのだが、やはりリズベットにはこっちの適当な態度の方が相応しく感じてしまう。
アルファ「昼にも一回来たんだけどさ、リズベット居なかったから、もう一回来てやったんだよ。飯でも食いに行ってたのか?」
リズベット「……まぁ、そんなところ。にしてもこんな時間に来店なんて、珍しいじゃない」
ユウキ「そろそろボクのメインアームも更新しなきゃいけないと思ってさ、リズにオーダーメイドを頼みに来たんだけど…もしリズさえ良ければ、今からボク達とフィールドに出てくれないかな?最近五十五層の西の山に出る白竜が、貴重な金属をドロップするらしくてね、どうせなら一番いい金属を使いたいから──」
確かに、夕方前のこの時間帯は、多くのプレイヤーはフィールドや迷宮区に挑んでいるようで、いつもは忙しそうにしているリズベットの店にも来客は俺達しかいなかった。ユウキがリズベット武具店を訪れた理由を話すと、その全てを言い終える前にリズベットが口を挟んだ。
リズベット「西の山ならさっき行ってきたところよ。もちろんそこで<クリスタライト・インゴット>っていう綺麗な金属を手に入れたんだけど、ユウキはスピード系の剣が欲しいんでしょ?」
ユウキ「え?…そうだね~、ボクは軽い剣が欲しいかな」
リズベット「だったらその必要はないわ。あの金属はSTRにブーストの掛かりやすい金属だったから、ユウキにはそぐわない、かな」
…なるほど、西の山に出掛けていたから、リズベットは昼間店を留守にしていたわけだな。リズベットが昼間居なかった理由を理解した俺は、彼女に訊ねる。
アルファ「リズベットがインゴットを手に入れたってことは、やっぱりマスタースミスをパーティーに編成する必要があったってことかよ」
リズベット「それが違うのよ。インゴットを見つけたのはドラゴンの巣の中で……一緒に討伐に行った人の見解によると、それがドラゴンのンコらしいの」
アルファ「へぇ~、んなもんなら、取りに行かなくて正解だったぜ。そんじゃあ結局ミスリル鉱石で作ることになるじゃねぇの?」
ユウキ「ん~、それじゃあミスリル鉱石と、リズが鍛えてくれた<モーントシャイン>をインゴットに溶かして、新しい剣を作って欲しいな」
ミスリル鉱石とは、62層のフロアボスからドロップもしくは、63層で極まれに見つかる鉱脈で少量採掘できる超レア物鉱石である。ミスリル鉱石はスピード系のインゴットだったので、今回の剣作成に使ってしまおうというわけだ。ユウキがリズベットに剣とインゴットを手渡すと、リズベットは何故だか少し困ったような表情を浮かべた。
リズベット「…今日はもう最高の剣を見繕っちゃったから、それ以上の結果を残せるかどうか…」
ユウキ「大丈夫だよ!リズならきっといいもの作ってくれるって、ボクは信じてるよ」
ユウキがそう返事を返すと、リズベットは深く目を閉じて、何かを考え込んでいたようだがやがて、その瞼を強く開き、ユウキに対して答えて見せた。
リズベット「…そうね。あたしなら出来るわよ!二人共、工房まで来なさい!」
瞳に炎を燃やし始めたリズベットは俺達を店の奥へと案内する。その誘導に従った俺達は、リズベットがユウキの愛剣を溶かしてインゴットに変換し、炉の中にミスリルインゴットもポイっと投げ入れた。二つのインゴットが融け合い混ざり合い、一つのインゴットと化した瞬間に、リズベットは炉からインゴットを取り出して、金床の上に乗せる。
壁に掛けてある愛用の鍛冶ハンマーを手に取って、リズベットはゆっくりと赤く光る金属を叩き始めた。カーン、カーンと心地良いリズムを奏でながら、リズベットが普段とは似ても似つかない萎れた様子でで口を開いた。
リズベット「……あたしね、クリスタライト・インゴットを取りに行った人に、恋しちゃったんだ。出会ってたったの一日しか経ってないのに、ホント不思議な話よね。…だけどさ、その人には、あたしは相応しくなくて、あたしよりももっと、隣にいるに相応しい人がいることに気が付いたんだ。…だから、あたしは今は諦めちゃったの。…勿論、第二ラウンドは、また今度繰り広げるって、約束したんだけど…ま、こんな愚痴言っても仕方ないんだけどね…」
リズベットは、懐かしむように、そして恋焦がれるように、穏やかな表情で俺達にそう告げた。俺もユウキも彼女に何も言えないまま、工房にはひたすら金属を叩く音が単調に響き続ける。どれほどの間静寂が続いたのだろうか、金槌で奏でられるメロディが一際大きな音を響かせて、インゴットがその形を変えていく。
そして、俺達の目の前に現れたその剣は、柄の部分は黒に近い紫色に、しかし刀身は深紅に染まった、これまでに見たことの無いような色合いをした細身の片手剣であった。リズベットはそれを手に取ると、苦笑いを浮かべながらユウキに差し出す。
リズベット「…名前は<エーテルヌス・シアルツア>…打った回数は199回…やっぱり、最高傑作は作れなかったか~…」
ユウキ「え!?これが最高傑作じゃないの!?充分に最高の性能だよ!これなら85層ぐらいまで使っていけそうだね…ありがと!」
リズベット「どういたしまして…ま、あたしが言いたいことは、相思相愛なんて滅多にない事なんだから、大事にしなさいよ!ってこと」
アルファ「…」
リズベットはいつもの調子でそう言って来たものの、彼女の表情は何処か曇りがあって、俺はいたたまれない気持ちを感じてしまう。ユウキも俺と似たようなものなのか、暫くの間黙り込んでしまっていた。しかし、次の瞬間にはリズベットの手を引いて、ユウキは彼女に声を掛けていた。
ユウキ「リズ!そんな時はボク達と一緒にやけ食いでもしに行こう!」
アルファ「…そうだな。俺が超絶美味しいオムライス屋さんを紹介してやる」
ユウキ「あそこは絶対にダメだよ!あんな所に行ったら気分も駄々下がりだよ~」
リズベット「ちょっと…まだ当のあたしが行くだなんて言ってない…けど、偶には悪くはないわね。今から食って食って食いまくるわよ!」
ユウキ「おーっ!」
そうして、少し落ち込み気味であったリズベットを元気づけるために、俺達は早すぎる夕食を食べに街へと繰り出したのだった。
次回の投稿日は16日火曜日となります。
では、また第78話でお会いしましょう!