~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第78話 新たなる障壁

 アルファ「……よし、そろそろ帰るか」

 

 ユウキ「ん」

 

 俺が、祈りを捧げ終えるのを待っていたユウキにそう伝えると、ユウキは短く返事を返した。俺達は日が暮れゆき、一方は夕焼けが、一方では夜空が広がり始めている空の下で、ゆっくりと歩み始めた。俺達はオウガとサツキの御魂を静めるために、こうして毎日祈り捧げに生命の碑にまでやって来ているのだが、彼らがこの世を去ってからかれこれ一年以上の時が経過している。

 だが、俺の中での悔恨は古びつつはあるものの、決して癒えることはなかった。そんな俺の心中を知ってか否か、彼女は少し明るめの調子で俺に話し掛けてくる。

 

 ユウキ「今日は何処食べに行く?因みにボクは鍋料理屋さんで懐石料理が食べたいな~」

 

 アルファ「悪くはない…けど、俺はステーキが食いたい!」

 

 ユウキ「なら仕方ないね~、今日は先にデュエルをして、勝った方が今日のご飯を決めない?」

 

 アルファ「ふっ、小娘が。いいだろう、俺がけちょんけちょんにしてやる」

 

 ユウキ「若造が調子に乗るでない。ボクの前では塵と同じ…」

 

 お互いにノリノリで何かの役を演じて会話をしながら、俺達は転移門広場へと向かって歩いていた。夕刻だというのに、はじまりの街を闊歩するプレイヤーは以前に増して減少してきている気がする。ようやく転移門広場まで辿り着いたのだが、目の前には軍の制服を身に纏ったプレイヤーが一人、転移ゲートの前で立ち尽くしていた。しかもそいつは俺達が良く知っているプレイヤーで、無視するのも悪いかと、俺は転移門を潜るついでに声をかけようとした。

 

 アルファ「よぉ、マゼンタ、お疲れ──」

 

 マゼンタ「アルファさんにユウキさん!どこ行ってたんですか!?」

 

 ユウキ「ど、何処っていつも通り生命の碑に…」

 

 マゼンタ「それでもいつもよりも十分ほど早いじゃないですか!俺、二人が今日は来ないのかと思ってビクビクしてましたよ!」

 

 早口で捲し立ててくる彼に対して、俺達は若干押され気味ではあったわけだが、気を取り直して俺が冷静に訊ねる。

 マゼンタという男は、この辺のエリアの治安維持をしている軍所属のプレイヤーであり、毎日一層へと降りてくる俺達とは顔を合わせる機会が多いため、必然的に顔見知りになったプレイヤーの一人である。俺よりも少しだけ年上であろう、だが身長は俺よりも圧倒的に高い、眼鏡をかけた好青年なのだが、そんな彼がどうして俺達に敬語を使っているのかと言うと、彼は攻略組プレイヤーを尊敬しているらしく、俺達がその攻略組プレイヤーであるからだ。

 

 アルファ「落ち着け落ち着け。そんなに慌てて一体どうした?」

 

 俺が両手で空気を押しながらクールダウンすることを求めると、彼は思い出したようにその顔に深刻な表情を浮かべた。そして彼は、俺達に手を合わせながら申し訳なさそうに、それを告げる。

 

 マゼンタ「…アルファさん、ユウキさん、今からちょっと俺に付いて来てくれませんか?結構な一大事が起っちゃったんですよ」

 

 マゼンタが俺達を急かすように小走りに手招きをしてくるもんだから、俺もユウキも思わず彼に付いて行ってしまった。その移動中に何があったのかを訊ねると、彼は今は言えない、と返すばかりだった。

 マゼンタは転移門広場のある中心部からどんどん北上していき、しまいには街の北部にある豪華な宿屋の前までやって来てしまった。俺はデスゲームが開始された初日に、はじまりの街を後にして、そのままホルンカの村へと足を進めていたため、はじまりの街の北部を訪れるのは初めてのことであった。俺がキョロキョロと辺りを見回していると、マゼンタがピタリと足を止めて声を掛けてくる。

 

 マゼンタ「すいません。この宿に、アルファさん達に助けを求めてる人がいるんですよ」

 

 アルファ「…助け?圏内なのに何を?」

 

 マゼンタ「まぁそれは待ってる人に聞いてください。俺は何も言うな、って口止めされてるんで」

 

 俺はてっきりフィールドに仲間が取り残されたから、救出に手を貸してほしいとかそういうことだと思っていたのだが、実際には違ったらしい。ユウキも俺と同じようなことを考えていたのか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 マゼンタの案内に従って、俺達は宿屋の二階に上がり、三本目の廊下の突き当りにある部屋の前に到着した。マゼンタがノックを三回打つと、中からドアが開けられた。そこには──

 

 「なんやマゼンタ、助っ人を呼んできてくれたんか?」

 

 マゼンタに対してそう関西弁で告げたプレイヤーは、小柄ではあるものの骨格はガッチリとしており、頭は尖がったサボテンのような茶髪の、つい一年ちょっと前までは共に最前線で共闘していたあのプレイヤーであった。俺は驚きを隠せないまま、その顔を指差して叫ぶ。

 

 アルファ「キ、キ、キバオウ!?」

 

 キバオウ「ア、アルファとユウキやないかい!?おいマゼンタ!これはどういうことや!?」

 

 マゼンタ「いや~、俺が知り合いに頼りになりそうな奴がいる、って言ったら、そんならそいつらを連れてきてくれ、って頼んできたのはキバオウさんじゃないっすか。俺はちゃんと注文通りのことしたんですから、責められる道理は無いと思いますよ」

 

 キバオウ「…まぁ、それはそうやな…」

 

 キバオウとマゼンタは二人だけで何やら納得してしまっているようだが、俺とユウキはまったくこの状況に追いつけていない。

 …いや、まぁ、マゼンタが俺達に助けを求めた→SOSを求めている人はこの宿に泊まっている→その宿にはキバオウがいた。これぐらいは分かっているとはいえども、それ自体が相当意味の分からない状況なのだ。俺達の思考回路が正しいのかを確かめようと、ユウキが恐る恐る口を開く。

 

 ユウキ「…え~っと、つまりはキバオウがボク達に助けを求めている、ってことでいいのかな?」

 

 キバオウ「……取り敢えず、三人共部屋の中に入ってもろてもええか?」

 

 キバオウは、はぁ~、と深いため息をついてから、俺達を部屋の中に招いてきた。マゼンタは何食わぬ顔で部屋に入室していくが、俺は一瞬危険性を考えてから、ここは圏内なのだから、特に危険はないだろうという結論に至り、部屋の中に入らせてもらう。遅れてユウキも部屋に入って来た。

 俺とユウキが並んでソファに腰掛けると、キバオウがティーカップに透明の液体を注いでくれた。…毒が入ってたりするんじゃないだろうな、なんてことを考えているうちに、同じ液体を注いだティーカップに口を付けたキバオウが、ようやく話し始めた。

 

 キバオウ「…マゼンタの言う通り、ワイは今、高レベルプレイヤーの助けが必要なんや」

 

 アルファ「…助けって、具体的に何なんだよ」

 

 キバオウ「まずは、これを見てからや」

 

 やけに神妙な顔つきでキバオウが自分のストレージから差し出してきたものは、黒い封筒に内包された一通の手紙であった。俺とユウキはそれを手に取って内容を読み取ってみる。するとそこには、7月10日に貴方の命を刈り取らせていただきます。と短い文章が簡素に記載されていた。

 

 ユウキ「随分と悪趣味な手紙だね。やっぱりアインクラッド解放軍のサブリーダーともなると、こういう嫌がらせも来るんだ~」

 

 キバオウ「な、なに吞気な事言っとるんや!?ジブンら知らんのか!?」

 

 アルファ「何を?」

 

 のんびりとしたユウキの解答に、ソファの前にあったテーブルを両手を勢いよく叩いて、剣幕な表情でキバオウが俺達に捲し立ててきた。しかしその発言には目的語が欠けていたわけで、意味を掴み取れなかった俺はキバオウに訊ね返すと、彼は今日一番呆れたような表情で言葉を返してくれた。

 

 キバオウ「…そんな手紙を出すのは、<兇手ノエル>っちゅう二つ名を持ったレッドプレイヤーだけで…そいつが予告状を呈示して失敗した依頼はない…そういう話や。そんで、ジブンらに頼みたいんは、明日一日ワイの護衛をして欲しいってことなんやけど…どうか、引き受けてはくれへんか…?」

 

 …兇手ノエル。そんな名前を聞くのは初めてなのだが、キバオウの尋常ではないほどの焦り様からして、この話はマジなのだろう。俺達の知らない所で、兇手ノエルというプレイヤーが人殺しを働いているのだ。しかし、そんな危険な…一歩間違えればこちらが死んでしまうことも十分に考えられるプレイヤーからキバオウを守るメリットなど、俺達にあるというのだろうか。

 ──断ろう。キバオウには悪いが、俺は彼を見捨てる判断を下した。しかし、それを言葉にしようとしたその時に、ユウキが既に言葉を放っていた。

 

 ユウキ「…分かった。ボク達で良ければ、明日一日キバオウのこと護衛してあげるよ。アルファもそれでいいよね?」

 

 アルファ「ユウキ、お前自分が死ぬ可能性が高いってこと、分かっててキバオウの護衛を引き受けてるのか?俺はそんな危険な護衛をするつもりは無いぜ」

 

 ユウキ「だったら、高確率で明日死ぬであろうキバオウを、アルファは見殺しにするって言うんだ。ボクはそんなことは絶対に出来ない。例えアルファが引き受けなくても、ボクは一人でもキバオウの護衛をするよ」

 

 アルファ「…どうしても、護衛するのか?」

 

 ユウキ「うん、どうしても」

 

 アルファ「……分かったよ。んじゃあ、俺も引き受けてやんよ」

 

 キバオウ「ホンマか!?」

 

 ユウキと顔を見合わせて、真剣に説得を試みたのだが、やはり決意を固めたユウキの意思を打ち砕くことは出来ず、なし崩し的に俺もキバオウの護衛を引き受けることにした。俺達二人を引き込めたキバオウは大層嬉しそうにしている。

 そういうわけで、俺達はキバオウと今日午前零時から明日の午後二十三時五十九分までの間、キバオウの命を守るという契約を交わした。報酬は、キバオウの私的なお財布から出してくれるらしい。

 

 アルファ「でも護衛っ言っても、明日一日この宿に籠ってたら、流石に圏内じゃ首狩り野郎も為す術無しだろ」

 

 キバオウ「それは出来ひん。明日ワイは軍所属の将来有望なプレイヤーを引き連れて、レベリングに行かなあかんねん」

 

 アルファ「お前何言ってんだよ!?自分の命掛かってんだぞ!そんなん一日遅らせて問題が解決してからでもいいだろ?」

 

 キバオウ「ワイだって出来たらそうしたいわ!やけどな、この予告状が出てるのはもう軍の間では周知の事実や。故にワイが明日宿に引き籠ったら、アイツらはワイのことを弱虫やと蔑んで、好き勝手暴れ出すやろうからな、どうしてもフィールドに出なあかん。せやから護衛を頼んだんや!」

 

 マゼンタ「そうっすね。キバオウさんのとこに付いてるプレイヤーはみんな野心剝き出しですから、今回兇手ノエルに依頼したプレイヤーも、十中八九でそのうちの誰かでしょうしね」

 

 キバオウの言った訳のわからない発言に俺が意味不明だと声を荒げると、キバオウは尤もらしい理由付けをしてくれた。続いてマゼンタも軍の内情についての補足説明をしてくれて、俺は少しばかり納得してしまう。

 

 ユウキ「だったら、ボク達以外の攻略組プレイヤーにも声を掛けて、万全の態勢でフィールドに出た方が…」

 

 キバオウ「それも無理や。そんなことしたら腑抜けやと馬鹿にされるし、何より攻略組とワイらの理念は相反してるからな。攻略組のプレイヤーの力を借り過ぎたら、それもアイツらの糾弾材料になってくるはずやからな」

 

 アルファ「…なんか政治みたいでムズイ話だな…。取り敢えず夜の前半は俺がキバオウの傍に控えとくから、後半から朝方にかけてはユウキが護衛してくれるか?」

 

 ユウキ「りょーかい。それじゃあボクらは一回ご飯食べに行ってくるね」

 

 キバオウ「…分かった。よろしく頼むわ」

 

 こうして、ひょんなことからキバオウの護衛を担うことになったわけだが、果たして俺達に、兇手ノエルなる人物からキバオウを守り切ることが出来るだろうか。キバオウの情報によると、兇手ノエルは大型犯罪ギルドに所属しているようだ。しかもそれはあの彼の有名なラフィン・コフィンであるらしく、兇手ノエルはその幹部としての地位を確立しているらしい。

 …いざと言う時は、キバオウなんか投げ出してでも、ユウキの命だけは繋いでみせる。俺は胸の内でそんな決意を固めながら、ユウキと共にNPCレストランへと入店したのだった。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 アルファ「…キバオウ、気持ちは分かるがもうそろそろ寝たらどうだ?明日に影響するぞ」

 

 キバオウ「…いくら圏内やからといっても、心の底からは安心出来ひんねん」

 

 こんな急な依頼を引き受けてくれたアルファには感謝しつつも、ワイは不安に駆られて、眠りにつくことが出来てへんかった。今日はいつもよりも随分と早い午後十時に寝床についたこともあるが、やはりあと二時間で予告の日時が到来するということがどうにも目を冴えさせる。

 …恐らく、今回のワイがこんな目に遭うことになったのは、ワイの部下がワイのことを排除しようとして来たからなんやろう。ワイは今日この日まで、ひたすらに全プレイヤーが平等にリソースを手にし、この世界に囚われたプレイヤー全員で攻略に励むことこそがゲームクリアまでの最適なルートなのだと、そう信じて日々を生き抜いてきたはずだった。その過程で、第二十五層でのフロアボス攻略戦でALSを半壊させてしまったり、それでもその後シンカーはんが率いるギルド<MTD>と合併して、アインクラッド解放軍のサブリーダーとして理念を体現するために熱心に活動してきたつもりだった。

 だが、所属すれば食事が配給されるという指針から、軍に所属するプレイヤーは多く、結局所属人数は千人を超えている。そのせいで、アイテムの秘匿や賄賂の横行などが急増し、レベルを上げることで変な自信を付けたプレイヤーの中で、はじまりの街に住む闘うことを拒否したプレイヤー達に恐喝を行うものまで出てきた。本来ならば、ワイがそれを止めんなあかんかった。

 しかし、粛清に次ぐ粛清のせいで、今度はワイが他のプレイヤー達の胸に芽吹き出した不信感から信頼を失ってしまって、ワイの元についてくれてた幹部プレイヤー達数人が筆頭に、今度はワイをサブリーダーの地位から引き摺り落として、サブリーダーとしての地位を…更にはシンカーはんを追いやって軍自体を乗っ取ろうとしてるんや。

 ワイのギルドは全プレイヤーの為を思って結成したというのに、その思想に反してまでギルド内で対立している暇など、SAOの世界で捕虜となったワイらにあるはずがないのに、アイツらは聞く耳持たずにワイを失脚させることにしか興味を示さへん。…やはり、ギルドが大きくなり過ぎたんやろうか、粛清以外の方法で汚職を何とかするべきやったんやろうか、それとも、そもそも──

 

 キバオウ「……ワイの志した理念自体が間違ってたんやろうか…」

 

 つい自分の中の弱音を外に漏らしてしまい、ワイは一人小さくそう呟いた。暫時の静寂が続いてから、アルファがワイに話し掛けてくる。

 

 アルファ「……俺は、キバオウの志が間違ってたとは思わないぜ。…極論言ったら、キバオウが目指したみたいに闘う意思を持つプレイヤー全員で、ゲーム攻略に励んだ方がいいんだと思う。…だけど、何から何まで全て平等に、っていうのは俺達人間のエゴとかを考えると、無理な話なんだとも思うぜ。もしも内部から腐って来てるんだったら、その部分は切り落としてしまえばいい。」

 

 意外にも、アルファは軍のことを真面目に考えてくれたようだった。

 …そうや。ワイは間違っては無いんや。諦めたらそこで道は途絶えるけど、諦めへん限りはまだ前へと進める機会があるんや!理念を完璧に体現出来ひんかったとしても、一番大切な所だけでも達成出来たらそれでいいんや!

 己の心の中にそう言い聞かせることで、ワイの中には再び、軍を人間の悪意と欲望が渦巻く組織ではなく、当初目指していたような、全プレイヤーの希望として存在できるギルドとして、アインクラッド解放軍を改革していく決意を再び胸に誓う。

 

 キバオウ「…そうやな。ワイは絶対諦めへんで…アルファはん、おおきに」

 

 アルファ「…はんはやめろ。呼び捨てでいい」

 

 キバオウ「そうか、んじゃ、よろしゅう頼んだで」

 

 アルファ「おう」

 

 …恐らく、もしアルファはんからその熱い言葉を受け取られへんかったら、ワイは幹部プレイヤーの操り人形になって、次第に自分までもが権力に溺れるようになって、ワイ自身が掲げた理想さえも己を繋ぎ止める為だけに心の奥深くで形骸化させていくだけやったんやろうな…。

 彼は苦笑いしながら、敬称はやめろ、と言っていたが、大切なことを思い出させてくれた彼に、せめて心の中だけでは意を払い続けることにする。心の内にこびり付いていた泥を綺麗に拭い去ったワイは、不思議とすぐに深い眠りへと誘われた。

 

 

 

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 深夜三時半頃にユウキと護衛を交代した俺は、そこから八時まではゆっくりと睡眠を満喫した。まぁ、キバオウがフィールドに出る時間帯は十時からなので、それまでは宿屋に引き籠っていたのだが。

 軍のギルド本部がある場所は黒鉄宮らしいが、別に毎日そこに顔を出す必要もないらしく、その点に関しては糾弾されることもないらしい。ピッタリ十時に黒鉄宮の前に出向いたキバオウは、まさかのマゼンタを含むそこに集まっていた六人ほどのプレイヤーと共に、第五十四層のフィールドへと向かって行った。

 キバオウの体裁を守るために、俺達は近くでハイディングをしながら彼らに付いて行ったのだが、彼らとはレベル差が大きいせいか、一度たりともその姿を見られることは無かった。朝昼と特段何も起こることが無いまま、嵐の前の静けさとも言えるような穏やかな時が過ぎていく。

 キバオウは相変わらず片手剣使い、マゼンタと追加で二人のプレイヤーも片手剣に盾持ち、軽金属装備のオーソドックスな型だ。残りの三人の内二人は長物使い、そしてもう一人が両手斧使いといった感じだ。その七名の中で一番レベルが高いのはキバオウのようで、彼が他のメンバーのレベリングを補助していた。彼は昨夜、俺に自分の目指していた理想は間違っていたのではないか、とポツリと弱音を吐いていたが、この様子を見る限りは無事に再起できたのだろう。

 午後五時、この時間になってようやく彼らはレベリングを切り上げることにしたようで、狩場であった森林フィールドから主街区に向けて足を動かし始めた。

 

 ユウキ「…まだ来ないね」

 

 アルファ「あぁ、だけど気は抜けねぇぜ」

 

 …恐らく、兇手ノエルは、彼らが疲弊しきっているこのタイミングでキバオウを襲うつもりなのだろう、そうでなければもうキバオウは圏内から出ることは無いはずだから、彼が殺されることもない。圏内が絶対安全圏であること、圏内事件とヒースクリフの正体からしっかりと理解できた。

 故に俺達はここが正念場であると、これまでよりも一層周囲への警戒心を高めていた。しかし──

 

 マゼンタ「えっ」

 

 アルファ&ユウキ「「っ!?」」

 

 俺が一瞬の些細な違和感を感じたかと思うと、突如、濃紺のケープを纏ったプレイヤーがマゼンタの首元に大きな鎌が鋭く一閃した。それを防御する間もなく喰らい、マゼンタはふらりと後ろ体重に倒れ込む。その隙を逃さずに、大鎌使いのプレイヤーはマゼンタの首を斬り返そうとしていたが、俺が合間に割って入り、刀で大鎌の刃を弾き返す。

 そのタイミングでユウキが片手剣を音速の速さでケープの人物に向けて突き出したが、ギリギリでそれを躱したケープのプレイヤーは深く被っていたフードから、その素顔を明らかにした。

 

 キバオウ「お、おんなやて!?」

 

 髪はオレンジ色のような明るい茶髪で背は俺よりも頭一つ分高い、若干のタレ目で、瞳は綺麗な黒色だ。鼻も高く、唇は薄い、完全なる美形と言っていいだろう。

 しかし注目すべきはその瞳、黒色だとは言ったが、その瞳は言うなれば色を失っており、俺の殺したレッドプレイヤーやグリムロックのような異常な情熱は見当たらない。首狩りノエルは、アインクラッドの世界では珍しい、女性プレイヤーであった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 このゲームをクリアしろ。かつて茅場晶彦は俺達一万人のプレイヤーに対して、それだけがこの世界から解放されるための方法であると告げた。だが、俺にはそれだけの勇気が出なかった。故に一カ月ほどの間宿屋に籠り、延々と現実逃避をし続けていた。

 しかし、一カ月も経てば、外部からの救助の可能性は望み薄であることを知り、そして同時に、俺が人間らしい生活を送っていくためには、この世界での通貨、コルを稼いでいく必要があることも理解できてしまった。

 …これはいわゆるあれだ。実家より遠方から来る学生が、下宿先での生活を確保するために嫌でもバイトをして金を稼がねばらない状況と似ている。そうやって何度も、これが極めて普遍的な状況であるのだと自分に言い聞かせることで、俺は──マゼンタとして、この世界で生きていくことを決意したのだった。

 一カ月の間、細々と安い宿代だけと黒パンだけを齧り続けていた俺には、それなりにコルに余裕があった。故にそのコルを全額はたいてはじまりの街で購入できる盾と剣を購入し、俺と同じようにフィールドに出る決意を固めたプレイヤー十数人と最弱モンスターフレンジーボアを狩り続けた。経験値効率は悪かったが、それでもコルは入って来るので、俺は次第にその日の出費を上回るほどのコルを手にするようになっていった。

 しかし、俺は決して、攻略組に追いつこうなどということは考えなかった。…最前線のフィールドで闘い、遥か先に待つ第百層の頂を目指している攻略組のプレイヤーには悪いが、俺はそんな命を投げ出すようなことをするつもりは更々なかった。

 二層三層と階層が上がっていく中でも、俺は余ったコルで上層の装備を買い、一層での狩りに勤しみ続けた。俺が初めて二層のフィールドに出たのは、最前線が第五層にまでせり上がった時だった。そこでようやく、安全マージンさえ取っていれば、最前線とは違ってフィールドの情報が入って来る中層では、死亡することなど無いことを理解し、それを機に俺は、生活を豊かにするためにフィールドに繰り出すことが多くなった。

 そしてある日、根城にしていたはじまりの街に、アインクラッド解放軍なるギルドが人員を募集していることを耳にした。決まったギルドに所属していなかった俺が、何となく所属することにしてみると、俺の安全性を重視した慎重なプレイスタイルを評価され、俺は軍の中で優秀なプレイヤーとして扱われていった。

 最近軍の中では再び最前線の攻略に参加しよう、という機運が高まっているが、俺に言わせてみれば有り得ない、の一言である。俺にとっては命こそが何よりも最優先事項であった。二の次に三の次に人間らしい生活だ。俺からしてみれば、常に危険に晒される最前線で闘い続ける人間など、何処か頭のおかしい連中だとしか思えなかった。それゆえに俺は、攻略組をある種の意味で皮肉的に、尊敬していたのだ。

 …だが、結論から言えば、俺は最前線を目指すべきだった…何よりも己の命に拘るのなら、それこそ最前線に出るべきだったのだ。SAOの世界は、その根底としてレベル制MMOというシステムが敷かれていた。つまり、己の命を守るためには、常に最強である必要があったのだ。しかし、俺はその本質に気が付けなかった。

 …ならば、己の愚かな選択によって、その命を終えるのも道理なのではないだろうか。一撃目の鎌でギリギリ命を繋ぎとめた俺は、自らの首に迫る二撃目の鎌を眺めながら、俺はそう感じていた。だが、それを防いだのは俺が心の何処かで馬鹿にしていたはずの俺よりも年下の少年であった。俺は、一命をとりとめたのだ。

 …昔っから、悪運だけは無駄に強かったもんな。明日からは、気合い入れて最前線目指してみるか。自分がまだ生きているのだと、そう実感できた俺は、自然と口角を上げながら、薄く微笑んでいたのだった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 マゼンタの命を何とか失わせずに済んだ俺達は、標的であるキバオウを兇手ノエルの攻撃から守るために、キバオウの前に立つようにして剣を構える。ユウキが兇手ノエルに飛び掛かろうとしたのだが、俺はユウキの前に右手を出して、それを無言で制止する。

 …兇手ノエル。俺がかつて葬り去った頭陀袋の男よりも、今目の前にいる彼女の方が一歩も二歩も上であることを一太刀交えただけで俺は悟っていた。しかし索敵スキルで注意深く周囲をサーチしてみても、こちらは二人、相手は一人なのだから俺達が優位であることは変わりない。

 ならば、相手に攻撃を仕掛けさせてから、俺が受け止め、その隙を突いてユウキが遺憾なくその剣技を発揮すればよいはずだ。俺達がその場で身構えると、兇手ノエルは俺達から目線を離さないまま右手を素早く動かして、左手に持っていた大鎌を長身の片手剣に変更した。

 …俺と同じシステム外スキルを使いやがるのか…!?。これまでに俺は、そもそもこの世界では右手でしかシステムウインドウを操作出来ない為、左利きよりも右利きの方が多いこともあり、システムウインドを見ないまま空でメニューウインドを操作できるプレイヤーを見たことは無かった。しかし、やはりその技術は俺の専売特権というわけではなかったらしい。

 その情報から分かることは、兇手ノエルも俺と同じようにアイテムストレージから瞬時に色々なものを取り出せるということだ。俺はより一層兇手ノエルに対して警戒心を強めると、想定外にも彼女は高く澄んだ声で俺達に語り掛けてきた。

 

 「…私の標的はキバオウだけだ。キバオウを差し出すなら、君達に手出しはしない。…だけど、邪魔するというのなら…君達も殺さざるを得ないんだよ。そこを退いてくれないか?」

 

 アルファ「悪いけど、俺達はキバオウの護衛を担ってるもんでな。その要望には応えられんぜ」

 

 「…そうか。…なら仕方ない…狩らせてもらうよ」

 

 瞳を深く閉じて、ため息をついた彼女は、次の瞬間には一気に俺に向けて長身の片手剣を突き出していた。驚くべきスピードではあったが、俺は何とか刀を合わせてその軌道を逸らしながら、長身の剣ゆえに生まれる懐の隙を突くために接近した。だが、彼女の右手にはダガーが握られており、それによって俺は牽制されてしまう。

 …コイツ、両手で別々の動きが出来んのか!?まさかキリトと同じ二刀流スキルの持ち主かとも一瞬思ったが、キリトによると二刀流スキルは両手に片手剣が条件であったはずだ。故に、これは彼女自身の器用さに由来する技術なのだろう。

 右から斬りかかったユウキに対してはダガーでその剣を受け止めた。今度はこっちの番だと言わんばかりに、兇手ノエルは二本の剣で俺を切り刻もうと変幻自在の剣を放ってくる。しかし、ユウキとのデュエルが功を奏したのか、俺はなんとかその剣の全てを一人で捌き続けることに成功した。その合間にユウキが首狩りノエルの胴を一閃し、命を1割ほど削った。

 

 ユウキ「アルファ、麻痺毒の準備してて」

 

 アルファ「大丈夫だ。もうポーチに準備してある。いつでも抜けるぞ」

 

 「……」

 

 やはり、一対一だと戦況がどう動くかは分からないが、二対一ならば俺達に軍配が上がるようだ。俺が兇手ノエルとの剣戟を繰り広げながら、ユウキが絶対的な隙が生まれる瞬間に剣を割り込む。完全にこちらのペースへと持ち込んでいる中で、兇手ノエルは一度大きく距離を取って来た。

 だが、俺は投げピックをユウキは月光波を繰り出し、彼女にその処理時間を発生させ、なんのアクションも起こさせない。すると、兇手ノエルは俺達に、再び言葉を掛けてきた。

 

 「…なるほど。如何やら、一対一ならば私の勝ちだろうけど、私の力では貴方達二人のコンビネーションを崩せそうにはない、か」

 

 ユウキ「一対一でもボクの勝ちだろうけどね。…それに、そう思うんだったら諦めて降参したら?」

 

 「それは出来ない。依頼が失敗なら失敗だと、依頼主に報告しないといけないからね。私はここらで退散させてもらうよ」

 

 ユウキ「逃がすわけないじゃん…ッ!?」

 

 いつの間にか、その手に煙玉を握っていた彼女は、勢いよくそれを地面に投げつけた。周囲が紫色の煙に覆われていく中、キバオウが標的となっている以上、俺とユウキはキバオウの傍に待機せざるを得なかった。1メートル先も見えない煙が立ち込める中で、兇手ノエルの声が響く。

 

 「私は殺しに流儀というものを持っていてね。一度依頼に失敗したら、もう2度と同じ人の殺しの依頼を受けないことにしているんだよ。だから今回は貴方達の勝ちさ…もし次があるなら、分からないけどね」

 

 何処かで転移結晶が放つ光が輝いたかと思うと、もう兇手ノエルの声は聞こえてこなかった。やがて立ち込めた煙が晴れていくと、確かにそこには兇手ノエルの姿は無く、しかしキバオウを含む軍のメンバーは皆無事であった。

 呆ける彼らを今度は姿を現したまま主街区まで護衛して、キバオウがそこで、今日は解散や、と宣言したことから、彼らは俺達にお礼を述べてから、皆散り散りに街へと消えて行った。その場に残ったのはマゼンタとキバオウである。

 

 マゼンタ「アルファさん、ユウキさん、マジでありがとうございました!二人がいなければ、俺死んでるところでしたよ~」

 

 キバオウ「ジブンらに頼んで正解やったわ…ホンマおおきにやで!これが今回の報酬や」

 

 キバオウが差し出してきたなんと40,000コルと、何故かマゼンタが差し出してきた5,000コルを、俺達は有難く受け取った。

 …確かに大金ではあるが、命を賭けて闘い、命を守った者に対する金額がこれなのかと言われると、そうじゃない気もする。しかし、結果的に今回の闘いは俺に様々な気付きを与えてくれるいい機会となったので、それも加味すれば十分な報酬と言えるだろう。

 

 アルファ「アイツが言ったことが本当なのかどうなのかは知らんけど、まぁ頑張ってくれよな」

 

 ユウキ「それじゃあまたね~」

 

 転移門広場でキバオウとマゼンタが第一層へと戻っていくのを眺めながら、俺達はお別れの挨拶をしていた。

 …兇手ノエル。やはり強かった。もし俺が一対一で闘ったのなら、剣戟の熟練度自体では俺の方が上手ではあるが、その速さと両手で武器を扱うという性質からくる手数、そして俺と同じく搦め手を使うであろうことから、彼女の言う通り勝負の行方は分からなかったのだろう。

 …だが、もしもあの場に他のレッドプレイヤーがいたら?俺は当初意気込んでいたように、本当にユウキを守れたのだろうか?俺が一人そんなことを考えていると、ユウキが明るい笑顔で俺に話し掛けてくる。

 

 ユウキ「大金が手に入っちゃったね。今日の晩御飯は高級店にでも行ってみようよ!」

 

 アルファ「…そうだな。行ったことの無い高級店に行くか!」

 

 ユウキの清々しいほどの可愛らしい笑顔を見て俺は、やはりもっと強くならなければならないのだと、彼女の命を脅かす障害となるもの全てを打ち砕けるような強さが自分には必要なのだと、深く己の心に刻み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 プログレッシブを読んでいると、キバオウはそんなに悪い奴じゃないように思えてしまったので、筆者の小説の中ではキバオウを一時救済しておきました。
 まぁ、原作を読む限り、強い決意を胸にした人間が、権力や名声に溺れていく様を描いたのが、キバオウというキャラクターのコンセプトかもしれませんが…。

 次回の投稿日は18日木曜日となります。

 では、また第79話でお会いしましょう!
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