では、どうぞ!
─終わったのか?
しばらくの間、誰一人として、訪れた静寂を破ろうとはしなかった。だが、次第に周囲が騒めき始め、やがて皆が大きく歓声を上げた。キリトはエギルに労をねぎらわれ、小恥ずかしそうに対応している。
アルファはキリトを適当に茶化しに行こうと思ったが、ボス戦で無茶した反動のせいか、体が思うように動かせず、その場に倒れ込む。
ボケーっと、だだっ広い天井を眺めていると、不意に、ボス部屋が歓喜に包まれる中で一際大きい、しかし、歓声とは少し違った種類の声が響いた。
「──なんでだよ!」
声の主は、ディアベルのパーティーに参加していた鎧姿のシミター使いであった、ボス攻略に成功したというのに、その声は何故か怒気に満ちている。
「なんであんたはボスが使う技を知ってたんだ!あんたが最初からこの情報を伝えていればディアベルさんが死にかけることも、レイドが崩壊寸前になることもなかっただろ!」
そこまで聞いてアルファは、その攻撃的な発言がキリトに向けられたものだということに気が付いた。
そもそも、誰もコボルド王が未知のソードスキルを使うことは予想できなかったのだから、ここにいるレイドメンバーは、皆の為に命をかけてコボルド王のソードスキルを相殺し続けたキリトに感謝こそすれ、非難することは間違っている、とアルファは思う。
しかし、シミター使いの疑念が、周囲のレイドメンバーに広がっていくではないか。
「確かに…」
「攻略本にも載ってなかったのにな」
その時、再び大きな声が響いた。その声は甲高く、シミター使いとは別人であることが伺える。
「オレ…オレ知ってる!こいつは元ベーターテスターだ!だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか全部しってるんだ!知ってて隠してるんだ!」
そんな事実は全くない。分かってはいるが、根拠もなくキリトを貶めようとするこの発言に、アルファは憤りを隠せない。
そんなアルファの思考を汲み取ったかのように、エギルと共にタンクを務めたメイス使いが冷静にキリトを擁護した。
「でもさ、攻略本にはボスの行動パターンはベータ時代のものだって書いてあったろ?彼が本当に元テスターなら、むしろあの知識はあの攻略本と同じなんじゃないのか?」
─その通りだ。アルファは心の中で同調する。それを聞いた先程の男は押し黙ってしまった。そこで沈黙の間が生まれたので、それを利用してディアベルが、場を一度持ち直そうとした。
ディアベル「とにか─「あの攻略本が噓だったんだ。アルゴって情報屋がオレたちにウソを売りつけたんだ。あいつだって元ベーターテスターなんだからタダで本当のことなんか教えるわけなかったんだ」
だが、シミター使いの男は矛を収めることは無く、キリトに更なる追い打ちをかける。
アルファ(…まずいな、この流れはまずいぞ)
ディアベルも。この雰囲気はいけない、とは思いつつも、この流れを覆す言葉が見つからないようで、兎に角シミター使いを宥めるばかりだ。アルファも思考を巡らせるが、良い案が全く思いつかない。…その時、
キリト「元ベーターテスター、だって?俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」
「な、なんだと…」
シミター使いがキリトの言葉に動揺する。周囲に点在していたプレイヤー達も、そして俺も、再びキリトに注目し始めた。それを確認したキリトは、再び口を開く。
キリト「いいか?よく思い出せよ。たった千人のベーターテスターの中に本物のMMOゲーマーが何人いたと思う?ほとんどはレベリングも知らないニュービーだった。今のあんたらの方がまだマシさ」
キリト「─でも、俺はあんなやつらとは違う。俺はベータ時代に誰も到達できなかった層まで登った。カタナスキルを知ってたのはそういうことだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないぐらいにな」
アルファ(─おい、ダメだろ。それじゃあお前が…)
アルファがこの場を逆転する言葉を見つける前に、キリトが止めの言葉を口にした。
キリト「─俺は<ビーター>だ。これからは元テスター如きと一緒にしないでくれ」
きっと、シミター使いの言葉に乗せられていた多くのプレイヤー達は、キリトに悪印象を持っただろう。思った通り、瞬く間に罵声を浴びせられたキリトは、「俺はビーターだ」と言い残してから、漆黒のコートに身を包むと、独り狭い螺旋階段を登って行った。
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それからしばらくしてアスナが「彼に伝言ある?」と聞いてくれたので、「すまん、と伝えてくれ」と頼んだ。俺も追い掛けようかと思ったが、どうせなら女性と二人きりの方が良いだろう、と考え、キリトのことはアスナに任せることにした。
ボス部屋にいたディアベルは、申し訳なさそうな顔でこちらを向いてから、残ったメンバーに指示を出している。
…最悪だったのがここからだ。あろうことかシミター使いの男は俺のことを持ち上げ始めたのだ。何でも、奴からすれば俺はl窮地に立たされたディアベルを救った勇者らしい。
俺にとっては、この世界に来て初めて出来た仲間と呼べる存在であるキリトを否定したこの男を、到底受け入れることなど出来るはずもなく、パーティー勧誘を適当にあしらってトールバーナの宿に戻ることにした。
宿屋の中で戦利品の整理をしていると、ふと、リトルネペントの<胚珠>が一つ余っていることに気が付く。
一瞬、アニールブレードに替えて転売しようかと考えたが、ボス戦に参加したことでお金持ちならぬ、ちょっとしたコル持ちになったアルファは、その心の余裕から、現在進行形でアニールブレードを必要としている人に胚珠を渡そうと思い、ホルンカの村へと向けて出発した。
現在、プレイヤーの立ち位置は主に3つに分かれている。一つ目はアルファを含む前線組、二つ目は、未だにはじまりの街で救助を待ち続ける待機組、そして三つ目が、前線組に遅れて、この世界で生きるために闘うことを決意した後続組だ。アルゴによると後続組の中には、前線に出ることを目標としている者から最低限生きるための力を手に入れようとする者など多種多様らしい。
しかし、誰もが共通することは幾つかある。それは強い装備を欲している、という点だ。攻略には優秀な装備は欠かせないし、また生存率を上げるためにも、強い装備は必要だということだろう。そういう訳で、上手く強化すれば5層辺りまで使えるアニールブレードは、片手剣士の間で大人気らしい。
だが、花付きのリトルネペントは出現率が非常に低いため、POPの取り合いになってしまっているようだ。要するに需要と供給が見合っていないのである。なのでアルファは少しでも需要を満たすために、今回、このような行動に出たというわけだ。
アルファもボス戦を終えたばかりで疲れているので、モブとエンカウントすることを極力避けながらホルンカ周辺の森へ入っていく。…すると、かなり近くで例の破裂音がした。
アルファ(うわっ、誰かが実付きを割りやがったな…めんどくせーなぁ)
と心の中で悪態をつきながらもその誰かさんをここで見捨ててしまい、それが原因で死んででもしまったら、流石に寝覚めが悪いので、俺は音を頼りに、現場へと急行した。
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ユウキは、コツコツとレベリングを行いながら、地に足つけてホルンカの村までやって来ていた。目的は、アルゴの攻略本に載っていた森の秘薬クエストを攻略し、アニールブレードを手に入れること。しかし、花付きのリトルネペントの競争率は高く、今では三人で狩りに出ても一週間ぐらいかかるそうだ。
ユウキも一日中リトルネペントの胚珠を求めて戦い続けたが、遂には花付きを拝むことが出来なかった。その精神的辛さは、アニールブレードをギブしようかどうか迷う程であった。
いっそのこと誰かとパーティーを組んで花付きを狩ろうかと考えたが、ホルンカの村である情報を耳にし、明日も一人狩りを続けることを決めていた。
ホルンカの村を訪れていたプレイヤーの話を盗み聞きした限りでは、どうやら明日に第1層のボス攻略が行われ、攻略に成功すれば第2層の主街区が開かれるらしい。
恐らく、ここにいる多くの人も、はじまりの街に戻って第2層のアクティベートを待ち望むだろうから、明日限定で花付きを狩れるチャンスが高まると、ユウキは考えたのだ。
…勿論、積極的に盗み聞きしたわけではない。偶々、道を歩く中で、聞こえてきただけだ。
翌日、ユウキの予想は的中し、ほとんどの人が森から姿を消したので、ユウキは昨日の数倍効率良くリトルネペントを討伐し始めた。
そして恐らくお昼過ぎ頃だろうか。ついに、ここから少し離れた遠くの方角に、花付きの姿をユウキは目にする。ユウキは恐る恐る慎重に近づきながら剣を構えた。
ユウキ(先手必勝だよ!)
ユウキは驚くべきスピードでリトルネペントに接近し、ソードスキル<スラント>を発動させる。しかしその瞬間、あろうことか花付きは実付きに変化した。ユウキの一撃は不幸にも実付きにクリーンヒットし、実が豪快に破裂する。
ユウキ「な、なんで…」
ユウキは目の前で起こったことが理解できず、酷く動揺した。無理もないことだ。そもそも花付きが実付きに変わってしまうことはベータ時代に噂として出回っていただけで、実際に誰かが調査したわけでもないから、誰もこの情報の真偽を知っていなかったのである。
だが、ユウキは焦ってはいるものの、パニック状態には陥らず、四方八方から攻めてくるリトルネペントを丁寧に迎え撃つ。しかし、昨日からの続いていた激しい狩りによって耐久値を減少させていたスモールソードが、ついに破損してしまったのだ。
慌ててストレージから控えのスモールソードを取り出そうとするが、ユウキはその行為にまだ慣れておらず、大きな隙が生まれてしまった。リトルネペントはその隙を逃さず自慢のツル攻撃を仕掛けてくる。
ユウキがそれに気が付いた時にはもう遅く、リトルネペントのツル攻撃が足元にヒットしてユウキは転んでしまう。視界の右上にスタン状態のマークが現れた。
ユウキ(これはちょっとまずいかな…)
今日は多くの人がはじまりの街に戻っているので、誰かに助けてもらえる見込みは少ないだろう。ソロで状態異常、特に麻痺やスタンに陥ることは死を意味すると、アルゴの攻略本の4ページ目に書かれていた。
正に、その状況に当てはまる自身に気が付き、ユウキは死を覚悟する。
だが、突如として目の前に、身の丈に合わない巨大な大剣を得物にした男の子が立ちふさがった。
「大丈夫か?」
ユウキ「えっ…」
短くそう訊ねた彼は、あっという間に何体ものリトルネペントを撃破してしまった。ユウキもスタン状態から復帰すると、彼に続くようにして剣を振るう。大剣を振り回して戦う男の子は圧倒的な強さを誇っており、もののニ、三分で、ボク達は周囲のリトルネペントを片付けてしまったのだった。
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アルファ(まるでキリトと出会った時みたいな展開だな。…また仲良くなれるような人だといいけどなぁ)
現場に向かっている最中、アルファはこれがデジャヴのように、キリトとの出会いを思い出していた。現場に到着すると、一人の女の子がリトルネペントの群れに囲まれ、地に伏している。転倒状態だろうか。かなり危険な状態に見えたので、アルファはすかさず助けに入る。
アルファ「大丈夫か?」
一応、最低限の声かけをしてから、アルファはリトルネペントの処理に当たった。と言ってもボス戦に備えてレベルを上げ続けてきたアルファにとっては、リトルネペントももはや雑魚敵同然であり、通常攻撃でも相手の体力を大きく削ることができる。
なので、乱暴に両手剣を振り回して、一気にリトルネペントたちを蹴散らかした。ストーンブレードのいい所は、雑に使っても問題が無い、この圧倒的な耐久値だろう。この剣は斬るというより叩くという表現の方が似合っている感じだ。さしずめ、剣の形をしたメイスといったところだな。
しばらくすると女の子が立ち上がり、リトルネペントを相手にし始めた。一瞬、「危険だ!」と、止めようかと思ったが、その処理速度の凄まじさは、キリトに迫るほどのものであり、自然と目を奪われてしまう。アルファは気を取り直して少女と共に残りのリトルネペントを片付け、二人は戦闘を終えた。
─これがアルファとユウキの運命の邂逅であった。
はい、ディアベルさんは生存しますが、キリトとアスナには二人きりで行動してもらいたいので、ちょっと無理矢理かもしれませんが、ビーターを名乗って頂きました。
一方、ここでやっとアルファとユウキが出会いました。ここから先のお話はどうなっていくんでしょうね?
では、また第9話でお会いしましょう!