読者の皆様の期待に沿えるものを創り上げられるか否かは分かりませんが、筆者なりに精進して参りたいと思います。
では、どうぞ!
落ち行く夕陽を背に、俺達はのんびりと、赤く焦げた砂丘地帯のフィールドを闊歩していた。前方五百メートルほど先には、土粘土と砂岩で構成された家々が連なる主街区が、オレンジ色に照らし出されており、今日一日の探索で疲れ切っていた俺達は、目の前に主街区がある安心感もあってか、呑気に歩みを進めながら、しかし警戒は怠らず、ジャリジャリと足音を鳴らしていた。
突如、砂丘を割って這い出るように、地中から飛び出してくるモンスターが俺の索敵スキルに引っかかり、ユウキに警戒を促す。そして、俺達から二メートルほど離れた位置に出現したモンスターは、ロブスターやザリガニのようなごっついハサミを持った、砂と同系色をしている巨大サソリであった。大きさは四メートル程だろうか。
サソリは豪快にハサミを伸ばしてくるが、最早コイツとの闘いなんぞ慣れたもんである。俺もユウキもその一撃をひらりと回避し、二手に分かれてサソリへと接近する。
サソリは、もう片方のハサミで俺達の身体を捩じ切ろうとしてくるが、ユウキは、既に突き出されたもう一方の腕の近くに張り込み、ハサミに捕まれる直前にその場で大きくジャンプする。自分のハサミで自分の腕を斬り落とした巨大サソリは絶叫を上げているが、そんなことはお構いなしに、俺はサソリの両目を一閃し、ユウキは器用にもサソリの腹を斬り裂いて、一気に体力バーを残り一割にまで減少させた。
巨大サソリは慌ててこちらへと腕を戻してくるが、それを俺が両手剣で受け止め、その間にユウキが腕の切断面にソードスキルを直撃させ、サソリを倒し切った。
適当に拳をかち合わせてから、俺達は再び主街区へと進み、そしてようやく圏内へと足を踏み入れた。ふぅ、と自然と安寧のため息をついてから、お互いに口を開く。
ユウキ「今日は何処に食べに行く?」
アルファ「ユウキは食うことばっかだよなぁ…俺はもう眠いんだけど…」
ユウキ「美味しいものは、いくら食べても飽きないの!それより、アルファはまだリズム戻せてないの?」
アルファ「いや、そういう訳じゃなくて、単に疲れただけだ」
ラフコフが壊滅して早数日、SAO内では未だかつてない程の平穏な日々が訪れていた。もう誰もが、レッドプレイヤーに殺されることが無いのだという謎の安心感から、それは由来するのだろう。ラフコフが壊滅したからと言って、レッドプレイヤー及びオレンジプレイヤーの全員が犯罪を行わなくなったわけではないだろう。
しかし、彼らが無意識のうちに、精神的な中心として拠り所にしていた最恐の殺人ギルド<ラフィン・コフィン>とその幹部の殆ど、そして圧倒的カリスマを持ったリーダーPoHが死亡、或いは投獄されたとなれば、他の犯罪プレイヤーも唸りを潜めざるを得ないのだから、確かにその点では安心材料として機能しているのかもしれない。
討伐作戦が決行されたあの日、俺は結局午前六時頃…つまり一日の殆どを徹夜で過ごしてしまったわけだから、身体のリズムが崩れるのも無理はなかった。ニ日掛けて完全にリズムを取り戻したつもりではいたが、やはり身体の芯ではまだ疲れが残っていたりするのだろうか。
晩御飯が待ち遠しいのか、早足に街を歩いていくユウキの背中を眺めながら、俺達は適当なNPCレストランへと入り、案内された席に座る。すると隣の席には意外にも、ノーチラスとユナが座っていた。
ユウキ「ユナとノーチラスじゃん。久しぶり~、元気にしてた?」
ユナ「う、うん…まぁ、元気にしてたよ」
ノーチラス「…久しぶりだな。アルファ」
アルファ「おう、相変わらず仲良さそうだな」
ユウキが屈託のない笑顔で二人に声を掛けると、ユナは珍しく何処か困ったような表情を浮かべながら、しかし笑顔でユウキに返事をしている。ノーチラスも同じく、何故だか俺に遠慮気味な感じがした。
何処か違和感を感じる二人の様子を不思議に思いながらも、ユウキがせっかくだから一緒にご飯食べようよ!と提案したこともあり、テーブルを合体させて四人での夕食を楽しむことにした。
初見で選んだNPCレストランではあったが、魚のソテーみたいなやつが中々に美味しい。食事をしながら話を続けている間も、ユナとノーチラスはなんだかよそよそしくて、遂にユウキもそれを疑問に思ったのか、彼女たちにそれを問い掛ける。
ユウキ「…二人共、今日は元気ないね…何かあったの?」
ユウキにそう訊ねられて、二人は暫く黙り込んでしまったのだが、ユナとノーチラスは一度顔を見合わせると、何かを決意したような真剣な表情を俺達に向けて、とうとう言葉を発した。
ユナ「……ユウキ、アルファ…討伐作戦から逃げ出して、本当にごめんなさい。みんなにだけ辛い思いさせて、本当にごめんなさい…」
ノーチラス「討伐作戦に参加するのはやめておこう、っていう意見を押し通したのは、僕なんだ。だから、悪いのは僕の方で…」
二人して突然の謝罪を申し上げてきたわけだから、俺達は勿論それに大変驚かされた。
…確かに、あの討伐作戦では、敵味方関係なく多くのプレイヤーが命を落としたわけだし、討伐部隊に参戦できるだけの力を有していた二人が、討伐作戦から離れたことを後悔するのも無理はないだろう。だが、あれは強制参加ではなかったし、何よりもユナは対人戦には向いていない武器を主軸としている。
ノーチラスは兎も角、ユナは寧ろ参加しない方が良かったぐらいだ。そんなユナのジレンマを抑えるために、自分も参加しないから、と宣言したノーチラスもそれは仕方のない話だろう。もし俺が同じ立場だったら、迷わずユウキの命の安全を最優先に行動するわけだし…。というか、そもそも参加を見送るよう提案したのは俺だし…。
俺がそんなことを考えていると、ユウキは、慌てて言葉を返す。
ユウキ「べ、別に二人が謝ることなんて無いんだよ?だってあれは任意参加だったし、二人が参加しないことを責める人だって勿論いないよ?」
ユナ「でも…私たちが参加してたら、もっといい結果に…」
アルファ「…きっと、ノーチラスとユナが参戦してたとしても、戦況は大きく変わらなかったぜ。だから、もっといい結果にはならなかっただろうさ。いっぱい人が死んだからって、二人が気に病む必要なんてない」
ノーチラス「…アルファ…」
恐らく、俺やユウキが何を言おうとも、二人が、自分の選択を後悔することをやめることは無いのだろう。彼らは、俺とユウキに謝ったからと言って、それだけで死んでいった十一名に対する贖罪になっただなんて、これっぽっちも思わないだろうから。それを示すように、ユナはやはり言葉を続ける。
ユナ「……私に、何かできることは無いのかなぁ…」
ノーチラス「……」
再び四人の間に重い沈黙が訪れそうになったその時、ユウキが場に似合わない声色で、何か良いアイデアを思い付いたように呟く。
ユウキ「……あ、そうだ…あるよ!ユナがみんなの為にしてあげられること、あるんだよ!」
ユナ「…私にできることって、何…?」
俺もノーチラスも、ユナと同じようにユウキの顔を見て彼女の返事を待つばかりで、全くもって何も打開策が思い浮かび上がってこなかった。そんな俺達を見て、ユウキは大層勝ち誇った様子で、俺達を眺めている。
そして彼女が放った言葉は、俺達を震撼させた。
ユウキ「歌。歌だよ!ユナの歌声で、みんなの心を癒してあげればいいんじゃないかな?」
アルファ「…なるほどな。それは名案だと思うぜ」
ユウキ「でしょ~?」
ユナ「…歌かぁ…確かに歌うことは好きだけど、そんなのでみんなの役に立てるのかな…?」
ノーチラス「あぁ、ユナの歌声なら、きっとこの討伐作戦で傷付いた人の心も癒えるし、死んでいった人達への弔いにもなるさ」
ユナ「……じゃあ、頑張って歌ってみようかな…!」
ユウキにそう提案されて、それを半信半疑といった様子で捉えていたユナであったが、俺はともかくノーチラスにも後押しされたことで、鎮魂歌、または安らぎの歌を披露する決意を固めたようだ。
しかし、次の瞬間には、思い出したように俺達に問い掛けてくる。
ユナ「ところで、私が歌うのはいいとして、その会場とかってどうするのかな?何処かの主街区の広場でやるの?それとも生命の碑の前とかでやるの?」
アルファ「…いや、どうせなら、討伐作戦に参加した奴ら以外の誰でもユナの歌声を楽しめるように、ミュージェンにある、でっかいコンサートホールでやってみたらどうだ?コンサートホールの周りに出店とか用意してもらってさ。…その方が、お祭り騒ぎって感じがして、みんなあんまりあの日のことを思い出さなくて済みそうだろ?」
ノーチラス「理想的な案だとは思うけど、そんなのどうやって実現するつもりだ?コンサートホールは使用料として莫大なコルが掛かるし、僕達には店を出してくれる伝手があるわけでもないんだ」
アルファ「安心してくれ。俺に伝手がある。あと、コンサートホールは実際に使用料見てから、来場者とかからちょっとずつ回収できるようにすれば何とかなるはずだ」
ユナ「じゃあ、結局二人に頼ることになっちゃったけど、そこら辺はよろしくね。日時とかも任せるから、また決まり次第連絡して欲しいな」
ユウキ「うん!大船に乗ったつもりでいてよ!」
そんなこんなで流れるようにユナが大々的なライブを行うことを決定し、食事を終えた俺達は解散した。
なのでまずは、その伝手とやらに出店をお願いしに行こうと、俺とユウキはアルゲードに転移し、彼の店までやって来ていた。午後七時と、まだ商売は盛り上がっているようで、店内には独りのプレイヤーがエギルの陳列した武器や道具などを物色し、もう一人はエギルと売買交渉を行っている。
しかし、その歴戦の戦士然とした見た目からは想像もできないほど、商売上手なエギルとの交渉に勝てるはずもなく、安値で素材アイテムを売り払う羽目になった彼のプレイヤーは、ガックシと肩を落としながら、ケラケラと笑うもう一人のプレイヤーと共に店を出て行った。
エギル「よぉ、二人共。今日はレアなアイテムでも売りに来てくれたのか?」
アルファ「いや、ちげぇよ。でも、代わりに良い話を持って来てやったぜ?なぁ、ユウキ?」
ユウキ「うん!きっとエギルにとっても良い事だと思うな!」
エギル「…なんだ?あんまり勿体ぶるなよ」
疑問符を浮かべるエギルに対して、俺は自分の放ったセリフがまるで怪しげな宗教勧誘やセールストークのように思えて、思わず苦笑する。その様子にエギルは眉をひそめてしまったので、俺はいきなり本題から切り出した。
アルファ「えっと、まだいつやるかまでは決まってないんだけど、そのうちユナがコンサートライブを開くつもりなんだ。あ、ユナって誰か分かってるか?」
エギル「あぁ、吟唱スキルの子だろ?あの子の歌声なら、いいコンサートになりそうだ。…そうか!そこでオレにコンサートチケットの手配を頼んだって訳か!」
ユウキ「ううん。そうじゃないんだ。ボク達がエギルに頼みたいのは、そのコンサートの当日に、コンサート会場の周りで出店を開いてくれるプレイヤーを募って欲しいってことなんだけど…ダメかな?」
エギル「…そういう話なら、オレに任せてくれ。詳しい日時が決定したら、また連絡くれよ?」
ユウキ「ホント!?エギル、ありがと!」
…この世界でコンサートチケットなんて作れるのだろうか?いや、新聞が作れるぐらいだから、それっぽいものを自作してチケットにすればいいのだろう…しかし、コルの回収方法は?ちょっと面倒臭いが手動だろうか?などと考えているうちに、身長百八十センチほどのエギルを見上げるようにして、ユウキが彼にお願いをしていた。
エギルはゴクリと息を吞んでから、二つ返事を返したのだが、すぐに俺の顔を見ながら、何か納得したような表情で、意味深な言葉を放ってくる。
エギル「…アルファ、お前がユウキの尻に敷かれてる理由が、今ので何となく分かった気がするぜ…」
アルファ「…いや、別にそんなことないんだけどな」
エギル「…どうだか。あ、オレも当日店出すつもりなんだが、まさか手数料取られたりするんじゃねぇだろうな?オレは金欠なんだから勘弁してもらいたいぜ。しかし、商売人としては安くで仕入れて高くで販売するのがモットーでなぁ──」
ユウキ「アハハ~!エギルは中層プレイヤーの育成にコルをつぎ込んでるからコル不足なんでしょ?大丈夫だよ!ボク達が手数料を取るだなんてことするつもりは無いから!」
エギル「まぁそうだけどよ……って、お、おい!いつからそのことを知ってるんだ?」
アルファ「さぁ?ま、結構前から、とだけは答えてやるよ」
エギル「…他言無用で頼むぞ。こういうのは、バレないようにコッソリやるからいいんだ」
ユウキ「どうしよっかな~」
エギルがタイラと似たような経営理念を掲げようとしていたのを見て、ユウキが破顔し、笑いながらそれを伝えた。
するとエギルは、自分が中層プレイヤーの育成に携わっていることがバレていないと思っていたのか、相当な驚きが尾を見せてくれた。
キリトやクラインにこの話が行き渡り、話のネタにされることをエギルは怖れているようだが、なに、彼らもエギルを馬鹿にするようなことはしないだろう。
取り敢えず、これで出店問題は解決できたわけだから、次はコンサートホール問題の方を解決するために、俺達はエギルの店を出て、再び転移門で第四十九層へと転移する。主街区の名前の通り、ここは音楽が盛んな街として設計されていて、至る所に楽器を携えたNPCが点在している。
俺達はそんな街を北上していきながら、とうとうレンガをドーム状に組み立て挙げた、巨大な建物に辿り着いた。
ユウキ「ボク、コンサートホールに入るなんて、初めての経験だよ…」
アルファ「…俺もだ。単純にすげぇな…」
俺達はその荘厳な雰囲気に吞まれながらも、辺りを暖色系の光で照らし出されたエントランスを通り抜け、高級そうなカーペットの上を歩きながら、大扉を開けて中に入ってみると、そこには、ステージを中心として、それを取り囲むように座席が配置されており、それが三階にまで積み上げられていた。
その様子はまるでライブ会場であり、外見との違いに大きなギャップを感じさせられる。エントランスの係員みたいなNPCから貰ったパンフレットによると、この空間には最大1000人ものプレイヤーが収容できるらしい。そしてその使用料は、一時間…
アルファ「じゅ、十万コルっ!?」
ユウキ「…アルファ…ら、ライブって、普通どのくらいの時間やるものなのかな…?」
アルファ「俺はライブに行ったことが無いから、全く分からん…取り敢えず、ユナに連絡してみる」
俺はユナに、何時間ぐらいライブをやりたいかをメッセージで訊ねてみると、返ってきた返事は、大体二時間前後分ぐらいのレパートリーはあるよ、とシンガーソングライター並みの持ち歌があることに驚きつつも、俺はそれじゃあ準備時間も合わせて三時間の予約でいいか?と更に返事を返すと、ユナからいいよ~!と返ってきたわけで、俺は三時間分の使用料…つまりは三十万コルもの大金を手元に用意する必要が出てしまった。
ユウキ「結局、何時間借りることになったの?」
アルファ「…三時間。三十万コル前払い」
ユウキ「…え!?…ど、どうしよう…」
三十万コルと言えば、オーダーメイド品が最低二つに、オークションでそれなりにレアなアイテムも競り落とせるぐらいの金額なわけで、流石のユウキも顔を青ざめさせていた。そんなユウキをたっぷり眺めてから、俺はユウキに笑い掛ける。
アルファ「…大丈夫だ。三十万コルぐらいなら、手元にある」
ユウキ「…あ、そうなんだー…って、え!?そんな大金いつ手に入れたの!?」
アルファ「あぁ、これはPoHが持ってた汚れたコルだぜ。あいつ一応ギルドのリーダーだったらしいから、金銭管理とかも一人でやってたんじゃねぇの?ワンマン経営者っぽいし」
ユウキ「……そっか」
確かにPoHは良さげなアイテムは持っていなかったが、代わりにコルは十分すぎるほど持ち合わせており、例えここで俺が三十万コル使おうとも、まだまだ俺の財布は潤っている。
…それに、俺の私的な理由でそのコルを使うよりも、誰かを笑顔にするために、死んでいった者達を弔うために使う方が、これまでラフコフに有り金を奪われた挙句、殺されてしまった多くのプレイヤー達も喜んでくれるはずだ。
ユナと相談した結果、四日後の週末にライブを開くことに決定して、俺は一括で三十万コルを支払ってその日の予約を取ってから、コンサートホールを後にした。受付のNPCも、まさかそんな簡単に三十万コルを取り出すとは思っても居なかったのか、俺がドンと金の詰まった袋を取り出した時には、随分と驚いていた。
その後、俺達は帰路に着く前に、アルゴにユナのライブがあることを、出来るだけ多くの人に告知して欲しい、とお願いし、彼女の人脈を利用して、多くの情報屋や新聞販売者にその情報を載せてもらった。
日に日に迫って来るSAO史上初の大型ライブに胸を躍らせながら、俺は毎日を過ごしていったのだった。
────────────────
そして迎えたライブ当日。ライブ開始は、午後七時から午後九時の二時間ではあるが、俺とユウキは一足早くコンサートホールを訪れていた。その道中には、既に美味しそうな食べ物を準備している出店が多く存在している。俺とユウキはその香ばしい匂いに惹かれて、ついつい幾つかの商品を購入してしまっていた。
…ユナのライブを楽しみにしているプレイヤー達は、想像以上に多かった。俺がコンサート代を全て負担したことと、ユナがライブでお手伝いしてもらうNPC音楽団を自腹で雇ってくれたことで、ライブ自体が無料であったこともあるのか、数多くの新聞やちり紙などで、ライブが行われることが大々的に発表された結果、連日整理券を求めて、会場まで足を運びに来るプレイヤー達が大勢いたのだ。
ライブ当日までの三日間は、俺達の都合もあって午後七時から午後十時までの間に、列に綺麗に整頓した者からの早い者勝ちシステムで、整理券の配布を行った。やはり俺とユウキだけでは、約千人ものプレイヤー達を捌けるはずもなかったので、ユナやノーチラスに加えて、エギルやアルゴ、そしていつも俺達が色々お助けしてやってるんだから、という理由でタイラを動員し、七人体制で活動した。
整理券は見事完売し、それでもなお、ユナのライブを楽しみにしていた者達がまだまだいたのだが、残念だが彼らには、ライブ会場のドアの隙間からその歌声を楽しんでもらうことにした。
因みにだが、ユナのライブを行う目的は、討伐作戦に参加したプレイヤー達の心を癒すためなのだから、勿論そのメンバーを把握していた俺とユウキが、彼らには直々に整理券を渡しに回った。
その中でも特段喜んでくれたのが、クライン達風林火山のメンバーである。更にその中でもクラインはユナの歌声に惚れているらしく、超絶歓喜していた。アスナには、キリトと一緒に行ったら?と余計なお節介を焼いておいた。
そんなこんなで、討伐作戦に参加したプレイヤー全員に整理券を配布したのだが、まぁ彼らも、全員が全員ライブに来ることは無いのだろう。都合が合わない者もいるだろうし、そもそもこれが、何のために行われるのかを何となく察して、もうあの夜の出来事を思い出したくないと、そう考えているプレイヤーもいるはずだ。
ラフコフが壊滅したことは、その翌日に定期新聞や号外などで大きく報道され、討伐作戦に参加したプレイヤーは、まるで英雄のように称えられていた。しかし、その英雄たち本人からすれば、あの出来事は地獄でしかなかったのだろう。例え大多数の人間が、この結末を望んでいたのだとしても、その結果を得るために、誰かがその手を血に濡らしたというのなら、その当事者が、記憶を封印してしまおうと考えるのも至極当然の結論である。
…その点で言えば、PoHを能動的に殺し、あまつさえ何の罪の意識もなく…それは言い過ぎだが、殺人の結果を完全に受け入れてしまっている俺は、やはり彼の言った通り、何処か心の壊れた異常な人間なのかもしれない…と、心の何処かでそんなことを思いながら、ライブに備えて、控室にて既に精神統一に入っているユナと商売をおっぱじめたエギルを除いた五人で、俺達は整理券のチェックを行っていた。
整理券のチェックを行っていると、討伐作戦に参加したプレイヤーや見知らぬ中層プレイヤーなど、実に様々な人達を目にしたのだが、その中には意外にも、ユナの歌声を気に入ってるらしいリズベット、俺達がアドバイスしたように、キリトと二人で会場を訪れていたアスナ、そして、いつの日かキリトが助け出した、中層では有名らしい竜使いシリカなどが、俺の捌いた約二百人の中で印象に残っている人物だろうか。
アルファ「みんな、今日まで手伝ってくれてサンキューな。後は気兼ねなくライブを楽しんでくれ!」
アルゴ「まるで自分がライブをするみたいに言うんだナ」
タイラ「…僕は老体に鞭打って頑張ったんですから、給料が発生してもいいと思いますけどねぇ?」
アルファ「あ?このライブ代にどんだけ金掛かってると思ってんだ?」
と言いつつも、俺は仕方なくタイラに幾らか給料代を渡そうとすると、タイラは冗談ですよ、と、珍しく金欲を見せなかった。
タイラとアルゴが会場の席に向かって行くのを眺めてから、俺とユウキはノーチラスに連れられて、ユナの控室へと向かっていた。何やら、ユナが俺達と話したいことがあるらしい。温かい木造建築の通路をグルグルと回りながら、ノーチラスが突然立ち止まり、左手のドアをノックした。
扉の向こうからユナが、どうぞ~、と言ったのを合図に、ノーチラスがドアを開けた。そこにいたユナは、攻略用の戦闘服ではなく、普段広場で歌を披露する時と同じ格好をしていた。
ユウキ「ユナ、話しておきたいことって、なに?」
ユナ「…えっとね~…わたし、でっかい所で大勢の人の前で歌を歌うのが、夢だったんだ。だから、ライブの提案をしてくれたユウキと、バッチリコンサート会場まで整えてくれたアルファには、直接お礼が言いたかった…二人共、ありがとう」
ユウキ「どういたしまして!最高のライブを期待しているね!」
アルファ「まぁ、俺とか実際、ユナの歌を聞きたくてライブの手筈を整えたまであるけどな」
ユナ「へぇー…ってことはアルファはわたしにゾッコンなわけ?」
ユナがわざわざお礼を言ってくれたわけだから、俺も本音を交えながら、適当な返事を返したつもりだった。するとユナはケラケラと笑いながら、俺にそんなことを聞いて来る。
アルファ「まぁ、そうだな。俺はユナの歌声には惚れ込んでるわけで──」
ユウキ&ノーチラス「「…アルファ?」」
アルファ「こっわ!?何!?お前らだって好きなアーティストとかいるだろ!?」
ユナ「あはは~、ユウキも頑張って歌手になってみたら?」
ユナの美声は、俺的には現代アーティストとしてやっていけるぐらい素晴らしいものだと思っているし、仮にユナがシンガーソングライターとかになるって言うなら、全力で応援してもいいぐらいの歌声だと思っている。実際、ユナのライブには、千人もの観客が集っているのだから。
だから俺は、好きな食べ物を語るような喋り口でユナに返答したわけだが、そんな俺に対して、ユウキとノーチラスが、冷たい視線を向けてきた。その光景を見て、ユナは朗らかに笑う。
そして、ライブ開始まであと十五分となったことから、俺とユウキは二階の観客席へ向かった。ノーチラスはステージの裏側で待機するらしく、二人とは控室で別れている。席に座りながらも、まだ若干むすっとしてるユウキに呆れながら、俺達はライブが始まるのを待っていた。
アルファ「…ユウキさん、そろそろ機嫌直して下さ~い」
ユウキ「…別に、怒ってないけど…なんか、ユナに負けた気がする…」
アルファ「安心してください。一番は紛れもなくユウキさんですから」
ユウキ「……うん……ん?誤魔化された…?」
ユウキがユナに嫉妬している様子を見て、俺はそんな彼女を可愛く思いながら、ユウキの頭を軽く撫でてあげる。するとユウキは、七十パーセントは不機嫌そうな顔をしているが、三十パーセントほどは嬉しそうな顔に移り変わり、俺もホッとしていた。
すると、ステージが一際大きく光り輝き、ステージの後方から中心に向かってユナが歩き始めていた。やがてゆっくりとステージの中心で佇まい、顔を上げて、マイクみたいなものを使いながら、観客に向けて笑顔を向けた。
ユナ「みんな!今日はわたしのライブに来てくれて、どうもありがとう!最高の思い出をわたしと一緒に作り上げよーっ!!」
「「うおおおおおおおお──っ!!」」
いえーい!とユナが右腕を天に掲げてそう宣言すると、ライブ会場は途轍もない熱気に包まれた。そしてその熱狂した雰囲気を上回るような、ノリのいい一曲目がスタートし、続く二曲、三曲と、次々にユナは今日の為に作り上げた、或いは厳選した歌を披露してくれた。
そして、十四曲の歌を歌い終えると、ユナがステージの中心で、ぺこりと頭を下げた。次第に観客席からは、アンコール!アンコール!アンコール!とユナの歌声を求める叫び声が聞こえてくる。当然、俺もユウキもユナの美声と会場の熱気に当てられており、夢中でアンコールを唱和していた。
ユナはもう一度頭を下げてから、俺達観客に向けて語り掛けてくる。
ユナ「みんな!アンコールありがとう!それじゃあ後二曲だけ、追加でレッツスタート!!」
そう言ってユナが歌い始めた十五曲目は、耳に残るリズムと軽快な音楽が織りなすポップな曲調であった。
…さぁ、大取りはどんな曲が披露されるのだろう。観客は皆固唾を吞んで、ユナのラストソングを待ち望んでいた。
そして、今ライブのラストを飾る十六曲目は、これまでの十五曲とは対極に位置する、穏やかで優しい、そして何処か、懐かしくも、もの悲しい、そんな曲調とユナの繊細な歌声から生み出された…それはまるで、鎮魂歌であった。
これまで曲の合間合間に声援を送ったり、ユナと一緒に歌詞の一部を歌ったりしていた者達も、その口と目を閉ざして、静寂の中その鎮魂歌に聴き入っていた。やがて曲が終わり、ユナが落ち着いた声で、今日のライブはこれで終わりだと、また別の機会があれば、是非とも会場に足を運んでほしい、とそう伝えてから、ステージを去って行った。
ライブが終了したことから、ゾロゾロと出口へと向かって行く彼らを横目に、俺とユウキは未だ、席に座ったままでいた。
アルファ「……最高のライブだったな」
ユウキ「……そうだね」
ユナが、最後の最後にまで取っておいたあの曲は、恐らく、俺達が当初描いていた、討伐作戦で心を傷つけてしまったプレイヤーや無念にもその命を散らしていったプレイヤーに向けて送られたものなのだろう。
彼らに安らぎを与えるという目標も達成しつつ、その一方で、その他大勢の人々に対しては、満足のいくような激しいライブを提供する…これは、まさしく完璧なるライブだった。
俺が、そろそろ席を立とうかな、と閑散としてしまった観客席から腰を上げようとしたその時、不意に俺の左手にユウキが右手を添え、言葉を掛けてきた。
ユウキ「……ねぇ、やっぱり、アルファ無理してるんじゃないの?」
ユウキは、今にも泣きだしそうな表情で俺にそう訊ねてきた。…彼女は、この鎮魂歌を聞いて、やはり俺がPoHを殺してしまったことを、人知れず気に病んでいるのではないだろかと、そう思ったのだろう。そんなユウキに対して、俺は優しく言葉を返す。
アルファ「…いや、なんにも無理してない。本当に大丈夫なんだ」
ユウキ「…嘘だ…そんなの嘘だよ!…だって…だって……人を殺して……なんにも無理してないなんて……大丈夫だなんて……そんなの有り得ないよ……」
今にも消え入りそうな細い声で、次第に顔を俯かせながら、彼女はそう呟いた。その様子は、最早彼女は泣いてしまっているのではないだろうかと思わされるほどである。
…俺は、本当に無理はしていなかった。心だってそんなに傷付いていない。無論、全く傷ついていないわけではない。例えどんな人間であろうとも、人を殺すということに忌避感を覚え、人により大小の差はあれども、その罪の意識にさいなまれるのは当然であろう。
しかし、俺はそれさえも飲み込んで、至って平静でいられた。何故ならば、これは俺が望んで選んだ未来なのだから。
…でも、それを俺に教えてくれたのは、君なのだ。俺は彼女の座る席の前に立ち、俯かせた顔を見上げるようにして、その本心を語った。
アルファ「……俺が剣を持つ意味…それは、ユウキは勿論、キリトやアスナ、クラインにリズベット…俺にとっての大切な人達を守るためにあるんだ。だから、俺はその為ならば、剣を振るうことが出来る。だから、俺の剣はもう、迷わない」
俺が真摯なる表情で、かつて彼女が俺に思い出させてくれた、剣を持つ意味を伝えた。すると彼女は一瞬、息を呑んだように目を見開いてから、困り顔のような、笑顔のような表情を向けて、口を開いた。
ユウキ「……あ~…もう、ズルいなぁ…。…そっか、アルファの剣を持つ理由は、凄く芯の強いものだったんだね…」
アルファ「…そんなことねぇよ。俺はみんなに支えてもらわなきゃ、まともに歩くことさえ出来ない」
ユウキ「嘘ばっかり…あ~あ……やっぱり、ボクには勿体ないや…」
アルファ「いやいや、俺にこそ勿体ない」
ユウキ「……帰ろ?」
アルファ「あぁ」
ユウキは俺に、これまでの中で一番の笑顔を魅せて、俺の左手をそっと掴んでくれた。俺もそれに応えるように彼女の右手を包み、コンサートホールを後にしたのだった。
次回の投稿日は12月二日の木曜日となります。
では、また第87話でお会いしましょう!