~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第87話 タイムリミットの足音

 ユウキ「よーし、今日も気合い入れてこー!」

 

 アルファ「おぉ…」

 

 現在の最前線は第71層である。しかし、俺達がお昼頃まで滞在する予定のフィールドは第70層にあるので、今は70層主街区から、目指すべきフィールドがある方角へと続くの門前にて、ユウキが元気よく声掛けしてきた。

 朝に弱い俺としては、ユウキの如く朝から元気一杯というわけでもなく、のんびりとした返事を返すばかりだ。しかし、それはいつもに増して気怠そうな声色であったことも、自覚している。

 

 ユウキ「今日はいつもよりも元気ないんだね」

 

 アルファ「…ん~…なんか、身体が怠いんだよなぁ」

 

 ユウキ「睡眠不足なんじゃない?」

 

 アルファ「…そうかもな」

 

 ユウキにそう言われて、確かに、昨日はなんだか寝つきが悪かったことを思い出し、彼女の言葉に納得してしまう。向かうフィールドは、適当な速さで駆けて三十分ほど先にある湿地帯であり、そこが現状、一番レベリング効率の良いエリアなのだ。

 今日の大まかな予定は、午前はレベリング、午後は迷宮区タワーの最寄りの街で受けられるクエストを消化する、という感じだ。珍しく、道中でモンスターに遭遇することの無いまま、俺達は段々と湿り気を帯びていく温帯草原を走り抜けていたのだが──

 

 アルファ「うぉ!?」ズコッ!

 

 柔らかい土に足を捕られて、俺は草原にて大きく転倒した。この道は何度も通っていることもあり、普段ならばこんな事が起きることは、決して有り得ないのだが、今日はどうにも足が上手く動かなかった。

 イテテテ…と身体を起こして立ち上がると、俺がズッコケる様子を見ていたらしいユウキが、呆れながら口を動かす。

 

 ユウキ「…注意散漫!今日はちゃんと睡眠取りなよ?」

 

 アルファ「悪い悪い…」

 

 気を取り直してフィールドを進んでいくと、とうとう狩場が見えてきた。どうやら俺達が一番乗りだったようで、次のパーティーが来るまでの一時間は、自由にレベリングに勤しめそうだ。

 俺達は、水深が膝程にまである沼地にゆっくりと侵入し、ザブリ、ザブリ、と水をかき分けていく音を立てながら、沼地中央にある直径五十メートルぐらいの陸地へと移動した。ここに辿り着くまでにモンスターとの戦闘にならないのは、ここでの狩りに置いて理想的なパターンだ。

 そんなことを思っていた矢先に、沼地から一気に飛び出してきたのは、六匹ものワニのようなモンスターだ。このワニ野郎こそが、狩りの対象となるモンスターである。

 ワニの癖に装甲は薄く、攻撃パターンも単純、加えて二足歩行。だが、見た目通り攻撃力は高く、スピードも速い。もしコイツが鉈とかハンマーとかを持っていたら、身体のごっつさ以外ではリザードマンと区別がつかなかったろうし、なにより狩りの対象ともなることは無かっただろう。

 

 ユウキ「三体お願い!」

 

 アルファ「任された!」

 

 三匹程度ならば俺達が協力しなくとも、単騎で撃破出来るだけの余裕はある。俺は陸地の前方へ、ユウキは後方へと、ワニを誘導した。

 がしかし、予想外にも俺が向かった方向には、更に6匹のワニ野郎が出現する。ここの狩場は、六匹ワンセットでの時間差リポップだったはずなのだが…どうやらイレギュラーが起きてしまったようだ。

 チラリと後方を見やると、ユウキ近くにも更に六体のワニが出現していて、こちらの援護に期待することも出来ないだろう。それぞれ陸地の西部、東部からも追加でワニが六匹ずつ、こちらへと向かってきている。

 俺は計九匹のワニに囲まれたことで、イージーモードの戦闘が、一気に死の危険性を大きく孕んだハードモードへと移行してしまった。だが、この程度であっさりと死んでしまうのならば、攻略組なんて務まらない。

 俺の周囲を陣取るワニ野郎の中で、僅かにこちらへ身体を出し過ぎている一匹に狙いを定め、俺はトップスピードでそちらに迫る。一瞬怯んだワニ野郎の真正面に立ち、そのまま鼻先を思いっ切り両手剣で切り裂いた。ワニの弱点は現実世界と同じく、真正面が死角になっていることで、残りは人間を含む殆どの生物が共通している、目と鼻だ。

 

 レベル差と武器の火力のおかげで、ワニ野郎は三、四発の通常攻撃で、体力を削り切ることが出来る。絶叫を上げるワニ野郎の身体にもう一撃ぶち込んでから、更にもう一撃剣を走らせて撃破してしまいたい、という気持ちを抑えて、剣を振りながら事前に目星をつけておいた、左側にいるワニ野郎の方へと移動していく。

 それによって、俺の一瞬前に居た場所に振り放たれた、後ろから迫って来ていた鉤爪による一撃を回避する。右側から大きな口を開けて俺を噛み砕こうとしてくるワニ君に対しては、投げナイフで適度に牽制しておきながら、前方で尻尾を払ってきたワニ野郎の攻撃を縄跳びするように躱して、同じく弱点部分にダメージを与える。

 右手から迫って来るワニ二匹には、ギリギリまで引き付けてから、両手剣ソードスキル二連撃技<リバース・サイクロン>を直撃させ、前方にいたワニ野郎と投げナイフで牽制しておいたワニ野郎をも纏めて葬り去る。これで四体葬り去れたわけだが、まだまだあと十一体も残っている。油断は禁物だ。

 

 技後硬直時間の間に再び周囲の状況を把握し直し、攻め込みやすい地点を見つけ出す…と、ここまでの戦闘で明らかになったように、この世界での一対多数の戦闘においては、生き残るためには常に足を動かさなければならないのだ。

 上半身だけ必死に動かしていても、足がそれに伴わなければ、次第に辺りを囲まれ、その距離が縮み、やがてはモンスターに袋叩きにされ、スタン状態…そして麻痺状態へと移行し、何もできないままモンスターに蹂躙されることになる。

 だからこそ一瞬で状況判断を下し、最適ルートを辿るように足を進めることで、包囲される状態を防がねばならないのだ。発動させるソードスキルも、技後硬直が長い大技は禁物である。それさえ理解しておけば、あとは機械のように同じ作業を繰り返すだけ…ではなく、その時々に合わせて若干の修正を加えながら、最適解を選び続けるだけだ。

 しかし、それが難しいからこそ、パーティーでの安全性重視の狩りが採用されるわけで、この戦闘方法に慣れるには、兎に角数をこなすしかない。そんなこんなで更に九匹のワニ野郎を撃破し、残る二体に剣を滑らそうとしたその時、横から月光波が飛んできて、ワニ野郎二体はそれで命を散らす。

 

 アルファ「…モブの横取り、マナー違反だぞ」

 

 ユウキ「コンビ間では早い者勝ちだよ?」

 

 大量のモンスターを捌き終えた俺達が軽口を交えながら、ふぅ、と息をつくのも束の間、前方から、これまでのワニ野郎よりも二回りほど大きい、左手には薙刀のような武器を構えた、右肩に薄汚いマントの切れ端を身に付けているリザードマン…いや、奴らにしては筋肉隆々過ぎる。

 差し詰め、ワニ野郎達の親玉であるクロコダイルマン、といった所だろう。…我ながら、ネーミングセンスの欠片もないことに悲しさを感じさせられるが…。

 

 ユウキ「…ここの狩場は、もう枯渇寸前だったみたいだね」

 

 アルファ「あぁ、最後にもうひと踏ん張りしねぇとな」

 

 効率の良い狩場だって、こうも何度も大量のプレイヤーで狩りを続けていれば、システムによって修正が入り、いつかはそのリソースが枯れてしまうのだ。

 そして時折、こうして最後の最後でモンスターラッシュが発生したり、体力バーは一本で固有名も示されないが、狩場のボスだと言わんばかりにちょっと大きめのモンスターが登場したりする。水辺で闘うのはこちらが不利となってしまうので、奴をこちらまで誘き寄せてから、陸地にて闘いを始めた。

 親玉は飛び掛かるようにこちらへドシドシと迫り、薙刀を払って来たのだが、俺とユウキはその懐に入るようにしてその一撃を避け、流れるように剣で斬りかかる。振り回してきた尻尾も続けて回避し、更にもう一撃入れた。

 刃を戻してこちらに振って来た薙刀を宙返りの要領でひらりと躱す──

 

 アルファ「がぁ…っ!」

 

 ──はずだった。だが、何故か身体が思うように動かず、宙返りは失敗し、スタン状態に陥ってしまう。その際に背中を薙刀で大きく斬る伏せられ、続く親玉の踏みつけ攻撃が俺の腹を捉えるようとした。

 だが、そのワンテンポ前にユウキがソードスキルを炸裂させ、親玉を葬ってくれた。スタン状態から復帰した俺は、ワニ野郎と親玉との戦闘で受けたダメージを回復するために、ポーションを一気飲みする。

 

 ユウキ「…ホントに今日はどうしたの?宙返りなんて基本をミスするなんて、アルファらしくないよ?」

 

 アルファ「…なんでだろうな。なんか身体が動かなかったんだ。…まだ身体が起きてないのかもな。次の狩場に移動しようぜ」

 

 ユウキ「いくらなんでもお寝坊過ぎるよ…」

 

 ユウキと共に他の狩場に移動しながら、俺は何故宙返りを出来なかったのかを考えてみたが、やはりその理由が思い浮かんでこない。

 …まぁ、俺のことだから、身体がまだ眠っているってのは大いに有り得そうだし、何処か身体に違和感を感じる気がするが、それも気のせいなのだろう。これから身体を動かしていけば、自然と睡眠不足による身体の気怠さも吹き飛んで、いつも通りの調子に戻るはずだ。

 そんなことを思いながら、俺達は他のパーティーが利用しているらしい狩場に辿り着き、お昼前までのレベリングを再開したのだった。

 

 

 

 

 一時間交代の狩場でレベリングを二度終え、正午前に狩りを切り上げた俺達は、今はフィールドを駆けて十数分ほど経過している。

 しかし、行きは、転んでしまったこと以外には、特に何の問題もなく駆け抜けられていたフィールドだというのに、同じ道のりのこのルートが、永遠に続いている地獄なのではないかと思わせられるほど、俺にとっては長く苦痛に感じていた。

 その原因は恐らく、そのうちレベリングをしていくに連れて、普段通りの状態に戻れるだろうと考えていたはずのコンディションが、悪化の一途を辿って行ったからに違いない。

 最初こそ然程気になるわけではなかったのに、時間が経過していくにつれて、まずは身体が火照ったように熱くなり、次に頭が痛くなり始め、そして身体が更に怠くなっていき、判断能力が鈍って、今となっては視界がグラつき、ついには平衡感覚までもがおかしくなってきた。

 レベリングをしている間は、最後の方までは身体が熱く頭が痛い程度だったが、ラスト5ウェーブぐらいからは残りの症状が一挙に俺を襲ってきて、己を誤魔化すことでなんとか狩りを続けられていたものの、ミスは多く、ユウキには度々迷惑を掛けてしまった。

 今も軽めにフィールドを走っているわけだが、いつもは気持ちの良いこの疾走感も、今の俺には、横腹が痛い中持久走を走り続けているような、尋常ではないほどの過酷さにしかならない。俺の前を走るユウキの背中が、いつもよりも、うんと遠く見える。

 …一体、俺の身体はどうしてしまったのだろうか。歪む視界を確認しても、その原因となっていそうなデバフアイコンが表示されているわけではないし…呪いの類か?いやいや、呪いだったとしてもしっかりアイコンは表示される。

 ならば?新手の何かなのだろうか?しかし、別にいつもと変わったことをしたわけでも、いつもと変わった飲食料を口にしたわけでもないわけで………ま、まさか、風邪か…?た、確かに…現実世界で風邪をひいた…の、だとすれば、こちらに何か影、響があっても……お…かしくはな──。

 

 アルファ「」バタンッ

 

 ユウキ「……ア、アルファっ!?ねぇ、どうしたの!?ねぇ、アルファ!?アル──」

 

 ガンガンと鈍器で叩き付けられるように痛む脳内で、上手く集中できなくとも、一番有り得そうな結論に行き着き、それをユウキに伝えようとしたその時、俺はもう限界地点に達していたようで、全身から力が抜け落ちて、気絶するようにフィールド上で倒れ込んでしまった。

 それに気が付いた彼女は、俺に何かを言っていた気がするが、もうそれに返事が出来ないほど、俺の身体には睡魔が襲い掛かって来ていて、そのまま気を失うように、俺は意識を闇に堕としてしまった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 バタンッ、と後方で何かが倒れる音がして、ボクはまた、アルファが泥に足を捕られて転倒してしまったのだろうかと思い、なんだか今日のアルファは調子が悪いのかな、とそんなことを思いながら、後ろを振り向いたわけだけど、その先でボクの目に映った光景は、アルファが転ぶどころかフィールドに倒れ込んでいるというものだった。

 転ぶならまだしも、倒れ込んだというのは、流石に間抜けだと笑う他ない。そんな呑気な気持ちで、ボクはアルファが起き上がるのを待っていたけれど、アルファは何故か一向に、その体を起き上がらせてこなかった。

 …どうしたのかな?そんな単純な疑問がボクを刺激して、徐に彼の元へと歩み寄った。

 すると彼は、顔を赤くし、呼気を乱れさせていた。その表情はとても辛そうで、アルファの身に何か良くないことが起ったことを理解したボクは、急いで彼に言葉を掛けた。

 

 ユウキ「ア、アルファっ!?ねぇ、どうしたの!?ねぇ、アルファ!?アルファっ!?」

 

 …が、彼はボクの言葉に返事することは無く、そのまま苦しそうな表情で、眠りについてしまったようだ。明らかに、様子がおかしい。だが、何をすればいいのか、全く分からない。

 あの夜以来、久しぶりに焦りに焦っている中で、アルファがどうなってしまったのかは分からないが、あろうことか、彼がフィールド上で闘えない状態になってしまった以上、取り敢えず、安全圏まで彼を連れ戻さないといけないことに気が付く。

 しかし、そこでまた問題が発生した。彼が眠ってしまっている以上、転移門であれば、パーティーごと転移することが出来るのだが、自分で転移先を唱える必要のある、転移結晶での移動は不可能なのだ。次に思い浮かんだ案は、回廊結晶による移動。これならば、彼が眠っていようが何だろうが、すぐに圏内へ戻れる。

 だが、生憎回廊結晶のストックは無い。ならば、寝ているプレイヤーさえもすぐに運べるアイテム<担架>を使うのは…ダメだ。そもそも、二人居ないと担架は使えないし、ボクは、あんな用途の限られたアイテムをストレージに収納していない。

 …スピード型のビルドを構成しているとは言え、高レベルプレイヤーであるボクのSTRならば、彼を持ち運ぶことは可能だ。だったら、その案を採用するしかない。故にボクは、普通に抱き抱えるよりもこっちの方が楽かな、と、ストレージから寝袋を取り出し、寝袋に彼を移動させた。

 主街区までは、歩けば十五分程だろう。彼を抱えたままでフィールドを走り抜けられるほど、ボクのSTRは高くない。

 最後に、アルファが何故このような状態になってしまったのか、それを解明するために、この世界のあらゆる情報を網羅していると言っても良いアルゴに、アルファが突然苦しそうに倒れたんだけど、なんのデバフか分からない?とメッセージを送っておく。

 そして寝袋ごとアルファを抱きかかえるように持ち上げて、ボクはそっと彼に囁いた。

 

 ユウキ「アルファ、ボクが何とかして見せるから、大丈夫だよ」

 

 その呟きが聞こえたのか、彼の表情は少しだけ和らいだように見えた。

 

 

 

 フィールドを歩くこと十五分、ようやくボクは主街区へと戻ってくることが出来た。

 道中に二度もモンスターとエンカウントしてしまったのだが、流石に、アルファを抱えながら戦闘をこなせるほどのステータスは無いので、彼を草原にそっと寝そべらせ、攻撃がヒットしないよう気を配りながら、出来るだけ素早くモンスターを片付けた。もし複数体で出現されていたら、こうも簡単にはいかなかったかもしれない。

 お昼ご飯を食べに来たらしいプレイヤー達が、ボク達の様子を不思議そうに眺めたり、或いは写真に収めたりしているが、兎に角、主街区のベンチに彼を下ろして、アルゴからのメッセージを確認する。

 …その前に、もう一度アルファの様子を眺めてみたが、圏内に入ったというのに、やはりその表情は険しかった。アルゴからのメッセージには、取り敢えずそっちに向かうヨ。と短く返事が返って来ており、数分後には、位置情報をもとにアルゴがこちらまでやって来た。

 

 アルゴ「ユーちゃん、お久しぶりだナ」

 

 ユウキ「う、うん。それよりも。アルファがまだ苦しそうで、圏内に入ったらあらゆる状態異常は無効化されるはずなのに…どうしよう…」

 

 アルゴ「ちょっと失礼するヨ」

 

 アルゴは律儀に挨拶をしてくれたのだが、ボクはその時間さえも惜しくて、すぐに彼女に助けを求めていた。

 すると彼女はボクに断りを入れてから、アルファのおでこやほっぺに軽く手をかざした。あぁ~…と心得たように呟いてからこちらを振り向いたアルゴは、ボクに微笑みながら、アルファが苦しんでいる理由を教えてくれた。

 

 アルゴ「ユーちゃん、たぶんアー坊は風邪ダ。リアルの身体が風邪ひいちまったんだろうナ」

 

 ユウキ「……え…か、風邪…?」

 

 アルゴ「お、オイ!ユーちゃん、どうしたんダ!?」

 

 アルゴが特に何も気にすることなくそう言ったのに対して、ボクはその言葉に多大なる衝撃を受け、その場からふらりふらりと後退ってしまった。そんなボクの異常な様子を見て、アルゴも驚いたように声を掛けてくる。…何か、言い訳をしないと…。

 

 ユウキ「……だ、だって…もしアルファがその風邪に負けちゃったら…死んじゃうってことだよね…?」

 

 アルゴ「……確かに、今んとこリアルの風邪が原因でプレイヤーが死亡したって話は聞いた事無いケド、このまま一歩も動けないオレっち達の免疫力が低下したら…その可能性は有り得る、カ…取り敢えず、オレっちとユーちゃんで、アー坊をホームまで運ぼうカ。ストレッチャー持ってきたヨ」

 

 ユウキ「う、うん…」

 

 ボクの発言に真剣になって、恐ろしい答えを出したアルゴは、ストレージから担架を取り出した。なのでボクも協力して、その上にアルファを乗せる。二人で救急搬送でもするかのように転移門まで向かい、ホームのある十五層へ転移、家まで真っすぐ向かって進んで、遂にホームに辿り着いた。

 そのままアルゴに手伝ってもらって、アルファの自室に入り、彼をベッドの上に寝かせる。そこでようやくボクが、ふぅ、と息をつくと、アルゴが話し掛けてきた。

 

 アルゴ「えーっと、風邪が治るのにどれぐらいの日にちが掛かるかはその人それぞれで、オレっち達が出来ることは基本的には無いんダ。…ただ、一つだけ出来ることは、アー坊のおでこに濡れた布を置いて上げることぐらいかナ…ま、現実世界に影響を及ぼすわけじゃないカラ、気休め程度にしかならないケド」

 

 ユウキ「分かった。ちょっと待ってて!」

 

 アルゴにそう伝えたボクは、急いで台所へと向かって、収納棚に入れておいた大きなボウルに水をタプタプに入注ぎ込み、それを零さないように気を付けながら再びアルファの部屋へと戻っていく。

 アルゴに教わった通りに、ハンカチを水の中に浸して冷感エフェクトを付与し、それをアルファのおでこの上に乗せた。するとアルファは、また少しだけ表情を和らげたように見える。

 

 アルゴ「ユーちゃんはいいお嫁さんになりそうだナ」

 

 ユウキ「そ、そうかなぁ…」

 

 アルゴ「オレっちがいつまでもここに居たら邪魔だろうカラ、せめて冷感エフェクトを強化するために、コイツを使ってくれ」

 

 アルゴが茶化すようにボクにそんなことを言ってから、ボウルに張った水の中に<スノーツリーの蕾>を三つほど入れてくれた。ほんのりと冷たかっただけの水は、ひんやり冷たい氷水へと変化する。

 これは本来飲み水を冷やすために使う代物なのだが、贅沢なことにも、更に二十個ほど、アルゴはボクにスノーツリーの蕾の詰まった小瓶を渡してくれた。

 

 アルゴ「そんじゃ、お大事にナ!」

 

 ユウキ「アルゴ、ありがとね!」

 

 アルゴがギルドホームの玄関ドアを開け、何処かへ走り去って行ったのを皮切りに、さぁ、頑張らなきゃ!と自分の中で気合いを入れる。

 冷感エフェクトは五分ほどで消えてしまうため、五分に一回はハンカチを水にくぐらせて、更に三十分ほども経過すれば、氷水もただの水へと変化してしまったので、その度にスノーツリーの蕾を投入する。

 そんな単純作業を繰り返しているうちに、ボクの頭の中には、アルゴの放ったあの言葉が蘇って来ていた。

 

 ──このまま一歩も動けないオレっち達の免疫力が低下したら…

 

 この世界に囚われて以来、ボクはあまり現実世界での自分の状況を考えていなかった…否、考えることを、意図的にやめていた。本来はもう、外を歩くことさえ許されなかったはずの、現実世界でベッドの上で横たわっている自分を思い出すだけで、この世界での出来事が全て虚構のように感じてしまうから…。

 しかし、アルゴの言った通り、健康的な生活を送れていないであろうボク達の身体は、免疫力の低下という事象を免れないはずだ。だったら、もう二年近くもここに囚われている、健全な肉体を持っていた筈のアルファが、免疫低下から風邪をひいてしまった、という可能性は大いに高いだろう。

 …それに、この調子でいけば、SAOのクリアにはあと一年ほど掛かる気がする。そうなって来ると、アルファどころか、ボクはまだ、一年後も生きていられるのだろうか?アルファ達よりも免疫力の低下が激しいであろうボクは、もう明日には日和見感染症が悪化し、そのまま死んでしまうのでは?

 …寧ろ、ボク自身はもう、現実世界には帰りたいとさえ思っていないのだろう。現実世界に戻ればきっと、ボクはもう──。…やめよう、やっぱり、現実世界でのことはあまり考えたくない…だって、まだ夢の終わりは見たくないから。

 無理矢理思考をシャットダウンしたボクは、再び無心で彼の看病を始めたのだった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 アルファ「…」

 

 ぼんやりと意識が戻り始め、その次に感じたのは、鈍い頭痛。身体が気怠い熱で覆われていて、とてもじゃないが動けそうに…とそこまで考えて、俺はフィールド上で意識を失ったことを思い出した。

 これは不味い!とモンスターに襲われる危険も考慮し、身体に鞭打って目をパチリと開けたのだが、そこは青い空──ではなく、見慣れた白い天井であった。

 …何が起こったんだ?俺が現在自分の置かれている状況を呑み込めないでいると、俺の隣から、彼女の声が聞こえてくる。

 

 ユウキ「…アルファ…目、覚めたの…?」

 

 チラリと横に視線をずらすと、ユウキが椅子に座っており、俺はベッドの上で横たわっていた。実に簡素な内装ではあるが、ここが自分の部屋であることに気が付く。

 時刻を確認すると午後三時前で、おでこにはひんやりとしたハンカチが…そこでようやく、俺が倒れた後に、ユウキがフィールドからホームまで俺を運び、更にはぶっ倒れた俺を看病してくれていたのだろうことに気が付く。

 俺はお礼の言葉を口にしようとしたのだが──

 

 ユウキ「良かった…ホントに良かったよっ!!」

 

 アルファ「んなっ!?」

 

 目尻を潤ませながら、俺の身体に飛び込んできたユウキを受け止めるので精一杯で、お礼を言う余裕もなかった。強く抱き締めてくるユウキに対して、俺も抱き締め返してあげたいのだが、身体が重くそれさえ辛いので、彼女の背中に掌を乗せて、ゆっくりさする程度しかできない。

 

 アルファ「…迷惑かけて悪かった。そんで、フィールドからホームまで運んでくれて、ありがとな」

 

 ユウキ「ホントに心臓に悪かったんだからね!風邪でしんどいなら、ちゃんと言ってよ!!」

 

 アルファ「…あぁ、やっぱり風邪だったのか…身体の異常を訴えようとした瞬間に倒れてしまいまして…すいません。でも、風邪ぐらいで死ぬわけじゃないんだからさ…」

 

 ユウキ「……そんなことないんだよ?人は、ちょっとした風邪でも簡単に死んじゃうんだから…」

 

 アルファ「…ごめん…なぁ、そろそろ離れた方がいいぞ?それこそ、俺の風邪移ったらどうするんだ?」

 

 アルファ「…んっ!?」

 

 謝罪と感謝を言葉にすると、ユウキは、俺が風邪をひいたが故に、このようにして体調不良に陥ってしまったことを教えてくれた。やはり現実世界で風邪をひくと、こちらの世界でも影響するのでは?との仮説は正しかったらしい。

 俺が風邪を侮ったような発言をすると、彼女は途端に真剣な表情で、俺にその恐ろしさを伝えてくる。再三にわたり謝罪の言葉を口にして、それからもっともなことを伝えると、ユウキは突然、俺に激しい接吻を仕掛け、舌を絡めとってきた。

 しかしそれは不慣れな様子で…というか俺もユウキが初めてなのだが…その初々しさがまた愛おしい。やがてユウキがゆっくりと俺から顔を遠ざけると、普段の彼女からは想像もできないほど妖艶なる表情を浮かべて、俺を揶揄うように語り掛けてくる。

 

 ユウキ「ここはゲームの中なんだよ?こんなことしたって、風邪が移ることはないんだから、ね?」

 

 アルファ「……すまん、ちょっと喉乾いたんだけど、水か何かあるか?」

 

 ユウキ「…あ、ご、ごめんごめん!ちょっと待っててね!」

 

 俺が残る理性を振り絞ってユウキにそう訊ねると、彼女は思い出したようにその艶やかな表情を抑え込み、俺の部屋を出て行った。その後ろ姿を眺めながら、俺は大きく安寧のため息をつく。

 …非常に、危なかった。あのエロティックな表情で、しかも身体の上に跨られるなど、俺の人生の中で紛れもなく一番ヤバい状況だった。

 速攻で俺の部屋に戻って来たユウキに驚きつつも、彼女から受け取ったただの水…ではなく、少し爽やかなレモン風味の水を、己の気持ちを抑え込むように一気飲みしてしまう。

 意外と知られていないことだが、風邪にかかると、その後遺症として一時的に味覚が失われたりするのだ。この世界で数少ない娯楽の一つである食の楽しみを奪われたらどうしようかと思っていたが、どうやらその心配はないらしい。というか、さっきの深いキスで甘みを感じていた時点でそれには気が付けていたのだが…。

 ……流石に、まだ現実世界の身体は、病魔に侵されているらしい。俺の視界がグラグラと歪むのを感じて、まだ目覚めたばかりで眠気は襲ってこないが、そろそろ限界かと思い、隣に座って居るユウキに一声掛けておく。

 

 アルファ「…ごめん、そろそろもう一回寝るから…ユウキもゆっくりしといてくれ」

 

 ユウキ「…子守唄歌ってあげるよ」

 

 アルファ「…俺は小っちゃい子供じゃねぇんだけど…」

 

 ユウキ「そんなの関係ないの!…それじゃ、行くよ~」

 

 そしてユウキが歌い始めた子守唄は、恐らく外国語で唄われたものだった。ユウキの歌声って、一体どんなものなのだろうかと、以前から気になっていたのだが、それは実に素晴らしかった。

 透き通った穏やかな声色で、丁寧に唄われていくその歌声は、まるで現実世界では、彼女は何処かの聖歌隊に属しているのではないかと思うほどである。

 

 ユウキ「──So hush little baby, don't you cry. Daddy loves you and so do I. Daddy loves you and so do I.」

 

 アルファ「……」

 

 俺のリスニング力では、その歌詞の全てを聞き取ることは出来なかったが、最後の一節を繰り返し唄ってくれたことで、父はあなたを愛している。そして私も同じく…と言う意味なのだろうことだけは理解できた。

 しかし、だったら so I do の順番が正しいのではないだろうか?そんな疑問を抱いた俺は、ふと彼女にそれを訊ねる。

 

 アルファ「…so do I じゃなくて、so I do じゃねぇの?」

 

 ユウキ「…もう、子守唄なんだから、そんなこと気にせず眠っちゃえばいいのに…因みにだけど、歌詞はあれで合ってるよ。倒置法を使って強調表現をしてるんだと思う」

 

 アルファ「と、倒置法…?強調表現…?」

 

 ユウキ「え?分からないの…?ちゃんと勉強しないとっ!」

 

 アルファ「わ、悪い…」

 

 どうせユウキのことだから、なんでだろうね~、だなんて返事が返ってくると思っていたのに、想像以上にしっかりとした回答が返って来て、俺は面喰ってしまう。

 英語で倒置法とか、習ったことあっただろうか?俺は、真面目に受けていたとは言えない日々の英語の授業を思い出し、もしかしたら忘れてしまったのかも、と思わされる。

 …そう言えば、ユウキは自称博識を名乗っていたわけだし、実際に俺よりも知識があるわけで、もしかしたら、この見た目でも本当は、俺よりも年上だったりするのかもしれない…と、そんなことを考えながら、俺はユウキに更に話し掛けた。

 

 アルファ「…にしても、良い歌声と心地いい子守唄だな」

 

 ユウキ「そうでしょ~?…ボクも、いつもママと姉ちゃんにこれ唄ってもらってたんだ…まさか、ボクが誰かに唄う日が来るなんて、想像もしなかったよ…」

 

 そう静かに答えたユウキは、何かを懐かしむような表情を浮かべていて、俺は彼女に掛けるべき言葉を見つけられなかった。

 ユウキの子守唄のせいなのか、再びウトウトと眠気が襲ってくる中で、俺は彼女におやすみの言葉を送った。すぐに優しい声色で、おやすみ、とユウキからの返事があったのを聞いてから、俺は再び睡眠を貪り始めた。

 結局俺は、二日ほどかけて体調を取り戻し、それからは、貯めておいた課題に追われるような、目まぐるしい日々を過ごしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、十二月四日の土曜日となります。

 では、また第88話でお会いしましょう!
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