現在の最前線は第72層。俺達は本日の迷宮区タワー探索を終え、主街区へと戻るべく迷宮区タワーと街を横断するように構成された森林地帯を駆け抜けていた。この樹林は、これまで踏破してきた72層分の森林フィールドの中でも上位に入って来るレベルで、鬱蒼とした深い森となっていた。
基本的に、森の中では辺りの景色が変わりにくいせいで、今何処にいるのかを把握し辛いこともあって、移動の際には必ずマップに目を通す必要があるのだが、中にはマップ機能が上手く作動しないフィールドなんてところもある。その代表例が<迷いの森>なわけで、そこで詳しい現在地を知るためには、主街区で購入できる専用マップが必須となる。
そしてここ<夢想の森>も同じような仕様となっており、マップが上手く作動しない上に、街で専用マップが購入できるわけでもない。その代わりに、森の両端にある巨大な杭に専用のロープを結び付ければ、丸一日は耐久値が尽きず、安全に街へと帰れる仕様となっているはずなのだが…
ユウキ「…おかしいな。確かにロープを辿ったはずなのに…」
アルファ「…一体どうなってるんだ…?」
俺達がロープの先に辿り着いたのは、蒸気的な発明により大きな革命を迎えている…というテーマの歯車がモチーフとなった街ではなく、ダークオークのような黒に近い木々で作り上げられた大きめの館であった。
…ちゃんと迷宮区タワーに向かう前に、森の入り口にある杭にロープを結び付けたはずなのに、どうしてそのロープがここで途切れているのだろう。目の前には明らかなダンジョンらしき場所もあることだし、これは強制イベントとかなのだろうか。いや、それならクエスト通知が来るだろうし……。
アルファ「一旦、ロープをもう一度辿って、転移結晶で街に帰らないか?」
ユウキ「ん~…せっかくダンジョンを見つけられたんだし、ちょっとだけ様子見してみない?」
俺が安全策を呈示すると、ユウキは一攫千金コースを提案してきた。確かに、このダンジョンはまだ誰も見つけていない可能性が高く、俺達が一番乗りとなれば、宝箱を漁りたい放題だ。
だが、この未踏破ダンジョンで命の危険に晒されるという可能性も十分考えられるわけで、俺は悩みに悩んだ末、ユウキの提案を条件付きで受け入れることにした。
アルファ「…もしダンジョンの中が結晶無効空間だったら、大人しく引き返そう。そうじゃなかったら、ちょっとだけダンジョン攻略してみるってのでいいか?」
ユウキ「うん!ありがと!」
この森は、迷いの森と同じく転移結晶が上手く効果を発揮できない。
しかし一度目の前のダンジョンに入ってしまい、その内部は結晶が有効なのであれば、そこから正常に機能する転移結晶を使って主街区に戻れるわけで、それ故に俺はこういう妥協案を示したのだ。これはユウキの好奇心と彼女の命の安全性を共に兼ね揃えた、最適案であると自負できる。
ユウキが軽く感謝の気持ちを述べるとすぐに、館ダンジョンの入り口と思われる、漆塗りされた大きな木製の両開き扉を勢い良く…とはいかず、少しずつ開け放った。
改めて館を眺めてみると、長年誰もここに訪れていなかったような、人々の記憶から忘却されてしまった陳腐な建造物のように見える。ギギギッ…と軋むような音を鳴らしながら、ドアはゆっくりと開いて行った。
館内は仄かな蝋燭火で照らされているだけで、中の様子を詳しく推し量ることは出来ないが、ダンジョンに入ってすぐにモンスターとエンカウント、というパターンではないらしい。
ユウキ「…ここ、オバケ出たりするんじゃない~?」
アルファ「笑えない冗談はやめてくれ」
ユウキの言う通り館内は、もしかすればレイス系のモンスターが出てきても可笑しくないような雰囲気を醸し出しており、俺は否応なしに気を引き締めさせられる。
そうやって口を動かしている間にも、俺はアイテムストレージから結晶アイテムを一つ取り出し、ちょっと勿体ないが使用してみた。問題なく使用できたことから、このダンジョンは結晶無効空間ではないことが判明する。
アルファ「大丈夫そうだな。…行くか」
と、俺が言い終える前に、ダンジョン内部が結晶無効空間ではないことを確認し終えていたらしいユウキは、つかつかと館内へと侵入していた。俺も自前のランタンを腰に装備してから、館内を歩いて行く。
玄関からすぐに所に、二階へと続く大きな階段があったが、俺達はそれを無視して一階部分の探索を始めた。正面から見て左右には長い廊下が続いており、その所々に小部屋が設計されている。
まずは右側の廊下を選んだ俺達は、モンスターの出現に備えて警戒を怠らないでいたのだが、不思議なことに、一向にモンスターが出現する気配がしない。俺達はその様子に疑念を抱きつつも、廊下の突き当りまで進み、一番奥にある大きめの部屋へと入ってみた。
ユウキ「お、トレジャーボックスだね。しかもこれ、鍵付きじゃないよ」
アルファ「…明らか過ぎる罠だろこれ…」
その大きな部屋に入っても、特にモンスターが襲ってきたわけでもなく、嫌に静かな空虚感が漂うばかりだ。部屋の内装は…まぁ俺の自室よりもインテリに拘られている。
高級感のある椅子やベッドに箪笥、更には石造りの暖炉らしきものまであり、よもや俺達が入って来たこの館は、内装付きのプレイヤーホームで、ダンジョンというのは勘違いだったのではないかと思わされる。
しかし、ここが明らかにダンジョンであることを示しているのは、部屋の隅に置かれている三つのトレジャーボックスの存在だ。三つの内一つだけ鍵無しだったりするのはよくあることだが、三つとも全部鍵無しで、トラップに引っ掛かる恐れが全く無いというのは、逆の意味で怖い。
…宝箱を開けるとモンスターが出現するようになるとか、そういうダンジョンなのか?
ユウキ「…ねぇ、一個だけ、開けてみようよ」
アルファ「……分かった。気を付けろよ」
ユウキ「うん…」
またまた己の好奇心に敗れたらしいユウキが、どうしても一つだけ宝箱を開けてみたくなったらしいので、仕方なく俺はそれを許可した。…と言い訳しつつも、俺も宝箱を開けたかったのだが。
何時何処からモンスターが襲ってこようとも、慌てることなく迎撃できるように、態勢を整えておく。そしてユウキがとうとう、パカッ、と宝箱を開けてしまった。がしかし、辺りからはモンスターが出現する気配もなく、変わらずシーンっと静まり返っている。
ユウキ「…回復結晶だって。さっきアルファ使っちゃったでしょ?あげるよ」
アルファ「サンキュー」
宝箱を開けてもモンスターに襲われるわけではないことを悟った俺達は、勢いで残り二つの宝箱も開けてしまった。その中身は回廊結晶と転移結晶であり、こういうアイテムは一個でも多く持っておきたいので、有難い収穫となった。
廊下を引き返していく中で、先程はスルーしていた小部屋を一つ一つ確かめていくと、そこにはまたまた鍵無しのトレジャーボックスが一つずつ設置されていて、大部屋ほどのレアアイテムは手に入れられなかったが、各種素材アイテムを手に入れられた。
それでもやはり、モンスターが一度も出現すること無く、そこで俺達は、フィールドに稀に現れる、レア装備をドロップするモンスターがいるのだから、ここはアイテム取り放題のボーナスダンジョンなのではないだろうかという結論に至り、それからは物凄い勢いで部屋という部屋を漁りまくった。
左側の通路では、右側では得られなかった結晶アイテムと素材アイテムが、階段の裏には古代貨幣の換金アイテムが、欲張って地下倉庫だなんてものが無いか確かめてみたが、残念ながらそんなものは無く、二階に上がって再び探索を始めると、二階には宝石類や料理に使えるレア素材、そして中々にイイ感じのアクセサリー装備やレア装備品などが手に入った。
二階部分も余すことなく探索し終えた俺達は、最上階に当たる三階へと続く階段を登っていた。
アルファ「いや~、ここに来て正解だったぜ」
ユウキ「でしょ~?入ったばっかりの時は、オバケにビビってたのにね?」
アルファ「ん?何の話だよ?」
ユウキ「とぼけたって無駄だよ~」
アルファ「はいはい」
とまぁ、そんな感じで俺達は、完全にこのダンジョンが俺達に利益を与えてくれるものだとばかり思いこんでいたわけだ。
…さぁ、お次はどんなお宝に出会えるのか。流れ的には次は武器系アイテムだろうか…というか、秘伝書みたいな形でユニークスキルが獲得してしまいたい…と、そんな夢を膨らませながら、俺達は三階に到達した。
三階部には左側に、これまでの中で一番大きな空間が、そして右側に、いつも通りの小部屋が生成されており、やっぱりモンスターは出現していない。
因みにだが、これは適当な感覚でそう判断しているのではなく、ちゃんと索敵スキルによるリサーチを行った結果を見て、判断している。
ユウキ「どっちから行く?」
アルファ「…大部屋は、もしかしたらボス戦が始まるかもしれないし、やっぱり小部屋からじゃねぇの?」
ユウキ「そうだよね~。もしアルファが大部屋行きたいって言ったら、どうしようかと思ってたよ」
索敵スキルを用いても、ボスを炙り出すことは出来ないので、大部屋の中心に一つだけ輝く宝箱が設置されているあちらは、ボストラップ系の罠であることは自明だ。これまでうなぎ登りで宝箱を開けてきたプレイヤー達を誘導して、ボス戦を誘発させるというトラップに違いない。
ならば、まずは二つの宝箱が設置されている小部屋から見ていくべきだろう。…それに、ダンジョンの中の宝箱を全て開放すると、モンスターが鬼のように出現する、だなんて可能性もないわけではない。あの宝箱は諦めて、引き返すのも一手だ。
ユウキも似たようなことを考えているのか、俺の提案に反対してくることは無かった。
ユウキ「今度は何だろうね?ボクは超レアインゴットとかがいいか──」
アルファ「──ユウキッ!」
俺達は小部屋に侵入し、いつも通りそこで宝箱を開けようとしたのだが、その瞬間、背中が凍り付くような途轍もない嫌な予感を感じて、俺はユウキの手を引いて急いでその部屋から出ようとした。
しかし、俺達の判断は一歩遅く、小部屋から脱出する前に、バタンッ、と扉が独りでに固く閉ざされた。そこで索敵スキルに反応が一つ出現し、俺はそれに従って頭上を見上げようとしたのだが──
ユウキ「な、なにこれ…」
アルファ「絶対に吸うなよ!」
途端に、部屋中で胞子のような、或いは花粉のような粉末状の粒子が充満し、状態異常を発生させるモンスターが居るのだろうと、頭上を見上げるが、その濃霧で姿を確認できない。
これを吸い込めば、毒状態か麻痺状態になることは確定だろうから、俺はすぐに扉を開けることを試みたのだが、やはり強制的にロックされている。
…敵の姿が見えない以上、転移結晶で脱出するしかないっ!そう判断を下した俺は、それを告げるべく、ユウキに近づこうとした。だがその瞬間に、ユウキがふらりと倒れ込んだ。
ユウキ「…あ、あれぇ…?」
アルファ「なっ!?ユウキっ…こ、れ…は……?」
ユウキが誤って胞子を吸い込み、麻痺状態になってしまったのだろう思って、俺は彼女に解毒結晶を使うために足を進めたつもりだった。
だが、突然身体に力が入らなくなり、俺もそのまま地に伏してしまう。そして、俺は尋常ではない眠気に襲われ、眠りについたことにさえ気が付かないまま、意識を失ったのだった。
────────────────
不意に、眩い太陽の光を感じ取って、俺は目覚めた。
目覚めるとそこはいつもの俺の自室…しかし、自室と言っても現実世界にある俺の一人部屋ではなく、それは仮想世界にある俺の一人部屋なのだが…。時刻を確認してみれば、午前七時五十分、まだ頭は寝起きでぼんやりとしたままだが、わざわざユウキに起こしてもらう必要もないだろう。
目に太陽の光を焼き付け、背筋を大きく伸ばし、段々と身体に今日一日の活動が始まることを告げながら、俺はベッドから起き上がる…ことは出来ず、ベッドの上でゴロゴロとし始めた。幾ら目が覚めたからと言っても、結局まだ身体は休んでいたいらしく、どうにも部屋を出る気になれない。
ベッドの上でだらけること十分、とうとう自室のドアが勢いよく開かれた。そこから顔を覗かせていたのは、キラキラとつやめく黒髪が魅力的な、彼女である。
ユウキ「今日もお寝坊さんかなー…って、目は覚めてるんだね。おはよ、アルファ」
アルファ「おはよう、ユウキ。…目は覚めててても、身体は動かしたくねぇんだよ」
ユウキ「まったくアルファはとんだ怠け者さんだね。もうご飯出来るから、早く降りてきてよ?二人共待ってるんだから」
アルファ「……?お、おう…」
…何故だろう。彼女の今の発言に、俺は僅かな違和感を感じた。俺が曖昧に返事を返すと、ユウキはそんな俺を気にすることもなく、リビングへと向かって行く。
……二人共?…今日は朝から、アルゴとかキリトでも押しかけてきているのだろうか。まぁどいつもこいつも、朝に強いもんだなぁ…とリビングにいるであろう彼らに皮肉めいた敬意を払いながら、俺はゆっくりと階段を下りていく。
…しかし、アルゴもキリトも…というか俺の知り合いの中で、こんな声をした奴は居ただろうか…俺の耳に届いて来る会話…というよりは若干の言い争いは、キリトにしては声が低すぎるし、一方女性側の声は、高めではあるものの、アルゴの声とは音色が違う気がする…。
そんな疑問を持ちながら、俺は階段を降り切って、リビングへと足を踏み入れた。
「──アァ?だから何でオレが実験台にならなきゃなんねぇんだよ!?今日はてめぇの当番だろ!?」
「いや~、昨日アタシがデュエルに勝ったやろ?だから今日はその勝利特権で──」
ユウキ「……二人共?そんなにボクが丹精込めて作り上げた調味料を食べたくないのかな?」
「い、いや、そういう訳じゃ…」
目の前には、極々当たり前の日常が繰り広げられていた。がしかし、その光景を見た俺は固まる…固まらざるを得ない。
なぜなら…何故ならば、そこには俺が、ずっと心の奥底で追い求めていた光景が、どうしても目指したかった世界が広がっていたからだ。
自然と、身体は僅かながら震え、瞳孔は大きく見開かれる。…何故?どうして?そんな疑問が俺の頭を渦巻く中、彼らは俺の様子など差しも気にすることもなく、当然のように話し掛けてくる。
「おっ、ええとこ来てくれたやん~、愛しのユウキの為なら、勿論アルファはユウキの失敗作食べれるやろ?」
「オイオイサツキ…そりゃァ、あまりに可哀そうだろうが…」
「じゃあオウガが食べるん?」
「…それは…」
アルファ「……待て…待ってくれ…なんでお前ら二人が…オウガとサツキが生きてるんだ……?」
彼らが二人顔を見合わせてから、俺に怪しげなソースを差し出してきたところで、俺は遂に耐えられなくなり、恐る恐るそれを訊ねてしまった。すると二人は俺に対して、キョトンとしたような表情を返してくる。
オウガ「アルファ…何言ってんだ?」
サツキ「アタシら生きてるんは当然やん」
アルファ「…いや、だって……二人は…俺のせいで……二十五層のボス戦で死んだじゃねぇかよ!?」
俺が叫ぶように二人にそれを告げると、彼らはやはり意味不明だ、といった様子で顔を見合わせたが、あっ、と何かを思い出したように、サツキが言葉を返してきた。
サツキ「あ~…確かにあれは結構ヤバかった。ユウキが回避ミスしてやられかけたところを、アルファが助けに入って、その代わりアルファがテンポ崩したタイミングで、アタシとオウガが割りに入って、なんとか全員生き残れたんやったな…あれは死ぬかと思ったわ~」
アルファ「……は?…ユウキが回避ミスした時に助けに入ったのは、オウガだろ…?」
オウガ「ハァ?アルファが助けに行っただろうが、ユウキがお前に惚れた理由の一つを忘れんじゃねぇよ」
ユウキ「あの時のアルファは凄くカッコよかったんだからね~」
アルファ「……いや、それは違うだろ。…あの時俺がビビって動けなかったから、ユウキの代わりにオウガが死んで…サツキも俺の身代わりになって死んだ…はず…?」
ユウキ「…え?二十五層はこれまでの中で一番厳しい戦いだったけど、ボクらはみんなで乗り越えられたんだよ?アルファが言ってること、よく分からないなぁ…ちょっと疲れてるんじゃない?」
オウガ「ま、飯でも食ったら元に戻るだろ」
アルファ「…あ、あぁ…」
…おかしい。俺の記憶と、彼らの記憶が大きく食い違っている。しかし、俺の記憶の正しさを証明できる物証があるわけでもないし、彼らにそう言われると、何だか俺が少しボケてしまって、記憶違いを起こしたのではないかと思えてきた。
…そうだ。俺の記憶がおかしいんだ。だって現に、目の前にはオウガとサツキがいるのだから。ユウキが作ってくれた朝ご飯を食べながら、俺は自分の記憶を更新し直す。いつもの二倍騒がしい朝食を終え、今日の当番らしい俺が、いつもよりも倍多い気がする皿を綺麗に片づけておく。
皿を洗い終えたことを伝えると、さぁ今日も元気にフィールドへ向かおう、ということになり、俺達はギルドホームを出た。ギルドホームはやはり俺の記憶通り…あれ?俺の記憶ってなんだ?ここは四人で色々ギルドホームを探し回って見つけた結果…だったはず…だよな?
誰に語り掛けるわけでもなく、俺は心の中で己に問い掛けながら、自分の記憶の正しさを確かめた。あの日を思い返してみると、確かに四人でこのホームを購入することに決めた情景が思い浮かんでくる。
…ちょっと、朝は俺がおかしかったのだろう。そう結論付けて、転移門を潜り、現在の最前線第72層へと転移した。第72層は巨大な山岳エリアが広がっており、移動にも一苦労させられる…?いや…山岳なんて無くて、森林があったのでは…?
ユウキ「アルファ?もうフィールドに出るんだから、そろそろ武装しないと」
アルファ「え?あぁ、悪い…」
サツキ「なんか今日のアルファ抜けてるなぁ~」
オウガ「抜けてんのはいっつもだろ」
アルファ「うっせぇぞ、オウガ」
こうして軽いコミュニケーションを取っていると、昨日も一昨日も、これまでずっと一緒に彼らと攻略を続けているように思える…というか実際そうしてきたわけだし。俺はストレージを開き、一張羅である深碧の竜套を──
アルファ「──無い?…深碧の竜套が無い!?は?太陽の戎具まで!?」
自分のアイテムストレージを眺めてみると、そこには深碧の竜套の代わりに真っ赤なレザーコートが、太陽の戎具の代わりに、無骨で簡素な両手剣が収納されている。
幾らストレージを二度見、三度見してみても、俺の求めている装備は何処にも見当たらない。そんな俺を見た彼らは、また不思議そうに俺に訊ねてくる。
ユウキ「…太陽の戎具?なにそれ?」
サツキ「どっちのアイテムも聞いたことないで?」
オウガ「まさか、秘かに隠し持ってたんじゃねぇの?」
アルファ「……いや、俺もメイン装備は…<ソード・オブ・レッシェン>…だったっけ…?」
ユウキ「そうだよ?アルファが70層のボスに止めを刺して手に入れた魔剣でしょ?」
アルファ「……あぁ…そうだったな…」
ユウキにそう言われて、確かに俺が、第七十層のガメラみたいなフロアボスからのLA報酬で、最強クラスの剣を手に入れたことを思い出す。
…なんだなんだ?今日の俺は頭がイカれちまったんじゃねぇの?自虐的にそう己に問い掛けてから、俺は装備を整えた。妙にしっくりこないのも、恐らく気のせいなのだろう。
アルファ「うっし、そんじゃあ今日も頑張ろうぜ!」
ユウキ「ちょっと!それボクの役目っ!」
…今日の俺の記憶は信用ならないから、あんまり深く考えないでおこう。そのように思考停止した俺は、何だか久しぶりな気がする四人パーティーでの構成で、フィールドへと赴いて行った。
主街区から迷宮区へと山を上り下り、時には洞窟を抜けて、二時間近くかけて到達する。数日前からちょこちょこやり続けていた迷宮区最寄りの街で受けられるクエストを完全に終わらせ、昼食はその街で済ませておいた。
お昼から夕方にかけては、迷宮区タワーのマッピング作業を行い、そして俺達は今、遂に最上階へと足を踏み入れたのだ。
ユウキ「やっとここまで来れたね!」
サツキ「宝箱に釣られてどっか行かんといてや?」
ユウキ「もう、サツキ~、ボクもそこまで馬鹿じゃないよ?」
オウガ「いや、毎回ちゃんと警告しねぇと危なっかしいぐらいには、ユウキは馬鹿だぜ?」
ユウキ「むぅ…アルファはボクの味方だよね?」
アルファ「残念ながら、俺もオウガとサツキと同感だ。この世界に迷子放送が欲しいぐらいには、どっか行きがちだな」
ユウキ「…あ、あはは…気を付けます…」
今日何度目かのふざけた会話をしながら、俺達は慎重に最上階の探索を始めた。…サツキが宝箱に関する話を持ち出した時に、一瞬だけ俺の頭の中に、宝箱に釣られた俺とユウキの様子が思い出された気がしたが、まぁこれも例によって記憶違いだろう。
そう考えた俺は再び警戒心を高めて、辺りを索敵すると、前方から三体、ゴーレム兵が迫って来る。俺達は布陣を整えて、彼らの迎撃に集中した。ゴーレムが放ってきた鍛冶ハンマーのように平たい面を持つ鈍器を躱し、サツキとユウキがゴーレム兵二体を引き付ける。
俺がそのうちの一体を担当し、ヒットアンドアウェイを繰り返していく。その中でオウガがちょくちょくと文字通り横槍を入れ、俺達の戦闘を援護してくれた。瞬く間に三体撃破し終えた俺達は、四人で拳を突き合わせて、勝利を祝った。
アルファ「オウガもサツキも、相変わらず流石だな」
オウガ「お前嫌味だろうがそれは」
アルファ「対モンスターに関しては、俺より上手だぜ?」
オウガ「やっぱ嫌味じゃねぇか!」
アルファ「いでっ!」
俺より対人戦技能の劣るオウガは、俺の言葉に納得がいかなかったのか、理不尽な鉄拳制裁を喰らわせてきやがった。それをサツキ見たサツキは笑いながら、俺に語り掛けてくる。
サツキ「アルファも技量的に、だいぶ強くなってきてるんちゃう?」
アルファ「そりゃぁ白崎流の一番弟子だからな」
ユウキ「ボクが一番弟子だからね?」
アルファ「いや、俺」
ユウキ「ううん、ボク」
サツキ「どっちでもええけど、デュエルの勝率的に考えて、ユウキかな~?}
ユウキ「ね?言ったでしょ?」
アルファ「ぐぬぬ…」
師匠であるサツキ様にそう言われてしまっては、二番弟子という事実は悔しいが、引き下がるよりほかない。
それから俺達は、最上階のニ十パーセントほどをマッピングして、トレジャーボックスも回収してから、主街区へと戻って行った。主街区に辿り着いた頃には時間も良かったので、そのまま適当な飯屋に入り、飲めや騒げやの大はしゃぎで晩餐を楽しんだ。
こんなに騒がしい夕食を摂ったのは、久しぶり…いや、ほぼ毎日こんな感じだ。一時間強も晩餐会を楽しんでいた俺達も、ようやく店を出て、酔っ払ったサツキをユウキに運んでもらいながら、ギルドホームへと戻って来た。
普段はこれからデュエルをするところなのだが、オウガとサツキが飲み比べ、だなんてことをおっぱじめてしまい、このベロベロに酔っ払ったサツキではとてもじゃないがデュエルなんて出来ないだろう。
…サツキのことだから、酔拳ならぬ酔剣だとか言って、無双してしまいそうではあるが…。お風呂は誰から入るか、ということに関しては、例によってじゃんけんで決定する。結果、ユウキ、サツキ、俺、オウガの順となった。オウガは文句を垂れていたが、運も実力の内ということだ。
ユウキがお風呂に入っている間は、アイテムの整理でもしようかと予定を立てる。彼女が脱衣場へ行こうとしていたその時、サツキが俺の身体を抱き締めて、訳の分からないことを口走った。
サツキ「ア~ルファっ!」
アルファ「…お、おいっ!?サツキ!?」
サツキ「お風呂はアタシと一緒に入っちゃう~?」
アルファ「ひ、一人で入るから!は、離してくれ!!」
ユウキ「……サツキ?酔っ払ってるからってあんまり調子に乗ると、ボク怒るよ?」
サツキ「アハハッ!冗談に決まってるや~ん。ユウキ嫉妬してて可愛い~!」
ユウキ「……もう…」
サツキが混浴しようだなんて言ってきたせいで、勿論ユウキは氷点下のスマイルを俺達に向けてきたわけだ。
そんなユウキを見てサツキは、俺の身体を離し、今度はユウキに抱き着いていた。それをしっかりと受け止めているユウキを見ると、まるでユウキが姉でサツキが妹のように見えてしまう。サツキの抱擁から解放された俺は、フラフラとオウガの隣に腰掛けた。
オウガ「…アルファも大変だよなァ…」
アルファ「そう思うなら助けてくれよ…」
オウガ「自分で何とかしてくれや。オレも暇じゃないもんでな」
アルファ「ソファで新聞読んでる奴が暇じゃないは、絶対ウソだろ」
と、しっかりツッコミを入れてから、俺はアイテム整理を始める。
…そう言えば、アイテムの売却は夜に済ませていた気がするが、それも気のせいなのだろうか…と、使えそうな素材と売却予定の素材を分別していると、メイン装備のコートの耐久値が残り少ないことに気が付く。それを見た俺は、無意識にオウガに話し掛けていた。
アルファ「…悪い、コートの耐久値がヤバいから、ちょっと今からタイラんとこ行ってくる」
オウガ「…ハァ?タイラって誰だよ?」
アルファ「……え?タイラは、クソ野郎の凄腕裁縫師だろ?」
サツキ「…あ~、確かにそんな噂も出てるけど、攻略組相手には商売せぇへん変わり者やろ?」
何の変哲もない表情で二人にそう言われて、俺は再び彼らと俺の記憶の齟齬を思い出す。
…タイラは、確かに最初はサツキの言った通り攻略組には商品を販売していなかった。だが、今となっては誰にだって…いや、俺はアシュレイにお世話になっていて、タイラなんて奴は知らなかった…?
二つの記憶の乖離感が限界にまで達し始めて、途端に頭がズキズキと痛み出した。俺は顔を顰めながら、ならば本人に聞いてみよう、とフレンドメッセージを送信しようとしたのだが…そこには、タイラの名前は無かった。
…どういうことだ!?タイラはフレンドじゃなかったのか?いや確かにフレンドだった!だって昨日タイラの店に…いや、昨日は四人で一日ダンジョンに引き籠っていた…!?
そんなはずはないと、何度もフレンドを確かめるが、やはりタイラの名は無かった。しかもその上──
アルファ「……待て待て待て…ノーチラスとユナは…?なんでアイツらもフレンドじゃないんだ!?」
サツキ「ちょっと!アルファどうしたん?…ノーチラスとユナなんてプレイヤー、アタシには聞き覚えないで?」
オウガ「…オレもユナってプレイヤーは知らねぇけど、ノーチラスってプレイヤーは確か、元血盟騎士団の中層プレイヤーだろ?」
アルファ「……ノーチラスが、中層プレイヤー…?違う、アイツはトッププレイヤーで……なッ!?」
思考が錯綜に錯綜を重ね、頭の中にある二つの記憶がごった返しになっているときに、ふと俺の目に入って来たオウガの持っている新聞の一面が、俺に更なる衝撃を与えた。
それは、ラフコフ壊滅を知らせる内容で、それ自体は俺の記憶にあるものの、俺の記憶と決定的に違う点は、リーダーPoHは逃亡…という文字である。…PoHは俺が殺したはずだ…逃亡だなんてことは……やはり、最初の記憶が正しい…のだろう。
だが、だったらこの現状はどう説明するんだ…?俺が一人頭を悩ませていると、オウガとサツキは俺を心配するように覗き込んでくる。
アルファ「……オウガ、サツキ、もう大丈夫だ。ちょっと今日は疲れてるらしい。一回部屋で休んでくる」
オウガ「…あんまり無茶すんじゃねぇぞ」
サツキ「お疲れ様。アタシはそろそろお風呂入ってくるわ」
彼らにそう告げてから、俺は自室のベッドに飛び込み、ぐちゃぐちゃの思考を丁寧に纏め上げていく。後から想起される記憶ではなく、最初に思い浮かんだ記憶だけを上手く繋げて、俺はようやく、やはりこの世界が夢なのではないかと、ぼんやりと思い出される記憶の最後に残る、小部屋の中で倒れ込む瞬間が、俺のいるべき世界なのではないかと、その可能性が高いという推測に至った。
…恐らく、オウガとサツキが生きているのは、俺がそうあって欲しいと強く願ったが故なのだろう。しかし、だとしても、だったらどうすればこの夢から覚めることが出来るというのだろう。もう一度眠ればいいのか?それともこの世界で死んでみたら…いや、まだこの世界が完全に夢だと決まったわけじゃない。もしこっちが現実だったら、ナーヴギアに脳を焼かれてジ・エンドだ。
ならば、やはり現実で目が覚めるのを待つしかない…か。そこで思考を打ち切った俺は、一旦リビングへと戻ろうと思って、ベッドから身を起こす。その時、コンコン、とドアを叩く音がしたと思ったら、ユウキが俺の部屋に入って来た。
ユウキ「…アルファ~?入ってもいいかな?」
アルファ「俺の返事を聞く前に入って来るのは如何なものかと」
ユウキ「だって、アルファだったら絶対入れてくれるもん」
アルファ「…まぁ、確かに…」
ユウキが俺の隣に腰掛けて、身体をもたれさせてくる。俺はそれを受け止めながらも、もしここが夢の中だとするのならば、目の前にいる彼女でさえ、俺の空想が生み出した産物ということになるのだろうか…と、そんなことを考えていた。
すると突然、ユウキが俺を見上げながら、色っぽい表情で語り掛けてくる。
ユウキ「……じゃあ、今日もしよっか…?」
アルファ「……ん?するって何を?」
ユウキ「……な、何って…そんなの…」
ユウキが俺に告げた言葉の意味が分からなくて、俺は単純にそれを訊ね返してみたのだが、俺の返事を聞いたユウキは耳まで赤くしてモジモジと身体をくねらせていた。
…どうしたのだろうか。俺が再び彼女に声を掛けようとした時、素早く虚空を叩いた彼女は、全身の装備を解除し、下着姿へと移行したのだ。
アルファ「……へ…?」
ユウキ「……ア、アルファも早く脱いでよ…」
俺はあられもない彼女のその姿を凝視しながら、無限の時を固まり続けていたのだが、やがてそれに耐え兼ねたかのように、彼女は俺に下着姿になることを要求してきた。
……は?は?は!?今日一番思考が纏まらない頭に、先程のユウキの、今日も、という発言からして、この世界ではその行為が以前から行われていたことを悟る、しかし、肝心の俺にその経験がないからか、彼女と行為に勤しむ別な記憶が俺の頭に浮かんでくることは無い。
バカみたいな話だが、紛れもなく今俺の目の前にいる彼女のお陰で、俺はようやくこの世界が夢であることを確信した。故に俺が取った行動は──
アルファ「ご、ご、ごめん!俺風呂入ってないからさ!?ごめんだけど後にしないっ!?」
ユウキ「……う、うん…分かった…」
と、一方的に彼女に伝えてから、その場から逃げ出すというものであった。
夢の中なんだから、好きにすればいいだろう、そう思う人もいるだろうが、俺にはその行為に及ぶ決意がまだ足りなかった。知識もない、経験もない、そんな状態ではとてもじゃないが無理だ。
…もうこんな夢は沢山だっ!サッサと覚めてくれッ!!俺が階段を小走りに降りながらそう強く願うと、突然、辺りの空間が少しずつ崩壊し始める。崩壊し行く夢の隙間には、距離感覚の掴めない暗闇が広がっており、その様子から俺は、ようやくこの夢から脱出できるらしいこと悟った。
だけど、まだ一つだけやり残したことがあって、これだけはやらないといけないと思って、俺は急いでリビングに入り込み、無我夢中で勢い良く叫ぶ。
アルファ「オウガッ!サツキッ!居るかッ?」
サツキ「どしたん?そんな大声上げんでも、アタシらはここにおるで?」
オウガ「ユウキとお楽しみタイムじゃなかったのか?それなら代わりにオレ様が──って、そんな冗談を言ってる場合じゃなさそうだな…んな辛気臭い顔して、どうしたんだァ?」
二人は段々と崩れゆくリビングルームの中で、その様子を気にすることもなく、俺の叫びに答えてくれる。
二人がまだ夢の世界の崩落に巻き込まれていないことに安堵しつつも、俺は疼く胸の痛みを抑えることなく、その痛みの原因を吐き出すように、しかし言葉は丁寧に、彼らに頭を下げた。
アルファ「……ごめん…二十五層のフロアボス戦で、俺のせいで二人を死なせることになって…本当にごめん…謝って許されることじゃないけど…俺の弱さがオウガとサツキを殺す結果に終わって、ごめん……」
俺はその眼に涙を浮かべたかった。しかしそうする権利など俺にあるはずが無いのだから、それを堪えて彼らに、誠心誠意謝罪の言葉を口にした。
…これは、単なる自己満足だ。この世界が俺の欲望によって作り上げられたのならば、当然俺の目の前にいるオウガとサツキも、俺の望む姿の二人であって、それは本当の彼らではない。だから、彼らはきっと──
オウガ「…別に、気にしちゃいねぇよ。オレが望んで死地に向かったんだからよォ…ユウキのヒーローになりたくてなァ…」
サツキ「…アタシも後悔はしてへんで。そら、死んでも良かったとは言わへんけど、アタシがアルファとユウキの命を繋げたんやったら、それで充分や」
アルファ「……」
──ほら、俺に都合のいい答えを返してくれる。二人に悍ましい程の呪詛を述べられることは無い、決して、俺に辛い現実を与えることはないのだ。
そして、それを聞いた俺は、心の何処かで、これで形だけでも彼らに懺悔できたのだと、安心している。そんな自分が堪らないほど嫌いになりそうだが、自己保身の、自己防衛ためにそれさえ抑え込んでしまって、俺は顔を上げて二人に、ありがとう、と歪んだ感謝を述べようとしていた。
しかしその寸前に、オウガが口を開いた。
オウガ「…しっかし、流石に一回ユウキに振られるのは、想定外だったぜ?」
アルファ「……は?」
サツキ「それはアタシも納得やわ。あの時のアルファの諦め顔っていったら、ホンマにおもろかったわ~」
アルファ「…いや、なんでそれ知ってるんだ…?」
彼らが何の脈絡もなく、俺がユウキに告白した日のことを語り始めたこともあり、俺は間違った感謝を告げるさえ忘れて、思わずその訳を訊ねてしまった。
すると二人は、それが当然であると言わんばかりに、優しく微笑みながら答えを返してくれる。
サツキ「だって、ちゃんと声掛けてあげたやろ?まだ諦めたらあかんで、って。アルファもアタシらの声聞いてたやん」
オウガ「それ以外にも、オレが死んでへこたれてる時に、声掛けてやっただろ?忘れたとは言わさねぇぜ?」
アルファ「……あ……いや、でも、あれは幻聴で…」
二人にそう言われて、確かに、亡きオウガとサツキの声を何度か聞いていたことを俺は思い出した。
しかし、あれは俺の作り出した幻聴であって、本当に彼らがそうしていたわけではないのだと、そのはずだった。だが彼らは、自分たちが望んで俺に干渉したのだと、そう言ったのだ。
オウガ「なんでかは分からねぇけどよ、死んだはずのオレ達はこうやって、アルファに干渉できるんだよなァ。ま、要するに、今オレ達が言ったことってのは、紛れもなく本心から、ってことなんだよ。お前が作り出した都合のいいモンじゃなくてな」
アルファ「……俺…俺ぇ…ごめん…ホントにごめんッ…」
オウガに核心的なことを言われて、やはりオウガとサツキを死なせてしまったことに対する深い後悔、そんな二人が、俺を赦してくれるのだという慈愛の救済、そして、彼らに形だけでも謝れればそれでいいのだと、そう考えていた己の矮小なる弱さ…そんな様々な感情が入り乱れた俺は、遂に涙が抑えられなくなり、ボロボロと涙を零してしまう。
もしかしたらこの言葉だって、俺が都合よく作り出した彼らに言わせただけの台詞なのかもしれないのに、俺は何となく、彼らが本物であることを勘づいていた。俺が袖で、止まらない涙を拭っていると、オウガが笑いながら俺に嫌味を言ってくる。
オウガ「オイオイ、泣いちまったら、マジでただのガキじゃねぇかよ…」
アルファ「…んなこと、言われ、ても…さぁ…」
オウガ「……何か言ってくれ。オレが泣かせたみたいになってるだろうがァ」
そう言ったオウガの身体は、段々と崩落に巻き込まれ始めていた。もう彼らには会えないのではないだろうか、そんな不安が俺の心に渦巻き、それだけは嫌なんだと、子供みたいなどうしようもない気持ちが芽生える。
そんな俺の心を読んでか、サツキが口を開いた。
サツキ「大丈夫やで、アタシらはいつでも、アルファとユウキの近くで見守ってるから…ちゃんと傍で守ってるからな…」
アルファ「…うん、頑張る…俺、頑張るからっ……ありがとうッ!!」
涙で滲む視界で、優しくそう呟いたサツキの姿を探した時には、もうオウガも、サツキも完全に姿を消し去っており、辺りには凍てつく暗闇が広がるばかりだった。だけど、二人が俺にくれた温かさが、まだ胸の中に残っている。
次第に、白い光が入り込んでくる中、俺は夢から醒めてしまう前に、彼らに心の底からの感謝を叫んでから、やがて意識を目覚めさせたのだった。
次回の投稿日は明日となり、視点は…珍しく全てユウキとなります…多分。
では、また第89話でお会いしましょう!