ユウキ「…むぅ~…」
アルファ「……ユウキ、諦めろ」
ユウキ「……で、でもぉ~…」
ダンジョンの内部で立ち止まること約二分、一点を見つめて唸り続けるユウキに、とうとう俺は声を掛けた。しかし、返ってきたのは歯切れの悪い返事だ。
現在の最前線は第73層。俺達は今、73層のフィールド中央部に跨る遺跡ダンジョンを訪れていた。
アルファ「俺達じゃ、どうしようもないだろ?」
ユウキ「…だけど…トレジャーボックスとの出会いは一期一会なんだよ?だから、ここはボクがピッキングスキルをスキルスロットに設定して…」
アルファ「やめてくれ。登録したての熟練度ゼロ鍵開けスキルなんて、確実にトラップ発動だろうが」
ユウキ「まぁ、そうだよね…帰ろうか」
ようやく、ユウキも目の前にあるトレジャーボックスの山を諦める気になってくれたらしい。
つい十分ほど前、偶々ダンジョンの通路で巨大蛇と交戦している際に、蛇の尻尾攻撃で破壊された通路から、隠し部屋を見つけた俺達だったのだが、そこはなんと、トレジャーボックスが七個ほども陳列された宝物庫だったのだ。
しかしその全てが鍵付きのトレジャーボックスで、俺も七個もの宝箱を見す見す手放すのには若干の葛藤があったのだが、かと言って俺達が鍵開けに成功できるわけが無いので、仕方なしに諦めたというわけだ。
ユウキ「……どうしてボクは、ずっと鍵開けスキル取らなかったんだろうね…」
アルファ「まぁ、レベル100になったら取ればいいんじゃねぇの。このダンジョンでは、暗視スキル役に立ったろ?」
ユウキ「まぁね。暗視スキルって結構便利だよ。アルファもレベル100になったら、暗視スキル取れば?」
アルファ「そうだな。真面目に検討しとく」
遺跡ダンジョンから脱出した俺達は、今日の攻略を終え、主街区へと引き返すべく、フィールドを駆けていた。
会話の通り、数層前にレベル90の大台に乗っかった俺達はそれぞれ、ユウキは暗視スキルを、俺は予告通り疾走スキルをスキルスロットに設定した。
俺が疾走スキルを取得したことで、これまでよりも一層素早い移動が可能となり、今この瞬間も、以前の二倍ぐらいのスピードでフィールドを走り去っている。
ユウキの取得した暗視スキルはかなりの優れものらしく、夜間や洞窟の内部でも、ランタンなどの光源が無くとも視界がクリアになるようだ。
恐らくこの調子で攻略が進んでいけば、第100層に辿り着くころには、レベル120前後だろう。ならば、俺は後二回は保障されているスキル選びで、暗視スキルと…何を取ろうか…と、そんなことを考えているうちに、俺達は主街区へと辿り着いてしまった。
ユウキは素早くアルゴに連絡していたようで、すぐにアルゴが、俺達の元へとやって来てくれる。
アルゴ「ユーちゃん、どうしたんダ?」
ユウキ「今日攻略してたダンジョンで、宝物庫を見つけたから、その位置情報の委託販売をお願いしたいな、って思ったんだ」
アルゴ「お~!一部屋に七個も見つかったのカ…そんじゃ、報酬の一割は頂くヨ?」
ユウキ「うん!よろしくね、アルゴ」
アルゴも今は少し忙しい時間帯だったらしく、ユウキからマップ情報と依頼を受けると、一目散に転移門へと向かって走って行った。
その背中を見送ってから、さて、今日は何処でご飯を食べようか、そんなことをユウキと話し合っていたその時だ。不意に、俺の聴覚がメッセージ着信音によって刺激され、なんだろうか、と思った俺は、徐にメッセージを確認してみる。
その差出人は珍しくキリトからで、内容は手短に、緊急事態、至急、第八層主街区にある風見鶏亭にまで来てくれ、ユウキも。というものだった。
ユウキ「──で今日はさ、ステーキか焼肉か、それともしゃぶしゃぶか、どれがいいと思う……って、アルファ?聞こえてる?」
アルファ「…あぁ、悪い。今、キリトからの呼び出しメッセが届いたんだ。なんかユウキも来て欲しい、って書いてんだけど…まずは、飯の前にそれからでもいいか?」
ユウキ「それなら仕方ないね。ついでにキリトに晩御飯奢ってもらおっか」
アルファ「そいつは名案だ」
折角の晩御飯時だったというのに、何のアポも無しに不意打ちで呼び出してきたキリトなのだから、飯を奢るぐらいの代償は必要だろう、とキリトにとっては傍迷惑な計画を打ち立てた俺達は、転移門を利用して、第八層主街区<フリーベン>へと降り立ち、風見鶏亭なる建物を目指した。
…そう言えば、攻略以外の目的で第八層を訪れるのは、随分と久しぶりだ。…確か、私的な用で八層を訪れたのは…キリトと共に人助けをした以来だろうか。
風見鶏亭は、宿泊施設であると同時にレストランでもあるらしく、俺達がドアを開けて店内に入ると、そこには見慣れた黒づくめの彼と、茶髪のポニーテール少女が、相席していた。
キリト「おぉ、アルファにユウキ!悪いな、急に呼び出しちゃって」
ユウキ「全然いいよっ!キリトには晩御飯奢ってもらうから」
キリト「…え?」
アルファ「それで、なんで俺達を呼び出したんだ?」
キリト「いや、待ってくれ。なんで俺が晩飯奢ることになってるんだ?」
ユウキ「えっと、このチーズケーキみたいなの頼んでもいいかな?」
アルファ「そりゃあ、事前連絡なしの招集に答えてやったんだから、当然だろ。…俺もユウキと同じの頼む」
キリト「……まぁ、そう言われたら仕方ない…か」
ユウキの発言に僅かな硬直時間を発生させていたキリトだったが、ユウキが流れるような強引さで注文に移り、俺がそれっぽいことを言うと、なんだか納得してしまったようだ。
…人が良すぎないだろうか。と、俺達が三人で会話を繰り広げていると、キリトの前に座って居た少女が、俺とユウキに軽く頭を下げた。
「あ、あの!お二人はキリトさんと一緒に、以前あたしを助けてくれた人ですよね?あの時は、ありがとうございました!」
ユウキ「そんなの気にしなくてもいいよ~、困った時はお互い様だからね。あ、ボクはユウキって言うんだ。確か、シリカ、だったよね。よろしく!」
アルファ「俺はアルファだ。よろしく、シリカ」
シリカ「はい!よろしくお願いします、アルファさん、ユウキさん」
キリト「それで、二人を呼び出した理由なんだけど──」
アルファ「ま、まさか、キリトとシリカがお付き合い始めた、とか言うんじゃねぇだろうな?」
シリカ「ふぇ!?」
キリト「ば、馬鹿ッ!違うぞ!そんなしょうもない理由でいきなり呼び出すか!今回はちゃんと深刻な話でなぁ……」
キリトが何かを言い出す前に、俺が冗談でそんなことを言ってみると、シリカは顔を赤らめ激しく動揺し、キリトは焦りを示した。
…ま、シリカは見た感じキリトよりもかなり年下だろうし、流石にキリトの恋愛対象には入ってこないだろうか……いや、そればっかりは分からん。もしかしたらキリトはロリっ子大好きかもしれんしな。最も、その場合はアスナは泣くことになるのだが……。
二人の様子を見たユウキは何故か、ふ~んと納得顔で、注文したチーズケーキを口に運びながら、キリトの話始めた深刻なお話を聞く態勢に入っていた。
キリト「……実は、最近シリカが、ストーカー被害に遭ってるらしいんだ…」
アルファ「…なるほど」
シリカ「…その、パーティーを組もう、って言ってきた男性プレイヤーの申し出を一度断ったんですけど…それでも何度もしつこくパーティー申請してきて、そのうち、結婚しようって、プロポーズまでされちゃって…だから恐くなったあたしも、ちょっとキツめにお断りしちゃったんです。……そしたら、次の日から街の中でもフィールドでも、嫌な視線を感じるようになって、でも、何処を探してもその正体を見つけられなくて…それで、キリトさんに相談してみたんですけど…」
キリト「ネットゲーマーは嫉妬深い奴が多いからな…それで、明日一日使ってストーカーを炙り出そうと思ったんだけど、どうせなら人手が多い方がいいな、って思ったから、アルファとユウキを呼び出したってことだ」
ユウキ「それは怖かったね。でも、もう大丈夫、ボク達がとっちめてあげるから!」
シリカ「あ、ありがとうございます…」
──ストーカー被害。男女比率が甚だしく偏っているSAOでは起き得ない事だろうと思っていたのだが……いや、寧ろ女性プレイヤーの総数が少ないからこそ、そういう悲しい出来事が起きてしまうのだろう。
勿論、男性側がその被害に遭う可能性も無くは無いが、女性プレイヤーが少ないSAOでは、現実世界と比べれば、その件数は少ないのだろう。
…シリカぐらいの年の子が、年上の男性プレイヤーにそういうことをされるのは、精神的にもかなり恐怖を感じる出来事に違いない。ここまで話を聞いておいて、じゃあ後は頑張ってください、と放任できるほど他人に無関心ではない俺なので、無論キリトに協力することにした。
アルファ「そんじゃあ、明日の朝九時に、もう一度ここで集合で良いのか?」
キリト「あぁ、その方針で頼む」
風見鶏亭のレストランで、キリトとシリカと晩御飯を頂いた俺とユウキは、約束通りキリトに飯代を奢ってもらってから、その日は解散しようとしていた。
ストーカー被害に遭う時間は、朝十時以降とお昼から夕方にかけてらしく、この時間は嫌な視線も感じないらしい。確かに俺とキリトの索敵スキルでも、今は周囲に誰も怪しい人間が居ないことを確定出来ていたので、ストーカーをしている当の本人も、食事睡眠と、人間らしい生活を送っているに違いないと推測しておく。
アルファ「……キリトは、アルゲードに帰らないのか?」
キリト「あぁ、今日は万が一を考えて、シリカの部屋の隣に部屋を借りてるんだ。だから、今日はここで泊りだな」
アルファ「そうか。んじゃ、また明日な」
キリト「おう」
シリカ「アルファさん、ユウキさん、おやすみなさい」
ユウキ「ん、シリカもおやすみ」
そうして俺達は、ギルドホームへと足を進めていた。俺とキリトの会話やユウキとシリカのお喋りが盛り上がったこともあり、今日はデュエルをしている時間は無さそうだ。闇色に染まった空を眺めながら、ふと、ユウキが呟いた。
ユウキ「…シリカって、キリトのこと好きなんだろうね」
アルファ「え?マジ?」
見た感じキリトとシリカは仲良さげだったけど…全くもってそんなことに気が付かなかった俺は、そのままユウキに訊ね返した。するとユウキは、イタズラな笑みを浮かべながら、俺に告げる。
ユウキ「だって、シリカのキリトに向ける視線が、アスナがキリトに向ける視線とか…ボクがアルファに送る熱っぽい視線と似てたからね?」
アルファ「…左様ですか」
…なるほど、言われてみれば、確かにシリカのキリトに話し掛けるときの視線と、俺と話すときの視線は、差があったのかもしれない。…こうやって、今俺向けてユウキが送ってるような熱視線…。
不意に、ユウキと目を合わせ続けるのが恥ずかしくなった俺は、少し目線を逸らした。それに気が付いたユウキは、ケラケラと笑いながら、俺にまた告げる。
ユウキ「アルファのそういう可愛い所も、ボク、大好きだよ」
アルファ「…サッサと帰るぞ」
ユウキ「あ!照れ隠しはダメだよ~」
…出来ることならば、君の前ではカッコよく在りたい。そう願う俺ではあったが、なんとなく、これからもユウキに振り回され、揶揄われ続ける未来が見えた気がして、俺は早足にギルドホームを目指していったのだった。
────────────────
アルファ「よぉ、キリト」
キリト「おぉ、今回は寝坊してこなかったんだな」
アルファ「俺を何だと思ってんだ。ちゃんと寝てりゃ、朝だって起きれる」
ユウキ「それでも、結構ギリギリだったけどね」
アルファ「……」
キリト「お前なぁ…」
俺を寝坊常習犯だと勘違いしているキリトに、俺はいちゃもんを付けておいたのだが、それはユウキに本当のことを言われてしまことによって、俺が寝坊しかけていた真実が露見した。途端に口を閉ざした俺を見たキリトは、呆れたような声を上げていた。
今日はいつかの探偵ごっこの日とは違って、時間通り午前九時にキリトから指定された場所で集合した俺達は、遠巻きにシリカが居るであろう風見鶏亭を眺めていた。
ストーカーの正体を暴き、ストーカー行為を辞めさせるよう圧力を掛ける為の作戦は、こうである。まず、俺とユウキ、キリトの三人で、シリカからは少し離れた位置で隠蔽スキルを発動させ、次に、俺とキリトの索敵スキルによる二重のセンサーを張り巡らせる。そしてそれによって、シリカの後を付けているプレイヤーを炙り出す…まぁ要するに、至って単純な方策だということだ。
因みに、シリカ曰く、強く拒絶したその男性プレイヤーは、平均的な身長と体重の、片手剣と盾を持つ二十代後半か三十代ぐらいの見た目をしていたらしい。片手剣に盾、という装備が最も愛用されているこの世界に置いて、この情報だけだと、余り個人を特定するのには役立たなそうだが、まぁ無いよりはマシだろう。
アルファ「なぁ、キリトって、アスナとユナのライブに行ってただろ?」
キリト「あぁ、それがどうかしたのか?」
アルファ「それってぶっちゃけデートだよな。何かなかったのか?」
キリト「べ、別に何も無いっ!お前はそうやって邪推し過ぎなんだよっ!」
ユウキ「キリト、あんまり大きい声出しちゃダメだよ。隠蔽ボーナス下がっちゃうから」
キリト「…す、すまん…。そう言えば、ユウキってストーカー被害に遭ったりしてないのか?」
ユウキ「…そうだね。確かにボクは、ストーカー被害に遭ったこと無いかも…」
アルファ「…あれだ、あれ。やっぱユウキは強すぎるから、みんな怖くてストーカーなんて出来ないんだろ」
ユウキ「失礼だなぁ。ボクだって、か弱い乙女なんだからね?」
キリト「まぁ、少なくとも、ユウキのストーカーをしてる奴、俺は一人知ってるけどな」
アルファ「誰だ?」
キリト「アルファだ」
アルファ「…」
ユウキ「アハハ~、確かに、家の中にまで入って来てるもんね。アルファって実質、ストーカーなんじゃない?」
アルファ「しゃーねぇだろ。俺はストーカー辞めたら、家無しになるんだからよ」
…と、シリカが宿にいる間、そして、シリカが宿を出て、転移門を利用し、現在中層プレイヤーの間で利用されているらしい狩場やダンジョンのある階層の主街区へと向かって行く中で、俺達は呑気にそんな会話をしていた。
…しかし、シリカ関連でキリトと行動する際には、どうにも隠密行動が必要とされる場面が多いような気がする…。
因みに、まだシリカが主街区でアイテムを購入している今のところは、そんなに怪しいプレイヤーは居ない。こんな下らない会話をしている間にも、俺達は周囲の警戒は怠っていないのだ。
そしてシリカは、今日はストーカーを炙り出すために、囮として一人で狩りに向かうらしく、主街区の門からフィールドに出て数分──
キリト「アルファ」
アルファ「あぁ…一人、シリカの後付けてる奴がいるな」
ユウキ「ボクにも分かるように見せてよ」
アルファ「ほい」
ユウキ「ありがと…うん、確かに一人、シリカから少しだけ離れた場所で、コソコソしてるね」
どうやら、キリトの索敵スキルによるサーチング範囲にも、一つの緑色をしたカーソルが点滅しているらしい。
俺の索敵スキルにも同様の反応があったので、キリトと二人で頷き合わせていると、索敵スキルを持っていないユウキが、俺の肩を揺らしてそれを見せるようせがんできたので、俺も大人しく、ユウキにもそれが分かるよう、俺の視界に映るマップ情報及びサーチング機能を可視化モードし、ユウキにそれを見せる。
アルファ「どうする。捕まえに行くか?」
キリト「…いや、あのプレイヤーがシリカのストーカーって決まったわけじゃないし、もう少し様子を見よう。それに、まだあのプレイヤーは何の犯罪行為も仕掛けてないわけだし」
ユウキ「りょーかい」
確かに、キリトの言う通りだった。俺はあのプレイヤーこそが、シリカのストーカーなのだと信じて疑わなかったわけだが、ちょっと頭を使えば、そのプレイヤーはただ、シリカと同じ狩場に向かっているだけかもしれない。
事前規制が完全に悪というわけでは無いが、それが悲劇をもたらしてしまったことは、これまでの歴史が証明している。故に、俺はキリトの言葉に従って、ストーカーの恐れがあるプレイヤーをもう少し様子見してみようと思っていたのだが──
ユウキ「え!?」
アルファ「な、なんだ!?」
キリト「取り敢えず、現場に向かおう!」
突如、サーチング範囲の外側から、五人分のグリーンカーソルが出現し、それがストーカーの疑いがあったプレイヤーを取り囲んでしまったではないか。駆け出したキリトに遅れて、俺とユウキもそちらへ向かって行く。
…まさか、犯罪プレイヤーの集団だろうか…そんな嫌な予感を募らせながら、俺は現場に急行した。そして、俺の目に映った光景は、それはまた、何処か異常なものだった。
「お前だな!最近シリカちゃんをストーキングしてるのは!シリカちゃんが怖がってるだろ!」
一人の盾持ちソードマンを囲った五人の中のリーダー格らしき男が、彼に対してそう告げた。対するソードマンは叫ぶ。
「…アイツが、俺とのパーティー申請を断りやがったんだぞ!何カ月も待ってたのに…それをアッサリと!!」
「だからって、シリカちゃんをストーキングする理由にはならないだろ!」
「う、うるさいっ!」
「こっちは今からお前を牢獄に送り込んでもいいんだぞ?だが、シリカちゃんのストーカーを辞めるって言うなら、何もそこまでするつもりは無い。どうする?」
「……く、くそっ!」
二人のプレイヤーは、暫くの間視線をバチバチとぶつけ合っていたが、やがて、ストーカー疑惑の男は、堪忍したようにその場を去って行った。その様子までしっかり確認して、俺達はようやく、ハイディングを解き、彼らの前に現れた。
キリト「…なぁ、アンタら。やっぱり今のプレイヤーは、ストーカーだったのか?」
「お、お前ら何処から…」
ユウキ「…ごめんね。ボク達、シリカにストーカーを退治するよう頼まれてたんだ。だから、それらしい人に目星を付けてたんだけど…」
「ま、まぁそうだ…アイツは何日か前から、ずっとシリカちゃんに張り付いてたからな。ほぼ百パーセントで悪意を持ってただろう…ただ、俺達は個人的にシリカちゃんの身の安全を確保してるだけで…本人に頼まれたわけでも何で無いけど…」
アルファ「じゃあなんで、そんなことしてんだよ」
当然、急に木陰から現れた俺達のことを、彼らは警戒していたわけだが、ユウキの事情説明により、少しだけ警戒心を解いてくれる。彼らが付け加えるように放った一言が気になり、俺はその点に関して追求してみたのだが──
「それは──俺達がシリカちゃんファンクラブの会員だからだ!」
キリト「…は…?」
目の前の男が堂々とそう宣言したことで、キリトとユウキは呆けた顔をしていたのだが、俺としては、やっぱりそうか、と思わされた。
…だって、武器や装備がバラバラな彼らが、唯一統一しているそのグローブには、シリカとその相棒ピナが描かれているのだから…。
アルファ「…ってことは、アンタらは善意で、ストーカーを追い払ったんだよな?」
「そうだとも」
アルファ「よし、キリト、ここにシリカ呼べるか?」
キリト「あぁ、ちょっと待ってくれ」
キリトがそう答えて数分後、シリカはこの場にやってきた。そして俺が、ここにいる五人が、シリカのストーカーを追っ払ってくれたことを彼女に伝えると、シリカは彼らに対して、感謝の言葉を告げたのだった。
シリカ「わざわざありがとうございました!」
「……ま、まさかシリカちゃん本人からお礼を言われる日が来るとは…いえいえ、こちらこそありがとう!!」
シリカ「…へ…?」
こうして、シリカのストーカーを撃退することに成功し、作戦は僅か一時間ほどで終了したのだった。
──だが、俺もユウキもキリトも、その後お昼から最前線へと舞い戻ったわけではなく、シリカとそのファンに別れを告げてから、第55層主街区<グランザム>の奥深くへとやって来ていた。そして俺達は、正体がバレないよう、深くフードを被っている。
アルファ「……ここが、噂のギルドがある場所、か」
キリト「……あぁ、半信半疑だったけど、まさかこんな場所があったなんてな」
ユウキ「……でも、なんでわざわざ血盟騎士団のギルドがある層に作ったんだろうね」
あの場で、シリカのファンクラブ会員と少し話をしていると、ユウキの姿を見た一人のプレイヤーが、そう言えば、月光ちゃんのファンクラブもあるよなぁ~、とポロリと口を滑らせたのが、全ての始まりであった。
俺がその話を詳しく聞いてみたところ、ユウキのファンクラブの他にも、アスナのファンクラブまであるらしく、一体どんなところなのかと、俺達も気になってしまったわけで、彼らからその団体が活動拠点にしている場所を訊ねてみたところ、アスナのファンクラブは、第五十五層に、ユウキのファンクラブは三十三層にあるらしい。
なのでまずは、アスナのファンクラブから訪れてみようと、ここにやってきたというわけだ。フードを深く被っているのは、もしキリトや俺が、アスナのファンクラブに出入りしていた、だなんて噂が出回ってしまったら、火消しの作業がかなり大変そうだからである。
「…君たち、新入りか?」
アルファ「あ、はい」
「じゃあ、こっちに来てくれ」
そう言って、建物の前で立っていた男に案内された俺達は、三人揃ってご丁寧にも用意されていた椅子に座らされ、向かいの席に座って居る一人の男に、一つ質問をされたわけだ。
「では、君達の思う閃光様の魅力は、一体なんだね?」
キリト「……は?」
「ファンクラブの会員になるというのならば、それぐらいは答えてもらわねばな」
面接官紛いの男にそう言われて、俺達は勿論、しっかりと思考停止していたわけだが、やがてキリトが、恐る恐る答えを出した。
キリト「……綺麗な顔?」
アルファ「いや、確かにアスナも綺麗な顔してるけど、ユウキ程では無いだろ──」
「──貴様ァ──ッ!!」
アルファ「」ビクッ
ユウキ一筋な俺は思わず、心の思うままにツッコんでしまった。だが、それがいけなかった。
目の前の面接官は、地獄の門番もよろしくな程に激昂し、俺の肩を揺らし続ける。それに驚き硬直してしまっている間に、いつの間にか現れていたアスナのファンクラブ会員と思われる人物数名が、俺を取り囲んだ!
「まず!なんだ貴様!閃光様と呼べッ!!」
アルファ「せ、閃光様…?いや、アスナはアスナだろ…」
「ならん!貴様に閃光様を呼び捨てするだけの資格など無いッ!」
アルファ「……」
「そして!何故!閃光様よりも月光の方が綺麗などと言えるのだ!よく考えてみろ!閃光様の凛とした表情、美しい顔立ち、KOBのユニフォームのフィットネス感、ユニフォームから伺える美脚、脇、神の如き美しき戦闘能力、そして何より、あの完成されたスタイル!まだまだ発達不足の月光では、遠く及ばんだろう!!」
アルファ「……いや…」
…なに?なんか途中、この人の性癖暴露してただけじゃないの?そんな情報誰得だよ。もういい、ここは無法地帯だ。サッサと精神安定剤になりそうなユウキのファンクラブに向かおう…そう思った俺だが、しかし俺の周りは会員によってブロックされており、移動することが出来ない。
そんな中で、まるで俺を洗脳…洗礼するように、数人のプレイヤーそれぞれが、俺に対して想い想いのアスナ………いや、閃光様への気持ちを曝け出しており、それを俺に百回復唱することを強要してくる。
俺も最初はそれを拒んでいたのだが、三十分経っても解放されないままで、その間ずっと洗脳教育され続けた俺は、最早この場を乗り切るために復唱せざるを得ないかと、彼らに言われるがままにそれを叫び続けた。そして、各会員分復唱し終えた俺は……
「よしッ!これで貴様も、今日から閃光様の手となり肢となり、彼女に尽くすことを許可するっ!!」
アルファ「………あ、ありがたき幸せ…?……ユウキヨリモ、センコウサマノホウガウツクシイ…?ムネガオオキイホウガイイ……?」
……あれ?どっちが良いんだっけ……?いや、そりゃあ勿論──
ユウキ「アルファ?ボクの方が良いに決まってるよね?」
アルファ「はい勿論、ユウキ様です」
キリト「洗脳され直されてるじゃないか…」
アルファ「キリト。お前こそがあのファンクラブで洗脳されるべきなんだ。今から行ってこい」
キリト「嫌に決まってるだろ!?」
俺が完全に洗脳されてしまう前に、ユウキとキリトが死に物狂いであの建物から俺を運び出してくれて、更に空き家でユウキへの愛の復唱を百回させられたお陰で、なんとか俺は平静を取り戻せていた。
……実際、そんなことはされなくとも、俺のユウキへの気持ちが揺らぐわけ無いんだがな。あれはちょっとしたお遊びみたいなもんだ。
キリトとアスナが何時になったらくっつくのか、その時が待ち遠しくて仕方がない俺は、是非ともキリトにはあの場で洗脳されてしまって欲しいと思ったのだが、まぁ本人がそれは嫌だというのならば、仕方がない。もう少し辛抱強くキリトとアスナを見守ることにしよう。
というわけで、そんな狂信的なアスナのファンクラブという魔境を味わったばかりだというのに、性懲りもなく俺達は、三十三層主街区の奥地へと向かった。するとそこには、やはり先程と同じく一人の男が建物の前で門番をしており、俺が彼に話し掛けてみたところ、またまた建物の一室へと案内された。
そして、その部屋に入ってきた二十代前半ぐらいの男性が、俺達三人に言い放った。
「では、これから君たちには、ファンクラブ入会試験を行ってもらうよ」
キリト「…にゅ、入会試験…?」
「あぁ、最近は、エセファンが多くてね。こちらも真のファンを見定めるべく、入会試験を行っているんだ。まぁ、試験と言っても口頭で行うものなんだけどね」
アルファ「そんじゃあ、サッサと始めようぜ」
「第一問、月光ちゃんのメインアームは?」
アルファ「片手剣」
「第二問、月光ちゃんのプレイヤーネームと一人称は?」
アルファ「ユウキ、ボク」
「第三問、月光ちゃんが月光、と呼ばれる理由は?」
アルファ「ユニークスキルが月光だから」
「第四問、月光ちゃんの好きな色は?」
アルファ「紫」
「……なるほど…ここまで迷いなく第四問を解き明かしたのは君が初めてだよ…」
アルファ「いや、普通に分かることだろ」
キリト「そりゃ、アルファは知ってて当然だろ」
ユウキ「……」
俺に問題を出し続けていた彼は、不敵な笑みを浮かべていたが、こんな余裕すぎる問題、俺にとっては屁でもない。隣にいるユウキとキリトなんて、なんて低レベルな闘いなんだと、そんな風に俺達を白々しい目で見ているではないか。
「…第五問、これが答えられたら、君達は晴れて月光ちゃんファンクラブの一員だ。…月光ちゃんの一番好きな食べ物は何か!一番、スパゲッティ。二番、ステーキ。三番、パフェ。さぁ、選べ挑戦者よ!」
出題者は得意げにそう言い放ったが、俺の選んだ答えは無論──
アルファ「──その中に、答えは無い」
キリト「え?そうなのか?」
「なッ…!?」
「君は何を言ってるんだ!正解は三番だぞ!月光ちゃんが一番好きな食べ物は、パフェに決まってるじゃないか!」
「そうだそうだー!」
「エセファンは帰りやがれ!!」
「テメェは何にも分かってねぇんだなァ!?」
俺がはっきりとした口調でそう言うと、キリトは、俺は三番だと思ってたぞ、と不思議そうに言い、出題者は信じられない、と言った様子で俺を眺めてから、大きな声で叫んだ。
そしてそれに呼応するように、何処からか現れた月光ちゃんファンクラブの会員らしき人物たちが、ゾロゾロと湧き出てきて俺達を囲んだ。その様子を見たキリトが、これは不味いと戦略的撤退を俺に促したが、俺は得意げに一歩出て、彼らに告げた。
アルファ「──何もわかってねぇのはテメェらなんだよ!ユウキの一番好きな食べ物はなぁ、その選択肢の中には有り得ない。……それは、本人に聞いて見りゃ分かるぜ!」
ユウキ「…あ…」
バサッ、とユウキの被っていたNPCメイドのローブを払いのけ、ユウキの素顔を明らかにさせた俺は、絶句してしまった彼らに対して、ユウキの口から自分の一番好きな食べ物を言うようお願いする。
ユウキ「……えっと、ボクが一番好きな食べ物は……クレープだよ?」
「「「「なん…だと!?」」」」
彼女の宣言に、信じられないと言った様子で放心していた彼らではあったが、次第に目の前に憧れの月光ちゃんが居ることを認識し、大いに場が盛り上がるも、次の瞬間には、場が凍り付いた。
「……げ、月光ちゃんの隣にいるその男って……あれだよね?月光ちゃんの僕?」
アルファ「違うな。俺はユウキの恋人だ」
「……う、嘘だ……た、確かに一緒のギルドホームで暮らしてるけど……そういう関係には至っていないはずじゃあ……そ、そんな…僕達の月光ちゃんは…?」
アルファ「ユウキ、とどめを刺してやれ」
俺の発言に、彼らは一人残らず皆、絶望の表情を浮かべている。そんな彼らには、時に残酷な事実というものを教えるべく、俺がユウキにそう言うと、ユウキは、満面の笑みを彼らに向けて、俺の身体に抱き着いてきた。
ユウキ「そうだよ~。ボク、アルファと付き合ってるんだ」
「う、嘘だァ──ッ!!」
「お、オレの月光ちゃんが…!?」
「滅んでしまえ!その隣にいるクソガキ!!」
「リア充は一人残らず爆発しろ!!」
…と、ユウキの告白と、それを裏付けるような行動、そして、俺がユウキの肩を抱き寄せて、彼らに見せつけるようにそれを知らしめると、その場はブーイングの嵐となった。
少し前から、キリトは無表情で、無言、知らぬ存ぜぬを貫き通している。そんな大荒れの舞台ではあったが、ファンクラブ会員のリーダー格…要するに、会長みたいな人物が、彼らに鶴の一声を掛けた。
「……お前たち、忘れるなよ。我々の存在意義は、全て月光ちゃんの幸せの為……つまりは、我々は月光ちゃんの幸せの為に、彼女の恋を応援すべきなのだッ!!」
「「「「か、会長──っ!!」」」」
アルファ「…じゃあ、俺達は行かせてもらうぜ」
ユウキ「じゃあね、みんな~」
キリト「……」
「お、お幸せに!」
「クソガキ!月光ちゃんのこと泣かしたら許さねぇからな!」
「オレと変わってくれてもいいんだぞ!」
血の涙を流すような勢いで俺達を凝視し続ける彼らを横目に、ユウキのファンクラブの拠点を後にした俺達は、今度こそ最前線へと出向くべく、転移門へと向かっていた。
その時になってようやく、無言を貫いていたキリトが、ふと俺達の方を見やり、今日一番の呆れ顔を向けた。
キリト「……まさしくアルファとユウキみたいな奴らを、バカップルって言うんだろうな…」
アルファ「…ま、その内キリトも似たようなもんになんだろ」
キリト「…どういうことだ?」
ユウキ「キリトは気にしなくてもいいの!」
そうして、俺達は最前線に辿り着き、今日は珍しく三人で、攻略を再開したのだった。
ん?結局今回も、全然シリカにスポットライトが当たってない?
ごめんなさい。
次回の投稿日は、十二月十一日の土曜日となります。
では、また第92話でお会いしましょう!