ユウキ「いや~、今日のお昼は当たりだったね~」
アルファ「あぁ、このまま今日はゆっくりしていたいぐらいには、美味い食い物だった」
ユウキ「それはダメだよ?ちゃんと迷宮区に行かないと」
アルファ「分かってるって」
午前中は、一つ残していた連続クエストをようやくクリアして、迷宮区最寄りの街で少し早めのお昼を食べ終えた俺達は、迷宮区攻略のために、タワーがある方角の東門に向けて足を進めていた。
現在の最前線は第74層。迷宮区タワーが発見されて早数日、タワー内部のマッピング率は約八割ほどである。この調子でいけば、早ければ今日中にボス部屋が見つかって、三日後ぐらいにはフロアボス戦が始まるだろうか…。
俺達が迷宮区タワーに挑む理由は唯一つ、お宝探しである。マッピング作業なんぞトレジャーハントの付随的なものに過ぎず、俺達は今日もレアアイテムを探しに迷宮区に潜るというわけだ。
…まぁ、その大半は鍵付きの宝箱だから、その宝箱がある座標を情報屋に売りつけることで、コル稼ぎをするわけだが…。
お昼ご飯に食べたビビンバ丼みたいな椀物は非常に美味しく、俺達はそれについて語らっていると、すぐに東門まで到着した。そこからは古樹が生え渡る森林を通り抜け、草原地帯を駆け抜けると、迷宮区に辿り着くのだが…その道中に、俺は軽くユウキに話し掛ける。
アルファ「…なんかさ、七十四層のフィールドって、まるっきりファンタジー世界って感じがしないか?」
ユウキ「え?ボクはSAOの世界そのものが、ファンタジー世界だと思うけど?」
アルファ「まぁそうだけど、この草原を駆け抜ける感じが、何処となくゲームの中に登場する世界観そのものって言うか…うまく言葉に出来ないねぇけど…」
ユウキ「あ~…アルファの言いたいこと、なんとなく分かるかも。確かに、御伽噺とかに出てくる勇者一行が歩いてそうなイメージ…」
そんなことを喋っていると、目の前に一角獣みたいな四足歩行のモンスターが現れたわけで、俺達はすぐに気持ちを切り替えてそいつを撃破する。
道中に遭遇したモンスターは、結局そいつ一体だけで、三十分ほどでようやく迷宮区タワーの前に到着した。いざお宝探しに耽ろうとした俺達だったが、その直前にメッセージ着信音が俺の耳に鳴り響く。俺はユウキを制止して、内容を確かめてみた。
するとそれは、三カ月ほど前に依頼を通じてフレンド登録しておいたキバオウからであり「軍の中で暴走した奴らが、フロアボス攻略なんて無謀な指針を打ち立てて、最前線に向かっとるから、軍の奴ら見かけたら一応気に掛けといてくれへんか?」という内容であった。
俺はそれをユウキに伝えると、じゃあ尚更早いとこ迷宮区タワーを登らないとね、と彼女は軽く言葉を返してきた。キバオウには「了解」とメッセージを送信しておき、俺達は迷宮区タワーの内部へと足を踏み入れた。
…まさか無いとは思うが、軍の連中だけでフロアボスに偵察部隊を送り込んだりはしないだろう…とは思うけれど、暴走した奴らが何をしでかすかなんて、冷静な思考を持った人間には全く読めないのだ。
万が一を考え、それに加えてまだマッピング作業が終わっていない空白地帯に行くことで、トレジャーボックスを発見してやろうという意気込みも十分な俺達は、塔の最短ルートを辿って、運よく一度もモブと交戦することは無く、最上階に到達した。
…さて、空白部分のどちらへ進むべきだろうか。
ユウキ「ボクはね、右端だと思うな」
アルファ「んじゃ、そっちから行ってみますか」
そういう訳で、五つに分かれている通路の一番右側を選んだ俺達は、俺の索敵スキルで辺りを警戒しながらも、早足に回廊を進んでいく。
その道中には、何時ぞやに想定していたリザードマンキング…は居なかったのだが、代わりに<リザードマンロード>一体ずつと二回遭遇したものの、奴の得物である曲刀を回避したり受け止めたりしながら、難なく撃破する。
リザードマンロードは、稀に集団でポップすることがあり、流石にそいつらに出くわしてしまえば、俺達もフルパワーで挑まねばならないだろうが、一体ずつならば、ロードとは言え、俺達には雑魚敵にしかならない。
…と言うか、王なんだから複数体で出てくるなよ。いや、そもそも王ならフロアボスとかであってくれ。と誰かに文句を垂れながら、俺達は更に迷宮を進んでいく。
すると、砂岩で構成されていたはずの迷宮区の素材が、段々と青石…それよりもより深い蒼色のツルツルとした石質へと変化していき、回廊の両端には、水路が出現していた。
アルファ「…ユウキ、この先は…」
ユウキ「…うん、ボス部屋だろうね」
オブジェクトが重くなってきていることから、この先にはフロアボスが待ち構えているのであろうボス部屋があることを察し、ようやく74層の終わりが見えてきたことに安堵しつつも、トレジャーボックスが無いことが確定してしまったことから、ある意味ではハズレの道を引いてしまったことに落胆感を隠せなかった俺とユウキではあるが…。
それでも、一応ボス部屋があるのかは確認すべきであるから、俺達は若干の緊張感を孕ませながら、奥へと向かっていった。その時不意に、だめ────ッ!!と、誰かの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
しかしそれは、この世界では珍しい女性の声色で、その上、それは俺達がよく耳にする──
アルファ「この声…アスナかっ!?」
ユウキ「多分そうだよっ!急がなきゃ!!」
耳を澄ませば、剣を叩き付けるような轟音が聞こえてくるのを感じて、もしかしたら、俺達が知らない間にボス部屋発見の知らせが攻略組全体に行き渡り、早々に偵察部隊が送り込まれたのかもしれないと、俺は推測する。
しかし、パブリックモードのアスナがあんな悲鳴を上げるとは、とても偵察戦が上手くいっているとは思えない。アスナの安否が気になるのか、全力で走って行くユウキに遅れながらも、俺も全力でユウキの後を追い掛けていく。
そして辿り着いたボス部屋の扉は大きく放たれており、その先には、蒼い体毛巨大な筋肉で覆われた山羊のような見た目の…正真正銘<悪魔>がいた。
その右手からは巨大すぎる両手剣が振るわれており、それを受け止め、いなしているのはアスナとキリト…ボス部屋の中ではトップクラスに広い空間に点在する、金属鎧を身に付けたプレイヤー達は…恐らく軍。そしてそれを救助しているのが、クライン率いる風林火山か。
俺よりも一足早くその場に辿り着いたユウキは、既にボス部屋へと飛び込んでおり、アスナとキリトと同じように、ボスのタゲを取りに行っている。
…状況は読めないが、軍の奴らがボスにちょっかいを出して、ボスに呆気なくボコられた。何らかの方法でそれに気が付いたキリト達が、彼らを救助している…?しかし、だったら転移結晶を使えば…いや、軍の連中は麻痺状態なのか?なら尚のこと解毒結晶を…まさか、結晶無効空間か!?
錯綜する推測が頭の中を駆け巡り、これ以上考えても無駄だと悟った俺は、兎に角ユウキ達を助けるべく、ボス部屋に突入した。
ユウキ「…っ!アルファ!スイッチっ!!」
この轟音が鳴り響くボス部屋の中で、俺の足音に気が付いたのか、ユウキがグッドタイミングで俺の名前を呼んだ。
若干驚くキリトとアスナであったが、そんなことを気にしている余裕はない。ユウキの作り出したブレイクポイントに突撃し、続けて放たれたボス…<The Gleameyes>からの両手剣降り下ろしを、迎え撃つように同じく両手剣による突進系ソードスキルで何とか相殺する。
このボスは、俺がこの世界で初めて相対する悪魔系モンスターであり、その圧倒的な存在感と圧迫感を目の前にして、普段以上に緊張感が身体に緊張が走った。
アルファ「ここ結晶無効空間か!?」
キリト「あぁ!悪い、十秒持ち堪えてくれ!!」
アルファ「おうよ!」
キリトが戦線から退いて行くのを追い掛けるように、ボスが放った両手剣を、今度は俺とユウキが二人で受け止め切り、更に弾き返す。その隙にアスナが追撃を加え、ボスの体力を削った。
…このメンバーの中で唯一受けが成立するのが、両手剣使いである俺だ。勿論俺はディーラー仕様ではあるが、この場では全員が脱出できるまで、疑似タンク的な動きが必要とされるだろう。
ボスが吐き出してきた輝く息にはダメージ判定があるようで、それを喰らった俺達はダメージを蓄積してしまうが、今はまだこの場を離れることは出来ない。再び薙ぎ払われた両手剣を受け止めようとした俺だったが──
アルファ「なにっ!?」
霧のようなブレス攻撃の合間を縫って、巨大な蛇が俺の身体に齧りついてきた。それに気を取られてしまった俺は、両手剣を受け止めることが出来ず、二転三転吹っ飛ぶ。
俺に追撃を仕掛けんと、ボスは両手剣を振り放ってきたが、スタン状態に陥った俺ではそれを避けることが出来ない。体力を大きく持っていかれることを覚悟して、俺は身体を丸め、極力ダメージを減らそうと態勢を整えた。
しかしその合間に入り込み、なんとかボスの攻撃を退けたのは…クラインだ。
クライン「アルファ、大丈夫かよ!?」
アルファ「クライン、サンキュー!」
クラインが必死に俺の安否を確認してくるものだから、俺も勢い良く返事を返し、無事であることを伝えた。
…もうそろそろ十秒は経過しているだろう。そう思った俺の気持ちに応えるように、キリトが再び戦線へと躍り出た。
その左手には、二本目の剣が握られており、キリトが二刀流スキルをここで使用するつもりであることを悟る。風林火山のメンバーが、軍の連中をボス部屋の出入り口付近に固めているのを見て、恐らくキリトは、撤退戦の殿を務めるつもりなのだろう…と、そう俺は思っていたのだが…。
キリト「うおおぁぁあああ!!」
キリトは強烈な雄叫びと共に、ボスと一進一退の剣戟を繰り広げ始めた。二刀流スキルの攻撃力は半端じゃないらしく、グイグイとボスの体力が削られていく。
しかし、同時にキリトの体力もジワジワと減少しているわけで、このままでは先にキリトが死亡する可能性もあるだろう。そんな中、ユウキが後方から、月光波による援護を行った。
そこでようやく、キリトやユウキがここでボスを倒し切るつもりらしいことを理解した俺は、彼の身体に喰らい付こうとしている蛇の尻尾に気が付き、それを阻止するべく蛇の胴体に両手剣を振り下ろした。
見事こちらにタゲの向いた蛇尻尾に、俺は的確にダメージを与えつつも、本分はヘイトを稼ぐことに集中していた。蛇尻尾はボスのおまけみたいな扱いであるはずなのに、噛み付きだけでなく、毒を吐いてきたり、石化デバフを蓄積させる眼光を放ってきたりと、使う技は多彩であった。
やがて、蛇の動きが不自然に止まったかと思うと、ボスの巨大な身体は爆散し、数多のパーティクルへと変化して、「congratulation」の文字が、ボス部屋に浮かんだのだった。
アルファ「……勝った、のか…?」
ユウキ「…うん、お疲れ、アルファ」
アルファ「あぁ、ユウキもな」
例えユニークスキル持ちが二人いたとしても、よもやたった十数人でフロアボスを撃破してしまうとは、俺も思いもしなかった。放心状態で驚く俺に、ユウキが労いの言葉を掛けてくれたので、反射的に俺も言葉を返す。
ふと、今日の立役者であるキリトの方を見やると、彼はふらりと倒れ込んだ。俺は一瞬焦るも、どうやら極度の緊張状態で、失神してしまっただけらしい、すぐに目を覚ましていた。
アスナがキリトに抱き着くように彼の身体を抱き締めているのを見て、先程の緊張感はいずこへ、俺もユウキもニンマリと口元を歪めてしまう。そんな俺達とは対照的に、クラインが苦虫を嚙み潰したような表情で、俺達に伝える。
クライン「生き残った軍の連中の回復は済ませたが、コーバッツとあと二人死んだ…」
クラインの言葉に、ユウキが「えっ」と衝撃を受けていた。どうやら、俺達が現場にやってくる前に、既に三人のプレイヤーがボスに殺されてしまっていたらしい。辺りに何とも言えない悲し気な空気が流れそうになったが、それを遮るように、クラインが大声でキリトに訊ねる。
クライン「そりゃあそうと、オメエ何だよさっきのは!?」
キリト「……言わなきゃダメか?」
クライン「ったりめぇだ!見たことねぇぞあんなの!」
キリト「……エクストラスキルだよ<二刀流>」
クラインにそれを問い詰められて、とうとう観念したのかキリトは、この場にいる俺以外の人間に初めて、二刀流スキルを公開した。
クラインが急き込むように出現条件を尋ねていたが、キリトが分からない、と返したことにより、二刀流スキルがユニークスキルであろうことが、暫定的に皆の頭に思い浮かべられた。
おおっ!!と驚く彼らに対して、俺が何の反応も見せていなかったことに気が付いたのか、ユウキが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
ユウキ「アルファ、あんまり驚かないんだね」
アルファ「…まぁ、俺はキリトから聞いてたからな。俺の情報の対価として…いや、男と男の友情ってやつか?」
クライン「オイ、キリの字!!もしオメェが男と男の友情でアルファには教えて、オレには教えなかったってんなら、オレは悲しいぜ…」
キリト「…じょ、情報の対価だよ…」
俺が冗談で言ったことに、本気で傷付いたような表情を浮かべていたクラインに対して、キリトは若干焦りながら、そう弁解している。
クライン「ってこたぁ、アルファもユニークスキル隠し持ってるんじゃ…」
アルファ「いや、俺はユニークスキルは持ってねぇよ。代わりにちょっとばかし強い武器をだな…」
クライン「ま、他人のステの詮索はマナー違反だからな。俺はこれ以上は何も聞かねぇよ」
それから、クラインがキリトに抱き着いていたアスナの方をチラリと見て茶々を入れたり、生き残った軍のメンバーからお礼を述べられたりと、色々あってから、俺達は第75層のアクティベートを済ませるために、螺旋階段へと向かうことにした。
この戦いの立役者であるキリトは、もうヘトヘトらしく、俺達にアクティベートを任せてくれる。アスナはキリトと共にその場に残るらしいので、俺とユウキも邪魔しちゃ悪いと思い、クライン達と共に螺旋階段へと向かおうとしたのだが、その直前に、クラインがキリトに言葉を掛ける。
クライン「その…キリトよ。おめえがよ、軍の連中助けに飛び込んでいった時な…」
キリト「…なんだよ」
クライン「オレぁ…なんつうか、嬉しかったよ。そんだけだ、またな」
クラインが気恥ずかしそうにそう言い残して、キリトにサムズアップしてからその場を去って行ったのだが、キリトは何のことだかよく分からない、といった様子であった。
俺も、クラインがどういう意味を持ってキリトにそう言ったのかまでは分からない。だが、彼にとっては凄く大切なことであったのだろうことは、その微笑みから見て取れた。
螺旋階段を登る中、俺はふと、クラインに訊ねた。
アルファ「なぁ、クライン。キリトとアスナって、もう付き合ってんのか?」
クライン「さぁ?オレもそこんとこは知らねぇぜ?ただ、時間の問題だとは思うけどよぉ」
ユウキ「そう言えば、クラインはまだ彼女作らないの?」
クライン「……お、オレはだなぁ…」
アルファ「やめてやれ、ユウキ。クラインには無理な話なんだ」
クライン「…アルファ、見ないうちに随分と生意気になったじゃねぇか…」
アルファ「男子三日会わざれば刮目して見よ、ってことだ」
ユウキ「珍しく、アルファが難しい言葉使ったね」
クライン「ハハッ!言われてやんの!」
アルファ「…」
次層の扉に辿り着くまでに、そんな軽口を叩き合っていた俺達だったが、扉を開けるや否や、一気に緊張感を高める。
なにせ、次の層は75層…第100層まで残り四分の三の地点なわけであり、25層毎に難易度が急上昇するこの世界では、次の第百層に至るまでの最大の関門になるだろうからだ。恐らくフィールドでも、死の危険性が大いにあるはずだ。
扉の先は、細々と枯れ木が点在し、苔のような緑色の植物が地面から寂しく顔を出しているだけの虚しいサバンナ地帯であった。その前方には、主街区らしい大きめの街が見えており、そちらまでは一直線で向かえそうである。
俺達は辺りを警戒しながらも、駆け抜けるように街まで一目散に進んでいき、なんとかフィールドで一度もモンスターに出くわさないまま、街へと辿り着くことが出来た。
フロアボス撃破から三十分の間は、モンスターのポップ率が大幅に減少するため、その猶予の間にモンスターとの戦闘になることは殆どないだろうが、それでもこの極度の緊張感は拭えない。圏内表示が見えると、ふぅ、と皆で一息つく。
第七十五層の主街区の名前は<コリニア>で、景観は古代ローマ然としている。転移門広場まで歩いて行った俺達は、転移門をアクティベートした。クライン達が、七十五層が解放されたことを伝えてくれるらしいので、俺達はその場で解散した。
街に取り残された俺は、ユウキに訊ねる。
アルファ「…どうする?もうひと踏ん張りして、フィールドに出るか?」
ユウキ「ううん、今日はもう、流石に疲れちゃったから、フィールドに出るのは止めておこうよ」
アルファ「分かった。んじゃあ、主街区で受けられるクエスト、軒並み発注しに行こうぜ」
ユウキ「…それもいいけど…ボク、頑張ったからさ…ぎゅー、って抱き締めてほしいな。後二十分ぐらいは、ここには誰も来ないだろうから」
アルファ「…分かった」
俺の提案に対して、ユウキはご褒美をおねだりするように、俺にそれを求めてきた。そんな可愛らしい彼女の姿を見た俺は、勿論断るわけが無い。
…フロアボス戦は突発的に行われたのだから、多くの人が転移門が解放されたことに気が付くのは、クラインが事情を説明して、転移門へとやって来てからだろう。故に、今このだだっ広い主街区には、俺とユウキしかいない。実質二人だけの世界なのだ。
ならば、何も気にすることは無いだろうと、俺はユウキの希望通り、彼女を抱き締めた。そして、彼女の瞳を見つめると、俺に接吻を求めていることが伝わって来て、俺はそれに応えるべく、彼女と唇を重ねようとしたのだが──
「……あ、す、すまんっ!」
アルユウ「「なぁ!?」」
突然転移門から音がして、その先からは中層プレイヤーらしい男性プレイヤーが、本当に申し訳なさそうに俺達に謝罪していた。
……そうだった。もう転移門はアクティベートしたのだから、何かのはずみで75層が解放されていることに気が付いて、試しにこちらへ転移してくる可能性だって、あり得たのだ。
それを今更思い出した俺達は、急激に顔を真っ赤に染めて、羞恥心故にその場から逃げ出すように、主街区で発注できるクエストを探しに行ったのだった。
────────────────
結局昨日はあの後、出来る限り主街区で受けられるクエストを調べ終え、それから晩御飯を頂き、突発的にフロアボス戦を行った俺達は、お疲れだったこともあって、そのまま倒れるように眠りについた。
翌日、少し遅めに目を覚ました俺達は、適当に朝食を済ませ、昨日のボス戦で手に入れたアイテムなどの処分を済ませてから、タイラにお使いを頼まれて午前中はそちらで手一杯、午後からは山ほどあるクエストを消化しようと七十五層へ転移してきたのだ。
しかしそこでは何故か、以前俺がユナのライブの為に、コンサートホールの前で整理券を配布していた時と似たような人だかりが出来ていたのだ。
ユウキ「これ、何だろね?」
アルファ「…さぁ?ちょっと覗いてみようぜ」
ユウキ「うん」
人集の近くにまで寄ってみると、その中心には血盟騎士団のユニフォームを纏った中年男性…揺れる出っ張ったお腹が、これ以上に無い程白を基調としたユニフォームと似合っていない。という俺の主観的な感想は置いておいて、群衆の一部と化した俺は、彼の話に耳を傾けた。
そして、彼曰く──今日夕方五時半から、第七十五層転移門前にあるコロッセオにて、<神聖剣>対<二刀流>のデュエルが行われるということだった。
どのような経緯でキリトとヒースクリフがかち合うことになったのかは分からないが、そんな面白そうな余興を見逃す手など無い俺達は、即座に入場チケットを購入し、最前列の観客席を確保したのだ。
ユウキ「キリトとヒースクリフが闘うなんて、中々楽しみだね」
アルファ「もしかしたら、何かいい勉強になるかもしれないからなぁ」
ユウキ「それぐらいで、ボクに圧勝できるようになると思ってるの?」
アルファ「…なれる…はず」
俺が、実際そうはいかないだろうな、と心の中で思いながら曖昧に返事を返すと、ユウキは愉快に笑っていた。
そして俺達は彼らの闘いを見るために、午後五時頃でクエストの消化を切り上げ、とうとうその時がやって来た。
コロシアムに入場する前に、その周辺で展開されている露店で怪しげな串焼きや、名前の通りかなり辛めの味付けがされた火吹きコーンやらを購入してから、俺達は事前に取っておいた最前列の観客席に腰を下ろす。
俺達の隣にはまさかのクラインとエギルが座っており、ユニークスキルを持つ者同士が繰り広げる闘いを心待ちにしているようだった。
エギル「にしても、どっちが勝つんだろうな」
クライン「そりゃあキリの字だろ!オレはアイツの凄さをこの目で見たんだ。間違いねぇ!」
ユウキ「…どうかな~、ヒースクリフも相当腕が立つと思うけど…」
アルファ「個人的には、キリトに勝って欲しいぜ。伝説が塗り替えられるその瞬間が見たい」
俺達が思い思いの予想を打ち立てていると、遂に、まずはキリトがコロシアムに入場してきた。隣に座って居るクラインとエギルが、斬れーやら殺せーやら喚いているのには、流石に苦笑してしまう。
キリトが中央にまでやって来ると、その直後に反対側からヒースクリフが姿を現し、歓声が一際大きくなる。ヒースクリフもキリトも、お互いにフロアボス戦に挑む際と同じフル装備を身に纏っており、お互いが本気で決闘に勝利しようとしていることが読み取れた。
二人は中央で軽く何かを喋っていたようだが、すぐに十メートルほど間を置いて、デュエル申請と受諾を行ったようだった。観客席に詰まった千ほどのプレイヤー達は、ガヤガヤと騒ぎ立てているが、最早それは彼らには届いていないように感じる。
…そして、デュエルは始まった。
アルファ「……」
キリトがヒースクリフに斬り込むように、二連撃らしい二刀流ソードスキルを発動させた。その圧倒的な初速から、これでデュエルが決着されるかと思ったが、ヒースクリフはそれを盾と長身の剣を利用して、しっかりと受け止める。
…ソードスキル?俺は一瞬、何故キリトがソードスキルを使ったのか、その理由が分からなかった。しかし、よくよく考えてみれば、これはあくまで殺しを想定した闘いではなく、単なるデュエルなのだ。
その上そもそも、俺とユウキは毎日のようにデュエルを繰り返しているからこそ、ソードスキルのメリットとデメリットに気が付けているが、多くのプレイヤーはそうではないのだろう。…まぁ、キリトのソードスキルは未知のものであるから、そういう意味では有効かもしれない。
ヒースクリフは左手に構える十字が刻まれた大盾を前に突き出して、キリトに突進した。恐らく、キリト視点ではヒースクリフの剣が見えないのだろう、盾の方向へ回り込み、ヒースクリフの攻撃を見破ろうとしていた。だが──
ユウキ「おぉ~…」
ヒースクリフはそこまで読んでおり、盾の先端を利用して、まるで二刀流のようにキリトの身体に盾を捻じ込ませる…寸前で、キリトは剣をクロスするようにガードした。
ヒースクリフの見事な作戦には、ユウキからも驚嘆の声が漏れていたが、俺からすればそれに反応した、キリトの速すぎる反応速度に驚かされる。
ヒースクリフはキリトに考える隙を与えないつもりか、ソードスキルによる追撃を図った。しかし、キリトは二本の剣を器用に操り、それらを全て防ぎ切ってから、斬り返すようにソードスキルを放つ。
ヒースクリフはまたもそれを大盾で抑え切った…かと思われたが、キリトの一撃は想像以上に重かったのか、ヒースクリフの身体が若干吹き飛び、僅かに体力が削られる。だが、勝負を決するほどではない。
再び間合いを取った二人は、随分と楽しそうな笑みを浮かべながら口を開いたかと思うと、ソードスキルによる剣の応酬を始めた。あまりに彼らが楽しそうだから、俺も舞台に飛び込みたい気持ちで一杯になるが、それはいけないだろう、と己の心を制する。…隣に座って居るユウキも、多分似たようなもんだろう。
二人はドンドンとその剣速を上げていった。…もし、俺がユウキと何百回もデュエルを続けていなかったら、俺の目では、二人の細かな動きを追えなかったのかもしれない。
恐らく多くの観客には、高速で動く二人と、様々に輝くライトエフェクト、そして金属がぶつかり合う衝撃音だけが情報として入ってきているのだろう。二人の体力は徐々に減少していき、それはもう、勝負の決着が決まる50%まで迫ってきている。
キリト「らあああああ!!」
キリトが勝負に出たのか、これまでの最高速度でソードスキルを発動させた。その反応速度は、俺が目にしたことのあるユウキの全力を上回るほどにも感じる。防御を捨てた烈火の如き無数の剣閃が、ヒースクリフに襲い掛かった。
ヒースクリフも負けじと、吹き飛ばされないよう剣が襲い来る方向に盾を向けて、キリトの連続技を防ぎ切ろうとする。…だが、ヒースクリフの反応速度をキリトの剣速が上回り、ヒースクリフの防御が遅れた。
──キリトの勝ちだ。
キリトの剣がヒースクリフの身体を貫き、ヒースクリフの体力を半分以下まで追い詰めることで、キリトが勝利する。俺はその光景を見て、次なる未来を予想していた。
しかしその次の瞬間に、全く理解不能の感覚が、俺を襲ったのだ。
アルファ「ッ!?」
一瞬間、ほんの僅かな出来事ではあったが、世界が、停止した。文字通り、俺もユウキも、そしてヒースクリフに止めを刺すはずだったキリトまでもが、写真で切り取られたように動きを止めたのだ。
……だが、その中で一人、ヒースクリフだけが、僅かに一歩動いた…気がした。…分からない。ヒースクリフの動きが俺の捉えられる速さを越えていて、確信をもって動いたのだと脳が認識できないのだ。
だから、多分動いたとしか、俺は判断できない。しかし、その推測を裏付けるように、右にあったはずのヒースクリフの盾は左に移動しており、勝利を決定付けるはずだったキリトの一撃は、綺麗に弾き返された。
そして、流れるようにヒースクリフはキリトに剣を振り下ろし、勝負は決着した。
…勝者、ヒースクリフである。
アルファ「……な、なぁ──」
クライン「オイオイ、キリトのやつ負けてやがんじゃねぇか~。ったく、最強の二刀流じゃねぇのかよ」
エギル「そう言うなよクライン。最強の男をあそこまで追い詰めたんだぜ?最強の矛と最強の盾は、相性が悪いんだろうよ」
…どういうことだ?
この胸に疼く奇妙な違和感を確かめるために、俺はクライン達にそれを訊ねようとした。だが、クラインとエギルはまるでそれに気が付いていないような様子で、キリトとヒースクリフのデュエルを評価しているではないか。
既にヒースクリフはコロシアムから退場しており、代わりに入って来たアスナが、キリトに手を差し伸べていた。それを見たユウキが、これまで一文字に結んであった口を、ふと開いた。
ユウキ「…あそこで優しく抱きかかえてあげたりしたら、すぐにキリトも堕ちると思うのになぁ…」
アルファ「…流石に恥ずかしくてそれは無理だろ…」
……まぁ、そんなことはどうでもいいか。
俺の感じた違和感は、一旦胸の中に仕舞っておいて、ユウキの無茶ぶりな発言にツッコミを入れておいた俺は、確かに、キリト達は一体いつになったらお付き合いするのだろうか、と別のことを考え始める。
…と言うか、やっぱりそろそろじれったいから、俺が無理矢理アスナの気持ちをキリトに伝えてやろうか、と無謀な作戦を打ち立ててみたりする。
そんなことを思いながらコロッセオを後にした俺達だったが、キリトとアスナの結婚報告が為されたのは、その僅か数日後であった。
次回の投稿日は明日となります。
では、また第93話でお会いしましょう!