~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第96話 躍り出た魔王

 午後一時の五分前、その時になってようやく、俺とユウキは集合場所にやって来た。そこには既に大勢のレイドメンバーが集まっており、その一番手前には、キリトが皆に向かって、ぎこちなく敬礼しているではないか。

 俺はその様子に吹き出しつつも、キリトに話し掛ける…と同時に、クラインやエギルもこちらへ歩み寄って来ていた。一方ユウキは、キリトの近くに居るアスナに話し掛けに向かっていた。

 

 ユウキ「アスナ!…今日、参加してもいいの?」

 

 アスナ「うん、わたしも頑張らないとね」

 

 クライン「よぉ!」

 

 アルファ「キリトも、見ないうちに随分と出世したんだな」

 

 キリト「なんだ…お前らも参加するのか」

 

 エギル「なんだってことはないだろう!今回はえらい苦戦しそうだって言うから、商売を投げ出して加勢に来たんじゃねぇか。この無私無欲の精神を理解できないたぁ…」

 

 キリト「無私の精神はよーく解った。じゃあお前は戦利品の分配からは除外していいのな?」

 

 エギル「いや、そ、それはだなぁ…」

 

 エギルの情けなく口籠るその語尾に、クラインやアスナが朗らかに笑い、その笑い声から周囲のプレイヤーの緊張も解れていくようだった。

 そして午後一時丁度に、転移門から新たなプレイヤー達が現れた。それは、ヒースクリフとその配下の精鋭達である。ヒースクリフはキリトに対して軽く頷きかけると、俺達に向き直り、言葉を発した。

 

 ヒースクリフ「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況は既に知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。──解放の日のために!」

 

 「「おおっ!!」」

 

 ヒースクリフのカリスマ的なリーダーシップに釣られて、ここに集ったプレイヤー達や、見送りに集まっていた大勢のプレイヤー達も力強く返事を返す。

 俺も一応はその形を取っておくも、ヒースクリフが茅場晶彦なのではないかと、そう考えてしまっている以上「諸君」という言葉は、その対象に自分を含めていないように感じてしまう。それこそが、ヒースクリフ=茅場晶彦なのではないかと、邪推してしまっているわけだ。

 そんな俺の心中など、ヒースクリフが知るわけもなく、腰のパックから取り出した回廊結晶を使用し、迷宮区の中へと転移していった。残りの三十人余りもそれに倣い、次々と転移していく。

 俺も勿論それに続いて回廊結晶によるゲートを潜ると、もう目の前には、ボス部屋の大扉が見えていた。多くのレイドメンバーはその場で、アイテムやら武器やらの最終確認を済ませている。

 

 アルファ「…ユウキ、勝とうぜ」

 

 ユウキ「…うん!」

 

 らしくなく、少し緊張しているユウキの面持ちに気が付き、俺が微笑みながら拳を突き出すと、ユウキも少し緊張を和らげて、俺に拳を突き出してくれた。

 やがてヒースクリフが大扉の前にまで移動し、レイドメンバーに向かって言葉を告げる。

 

 ヒースクリフ「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報が無い。基本的にはKOBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃して欲しい」

 

 …要するに、アドリブでフィーリングで、行き当たりばったりの具体的な作戦など在りはしないというわけだ。俺達はヒースクリフに、無言で頷き返す。

 するとヒースクリフは、あくまでもソフトな声色で言い放ち、大扉に手を触れた。そんな中でキリトが、ふと俺達の方を見やった。

 

 キリト「死ぬなよ」

 

 クライン「へっ、お前こそ」

 

 エギル「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ」

 

 ユウキ「ボクも、今日は本気でLA狙いに行くんだから!」

 

 アルファ「ま、なんにせよ頑張るしかねぇだろ」

 

 俺達が思い思いの言葉をキリトに返した直後、大扉が開かれ、皆、己の得物を抜刀する。俺も両手剣モードの太陽の戎具を背中から引き抜き、その瞬間に備える。ヒースクリフが長身の剣を掲げると、短く叫んだ。

 

 ヒースクリフ「──戦闘、開始!」

 

 完全に開け放たれた扉からボス部屋へと侵入した俺達は、これまで積み重ねてきた経験で、極自然に陣形を整えていた。ボス部屋は円弧状の黒い壁に覆われており、それは上部にて湾曲し、天井部分で集約されている。

 不意に、ガゴンッ!!と轟音を鳴らしながら、背後の大扉が固く閉ざされてしまった。生きるか死ぬか…最早ここは、真のデスゲーム会場と化したのだろう。 

 …おかしい。もうとっくにボスが出現してもいいはずなのに、一向にボスが現れる気配を感じ取れない。誰かがその極限状態の緊張感に耐えられず、声を上げようとしたその時──

 

 アスナ「上よ!」

 

 キリトの隣にいたアスナが鋭く叫び、レイドメンバーはそれに従って天井部分を見上げると──そこには、百足のような身体の構造を白骨化させた、頭部が骸骨頭の巨体が…しかし、いや、だからこそ、その複数に区切られた体節を持つ身体は、ムカデの身体というよりは、人間の背骨と表現する方が相応しいように思える。

 顔面部分の凶悪な印象を与える頭蓋骨には四つの穴が開いており、そこには目の代わりに碧い炎が宿っていた。しゃくれた顎には鋭い牙が並んでおり、首辺りからは、鎌のような腕骨が二本突き出ていた。ボスの名前は<The Skullreaper>…骸骨の…何かだ。俺の英語力では読み取れない。

 しかし、よもや天井にボスがポップするとは、誰にも想定出来なかった。故に、俺達は数秒の間、天井で蠢くボスの姿を眺めるばかりであった。

 不意に、ボスが全ての足を広げて、その直下にいた俺達レイドメンバーに落下──

 

 アルファ「ユウキ!」

 

 ユウキ「解ってるっ!」

 

 ヒースクリフ「固まるな!距離を取れ!!」

 

 俺とユウキが、一瞬早くその場が危険だと判断し、行動に移した直後、ヒースクリフの鋭い指示が飛んできた。残りのレイドメンバーも我先にと行動を起こしたが、その中で三名、丁度ボスの真下に居たせいで、どちらに動くべきか迷ったようだった。

 「こっちだ!!」というキリトの叫びにより、三人はそちらへと向かって走り出したがもう遅い。ボスが床に落下したことで発生した地均しにより、その三名はたたらを踏む。

 そして、そんな彼らに対してボスは大鎌を振るい、三人同時に背中を切り刻まれ、そのまま三人は宙を舞い──

 

 アルユウ「「っ!?」」

 

 ──死亡。

 

 俺達はその事実に、固唾を吞んだ。たったの一撃で死亡だ。ここに集まったプレイヤー達が、現在この世界で生き残っている六千人余りの中でも、トップのレベルを誇る選りすぐりの猛者であることを考慮すると、ボスの攻撃力は余りに高すぎる。

 だが、呆けている暇など無い、次は我が身だ。百足野郎は、甲高い雄叫びを響かせ、四つの目で俺達を舐めまわすように眺めると、猛烈な勢いで飛び出した。

 …来るか!?俺は全身で身構えながら、しかし足だけはいつでもどの方向にでも動かせるように準備をして、百足野郎が襲い来ることに備える。だが、奴は俺達以外に目を付けたらしい。プレイヤー達の一団に向かって再び大鎌を横一文字に薙ぎ払おうとした。

 しかし、それを間に割り入って受け止めたのが、ヒースクリフだ。ヒースクリフがなんとか大鎌を受け止め切るも、もう一本の大鎌が、プレイヤー達に襲い掛かろうとする。

 だが、そのもう一本を受け止めたのは、キリトだ。しかし、二本の剣を以てしても、大鎌の重さに負けてしまう…前に、アスナが更に一撃加えることで、なんとか大鎌を弾き返した。

 続けて振り払われた大鎌をキリトとアスナは完璧なるシンクロ状態で迎撃し、更には弾き返してしまう。あれは俺とユウキが会得したテクニック<ダブルパリィ>だ。

 …さぁ、彼らが大鎌を受け止めてくれている。ならば、俺達は今の間にボスへと攻撃を加えるべきだろう。その結論に言葉を交わすまでもなく至った俺とユウキは、百足の側面に攻撃を仕掛ける。そのワンテンポ後に、キリトからの指示が響き渡り、他のレイドメンバーも俺達と同じように、ボスの側面へと攻撃を仕掛け始めた。

 突如として、その内の数人が吹き飛んだ。その正体は、百足の尾…槍のように尖った骨である。一撃で死亡、とまではいかなかったらしいが、大きく体力を減らしてしまったようで、しかもその発達した尾骶骨は大鎌よりも素早く動くらしく、瞬く間に彼らを追撃し、更に二人死亡した。

 

 ユウキ「ボクとアルファで止めるよっ!」

 

 アルファ「了解っ!」

 

 彼らに攻撃が及ばぬよう、俺とユウキはその尾骶骨による鞭のような連撃を、何度も何度もダブルパリィし続けた。体力バーを削る毎に、ボスが加える新たなる行動パターンは、普段のボス程厄介なものではなかったが、それでもボスの持つ元々の攻撃力が高過ぎた。

 徐々にレイドメンバーの数を減らしつつも、俺達は闘志を振り絞り、ひたすらにボスにダメージを与え続ける。HPバーラスト一本となった際には、ボスが更にもう二本、小さな鎌を腕の下から生み出した。それによってレイドメンバーが加速的に死亡していったのだが、最早それを受け止めることが出来る人員はおらず、ボス戦は生きるか死ぬかの特攻紛いの闘いと化した。

 そしてようやく、約一時間にも及ぶ死闘の末、誰かがボスに止めの一撃を加えたことによって、地獄のボス戦は終了したのだった。

 満身創痍とも言えるレイドメンバーは皆、誰一人歓声を上げることなく、そして俺もユウキも彼らと同じく、黒曜石の床にお互いに背中を合わせて座り込んでいた。

 

 クライン「何人──やられた……?」

 

 キリト「──十四人、死んだ」

 

 ふと俺の耳に、クラインの掠れた声が聞こえた。そして次に、キリトの無機質な声がボス部屋に響いた。

 死者数十四人…元々招集されたレイドメンバーが三十人余りであったことを考えると、その死亡率は約五割だ。これまでのSAO全体を通した死亡率約四割よりも、その比率は大きい。

 …これが、あと二十五層も続くのか…?しかも、前層に倣って今層のボス部屋も結晶無効空間であった以上、次からの層も結晶無効空間だろうし、また扉も開かなくなるかもしれない。…この調子でいけば、流石に命が幾つあっても足りないだろう…。

 そんな絶望に囚われていた俺に対して、不意にユウキが、俺に小さな声で囁いてきた。

 

 ユウキ「…ヒースクリフ、やっぱりギリギリで体力が半分になってないよ。ここからは死角だし、二人で一気に行く?」

 

 ユウキにそう訪ねられて俺は、このレイドに参加したもう一つの目的であった、ヒースクリフへの強襲を思い出す。確かにユウキの言う通り、俺達は今、ヒースクリフの背中側に位置しており、奴の不意を突けることはこれで確実となったと言っても過言ではないはずだ。

 ヒースクリフは、誰もが座り込んでいる、或いは倒れ込んでいるこの空間の中で、たった独りだけ凛と佇んでいた。

 …ヒースクリフがどんな表情をしているのかまでは分からないが、そんなことはどうだっていいか。今から俺達は、文字通り人生を賭けた博打に出るのだから。

 

 アルファ「……よしっ、三つ数えてから、飛び出そうぜ」

 

 ユウキ「…分かった」

 

 アルファ「3…2…1──」

 

 ──ズガンッ!!

 

 俺がカウントダウンを数え終え、ユウキと共に地を蹴りヒースクリフに襲い掛かろうとしたコンマ一秒前に、俺達の視界の右端から、誰かが飛び出していた。そいつはソードスキルを利用し、ヒースクリフとの距離を詰めたらしく、そのままの勢いでヒースクリフの咄嗟の防御を躱し、剣を捻じ込んだ。

 その結果は、まさかまさかの石に花咲くような俺の推論通り、彼の剣は、ヒースクリフの身体にヒットする直前に、見えない障壁によって阻まれたのだ。その直後出現した紫色のシステムメッセージにより、ヒースクリフが不死的存在として、システムによる保護を受けていたことが発覚する。

 

 アルユウ「「キ、キリトッ!?」」

 

 俺とユウキが果たすはずの役割は、黒の剣士によって果たされたのだった。

 

 

 俺達はキリトの起こした行動に驚愕し、それを何とか言葉にするも、この場に居合わせた十五名ほどのプレイヤー達は皆、ヒースクリフとキリトの間に出現したシステムカラーメッセージを凝視するばかりだった。

 その最中、アスナがゆっくりとキリトの右横に歩み、やがて戸惑いを孕んだ声色で言葉を発する。

 

 アスナ「システム的不死…?…って…どういうことですか…団長…?」

 

 アスナの放った、この場にいるプレイヤー全員の気持ちを代弁するような一言に、ヒースクリフは厳しい表情でじっとキリトを見据えるばかりで、何も答えない。その問いに答えるように、キリトが得意げ且つ真剣な表情で口を開く。

 

 キリト「これが伝説の正体だ。この男のHPはどうあろうと注意域にまで落ちないようシステムに保護されているのさ。……不死属性を持つ可能性があるのは……NPCでなけりゃシステム管理者以外ありえない。だがこのゲームに管理者は居ないはずだ。唯一人を除いて」

 

 キリト「……この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった……。あいつは今、どこから俺達を観察し、世界を調整してるんだろう、ってな。でも俺は単純な真理を忘れていたよ。どんな子供でも知っていることさ」

 

 キリト「他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない……そうだろう、茅場晶彦」

 

 静寂に包まれたこの空間が、更なる緊張感を高めていく雰囲気を肌で感じ取りながら、俺は「やっぱり、そうだったのか!!」と、自分の組み立て挙げた推論が正しかったことに、大きな驚きと小さな喜びを感じていた。

 

 ヒースクリフ「何故気が付いたのか参考までに教えてくれるかな……?」

 

 キリト「……最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんたあまりにも速過ぎたよ」

 

 ヒースクリフ「やはりそうか。あれはわたしにとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

 …ということは、俺は圏内事件を追っていた時に辿り着いた答えは、半分正解だったのか。だが、当時の俺は、世界の調整とか、そういうところまで目が行ってなかったのだ。そこを突かれて、ヒースクリフにまんまと騙されたってことか…?

 なんと情けない話だろうか。俺が今度は自分に呆れていると、ヒースクリフは苦笑いを浮かべた。

 

 ヒースクリフ「予定では攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな」

 

 ヒースクリフはゆっくりと俺達プレイヤー全員を見回すと、一転して、まるで俺達に高らかに宣言するように、その表情を真剣なものへと移り変えた。

 

 ヒースクリフ「──確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

 …おいおい、マジかよ。

 

 キリト「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤー達が一転最悪のラスボスか」

 

 ヒースクリフ「なかなかいいシナリオだろう?盛り上がったと思うが、まさかたかが四分の三地点で看破されてしまうとはな。……君はこの世界で最大級の不確定因子だと思ってはいたが、ここまでとは」

 

 …最大級?その言い方だと、キリト並みの不確定因子が数人いることになるが、一体どういうことだ?

 

 ヒースクリフ「……最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。全十種類存在するユニークスキルのうち、<二刀流>スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。勝つにも負けるにせよ。だが君は私の予想を超える力を見せた。攻撃速度といい、その洞察力といい、な。まぁ……この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな……」

 

 ヒースクリフは一旦そこで言葉を途切れさせ、しかし次の瞬間には、俺の方へと視線を向けた──

 

 ──のではなく、正確には、ユウキを見据えていた。

 

 ヒースクリフ「──しかし、本来ならば<二刀流>スキルは、キリト君ではなく…君、ユウキ君に与えられるはずだったのだよ」

 

 ユウキ「……え?…ボ、ボク…?」

 

 ユウキが困惑気味にヒースクリフに訊ね返すと、ヒースクリフは再び苦笑いを浮かべながら、ユウキに対して答えて見せた。

 

 ヒースクリフ「そうだとも。全プレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者は…若干の僅差で、キリト君ではなく、ユウキ君だったのだ。…だが、一体どんな神の気まぐれだろうか、君は二刀流ではなく、ユニークスキル<月光>を手にした。……しかも、月光スキルは、私が手掛けた全十種類のユニークスキルの範疇から逸脱し、突然現れた十一個目のユニークスキルとして……。その点では、ユウキ君も紛れもなく、この世界に存在する最大級の不確定因子だとも言えるだろう」

 

 …ユウキが全プレイヤーの中で最大の反応速度を持っていたのか…道理で俺がデュエルに勝てないわけだな。そりゃあ納得だ。だったら、偶にでも勝ててた俺って、案外凄いんじゃね?

 なんて、俺が呑気にそんなことを考えていると、血盟騎士団の幹部プレイヤー、ハルバード使いが凄惨な苦悩を滲ませた表情で、ノロノロと立ち上がった。

 

 「貴様……貴様が……。俺達の忠誠──希望を……よくも……よくも……よくも────ッ!!」

 

 彼はヒースクリフに対して途方もない怒りをぶつけるように、絶叫しながらハルバードを振り降ろそうとする。だが、そんなことをしても、ヒースクリフの持つシステム的保護により阻害されるだけだろう。

 しかし、ヒースクリフは素早く左手を振り、出現したメニューウインドウを操作したかと思うと、ハルバード使いの身体は宙で不自然に止まり、そのまま地面に落下した。

 …HPバーの周りが点滅している…麻痺状態だろうか。ヒースクリフは無言のまま、続けて指を動かしていく。すると周囲のプレイヤーは彼と同じように、ドンドン地に伏せていくではないか。

 

 ユウキ「あっ…」

 

 そしてユウキも地に崩れ、次いで俺も──

 

 ──地に、倒れておこう。俺の持つ瞑想スキルには、状態異常を一度だけ無効化する効力があるのだ。思った通り、ヒースクリフの発動させた強制麻痺状態で、俺の身体も一瞬自由を奪われるも、次の瞬間にはレジストに成功し、麻痺状態が解除された。しかし、今から何が起こるのか見極めるべく、麻痺状態に移行した体を装っておこうではないか。

 ヒースクリフが今操作しているウインドウは左手で操作されている。対するプレイヤーが操作できるウインドウは、右手で開かれる。…ということは、あれはシステム管理者用のウインドウなのだろう。

 

 キリト「……どうするつもりだ。この場で全員殺して隠蔽する気か……?」

 

 キリトはヒースクリフに対してそう訊ねたが、それは無いはずだ。ヒースクリフは、ゲームに置いては、一応フェア精神の持ち主である。だからこそ、俺はここで何らかの補填が貰えると思っているのだが…。

 

 ヒースクリフ「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなってしまっては致し方が無い。予定を早めて、私は最上層の<紅玉宮>にて君たちの訪れを待つことにするよ。九十層以上の強力なモンスター群に対抗し得る力として育ててきた血盟騎士団、そして攻略組プレイヤーの諸君らを途中で放り出すのは不本意だが、なに、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。だが……その前に……」

 

 …さぁ、補填は何だ?まさか、第百層の最終ダンジョンの名前と、九十層以降の攻略が難化するってだけじゃないだろうな。

 ヒースクリフは、キリトを見据え、右手の剣を軽く床の黒曜石に突き立てた。キンッ!と高く澄んだ金属音が周囲の空気を切り裂く。

 

 ヒースクリフ「キリト君、君には私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。チャンスをあげよう。今この場でわたしと一対一で闘うチャンスを。無論不死属性は解除する。わたしに勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」

 

 アルファ「なッ!?」

 

 俺はヒースクリフが与えたリワードに、吃驚した。せざるを得なかった。

 つまりは、奴はこの場で勝利を掴み取れたのならば、それでこのデスゲームを終了させると、そう言っているのだ。しかも、それはラストボスとしてのヒースクリフではなく、一プレイヤーとしてのヒースクリフであり、HPバーが複数段あるわけでもなければ、特殊能力を駆使してくるわけでもない。

 …今後の攻略での死亡確率と、最近の攻略ペースの低下も鑑みると、あと一年は掛かりそうなデスゲームが、今日で終わりを迎えられる可能性があるというこの食虫植物が醸し出すような甘い提案に、俺ならば──

 

 キリト「いいだろう。決着をつけよう」

 

 アスナ「キリト君っ…!」

 

 キリト「ごめんな。ここで逃げるわけには…いかないんだ…」

 

 アスナ「死ぬつもりじゃ…ないんだよね……?」

 

 キリト「あぁ……。必ず勝つ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 アスナ「解った。信じてる」

 

 エギル「キリト!やめろ……っ!」

 

 クライン「キリトーッ!」

 

 ユウキ「キリトッ!ダメだよっ!」

 

 アルファ「……」

 

 キリトはヒースクリフに最終決戦を臨むことを伝えてから、アスナと会話を交わし、ヒースクリフの方へと近づいて行く。そんなキリトの後姿を見て叫ぶ者が、三人いた。

 …俺ならば…もし、俺がキリトと同じ立場だったら、闘い続けると決意したユウキの命を守る為に、ここでこのデスゲームに終止符を打つのだと思う。だからこそ、俺は彼を呼び止めることは出来なかった。

 キリトは、ヒースクリフと向かい合い直前に、クラインとエギルのいる方向に向き直り、まずエギルに視線を合わせ、小さく頭を下げた。

 

 キリト「エギル。今まで、剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど全部、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでたこと」

 

 キリト「クライン。……あの時、お前を……。置いて行って、悪かった。ずっと、後悔していた」

 

 キリトの独白を受けたエギルは目を見開き、驚きを表していた。そして次に語り掛けたクラインに対して、キリトの声は掠れ、詰まる。彼らの間に何があったのかは俺も知らないが、クラインはその言葉に涙を流し、叫ぶ。

 

 クライン「て……てめぇ!キリト!謝ってんじゃねぇ!今謝るんじゃねぇよ!!ゆるさねぇぞ!ちゃんと向こうで、飯のひとつも奢ってからじゃねぇと、絶対ゆるさねぇからな!!」

 

 キリト「解った。約束するよ。次は、向こう側でな」

 

 キリトはクラインに右手でサムズアップを返すと、今度は俺とユウキの方を向いた。

 

 キリト「アルファ、ユウキ。…俺が道を踏み外しそうな時に、ぶつかってまで正しい方向を照らし出してくれて、ありがとう。お前らのそういう芯の強さ、俺の憧れだった」

 

 ユウキ「…言うことないからって、二人纏めるのはどうかと思うな?」

 

 アルファ「…ま、そんなに気負うな。焦らず闘えば、キリトなら勝てる。一度は実質勝ってるんだからよ」

 

 ユウキがキリトの緊張をほぐすように気安い言葉を返し、俺は闘いの基本をキリトに伝えた。…キリトはああ言ってくれたけど、実際芯が強いのは、ユウキの方だけなんだけどな。

 そして最後にアスナの方を振り向いたかと思うと、しかし何も彼女に伝えることは無く、キリトはヒースクリフにこう告げた。

 

 キリト「…悪いが、一つだけ頼みがある」

 

 ヒースクリフ「何かな?」

 

 キリト「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら──しばらくでいい、アスナが自殺出来ないように計らって欲しい」

 

 ヒースクリフ「良かろう。彼女はセルムブルグから出られないように設定する」

 

 アスナ「キリト君、だめだよーっ!!そんなのないよーっ!!」

 

 キリトの発言に、アスナは涙交じりで絶叫していた。

 ヒースクリフがシステムウインドウを操作すると、彼らのHPバーは、強攻撃のクリーンヒット一撃で決着がつく量へと調整される。そして両者は間合いを置いて、お互いにそれぞれの構えを見せた。

 いつの間にかアスナも泣き声を抑え、この空間は、先程行われたばかりの苛烈なボス戦以上とも見える、強烈な緊張感が張り巡らされた。二人は十数秒の間動きを見せなかったが…

 

 キリト「殺す……っ!!」

 

 鋭い呼気と共に吐き出されたキリトの台詞を皮切りに、遂に世界の命運を賭けた一戦が開幕した。二人の剣技は秒読みで加速していく。剣と剣、若しくは剣と盾がぶつかり合う度に、辺りに重厚な金属音が響き渡り、強烈な火花が二人の表情を照らし出していた。

 

 アルファ「…ユウキ、今ヒールするから」

 

 俺は彼らの闘いを眺めながら、恐らくヒースクリフも、キリトとの戦闘に全集中していることから気が付かれないとは思うが、俺は奴にバレないよう慎重にポーチから解毒クリスタルを取り出し、それをユウキに使用する。だが、

 

 ユウキ「…効果が無いみたいだね…この麻痺毒、指一本動かせないから、普通の解毒クリスタルじゃ治せないのかも…」

 

 彼女の麻痺毒を解除することは出来ず、最早この場で動けるのは、キリト以外には俺だけとなってしまった。彼らの闘いの行く末を見守る中、俺には一抹の不安がこみ上げてきて、それを言葉にする。

 

 アルファ「………なぁ、もし、キリトがやられそうになったら、キリトのこと助けに行ってもいいか?」

 

 ユウキ「……もし、ボクがダメって言ったら、アルファはどうするの?」

 

 アルファ「…流石にキリトを見捨てるわけにはいかねぇし、悪いけど、俺は行かせてもらうぜ」

 

 ユウキ「そう言うと思ったよ。…でも、アルファが死んじゃったら、どうなっても知らないからね」

 

 アルファ「…あぁ…」

 

 俺達が会話を交わしている内にも、彼らの剣戟は一層激しさを増していった。

 ヒースクリフもキリトも、双方ソードスキルを使用することなく、己の鍛え上げてきた剣技のみで戦いを繰り広げている。キリトの剣速に至っては、ユウキと比べてもその差は無いように思えるほどであった。

 だが、キリトはソードスキルを全く使わない戦いに慣れていないのか、剣の軌道がいつもよりも分かりやすい。故に、ガードに徹するヒースクリフに、ダメージを与えられない。

 

 キリト「くそぉっ……!」

 

 アルファ「アイツっ!」

 

 刹那、キリトの表情に焦りが見えた。そして彼は、あろうことかソードスキルを発動させてしまったのだ。確かに、システムアシストの力を借りたソードスキルの速さ、重さは、これまでキリトが繰り出してきた剣技の上を行くものであった。

 がしかし、ヒースクリフはこの世界の設計者だ。ならば、ソードスキルについて熟知しているのも当然。ヒースクリフはその表情に勝利の笑みを浮かべながら、キリトの放った怒涛の連続技を捌き続ける。実に二十七連撃に及ぶその攻撃は、最後までキッチリとヒースクリフに受け止められてしまった。

 キリトの最期の一撃は、ヒースクリフの十字盾により防がれ、剣が儚く砕け散る。技後硬直に襲われたキリトに対して、ヒースクリフは止めだと言わんばかりに長身の剣を高々と掲げ、ソードスキルの初動モーションを発動させた。

 

 ヒースクリフ「さらばだ──キリトく──」

 

 突如、ガギンッ!と剣と剣がぶつかり合う音が響き、キリトに対して放たれるはずだった止めの一撃は、俺の不意打ち的な剣を弾き返すために振るわれた。

 ヒースクリフは、その表情に驚きを見せながら、「俺達」を眺めている。

 

 アルファ「…チッ…!」

 

 ヒースクリフ「……どういうことだ。麻痺から回復する手段は無かったはずだがな…」

 

 その言葉は、暗殺者の如くひっそりとヒースクリフの息の根を止めようとした俺…そして、何故か俺と同じように身体を自由に動かせていたアスナに向けられていた。

 …アスナも、俺と同じように瞑想スキルの熟練度をカンストさせていたのか?しかし、アスナは俺の予想を裏切るように、キリトに覆い被さるように彼の前に立ちはだかりながら、鋭く口を開いた。

 

 アスナ「キリト君は、わたしが守ってみせる!だからわたしは、麻痺毒なんかには負けないわよ!!」

 

 アルファ「……ま、アスナのキリトへの深い愛情と、俺のキリトへの熱い友情が、麻痺毒を乗り越えたんだろ」

 

 キリト「アスナ…アルファ…」

 

 キリトは感動的にこちらを眺めているのに、俺は少し胸が痛む。…勿論、俺も言葉にしたぐらい、もしかすればそれ以上に、キリトには深い友情を感じているが、あくまでもこれはブラフだ。アスナに至ってはマジでその可能性もあるが、俺はシステム上に設定されたスキルによって麻痺毒を無効化したわけだし…。

 俺達の言葉を聞いたヒースクリフは、驚き顔をようやく抑え、その顔をいつもの仏頂面に戻すと、言葉を放った。

 

 ヒースクリフ「……では、わたしは紅玉宮へと戻らせてもらうよ。…キリト君、この悔しさをバネにして、是非とも第百層まで駆け登ってき給え」

 

 そう言い残してその場を去ろうとしたヒースクリフに、俺は一声かける。

 

 アルファ「待てよ、ヒースクリフ。…お前、アルゲードで飯食った時、俺に開発陣の一人だとか言って誤魔化し入れてただろ。そのお詫びとして、俺ともゲームクリアを賭けて闘えよ」

 

 キリト「おい!アルファ!俺の二の舞踏むつもりか!?」

 

 ヒースクリフ「…個人的には、心裡留保に引っ掛かる者も悪いとは思うが…まぁ、いいだろう。勇者代行としては少々心許ないが、勇者を殺さない魔王というのも可笑しな話ではあるからな。今ここでキリト君を殺す代わりに、アルファ君、君を殺すことにしよう。そのついでに、君とも闘ってあげようじゃないか。無論、条件と報酬はキリト君との戦闘と全く同じもので、な」

 

 ヒースクリフはそう言うと、再びこちらに身体を向け、管理者用のシステムウインドウを弄る。すると俺の体力が一気にレッドゾーンにまで落ち込み、それはまるで、初撃決着モードを想起させた。

 …だがこの状態では、神聖剣と初めて対峙する、なんのユニークスキルも持たない俺の勝率は低いだろう。それに、俺もヒースクリフもお互いの剣を知らないわけだし、ヒースクリフからしてみても、初撃で決着というのは些か物足りないはずだ。

 

 アルファ「…なぁ、ヒースクリフ。お互いに体力が半分の状態から始めないか?…なんだ、それとも魔王様ってのは、そんなに器がデカくないのか?」

 

 ヒースクリフ「君は私には勝てない。だが、せめてもの温情だ。君の意見を取り入れようじゃないか」

 

 アルファ「…どうも」

 

 俺の安い挑発が気に喰わなかったのか、ヒースクリフは片眉を上げてから、俺の提案に応じた。お互いの体力が半分の所で固定される。遂に俺達は、第二ラウンドを開幕するために、お互いに武器を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 キリト君のカッコイイ所を出来るだけ尊重しつつも、アルファ君にも頑張ってもらいましょうということで、今回はここでお終いです。

 次回の投稿日は、明日の日曜日となります。

 では、また第97話でお会いしましょう!
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