キーンコーンカーンコーン。
聞き慣れたチャイムが学校中に鳴り響いた。
だが、授業は終わらない。どうやら数学担当の先生としては、この微分積分の応用問題についての解説は終わらせておきたいらしい。席に座る三十人ぐらいの生徒たちも、授業が長引くことには不満を覚えつつも、そこは真面目にしっかりと、先生の解説に集中しているようだった。それから三分ほどで、先生の解説が終了し、本日の授業はこれで全てお終いだ。
号令と共に礼をしてから、既に一つ前の休み時間に荷物を纏めていた私は、すぐに教室を後にしようとする。教室のドアに辿り着くまでに、クラスメイトの数人から、「また明日!」と、羨望の色を帯びた眼差しで声を掛けられたので、彼らが望むクールビューティな自分を演じて、「また明日」と返事を返しておく。
既に放課となっていた校内では、友達とのお喋りに夢中になる学生や、部活動の準備に勤しむ学生など、それは多種多様であったが、私は校門を…いや、最寄り駅を目指して一直線に足を進めていた。
今すぐにでも駅まで走って行きたい程気持ちは逸っているが、どうせ、先発は五分前に出た。次発はその十分後なのだから、焦っても仕方がない。
今日は一月二十日、月曜日である。ホームから電車に乗り込むも、この時間帯は、私と同じように部活動に所属していない学生達の帰宅ラッシュに該当する。朝よりはマシだが、それでもぎゅうぎゅうに詰まった車内で吊革を持ち、私は電車に揺られ始めた。
…帰宅部は基本的に、放課後にはバイトに向かったり、友達と何処かへ遊びに向かったり、将又、塾に通い詰めたりするのだろう。だが、私はそれらに該当しないタイプの人間だ。
何処に寄り道をすることもなく、我が家の最寄り駅まで帰って来て、駐輪場に止めてあった自転車に急ぎ足で乗り込み、ようやく家に帰ってきた。家鍵を取り出し玄関を開けて、「只今」と声を掛けてみるも、やはり、家から誰の返事が聞こえてくるわけでもない。
両親は共働きで、帰って来るのは夜遅くなのだから。…別に、それが寂しいとか、そんなことを思うような年齢は、もうとっくに終わっている。
玄関で靴を脱いだ私は、そのままうがい手洗いをして、制服からラフな格好へと着替えてから、自室に足を踏み入れた。机の上には、メタリックカラーの薄い円環型の機械が置かれている。いつも通りそれを手に取って、ベッドに横たわり、剣と魔法の世界へと旅立とうとしたその時だ。不意に、本来の用途とは異なるが、本棚に数多と敷き詰められた、ハードごとに分けられたゲームカセットのパッケージが一つ、私の目に映った。
……それは<ソード・アート・オンライン>。本来ならば私は、その一万人の中の一人として、その世界に閉じ込められるはずだった。しかしあろうことか、そのリリース前日にナーヴギア自体が故障してしまい、ナーヴギアを修理に出していたせいで、SAO事件に巻き込まれることが無かったのだ。
あの時ばかりは、ハードのメンテナンスチェックを怠った自分を嫌という程責めたものである。…まぁ、ベーターテスターとして応募し、そして見事それに当選して、一カ月の間あの世界に入り浸っていたような重度のゲーマーである私ならば、必ずリリース開始時一分以内に、SAOの世界へと飛び立っていたのだろうから、これは幸運なる不運だったとも言える。
SAO事件が起こってしまったせいで、私の手元にナーヴギアが帰ってくることは当然なく、その代わりに手元に届いたのはその時価であったのだが、一万本しか存在しないゲームカセットだけは、未だに手元に残っていた。勿論、総務省SAO事件対策本部という、事件が起こってすぐに結成された政府機関にゲームカセットを引き渡すようお願いされたのだが、私はそれをキッパリと断ってしまったのだ。
……その根幹にある理由は、今でも自分自身でさえ分かっていない…だけど、なんとなく、その意味を理解できないわけではなかった。
──お前が、SAO事件を忘れることなど、決して許されない。
「……」
思い出すのは、中学時代。
唯一私と仲良くしてくれていた、栗色の髪を靡かせた少女。
遠い昔のトラウマのせいで、他者との距離を詰めるのが苦手になってしまった私に、彼女は手を差し伸べてくれた。
私が一番大好きなゲームという趣味を、私の卓越した技術を惜しげもなく披露しても尚、彼女は変わらず受け入れてくれた。自分の趣味を誰かと共有できる毎日が、楽しかった。
…だが、それを壊してしまったのは、SAOリリースの前日に、彼女と私が交わした会話なのだと、私は今もそう信じて疑わない。
──略称SAO。ねぇ、一緒にやってみない?…こっちでも、明日奈に会ってみたいな。
きっと、彼女がSAOに手を出したのは、この言葉のせいなのだろう。彼女は、私と仲良くなる以前は、ゲームになんて全く興味を示さない子だった。親からの過度な期待とプレッシャーに、いつの日か押し潰されてしまうであろう、そんな危うさを孕んでいる子であった。
……もし、私が彼女をSAOに誘わなければ、きっと彼女はナーヴギアを被ることも無かったはずだ。その事実を知ったのは、事件が起こった翌日の月曜日。いつも通り学校へと向かった私は、SHRにて担任の先生から、彼女が事件に巻き込まれたことを知らされた時だ。その瞬間、私は無論、途方もない罪悪感に駆られた。
……どうして、彼女にSAOを紹介してしまったのか。どうして、彼女がわたしに会いに行く為に、SAOに手を出すことを予想して事前に、「ナーヴギアが故障したから、リリース日には行けないかも」と彼女に何げなく連絡しなかったのか。
…いや、そもそもどうして、彼女にゲームなどというものを教えてしまったのか。彼女にゲームの面白さを伝えようとしたのは、彼女の息抜きの為だけではなく、寧ろ自分の遊び相手を創り出そうとした傲慢から由来したのではないか。様々な後悔が、当時の私の脳裏を駆け巡った。
そしてその日の昼休み。私はチラリとネットニュースを確認した。すると、その事件のせいで既に何百人という死者が新たに発生していることが、どのサイトでも報道されていた。それを見た私は……そう、恐怖を感じていたのだ。
そしてその日の放課後、私は珍しく、クラスメイトに呼び止められた。
──深澄さん。良かったら、結城さんのお見舞いに行きませんか?
………結局、私は、それを断った。
……彼女が、私のせいでSAO事件に巻き込まれてしまったことは、重々承知だった。…だからこそ、私は恐れたのだ。もし、お見舞いに訪れた最中に、彼女が死んでしまったら…?
……私は、臆病だ。彼女が死んでしまうその瞬間を見たくなくて、私はお見舞いにすら行かなかった。まさに、友に対する裏切り行為だと言えよう。そんな自分の不甲斐なさと、胸を抉り続ける後悔が、その戒めとして、ゲームカセットを持ち続ける理由なのかもしれない。
…とうとう、私が高校受験を終え、次なる進路へと駒を進めた時、彼女は未だに眠り続けているままだったらしい。一度もお見舞いに行けなかった私は、彼女が仲良くしていたクラスメイトが話す内容を盗み聞きするぐらいでしか、それを把握出来なかった。
…それから、彼女がどうなったのかは、知らない。生きているのかも、死んでいるのかも、未だに知らないままだ。もし、生きているのならば、SAO事件が解決された現在、彼女はどんな日々を過ごしているのだろうか。確実に、陽の光の当たるエリートコースを歩んでいくはずだった彼女は、人生を台無しにしてしまって、どんな気持ちなのだろうか。
「…はぁ…」
もうそろそろ、後悔をするふりは終わりにしよう。本当に後悔しているというのならば、私はSAOと同じジャンルのVRMMOを始めようなどとは、思わないはずなのだから。
…私は深くため息をついて、自虐を挟んでから、ナーヴギアの後継機であるアミュスフィアを掴み、それを頭に装着して、ベッドに横たわった。
そして、もう一人の自分を演じるための、魔法の言葉を唱える。
「…リンク・スタート」
────────────────
アルファ「…」
…ここは一体、何処なのだろうか。神代さんに、ALOの世界へと転移してもらったはいいものの、俺は一人、湖沼のような、湿原のような…兎に角、湿地帯らしきフィールドのど真ん中に出現した。
空は綺麗な夕焼け色をしており、ユウキと過ごしたあの最後の時を想起させてくれる。たっぷり十秒ほど思考を放棄した俺は、思い付いたように、神代さんが作ってくれたこの世界に関する薄っぺらい辞書を開けた。
──多分、この攻略本の中に、俺の現在地に関する情報が……
…記載されていなかった。なんでだよ!?とツッコミたい気持ちで一杯になったが、まぁ、神代さんも、キーカードを創り出すので忙しかったのだろう。こればかりは仕方がない。
なので気を取り直して、神代さんが見繕ってくれたらしい装備を確認してみる。アイテムストレージには…両手剣、片手剣、刀、ランス、がそれぞれ一本ずつ。そして、軽金属装備が一つに、投げナイフが十数本…。なるほど、武器が色々あるのは俺としては嬉しいが、投げナイフがちょっとばかり少ないのと…。
アルファ「軽金属装備か…」
ボソリとそう呟きながら、俺は青色をした軽めのチェストプレートを装備してみたが…やはり、この二年間革装備オンリーで世界を生き抜いてきた俺には、このゴツゴツとした感覚が、少々身体を動かしにくく感じてしまう。
…まぁこれなら、初期装備っぽい革装備の方がパフォーマンスが向上しそうだな…と、俺は初期装備に装備変更を行ってから、少し小さめの両手剣を背中背負って、刃渡りの長い刀を腰に帯刀し、ポケットやズボンに投げナイフを数本隠し持ち、装備を整えた。
…この世界にやって来てから分かったことなのだが、どうやらALOの世界では、メニューウインドウを開くためには左手を使う必要があるようだ。元々左利きの俺としては、SAOの時のように、右手でストレージを素早く開く、という持ち味の一つを奪われたわけだ。
…というか、そろそろ湿地帯で立ち往生して数分経過するが、プレイヤーは兎も角、モンスターまで出現しないとは、少しばかりおかしくは無いだろうか?
アルファ「…移動、するか…」
いつまでもここで立ち止まっていても仕方がないかと、俺は湿地帯の前方にある林へと足を進め始めた。パチャリ、パチャリと浅い水溜りを踏みしめる音が、辺りに響く。勿論、周囲の警戒は怠らないが、モンスターが出現する気配も感じられない。
……ソロでフィールドを歩くのは、もう随分と久しぶりのことだが、やっぱり、隣にはユウキが居て欲しいものである。彼女が居るだけで、ただフィールドを歩くだけの作業も、キラキラと色づいたように愉しいものに感じていたのだろう。
彼女がここに居ない哀愁を感じながらも、俺がフィールドを歩いていると、ふと、水面に映った自分の姿を目にして、足を止める。
アルファ「…マジで、SAOの時と変わらねぇな…」
水面に映る俺の姿は、神代さんからの事前説明通り、骨格、顔つき、身長など、その全てがSAOの時のものとほとんど変わらなかった。しかし、少しSAOの時と違うのは、眼と髪の色が透き通るような銀色であることと、耳が妖精のように尖っているという二点だろう。
SAOの世界に居た時には、俺もユウキも髪染めアイテムを使ったことが無かったので、これでちょっとばかりはイメチェンになっていたりするだろうか。
…そう言えば、神代さんの攻略本には、種族の名前とかは書かれていたけど、肝心の見た目が不明のままだな…俺は、どの種族なのだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、遂に湿地帯の林エリアに到達したわけで、それを示すように、辺りからは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
アルファ「…ん?」
鳥のさえずり以外にも、何か音が聞こえる気が…。
それは何処か、懐かしいもののような気がして、俺は少しばかり真面目に集中して、その音を拾おうと努力してみる。すると俺の耳には、ガキンッ!ギンッ!と剣と剣がぶつかり合うような、そんな音情報が入って来ていた。
…誰かがモンスターと交戦しているのだろうか。ちょうど、ここから世界樹へと至るにはどちらへ向かって行けばいいのか、それを疑問に思っていたので、その誰かに訊ねてみるようと結論付け、俺はゆっくりと、そちらへ向かって行った。
────────────────
「…」
魔法の呪文を唱え終え、幾つかの接続段階を終了すると、私は簡素な部屋の中で、意識を覚醒させた。
私が今いる場所は、央都アルンへと続く道のりの途中にある、虹の谷から少し離れた、スプリガン領地寄りのウンディーネ領に属する湿原地帯…その中にある中立都市<カッタル>の、宿屋の一室だ。
現在私は、質の良い武器を求めてレプラコーンの領地を目指しており、今はその旅の途中という訳である。ふと、受信メッセージを確認すると、この世界で知り合った極数人の仲間たちに、「今日狩りにでも行かないか?」と誘われていたりしたが、生憎今はレプラコーン領を目指している。「また機会があれば頼む」と返信しておき、私は宿を後にした。
私は基本的に、単独行動を取ることの方が多い。……それは、単に一人行動が好きなのか。それとも、仮想世界という仮面を一枚も二枚も被ろうとも、誤魔化し切れない程他者との距離を詰めるのが苦手になってしまったのか…。
空は夕焼けに包まれており、これは良いタイミングでログインできた、と私は、少しばかりそれを嬉しく思う。心許なかったポーション類を街の商店で買い足して、いざ街を出発する。出来れば今日ログアウトするまでに、スプリガン領の端までは進みたいところだ。
街を出ると一転、最早私は要らぬことは考えず、辺りに注意を張り巡らせながら、移動を開始した。移動中にも、コウノトリを巨大化及び狂暴化させたようなモンスターとエンカウントすることはあったが、自慢の鎌捌きで葬り去っておく。
そして、移動開始から約四十分後、細かく言えば、ウンディーネ領の終わりを示す林エリアに突入して約五分後だ。突如、私の左後ろの茂みから、嫌な気配を感じた。
──誰かが、私の後を付けてる…
そんな雰囲気を感じるも、私の索敵スキルには、何も引っ掛かっていない。
…少しばかり魔法の威力は落ちるけど、トレーシング・サーチャーを召喚すべきだろうか…。そう思った私だったが、その茂みから視線を二つ感じ取ったことで、魔法を詠唱するという判断を却下する。
嫌な予感や誰かの視線など、そんなものは仮想世界では有り得ないと考える者もいるらしいが、その一方で、第六感のようなこの超感覚を肯定する者も多く、この議論に終止符が打たれることは無いのだろう。
当の私も、こうして相手の視線で気配を感じ取っている以上、肯定派に名乗りを上げさせてもらう。二人で一人のプレイヤーを監視しているということは…それすなわち、PKのタイミングを狙っているのだと言っているようなものだ。
私は、彼らにそれを悟られないように、あくまで知らぬ振りをしながら、しかし唐突に、その茂みに向かって鎌を薙いだ。
「なぁ!?」
「チッ!」
慌てて茂みから飛び出した彼らは、どちらもウンディーネだ。こちらにPKを仕掛けるつもりだったろうに、よもや相手から先制攻撃を加えられるとは思わなかったのか、二人の水妖精はそれに反応出来ず、私の鎌による痛恨の一撃を喰らった。
息をつく暇もなく、私が立て続けに鎌を振るい、その内の一人のHPを削り切った。…想像以上に、弱い。この程度で私に勝てるとでも思ったのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、私はもう一人のプレイヤーに攻撃を仕掛けようとしたその時だ。私の背後から、二つの爆発音が響いた。それは辺りに濃霧を生み出し、直後、水の刃がわたしの右ふくらはぎを抉る。
…さっきの二人は、陽動!?
濃霧に覆われたせいで周囲の状況が把握できない中、次々と飛び交ってくる水の刃を躱しながら時間稼ぎをし続けると、ようやく濃霧が晴れ渡った。
…敵の数は、さっきの水妖精を合わせて四人…全員、ウンディーネだ。圧倒的に人数不利のハンディキャップがあるこの状態で、回復魔法を得意とするウンディーネ四人を倒し切れるかと問われると、それはほぼ不可能なのだろう。
私が危機的状況に焦りと緊張感を募らせていると、そのリーダーらしき人物が、私に一つ提案をしてきた。
「命が惜しければ、全ユルドをここに置いて行け、何も、こっちはわざわざアンタを殺してまで、装備を奪おうって訳じゃないんだ。金さえあればそれでいい」
「…それは無理な相談だ。今からユルドが大量に必要なもんでな…」
ここALOの世界では、通貨をユルドと称しており、要するに彼らは、私に対して大金を犠牲に、命を保証してやると、そう言っているのだ。
この世界ではデスペナルティとして、死亡時に非装備のアイテムの三十%がランダムに奪取されるという仕様がある為、この提案は追い詰められた鼠である私には、実に魅力的なものに見えるだろう。だが、私はメインアーム更新という二十万ユルドほども掛かるイベントが待っているのだ。
ならばユルドを全額渡すよりも、ここで潔く散った方が、これまでの旅路がやり直しにはなるが、まだマシな結果となるだろう。私は彼らに対してそう強気に言い返すと、彼らは憐れむような眼を向けてきた。
「…馬鹿な奴だ。大人しく従っておけば良かったものを!」
「ッ!!」
そう言い終えた彼らは、素早く私を包囲した。
…まだ、日は落ちないの!?チラリと空を見やるも、夜が訪れるまでにはあと十五分ぐらい掛かるだろうといった具合だ。それを見て、どうやらこの戦闘は90%以上の確率で私の敗北に終わるだろうことを予感した。
何故、私がこうも夜を待ち望んでいるかというと、それは単純な話で、私の選んだ種族が闇妖精インプであるからだ。闇妖精は、その名の通り闇の中での戦闘を得手としていて、闇中ではステータスや飛行速度にもバフが掛かる。
なので、洞窟内や夜間に置いてインプには手を出さない方が良い、というのがこの世界の常識なのだ。がしかし、そんな闇の中では負けなしのインプにも勿論弱点は存在し、それが、日中にはステータスに若干の減少が生じ、この世界の醍醐味でもある飛行さえままならなくなってしまうという点だ。
無論、マナを消費して魔法を使用すれば、辺りに暗闇を創り出す魔法も使えるのだが、接近戦ではなく魔法を活用した遠距離戦がセオリーのウンディーネ達には、その効果が薄いだろう。
案の定、私が発動できる魔法の圏外に彼らは陣取っており、そこから容赦なく水魔法が降り注がれた。ウンディーネの魔法は、攻撃よりも回復に焦点が置かれているため、その一撃一撃の火力はサラマンダー程ではない。しかしそれでも弱化状態のインプ相手にならば、それは十分な火力として機能している。
……どうせ、この戦いに私は勝てない。ならばもう、全てを諦めて死んでしまえばそれで良いのかもしれない。だが、私の中に燃えるゲーム魂はそれを拒み、せめて一人でも多く道連れにしてやろうと、私は一人に狙いを定めた。
「し、しまった──」
私は周囲を闇に包み込む魔法を詠唱しながら、標的に決めた一人に急接近し、同時に魔法を発動させた。やはり一人一人のPKスキルは低いのか、味方の援護により闇払いの魔法を使用される前に、その一人を撃破する。
しかしそのタイミングで闇は拡散し、私はそこから伸びてきた水の蔓に捕らえられてしまった。続けて放たれたウォーターアローが、私のアバターの腕を貫く。体力は既に瀕死状態で、相手の数は三、体力も満タンと、最早勝負は決したも同然だった。
そしてまさに、リーダーが私の動きを拘束している間に、その両脇に控えた二人のウンディーネが止めの魔法攻撃を放とうとしたその時──
「──イースヤ・モンパモクニ──ぐほぉッ!?」
──突如、茂みから「何か」が飛び出したかと思うと、コンマ一秒後には、魔法を詠唱していた水妖精が大きく吹っ飛び、その次に、その「何か」を追うように、突風が走った。
私がそちらへと目を動かすと、完璧なるフォームで膝蹴りをぶち込んだのであろう人物が、そこに佇んでいた。自ら生み出した突風により輝く銀髪を靡かせるその姿は、まるで彼こそが、真の妖精たる存在なのだと、そう思わされるほどの気高き美しさを孕んでいるように見える。
膝蹴りを直撃したウンディーネは、体力は残っているものの、精神的にダウンしており、私を含む残り四人も、彼を見て呆けるばかりだ。
すると彼は、私に目配せしてから、口を開いた。
「アンタらに恨みは無いけど、俺はコイツに用があるんだ。サッサとこの場は引いて欲しいんだけど…どうだ?」
彼の声は少し幼げな見た目の通り、若干高めではあるが、それが男性の出す声に近いことから、彼がこの世界では男性であることを、確信を持って把握する。もし、声が女性らしいものであったのならば、彼を女性だと捉える人が居ても、おかしくはないだろう。
彼が率直にそう言うと、リーダー格のウンディーネは、暫し悩む姿勢を見せたが、隣のウンディーネは憤慨した様子で彼を指差す。
「テメェ!横取りだなんていけすかねぇことしやがって!!ぶっ殺してやる!!」
「…来いよ」
完全に頭に血が上ったウンディーネに対して、彼は冷静ながらも相手を煽るように手招きすると、ウンディーネは大きく背を逸らした曲刀を抜刀し、彼に向かって勢い良く突っ込んでいった。
対する彼は、私のような闇妖精や土妖精などに多く見られる巨人型アバターを基準で考えると、普通の両手剣よりは一回りほど小さい、しかしそれでも彼からすれば、少しばかり大き過ぎるだろう両手剣を背中から引き抜く。
だが、彼はあろうことか剣を一切使わず、その身を捻り動かすだけで、ウンディーネの猛攻を躱し続けた。そしてカウンターの要領でウンディーネに腹パンを打ち込み、あっという間に水妖精に膝をつかせてしまう。
「ガァッ…!?」
「おいお前ら、俺はもう一回だけ言うぞ。サッサとこの場から退け」
「…解った。この場は撤退させてもらう。そうすれば、俺達に危害を加えるつもりは無いんだな?」
「あぁ、そうだ」
リーダー格のウンディーネは、長考の末に彼の提案を受け入れることにしたようで、生き残った残りの二人を連れて、ウンディーネ領を目指して歩いて行った。
彼に激昂し、呆気なくあしらわれたウンディーネは、恨めしそうに彼を睨みつけていたが、その張本人である彼は、何食わぬ顔でその様子を眺めている。
その時になって、ようやく世界には夜の帳が降り始め、これならばあの三人をPK出来るだろうと思ったのだが、まずはその前に彼にお礼を言うべきかと思い、私はそちらへ向き直ったのだった。
はい、ということで、満を持してのミトの登場となります!
それに伴い、これから描かれるALOでの世界は、ミトが主役?っぽくなってくるのかもしれません。
ミトの過去や経歴、性格などにはあまり手を加えず、元ベータテスターという点も変わりませんが、筆者の描く物語の上では、ミトはSAOには囚われておりません。
まあそれ以外に、ミトに関して映画とは大きく違うところが一点ございますが、それは…もう既に、聡明なる読者様であればお気づきかもしれません。今、筆者が敢えてそれを述べることは致しません。
つまりは、これから始まる物語は、ALO編の皮を被ったミト編ということです!
次回の投稿日は、十二月二十五日の土曜日となります。
では、また次回でお会いしましょう!