輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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各ヒロインと出会うまでの話です。

次の話以降から分岐します。


プロローグ

「ふぁ……」

 

 青い髪はボサボサで、虚ろな眼はやや睨みをきかせているようにも見える。青年はむくりと上体を起こして時計を見る。

 

 部屋の壁に描けている時計は既に十時を差している。本当であれば学生である彼は横にある制服を着てとっくに登校していなければならない時間だ。しかし特に気にすることなくゆっくりと着替えをする。無造作に放ってある空っぽの鞄を持ち、部屋を出て階段を降りる。

 

 

 輝日東高校二年生の岡崎朋也は怠惰な生活を送っていた。遅刻の常習犯。授業に出ない。夜遅くまで街をふらつく。そんな生活を繰り返しているせいか、他の生徒からは不良と呼ばれるようになっていた。

 

 やりたいこともない俺は、ただ通っているだけ。この先どうなるか、どうなりたいか等を考える気力も無く過ごしている。将来の事なんて、今はとても考えられない。

 

 リビングに降りてみたが、テーブルに朝食のパンがいくつか置かれているのみだった。適当に2つほど選んで食べる。

 

 (この店のパン、美味しいけどたまにとんでもないハズレがあるんだよな……)

 

 先月選んだパンに煎餅が入っていた時はかなり最悪だった。店名は確か古なんとかパンだったが、一度聞いただけだったので忘れてしまった。場所もわからないし、俺が直接行くことは無いと思う。

 

 (起きたときに誰もいない事にもすっかり慣れちまったな……)

 

 うちは俺と美也、……親父の三人家族だ。

 

 妹の美也は一つ下の妹で、俺と同じ学校に通っている。無気力な俺とは違って遅刻せずに朝から登校していて、交遊関係もそつなくこなしているらしい。母親は、俺が物心付く前に亡くなってしまっている。薄情な話だけど、俺も美也も顔をあまり覚えていないために悲しさを引き摺っていたりはしない。親父は単身赴任のため普段から家にいない。俺が高校生になってからは一度も顔を会わせていない。……訳あって会わせたくも無いのだけれど。

 

(面倒だけど……そろそろ行くか)

 

 玄関のドアに手をかけゆっくりと開けると、突き刺すような冷たい風が家に入り込んでくる。うんざりしながらも家の鍵を閉めて、重い足取りで今日も学校へと歩き始める。

 

 

 雪でも振りだしそうな曇り空、しんとした空気の中で通学路を一人歩く。

 

 「……寒みぃ」

 

 ふと呟くと俺の吐く息が白くなっていることに気づく。寒さによってただでさえ少なかった学校に行く気が更に薄れてくる。

 

(諦めて引き返して……いや、美也にまた怒られそうだな)

 

 先週学校に行かなかった時、何故か美也にバレていたのだ。先生の情報網で妹である美也に伝わってしまうらしい。今日サボるとまた機嫌を損ねられてしまうのでサボりは諦めることにした。

 

 一人で歩いていると周囲から少しだが目線が集まる。この時間に通学路を制服で歩いているやつなんか俺ぐらいだろうから仕方ない。最初のころはむず痒い気分になっていたが、2年になってからは気にする事も無くなっていた。

 

 

 わざと歩くペースを遅くするという小さな抵抗も虚しく学校に到着した。正門から見える大きな時計は十一時を指している。完全に遅刻であるが、今更焦って教室に走ろうという気も勿論起きない。授業中で静かになっている校舎に入り、休み時間になったタイミングを見計らって自分の教室に入る。席は窓際の一番後ろで、途中から入っても数人こちらを少し見てくる程度なので割りと気に入っている。

 

(あいつはまだ来てないか……また昼頃に来るのだろうか)

 

 隣の空席を見て、俺の数少ない知り合いの事を思い出す。この学校で珍しく俺よりもぐうたらなやつがいるのである。暇潰しに丁度良い話し相手、というよりかはイジり相手の方が俺としては合っている。

 

 なんて事を考えながら自分の席につくと、前の席の女子がこちらに身体を向けてきた。

 

 

「またこんな時間に登校して、だらしないわねー」

 

 棚町薫、いつからだったか忘れたが気がつくと話すようになっていた。真面目な生徒が多いこのクラスの中では珍しく気が合うやつだ。俺が遅刻するたびにいじってくるので、気づけば互いに遠慮や気遣いがいらないほどの仲になった。今日も同じように気の抜けたやりとりから始まる。

 

「あんたいっつも遅刻してるけど、そろそろ進級怪しいんじゃないの?」

「俺は寒さに特別弱くてな、朝は布団から出ようとすると意識を失ってしまう体質なんだ」

「それ二度寝してるだけでしょ……、体質じゃなくてあんたがだらしないだけよ」

「俺は既に早起きできないと諦めたんだ。諦めは肝心だぞ」

「通学の時間で諦めるのは軟弱過ぎるわよ……」

 

 周囲から不良と避けられている俺に対してこれ程に遠慮無く言葉をぶつけてくる相手は希少だ。話していて退屈はしないのでこうしてちょくちょく話をする仲である。棚町に呆れられながらも話していると、昼頃に来ると思っていた隣の奴が教室に入ってきた。

 

「いつもより早かったな……また昼ぐらいに来るかと思ってたぞ」

「早いって……遅刻は遅刻でしょうが」

 

 まだ眠いのだろうか、短めの金髪を揺らしながらふらふらの状態で席まで歩いてくる。

 

「今日は昼登校じゃないんだな」

「あぁ……登校する理由ができちゃったからね……」

 

 先ほど思い返した知り合いである春原陽平は、俺の隣の空席にドスッと腰かけた。とある理由で意気投合してたまに遊びに行ったりする仲である。しかしいつも俺と同じようにだらだらと日々を過ごしている春原だが、今日はどこか雰囲気が違う。春原を駆り立てる何かがあるように見えるため、理由を聞いてみることにする。

 

「なんかあるのか?」

「ほら、そろそろクリスマスだからさ」

「いや説明になってないぞ」

 

 思わせぶりな言い方をしてくるが、クリスマスだからと言われても何も伝わってこない。去年のクリスマスはお互いだらけていて学校と結びつける理由が無い。

 

「ふっ、お前はまだまだおこちゃまだねぇ」

「……おこちゃまが突然人をぶん殴っても仕方ないよな?」

「嘘ですすんません」

「あ、殴るときは私も参加するからよろしく」

「あんたはおこちゃまとかじゃなくただ殴りたいだけですよね!?」

 

 この三人でこんなやりとりをするのも恒例になっていた。春原のボケに俺が悪ノリをして、そこに棚町も乗っかってくる。そして春原が犠牲になるところまでがワンセットだ。

 

「しっかしクリスマスねー……あ、もしかして」

「何か思い当たるのか?」

「クリスマスまでに彼女を作るため……とか?」

 

 そう答えるとさっきまでふらふらだった春原が勢い良く顔を上げて髪を掻き上げる仕草をしてみせた。

 

「そう! 僕はもうこれ以上寂しい夜を過ごすわけにはいかないんだ!」

「あー、こいつと思考回路が同じなんて吐き気がするわ……」

「何でだよ!?」

 

 お調子者が思い付きそうな話だったためにガクッと肩を落とした。頭を抱える棚町と思いきりツッコミを入れる春原を、呆れながら傍観する。

 

 この学校の生徒はやけに恋愛話が盛り上げられる節がある。興味が無くてもそう言った話が嫌でも耳に入ってくるほどだ。下校中の光景、クラスの会話、隣の噂好きの金髪。最後のは黙らせれば良いが他は防ぎようが無い。

 

「……なんか物騒なこと考えてない?」

「気のせいだ」

 

 噂話の中には春原から何度も話を聞くせいで何となく印象に残るものもいくつかあった。

 告白してくる男子生徒を五十人斬りしてる三年生。

 真面目で皆に慕われているというクラス委員長。

 自由奔放で悪女とも呼ばれてる目の前のやつ。

 やけにおどおどしている社長令嬢の一年生。

 クールで掴み所の無い水泳部の一年生。

 天然でドジっ子な茶道部の二年生。

 ……個性が強いと感じてつい耳に残ってしまったモノたちだ。

 

 これまでに聞いた事を思い返してみたが、俺には縁の無い話だ。そもそも恋愛についてあまり考えたことも無いし、色恋沙汰に浮かれるような気分にもならない。少なくとも春原ほど浮かれるような事にはならないだろう。自分には関係無さそうだと割りきったところで、春原は既に彼女を得たかのように得意気になっていた。

 

「まあ岡崎には悪いけど、僕は彼女と楽しいクリスマスを過ごさせて貰うよ」

「その自信はどこから来るのよ……」

「今のうちに僕へのお祝いを考えておくのをおすすめするよっ!」

 

 自信満々に親指を立ててアピールしてきた。別にこいつに彼女が出来た所で俺には関係ないのだが、なんだか癪だ。

 

「ああ、春原の彼女には祝いの気持ちを込めた藁人形を贈ってやるからな」

「何で藁人形!? 僕の彼女にそんな趣味はねぇよ!」

「まだいないだろ……」

 

 春原の脳内には既に妄想彼女が出来上がっていて、もう彼女がいる気分になっているようだ。同じように察した棚町が俺の冗談に乗っかってくる。

 

「それなら私も祝いの気持ちで五寸釘贈っとくから」

「春原の顔写真も付けておくな」

「あんたらそれ祝いじゃなくて呪いですよねぇ!?」

 

 冗談の意図に気づかれてしまっこいつ呪いの字知ってるんだな……と内心馬鹿にしつつ、春原の肩を叩いてフォローを入れる。

 

「安心しろ春原、お前の彼女だったらきっと喜んで使ってくれるぞ!」

「使っちゃうのかよ!何も安心できねぇよ!」

 

 そこで授業開始のチャイムがなる。俺や春原は周囲からは不良と思われているが、流石に授業の邪魔になるようなことはしない。

 

「それじゃ、昼休みになったら起こしてくれ」

「僕のほうもよろしくー……」

「あんた達ホント何しに来たのよ……ってもう寝てるし」

 

 だからこうして大人しく席で眠る。この三人で話すときはいつもこんな調子だ。呆れる教師の事を意にも介さず、俺は意識を手放していった。

 

 

 ……。

 

 これは、夢?

 

 誰か、いるのか?

 

 何か、話している。

 

「この学校は、好きですか?」

 

 いや、別に……。

 

「……なにもかも、変わらずにはいられないです」

 

 変わる……俺も?

 

「……それでも、……好きでいられますか?」

 

 俺は……。

 

 ……。

 

 

 

 授業中、眠りが浅かったせいか目が覚めてしまった。

 

(夢だったのか……なんだったんだ?)

 

 場所がどこで、相手が誰だったかが朧気で良く覚えていないが、あの少女とのやりとりの真意はわからないけれど、何故か心に強く引っ掛かっている。その後は夢の中での問いかけのことで頭が一杯になり、もう一度眠る気分にはなれなかった。授業を聴く気も起きないのでふと窓の外を見やる。外から入ってくる身の凍るような冷たい風を感じながら、今朝に春原が言っていた事を思い出す。

 

(クリスマスまでに彼女……ね)

 

 もし……自分に彼女が出来たとしたら。彼女にしたいと思えるような相手と出会うのだろうか。かつてやりたいことも失い、宛ても無く彷徨っている俺に、そんな機会は訪れるのだろうか。

 

 いつか何かが変わるのだろうか。変わる日が来るのだろうか。

 

(はぁ……わかんね)

 

 どれだけ問いかけを積み重ねても、答えは返ってこない。無意味さを感じた俺は、これ以上考えないようにと考えないよう抑え込んだ。けれど俺は、心のどこかで自分を変えてくれるような出来事を求めていたのかもしれない。

 

 

 学校の近くには学生寮がある。実家が学校から遠い学生にとってはありがたい設備と言えるだろう。やや年季は入っているものの、管理が行き届いているからか清潔に保たれている。

 

「……この部屋以外は、だけどな」

「急になんだよ……」

「いや、なんでも」

「気になるっての……」

 

 そんな寮で春原は部屋のベッドに、俺は炬燵に入ってだらだらとしている。放課後になると、俺は家に帰らず、春原の部屋に潜り込むのが日常になっていた。家にまっすぐ帰る気が起きないため、大抵ここで時間を潰している。

 

「そういや岡崎、毎度うちに来てるけど美也ちゃんから何か言われたりしないの?」

「いや、特に何も言われないぞ。兄妹でそんなにこまめに連絡する事も無いだろ」

「そう?うちはしょっちゅう小言の電話かけて来るから面倒なんだよねー」

「ああ、確かお前も妹いるんだったな」

 

 名前は一度だけ聞いたが……芽衣ちゃん、だった気がする。春原の妹というのが、どうもイメージがつかない。

 

「小言ってどんな感じなんだ?」

「ちゃんとご飯食べてるかーとか、風呂入ってるのかーとか。それぐらい大丈夫だっての」

「妹の心配の仕方じゃ無いだろ……」

 

 家族の形はそれぞれというやつだ。世の兄弟が皆同じような関係というわけではないだろう。

 

「次に電話かかってきたときは、確認事項に『俺に茶を出したか』を追加しとけよ」

「意味わかんねーよっ! 僕の妹に変な常識つけようとするな!」

 

 頭を使っていないような会話をしているうちに日は沈んでいく。俺は夜になる辺りで部屋を出て帰り始める。この時間は決して嫌いじゃ無いのだが、そろそろ変化が欲しいと思いながらも何も変えられずにいる。

 

 

 深夜、皆が寝静まった頃に帰宅する。美也はいつも既に寝ている時間なのでなるべく物音を立てないように動く。

 

 リビングにはラップをかけてある夜ご飯が置かれていた。うちには母親がいない分、美也が家事をこなしてくれている。このまま静かに寝る準備をしようと思っていたのだが、階段を降りてくる音が聞こえてきた。

 

「あ、にぃにおかえり。帰ってきてたんだね。」

「ああ、起こしちゃったか」

「もう、帰ってきたらただいまでしょ」

「そうだったな、ただいま」

 

 眠たそうに目を擦りながら話しかけてきた彼女が妹の美也だ。さっきまで寝ていたのか、黒のショートヘアはボサボサでパッチリとした目も半開きだ。俺が登下校や寝る時間がだらしなくなっているため、こうして顔を合わせる回数は多くない。そこまで会話が多いわけでは無いが、今も普通に話している辺り仲が悪いというわけでもない。

 

 ちなみに家では俺のことを「にぃに」と呼んでいるが、外では「お兄ちゃん」と呼ばれている。年頃の女の子になって思うところがあるのだろうか、詮索はしないでおいている。俺が着替えを終えると、時計を見た美也が俺にやれやれという目線を向けてきた。

 

「今日もこんなに遅くなってー、どこ行ってたの?」

「別にどこだっていいだろ」

「さては一人で面白いところに行ってるんじゃないのー? みゃーも連れてってほしいなー」

「夜道は危ないぞ」

「毎晩遅くまで出歩いてるにぃにに言われても説得力ありませーん」

「……痛いところをつかれたな」

「へっへーん」

 

 こんな他愛ない話をしているが、美也には相当気苦労をかけているだろう。にも関わらず文句も言わずに家のことをこなしてくれている。本当に俺と血が繋がっているとは思えない程によくできた妹だ。

 

「じゃあみゃーは寝るからねー」

「ああ、起こして悪かったな」

 

 美也は欠伸をした後、自分の部屋に戻るため階段を登り始めたのだが、少し登ったところで立ち止まってこちらに振り向く。

 

「……にぃに」

「どうした?」

 

 何かを心配しているような、そんな表情。少し考え込んだ後、言うのを止めた。

 

「ううん……何でもない、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 そういって美也は自分の部屋に戻っていった。時々美也は、俺を心配するような表情を向ける事があった。恐らく、俺と親父の仲を気にかけての事だ。

 

 中学三年の頃に親父と大喧嘩した。きっかけは本当に他愛も無いことだった。取っ組み合いになった際、右肩を痛めてしまった痛みは強かったが、病院に行こうとしなかった。一連のやりとりを近くで見ていた美也には随分嫌な思いをさせてしまった。

 

 翌日病院に行った頃には既に手遅れで、右腕が肩から上に上がらなくなってしまっていた。俺が全力を捧げたいと思っていたバスケは、もうできないと宣告されてしまった。スポーツ推薦で既に入学が決まっていた高校には、一応通わせてもらえることになった。けれど、バスケ部の部室に足を運ぶことは無かった。

 

 その日から俺と親父は他人になった。親父がそうしたのかはわからないが、高校生になった俺と一度も話すことなく単身赴任に出た。和解するという選択肢をどちらも取る気が無いと宣言したようなものだ。下校後に家へ帰りたくないのは、その日の事を思い出してしまうから。鉢合わせするようなことも無いのだが、何となく避けてしまう。

 

 美也は関係を戻して欲しいと思っているようだが、この関係が戻るとは思っていない。親父がどう思っているのかはわからないが、少なくとも俺はもう諦めている。

 

(……駄目だ、思い出すたびに気分が悪くなっちまう)

 

 思考を打ち切ってテーブルに置いてある夜食を食べ始める。静かな食卓だけど、心はざわついたままだった。

 

 

 夜食を食べて自分の部屋に入る。布団に入った時、学校で見た夢の事を思い出した。

 

「……なにもかも、変わらずにはいられないです」

 

 夢で聞かれたあの言葉。

 

「変わる日が来るんだろうか」

 

 自分の中に生まれた、あの疑問。時間が経った今もずっと心に引っ掛かっていた。この先どうなるかなんてわからない。自分の何かが変わったところなんて、まるで想像がつかない。

 

(見つけられるだろうか)

 

 心から楽しいと思えることや、嬉しいことを見つける事ができたなら。こんな怠惰な生活から抜け出して、無気力な今から変わることができるのだろうか。

 

(……今日は色々考えすぎて疲れちまったな)

 

 眠気に抗わず、部屋の電気を消して布団に潜る。あまり考えないようにと目を瞑るが、頭の隅にはさっきの言葉が残り続けていた。




次回から分岐していきます。

どういう順番で更新していくかは、文中で何となく察してもらえたらと思います。
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