輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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「創設祭の準備が間に合わなさそう?」

「そう、このままだとね」

 

 昼休みの職員室、俺は先生の愚痴……もとい相談を受けていた。今日の遅刻について何か言われるかと思っていたので、体の力が少し緩んだ。とはいえ今の話しは聞き流せない。隣で作業していたが、そんな状況だとは聞いていなかった。

 

「それ、絢辻には言ったんですか?」

「もちろん言ってあるわ。絢辻さん自身もわかってはいるみたいなんだけどね」

 

 ここ数日の絢辻からは全く話しかけられない程ずっと忙しそうにしていた。今思えば前に体調を崩してしまっていたのもその予兆だったのかもしれない。

 

「でも絢辻さん、『なんとしても終わらせます!』って言って聞かないのよ」

「はあ」

「だから、君からも絢辻さんにある程度妥協してもらうよう説得してほしいのよ」

「説得ねぇ……」

 

 先生としても行事を成功させるためには絢辻に折れてもらう必要があるのだろう。しかし、俺は説得にあまり乗り気じゃない。俺の説得で、あの絢辻が意志を曲げるとも思えないのである。とはいえ、今目の前で腕を組んでいる教師には俺の卒業の権利を握られている。俺が返答に困っていると、先生が俺の両肩に両手を置いてきた。

 

「それじゃ、頼むわね!」

「え?いや、俺はまだ……」

「説得してくれたら、今日の君の遅刻は多目に見てあげるから!」

 

 それは暗に『お前に選択肢は無い』という宣告では無いだろうか。職員室に響き渡るくらいの声量で宣言されたために、周囲の教師から注目を集めてしまっていて、とても断りづらい。

 

「はぁ……了解っす」

「よろしい!あなたを信じてるわ!」

「今のやりとりの後でよくそんなこと言えたな……」

 

 肩を落とす俺の呟きは誰にも届かなかった。その日の作業中、俺は絢辻への説得のタイミングを図っていた。しかし絢辻はいつものように忙しく、話しかける事すら難しかった。やはり作業が終わって二人になったときの方が良いだろう。説得は絢辻の本音に問いかけなければ意味が無い。

 

 今日の作業が終わり、教室で絢辻と二人になる。話を切り出すなら今しか無いだろう。やはりと言うべきか、とても気が重い。俺の説得で絢辻が意見を変えるとは到底思えない。

 

「なあ、絢辻」

「えっと……あんただけか、何?」

 

 周囲に人がいないことを確認してから口を開く。

 

「作業、このままだと間に合わないって本当か?」

「はぁ、今日ずっとチラチラこっちを見てた理由はそれだったのね。あの無能女から聞いたんでしょ」

「おいおい……、その一言だけで優等生の座が一気に危うくなるぞ」

「だって仕方ないじゃない、本当に無能なんだもの。あんたも知ってるでしょう? いつもあの仕事量を押し付けてくるのはあの女なのよ!?」

「わかった、わかったから落ち着け。とりあえず本題に行かせてくれ」

 

 何か絢辻のスイッチが入ってしまいそうだったので慌てて止めた。このままでは俺の目的が果たせない。強引に話を戻させてもらうことにした。

 

「それで何? あの女から作業を減らすように説得を頼まれたってわけ?」

「もうそこまでわかってるのかよ……、なら……」

「無駄な事はしなくていいわよ。あたしは意見を曲げるつもりはないから」

「そう言うと思ったよ……」

 

 説得を頼まれた時から予想していた通りの返答だった。

 

「手伝いを募集して人を増やすのはどうなんだ?」

「それもあの女に言われたわよ。断ったけど」

「駄目なのか……」

「人が増えるとその分トラブルも起きやすくなるのよ」

「まあ、それはわからないでも無いけどさ」

「だから避けたいのよ、あたしの目的の邪魔になるわ」

 

 口調強く言った絢辻に、俺は少し違和感を覚えていた。作業を進めている時の絢辻は本当に優等生だ。何でも器用かつ柔軟に物事をこなしている。そんな絢辻が、創設祭に対しては自分がやると頑なに意地を通している。何か絢辻のなかに強い理由があるのかもしれない。

 

「なあ、創設祭ってお前にとってそんなに大事なものなのか?」

「……創設祭自体は別に大事じゃないわ」

 

 絢辻は少し迷ってから、片付けの手を止めて語り始める。

 

「あんた確か去年出てなかったのよね。どーせサボってたんでしょ」

「げ……やっぱバレてたか」

「大体わかるわよ、一人寂しくクリスマスを過ごしてたのよね」

「寂しいって決めつけるなよ……あ、そういやクリスマスなんだっけか」

「え、そこからなの……?」

 

 クリスマスなんてすっかり忘れていた。俺にとっては特別な思い出なんてなかったから。

 

「……前に話したわよね?ウサギとカメの話」

「ん?ああ、そうだったな」

 

 カメはどうやってもウサギに勝てない、という内容だったか。

 

「人は生まれた時から差がついてしまう、あたしはカメと同じ」

 

 自分は恵まれない星に生まれた、という事なのだろう。

 

「それでもあたしはね、クリスマスにやってくるサンタさんは皆に平等なんだって信じてたの」

「……」

「だけど、あたしと姉のプレゼントには優劣がついてた」

 

 サンタさんの正体は両親だったと絢辻はその時知った。貰ったプレゼントで子供は何となく気づいてしまうものだ。自分が愛されているか、自分にどれだけの価値を感じているのかがわかってしまう。

 

「だから決めたのよ。あたしの信じるサンタさんが実在しないってのなら」

 

 強い意思を宿した真っ直ぐな目で、言い切った。

 

「あたしが皆に平等なサンタさんになるのよ」

 

 俺はここまでの覚悟を持っていたことに驚いていた。だけど、このまま進んでもその覚悟は実現できない。なので説得は続ける。

 

「……そうか」

「ようやく引き下がる気になった?」

「いや、ひとつ気になることがあるんだが」

「何よ?」

 

 このまま説得しようとしてもダメなら別の手でいくことにする。

 

「サンタって、一人で全部やってるのか?」

「……はぁー?」

 

 盛大に肩を落としながら、とても呆れた目で見られてしまった。

 

「急に何を言い出すかと思えば、そんなの一人に決まって……」

「いや絢辻、よく考えてみろ」

「……何よ」

「サンタは全国の子供に平等にプレゼントを配るんだったよな」

「まあ、そうね」

「それを一晩でやるのに一人だけじゃ不可能だ、どう頑張っても間に合わない」

「それは……確かにそうだけど」

「ならできる限りサンタを増やしておかないとな。それに、全国に行き渡らせる必要があるから、各地に配置して……」

「もう掘り下げなくていいわよ!あんた結局何が言いたいのよ!?」

 

 しびれを切らした絢辻が教室の外へと響かない程度に声を荒げる。つまりだ、と俺は続ける。

 

「……絢辻、お前は今一人でサンタをやろうとしてるんだよな」

「っ!」

 

 一人でサンタの役目をするのは荷が重すぎる。だったら、サンタを増やせばいい。本来サンタは、親の数だけいるはずなのだ。

 

「だけど、あたしの気持ちはあたしにしか……」

 

 俺の言い分は理解してくれたようで、後は気持ちの問題なのだろう。

 

「俺はさ、中学の頃からサンタが来なくなったんだ」

「……?」

「親父と喧嘩しちまって、それっきりになった。美也の分は今も届いてるけどな」

「あ……」

 

 俺がクリスマスの事を忘れていた理由。それは親父との関わりを出来るだけ消したかったから。この時期に届く美也宛の包みを見ても、何も感じなくなる程に遠ざけていた。

 

「俺もサンタになる手伝いをさせてくれないか」

「っ!」

「皆に平等に分け与えるのがサンタの役目、なんだよな?」

「あんた……」

 

 サンタの荷物は袋一杯に詰め込まれていて、一人で背負うにはあまりにも重すぎる。一人でも似た境遇のやつがいて、絢辻と気持ちを合わせられる相手がいれば、少しは助けになれるのではないだろうかと思ったのだ。絢辻はしばらく考え込んでから、軽くため息をつきながら返事を口にした。

 

「わかったわよ、人を増やせばいいんでしょ」

「わかってくれたか」

「あんたの意見に乗るってのがなんか癪だったから、ずいぶん迷っちゃったわよ」

「んなワケわからんとこで悩むなよ……」

 

 我ながら変な説得だったが、受け入れて貰えて良かった。

 

「これから入ってもらう連中は、皆あたしの奴隷になってもらえばいいわ!」

 

 本当にこれで良かったのだろうか、と今の発言を聞いて軽く後悔しかけた。

 

「また倒れそうになったら止めるからな」

「じゃあ、あたしが倒れないようにあんたにバンバン作業振ってやろうかしらね」

「……お手柔らかに頼む」

「だめよ♪」

 

 清々しいまでの笑顔で恐ろしいことを言われてしまった。早まった事をしてしまったのかもしれない、と少しだけ後悔した。

 

 

 絢辻の説得という難局を乗り切った帰り道、先程の絢辻との会話をふと思い返した。俺はかなり踏み込んだことを言ってしまったような気がする。それでも、今は言いたいことを言えてスッキリした気分だった。

 

 俺と絢辻は、どこか似ているような気がする。でも平等じゃない事に直面した時、絢辻は行動を起こしていた。俺ももう少し頑張ってみよう。今日は説得に神経を使ってしまったので、明日からだ。

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