「えーっ!? にぃに、創設祭に参加出来なくなっちゃったの!?」
「ああ」
俺と春原が起こした騒ぎは、翌日のうちに学校中へ知れわたっていた。クラスの飾り付けを壊した事。その後絢辻に説得されて壊したものを直した事。そして俺が実行委員から下ろされた事。ほとんど全てだ。
教師達は俺たちの扱いに悩まされていた。何しろ翌朝になったら壊したものが全て修復されていたのだ。そして処分に悩んだ結果、『創設祭が終わるまで謹慎』ということになった。
「ということは……噂も全部本当なの?」
「そっちまで噂は行ってたか。まあ、大体あってると思う」
「クラスの人を投げ飛ばしたり、ぐるぐる巻きにしたり、メチャメチャにしたり……」
「待て、物には当たったが人にはやってないぞ」
流石にそこまでやってたとしたら一発で退学だっただろう。
「なーんだ、にぃにがついに本物の不良になったのかと思ったよー」
「そこまでやってたら謹慎じゃ済まないだろ。あと俺が不良なのは本当だ」
「はいはい、にぃには悪い子ですねー」
軽くあしらわれてしまった。美也も俺が完全に悪気があってやったとは思っていないらしい。軽く受け止めてくれていた事が、少し嬉しかった。
そんなやり取りをしてから、気づけば当日になっていた。俺は別に起きる必要は無かったのだが、見送ってほしいと美也に叩き起こされた。
「ぶー、にぃににうちのクラスの出し物見て欲しかったのにー」
「お土産話、楽しみにしておくよ」
「うん! 写真いっぱい撮ってくるからね!」
いってきまーす!と元気良く出掛けていった。さて、寝直すかと部屋に向かおうとしたらさっき閉じた扉が少し開いた。
「にぃに! 何か郵便受けに入ってるから後で見といてー!」
「ああ、わかった」
そう言いつつ俺は自分の部屋に戻る。そして布団に入って寝直すことにした。
実行委員という仕事も無くなり、見届けることもできなくなった。そのせいだろうか、本来の学校にいく時間を迎えても起きる気力が沸かなかった。今日は美也に見送りのために起こされたが、そろそろ眠気も限界だ。
(……結局俺は、元通りになっちまったのかもな)
日常がまた色褪せてしまったような気持ちがこみ上げてくる。嫌な気分を振り払うために、眠気に身を任せた。
「……もう夕方になってたのか」
二度寝したりテレビを観ているうちにもう外は日が暮れ始めていた。あれだけ準備をしてきた創設祭当日も、あっけなく終わっていく。
(創設祭、上手くいってるんだろうか)
絢辻のことだから心配は無いだろう、と思いつつも様子が気になっていた。ふと、朝に美也が言っていた事を思い出した。
(そういや……郵便物見てなかったな)
そう思いこたつから出て郵便受けを見に行った。郵便受けを開けると、そこには一通の手紙が入っていた。
「創設祭の花火が上がるまでにあの神社に来て」
急いで思い当たる神社にたどり着くと、先に来ていたであろう一つの人影があった。
「……やっと来たわね、もう来ないのかと思ってたところよ」
「ああ……、なんで手紙だったんだ? 危うく寝過ごすところだったぞ」
「あんたの連絡先知らなかったから、郵便受けに入れておいたのよ」
「直接言ってくれてもよかったんじゃないか?」
「謹慎中のあんたと実行委員のあたしが話してるところを見られたらまずいでしょ」
「……かもな」
多少心配しすぎな気もするが、もしかすると理由は別にあるのかもしれない。
本当の絢辻と初めて会話を交わした、あの神社。日はすっかり落ちていて、神社には明かりが無いためほぼ真っ暗だ。お互いに人影くらいしかわからないが、さほど気にならなかった。
「いいのか? 実行委員が創設祭を抜け出してきて」
「学校じゃ、あんたが入れないでしょ?」
「まあ、そうだけどさ」
答えになってるような、なってないような返答だ。
「本当は無理矢理学校に連れ込んじゃおうかとも思ったけどね」
「おいおい……」
「冗談よ、二割くらいは」
「それはもう冗談になってないだろ……」
気を使わない二人での会話。いつのまにかこの関係が俺の日常になっていたのだと実感する。いつもよりも活気に満ちている学校を横並びで遠巻きに眺める。俺はあそこに行くことはできないが、盛り上がっている様子を見て安心した。
「あれから、創設祭の準備はなんとか終わらせることができたわ」
「そりゃ良かった」
元実行委員としても頑張った甲斐があったというものだ。
「あんた達を言いくるめたって噂のおかげであたしの評判も上がったし」
「まさか春原の部屋まで乗り込んでくるとは思わなかったぞ」
「それよ!どこに行くか言ってくれないから探し回っちゃったじゃない!」
「言う必要も無いだろうと思ってたんだよ」
あの時の俺は、思いつきの独断で動いていた。俺が敵になることで絢辻が傷つけられなくなるならと、それだけの理由だった。
「俺が邪魔者になって離れれば、解決すると思って……」
そう言い切る前に、いつのまにか近づいていた絢辻に抱きつかれていた。
「あ、絢辻……?」
「……」
俺の胸に顔を埋めていて、表情が見えない。腰に回された腕の力は強くて、簡単には離してくれそうにない。
「あんたが動いた理由、あの時にはまだ気づいてなかった」
「……!」
「わかったのは、あんた達が出ていって気持ちが落ち着いてからだった」
「ってことは……」
「教室であんたに向けて言った言葉も、手を出しちゃったのも、演技じゃなくて本心」
春原の部屋に来たとき、絢辻は俺の狙いは最初からわかっていたかのように振る舞っていた。絢辻が悲しんでいたのは演技で、本当に泣いていた訳じゃないと思っていた。でも、そうじゃなかった。今俺を抱き止めている絢辻の腕は、震えている。
「あんたには……朋也だけは、離れてほしくなかった……!」
「……!」
「一緒にサンタになろう、なんて言ってくれたの……あんただけだったからっ……!」
気づけば俺も絢辻の身体を抱きしめていた。絢辻をここまで不安にさせてしまっていたなんて。絢辻はこれまで独りで優等生であるために猫を被り続けてきた。そんな絢辻に俺は頼ってほしいと言っておきながら、意図がどうであれ俺は突き放す様な行動を取ってしまったのだ。
「……悪かった。お前の気持ちを考えてやれてなかった」
「わかってるわよ、あたしのために動いてくれたのは後で気づいたから……」
まるで自分に言い聞かせるかのように言葉を絞り出している。体はさっきよりも震えていた。
「……バカッ! ……すっごい嫌だったんだから!」
「っ!」
「例え演技でも……傷ついたんだから! 責任取りなさいよ!」
腰に回されている腕の力が更に強くなる。これまで独りでずっと抑えこんできた気持ちを、俺に思いきりぶつけてきた。
それから絢辻が落ち着くまで、俺たちはその場で抱き合っていた。一度離れかけた時間を帳消しにするかのように。少し落ち着いたようで、絢辻はぽつりと話し始める。
「許さないから、一生引きずってやるから」
「ああ」
「だから、約束して」
「何をだ?」
「これからも……あたしと、本当のあたしと一緒にいて、朋也」
「! ……ああ、一緒にいるよ。詞」
学校の方から花火の轟音が鳴り響いた。創設祭ももう終わりの時間になっていたようだ。
「実行委員、お疲れさん」
「朋也もね」
今俺たちは神社で二人並んで立っている。学校で上がっている花火を見ながら、しっかりと手を繋いでいる。
「もう、あの手帳も必要無いかも」
「もう書かないのか?」
「これからはあんたに全部聞いてもらうから」
「……程々で頼む」
「だめよ♪」
意地悪な顔を浮かべる詞の顔にさっきまでの悲しさは見られない。
「そういえば。サンタになるって夢、まだ終わってないから」
「マジかよ……結構苦労したんだけどな」
「当たり前じゃない!サンタの仕事が1回で終わりなわけないでしょ!」
「確かに、そうだな」
これからも皆に平等なサンタで居続けるつもりらしい。当然俺もそれに付き合っていくことになる。だけど、不思議とそこに不安は無かった。
「だから……これからも、一緒にいてもらうから」
「……ああ」
きっかけは、ただの気まぐれだった。そこで俺は奇妙な出会いをした。
不平等を抱えながらも自分の理想のために必死に生きる姿に、いつのまにか俺は影響を受けて、変わっていたのだ。怠惰な生活を続けていた俺が、誰かを支えたいと思えるようになっていた。
創設祭の準備という短い期間の中で良いことも嫌なこともあった。もしかすると、そんな経験や出会いによって人は変わっていくようになっているのかもしれない。今の俺がそうであるように。
「学校では私たちが付き合ってる事はバラしちゃダメだからね!あと極力会話も無し!」
「何でだよ、別にバレてもいいんじゃないか?」
「クラスであんな騒ぎ起こしたのに普通に話してたらおかしいと思われるじゃない!」
「めんどくせえな……」
「その代わり、学校以外の場所にはジャンジャン呼びつけてやるから!」
「はいはい……」
「はいは一回!」
「はい」
「よろしい」
クラス委員のメンツを保つのも一苦労だった。でも、そんな彼女とだからこそ。
「ほら、帰るわよ」
「ああ」
これからも、一緒に歩いていけるだろう。
これで絢辻編終了です。
次は棚町編になります。