輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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森島はるか編
1


 時刻は十時頃、俺はいつもより早く学校に着いていた。というのも、今朝は何となく目が覚めてしまったのだ。その後も寝付けなくて暇だったので、仕方ないと諦めて家を出たのである。

 

(身体は重いけど、朝の空気は悪くないかもな)

 

 たまには早く学校に来るのも悪くない、なんて柄にも無いことを思っている。きっとこんな気まぐれは明日までも持たないだろう。

 

 一時間目が終わりそうなタイミングで教室に入ろうと思い立ったが止めた。授業が終わってすぐに入るのも教師に目をつけられそうで気が引けたからだ。踵を返して校舎裏辺りを適当にふらついて少し時間を潰すことにした。

 

 何の気無しに歩いていると、校舎の裏側に来た。正門から教室に行くまでに普通は通りようが無い場所だから人が滅多に来ないのである。

 

(ここで時間を潰すか……ん?誰かいるのか?)

 

 角を曲がったところに人影があった。二人が向き合って何かを話しているように見える。声が聞こえるところまで近づくと、緊張で上ずった男の声が聞こえてきた。

 

「先輩!俺と付き合ってください!」

 

 突然の大声に驚いてしまい、来た道を少し戻り校舎の壁にさっと身を隠す。少しだけ顔を出して二人の様子を見た感じだと、幸い俺には気づいていないようだ。雰囲気と今の台詞からして、何となく状況は理解した。

 

(告白か……まあ恋愛話も多いし、人がいない場所だとこういうこともあるか)

 

 もう少しだけ覗き込み、どういう組み合わせなのかを見てみる。一人は二年の男子、もう一人は三年の女子といったところか。今頭を下げている男の方が思いきって告白をしたらしい。

 

 それに対して先輩女子の方はというと、男とは対照的に落ち着いている。まるで告白されることに慣れているような雰囲気が見て取れる。加えて顎に指を当てながら相手がどんなやつかをじっくり眺めるという余裕っぷりだった。

 

(って、何で知らんやつの告白現場なんか覗いてんだ俺は……)

 

 見ず知らずの奴の告白現場を覗くような趣味は無い。結果は気になるが、これ以上聞いてしまうのは良くない。そう思い立ち去ろうとしたのだが、動くのが遅かったようで女子生徒の返事を耳にしてしまった。

 

「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」

「うっ……」

 

 告白の結果は、玉砕だったようだ。全身の力が抜けた男子生徒はガックリとその場で四つん這いになる。女子は苦笑いを浮かべながら男子の肩に手を置く。

 

「ごめんね! 君の事全然知らないし、お友達としてだったらウェルカムなんだけど……」

「い、いえ……いいです……」

「うーん、それは残念」

 

 男子の必死さとは対極的に、女子の方はどうも自然体という感じで振る舞っている。これは本当に彼の事を意識していないということだろう。友達から、という誘いが俺には追い討ちにしか見えなかった。

 

 (告白……か)

 

 ふと視界から二人を外して、壁に背をつけて空を仰ぐ。彼は本気の想いを伝えて、そして玉砕した。もし俺が彼の知り合いだったとしたら、その行動を讃えていたかもしれない。

 

 それはそれとして、もしあそこにいるのが見知らぬ男子じゃなくて春原だったら、と想像してみる。俺は絶対に大笑いする自信がある。あいつが同じように告白すると言い出したら見に行って笑ってやろう。そんなアホなことを考えていたせいか、自分が今その現場の近くにいるということをすっかり忘れていた。

 

「あれ?君は彼の知り合いかな?」

「へ?」

 

 不意に話しかけられて気の抜けた返事をしてしまった。先ほどは遠巻きにしか見ていなかったが、俺を覗き込んでくる彼女の特徴が今はよくわかる。

 

 スラッとしたスタイルにロングの黒髪が靡く大人びた見た目。けれど純粋な眼からは彼女の爛漫さが伝わってくるようだった。あまりにも自然体な振る舞いからは、先ほどの告白を全く気にかけていないように見える。

 

「君、友達の告白を覗いちゃうなんて悪い子だねっ」

「いや、知らないやつっすけど」

 

 先輩と話すのは慣れていないため、敬語が辿々しくなってしまう。そんな俺の様子も気にせず、彼女は好奇心からか更に距離を詰めてくる。

 

「ふーん?でも覗いてたんだよね?」

「まあ……そうっすね」

 

 結果的に覗いてしまっていたので肯定するしか無い。偶々居合わせてしまっただけだと説明する前に、タイミング悪く予鈴がなってしまった。

 

「おっと! 早く戻らなきゃ響ちゃんに怒られちゃう!」

 

 響ちゃん、とは彼女の知り合いだろうか。そんな疑問が解消される事もなく、彼女はこの場を離れようとする。

 

「それじゃあ覗き君! 面白いのはわかるけど、覗きは程々にね!」

「はあ……」

 

 そういって女生徒は背中を向けて去っていった。カールがかかった長髪を揺らしながら走っていく、その後ろ姿が見えなくなるまで、ボーッと見届けてしまっていた。教室に入るタイミングを逃してしまわないように、俺も移動しないといけない。

 

 (なんか変な呼び方されてたような……別にもう会わないだろうしいいか)

 

 思考を打ち切ってその場を後にする。俺が教室に着いて次の授業が始まるまで待っていると、春原がまたふらふらと登校してきた。それを見た棚町が前の席に座ったまま体をこちらに向けてくる。

 

「こいつが連続で昼前に来るのなんて珍しいわね」

「そうだな……二年になってから初じゃないか?」

「へぇー、凄……いや全然凄くないわ」

 

 こいつらに惑わされちゃダメよ薫……と頭を抱える。段々と俺たちの悪い影響を受けてしまっているようだ。それにしても春原の行動は本当に珍しい。数日前に話していた彼女が欲しいという話はそれなりに本気のようだ。席に泥のように突っ伏した春原は、少なくともそのために行動している。ただ教室には来たが授業を聞く元気は無さそうなので、教師の評価はあまり変わらないだろう。

 

「でもあんたも今朝早かったわよね。何かあったの?」

「今日はたまたま起きちまったんだ、二度目はない」

「たまたまじゃなくて毎朝起きられるようになりなさいよ……あと二度目はないとか言い切らないの!」

「まあ、善処する」

 

 はいはい善処善処……と棚町は体を前に向き直した。全く期待はされていないだろうな、と苦笑した。

 

「ところでさ……」

「ん?」

 

 棚町が少し小さめの声で俺に問いかけてきた。先ほどまでとは違いこちらを向かずに俺に話しかけてくる。その……少し間を空けてから話始めた。

 

「あんたはさ、興味ないの?……彼女、とか」

 

 顔が見えないため、表情はわからない。でも、いつもより少し真面目な声で聞いてきた。

 

「俺は特にないな。それに俺みたいな不良と付き合いたいなんて物好きな女子もいないだろ、きっと」

「……ふーん」

 

 それだけ言うと、その後は何も言ってこなかった。ただ気まぐれで聞いたのか、それとも何か意図があったのか。真意はわからないままだった。

 

 

 授業を窓の外をボーッと見てるうちに、時計の針は昼休みを指していた。俺と春原は購買でパンを買い、屋上で座り込んで食べていた。パンを齧る俺の横で、春原はなぜかずっと神妙な顔をしていた。

 

「うーん……」

「……」

「うーーーーん……」

「……」

 

 何かとても悩んでいる、という唸り声をあげつつ俺の方をチラチラと見てくる。はっきり言ってとても鬱陶しいのだが、聞くと面倒なことになりそうなので聞きたくもない。それから数分が経ち、パンも食べ終わりそうになった頃、ようやく春原が口を開く。

 

「あの……」

「何だ?」

「どうかしたのか、とか聞いてくれないんすか?」

「え? なんでだよ」

 

 案の定、春原は俺が気にかけてくれるのを待っていた。そうと分かっていて無視していたのだが、あまりに無関心だったから痺れを切らしたようだ。

 

「いやなんでだよって、僕どうみても悩んでるじゃんか」

「ああ、鬱陶しかった」

「はっきり言うなよ!というか気づいてたなら聞いてくれよ!」

 

 知っていて触れなかったのは本当に気が乗らなかったからだ。きっと彼女ができないとかの話だろうと何となくわかっているからだ。そういう話題で俺が力になれるはずが無いから聞いても無駄だと思っている。かといってこのまま暫く横で引きずられてもそれはそれで鬱陶しい。諦めて仕方なく聞いてやることにした。

 

「んで、なに」

「せめてこっち見て聞いてくれませんかね……」

「注文の多いやつだな……ほら」

 

 顔と左腕を春原に向ける。春原は俺の行動が理解できなかったようで首を傾げる。

 

「……なんすかその手」

「聞いてやるからジュース代」

「金取るんすか!?」

「なんなら買ってきてくれてもいいぞ」

「もっと嫌だ! なんでずっと上から目線なんだよ!」

 

 そろそろ聞いてやらないと昼休みが終わってしまいそうだ。仕方なく手を引っ込めて話を聞く体制に入る。

 

「冗談だ。で、何に悩んでんだ?」

「ゴホン、今朝僕の彼女見つけてヒャッホウボンバヘッ!作戦についてなんだけどさ?」

「そんなアホすぎる作戦名は知らん」

 

 彼女について語っていた時に言っていたのだろうか。聞き流してたから全然記憶にない。俺のツッコミに構わず春原は話を続ける。

 

「何人か良さそうな娘たちを口説いてみたんだけど、みんな僕が言い終わる前に逃げちゃんだよ……」

「だろうな」

「そこは励ましてくれよ……」

「そりゃ簡単に出来るもんじゃないだろ」

「そうだけどさぁ……」

 

 恋愛事については、俺がアドバイス出来るような経験や知識は無い。そもそも良さそうな娘に端から話しかけるという姿勢がまず良くないのだろうが、こいつにそれを言ってもきっとわからないだろう。俺からこれ以上の返答が期待できないと思った春原は、今日何度目かわからないため息をつく。

 

「はあ……今日の恋愛運はいいはずなんだけどなぁ……」

「何て占いだ?」

「んーと……ほらこれ、うちの押し入れにあった『これが最強!誕生日占い』ってやつ」

 

 懐からかなり年季の入ってそうな本を取り出して見せてきた。表紙には笑顔でハートの弓矢を構えた天使の絵が描かれていて、明らかに胡散臭い。

 

「そんな胡散臭いの信じるなよ……つーかかなり古い本じゃないか?」

「え?んー……確か一昨年ぐらいから実家にあったやつかな」

 

 二年後の今日の占い結果がわかる占い本なんて聞いたことが無い。しかし、こいつはそんな物に頼ってしまうほど本気なのだろうか。

 

「彼女探すの、本気なんだな」

「そりゃあ彼女持ちって言ったら覇気が付くと思わない?」

「覇気じゃなくて箔な。まあわからないでも無いが……」

「例えば森島先輩みたいな美人と付き合ってる、なんて言ったら周囲から尊敬されそうじゃん!」

 

 美人と付き合ってたらむしろ男子達から恨まれそうな気がする。その上こんなに下心丸出しのやつと美人な先輩がくっついたとなったら暴動が起きそうだ。

 

「森島先輩って誰だ?」

「覚えてないんすか……、昨日も話したじゃん」

「興味無いからな」

 

 一方的に聞かされいたような気がするが、いつも聞き流していたから覚えていなかった。『もう一回説明してやるよ……』と求めていない説明を始めた。

 

「ほら、五十人近くの男子から告白されて全部断ってると噂の三年生だよ」

「ああ……確か『男殺しの天然女王』……だったか、今も記録更新中とか」

 

 肩書きだけは何となく覚えていた。初めて聞いたときはアホらしくて失笑したので印象に残っていた。

 

「そうそう。でさ、もし僕があんなスタイル良い人と付き合えたら……むふふ」

「……春原、電話って寮の出入り口にあったよな?」

「もしかして僕を通報しようとしてませんか!? 男なら皆一度はそういうことぐらい考えるもんだろ!」

 

 ひどい開き直り様だった。もしかして告白を断られている男の大半も同じことを考えているのだろうか。そう思うと余計に覚える気が失せてしまった。ここで言いたいことは言い終えたのか、春原は気だるげに立ち上がる。

 

「はあ……飲み物買ってくる」

「ああ、今日は俺の分はいいからな」

「いつも買ってないでしょ!? パシるのが普通みたいに言うな!」

 

 ぶつくさ言いながら春原は屋上の扉を開けて下に降りていく。お昼分のパンを食べきって少し暇になる。ふと一人になると色々と考えてしまう。動機はともかく、春原は彼女を見つけるために動き始めた。俺も何か行動するべきなのだろうか。このまま何もせずにいたら、永久に今の退屈な日々を過ごすことになってしまうのかもしれない。

 

 しかし、動き出そうにもなにも思い浮かばない。仮に浮かんだとしても、きっと実際に動こうという気は起きないだろう。

 

(春原みたいに彼女を探す、……いや、無いな)

 

 少し想像してみたが、誰かと一緒に歩いている様なイメージがつかない。しばらくは春原の奮闘を眺めてみたら、少しは退屈が紛れるかもしれない。

 

「ふぅ……しかし寒いな」

 

 温かい飲み物を買いに春原と降りても良かったか……と考えていた時、屋上の扉が勢い良く開いた。そこにはまだ俺の記憶に新しい人の姿があった。

 

(あれは今朝の……?)

 

 つい視線をそちらに向けてしまう。

 

「んー……と?」

 

 誰かを探しているのだろうか、屋上をキョロキョロと見渡す彼女、長い黒髪を大きく揺らす姿に既視感を感じていると、彼女はこちらに気づいたようであっ、と声を出してから歩み寄ってくる。

 

「君はさっきの覗き君?」

「あ、ども」

「ということは……もしかして呼び出したのって、君なの?」

「は?」

 

 彼女の話から状況が全く見えてこない。

 

「成る程! 君より先に私が告白されてたから心配で見てたのか!」

「いや、何を言って……」

「そっかそっかー、昼まで待てなかったのかー」

 

 勘違いしたまま納得されてしまった。先にも何も、告白どころか俺はそもそも眼前に迫ってきている彼女の事を何も知らないのだ。

 

「そんな積極的な所はグッド! なんだけど……」

 

 駄目だ、彼女は俺の話を全然聞いてくれない。どうしたら良いか迷っていると、彼女は何か意を決したかのように言い放った。

 

 

「でもごめんなさい、あなたとは付き合えません」

「…………は?」

 

 頭が追い付かないまま、頭を下げられてしまった。そして付き合えないという事は、俺は断られたらしい。

 

「ごめんね。お友逹としては歓迎だから仲良くしましょ! それじゃあね!」

 

 そういって女生徒は去っていった。友達として歓迎されたらしいが、何も理解できずに相手はいなくなってしまった。状況が理解できずしばらく呆然としていると、また屋上の扉が開かれた。先程の彼女ではなく、春原が飲み物を買って戻ってきた。

 

「戻ったぞー……ってどうした岡崎? 何かあったの?」

「あ、あぁ」

 

 何かあった、と言えばあったのだが……情報量が多すぎて整理がついていない。とりあえず今わかる事を話してみる。

 

「春原……今から俺の言うことを多分理解できないと思うんだが……」

「な、なんすか」

 

 俺の戸惑う様子から春原にも伝わったようで、軽く息を飲んで身構える。とりあえず今わかる範囲で俺の状況を一言でまとめると、こういうことになる。

 

「どうやら俺は、今朝会ったばかりの女子に告白してないのに振られたらしい……」

「あの、全然意味わかんないっす」

「だよな……」

 

 こうして初めての謎の女生徒との出会いは、会ったその日に覗き君になり、そして何故かフラれたのであった。




不定期になりますが、修正完了次第更新していきます。
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