話が固まってきたので投下していきます。
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「んん……」
「あ、起きた」
退屈な授業のせいでいつのまにか眠ってしまっていたようだ。薄暗くなった教室の中、目を覚ますと前の席から棚町が顔を覗きこんでいた。距離の近さに少しドキッとしながら体を起こす。
「放課後になるまで起きないなんて、ほんとある意味スゴいわよ」
「は?放課後?」
教室を見回すと誰もいなくなっていた。残っていたのは寝ていた俺とそれを見ていた棚町だけ。
「気づいてたなら起こしてくれよ」
「体揺すって机を揺らして頭にプリント乗せたりしたけど、あんた全然起きなかったじゃない」
「マジかよ……待て、最後のやつ起こす気ないだろ」
「まあ最後のはただのいたずらだけど、起きないあんたが悪いのよー」
そう言われては反論が出来なくなってしまう。ケタケタと笑う彼女からは、おもちゃで遊んでいるような無邪気さを感じさせる。
「ところでさ、今日もどこかに出掛けるの?」
「ん?まだ特に決めてないし、また適当にふらつくかな」
「んじゃ決まり!わたしのバイト先までご案内コースね」
「いや、俺は別にバイトじゃ無いんだが」
「いいじゃない、どうせ暇なんでしょ?」
「まあ、そうだな……」
「それじゃあ、レッツゴー!」
「はいよ」
硬い机と椅子で寝ていたために凝り固まっていた体を伸ばす。意気揚々と俺の腕を引っ張る棚町に、俺はやれやれと着いていく。
初めて棚町と会ったのは、学校の外だった。二年生になって少し経った頃、俺は学校への遅刻やサボりが顕著になってきた辺りだった。親父と喧嘩して以来、学校にまともに行かなくなってしまった。何もする気力が起きず、ただ惰性で過ごすだけ。朝は寝坊し、夜は外をあてもなくふらつく。そんなことを繰り返しているうちに、学校の連中からは不良と噂されるようになった。しかし、どうせ関わることのない奴らの評判なんて俺にはどうでも良かった。
だけど、美也には俺のようになってほしくないと思っていた。美也のためを考えると、俺とはあまり関わらない方が良いだろう。家でも会わないようにするため、深夜まで適当に時間を潰すのが当たり前になっていた。
一年の半ば辺りだったか、俺と似たようなことをしている奴がいると聞いた。そいつは元々サッカー部に入っていたが、問題を起こして退部になった。
そう、春原だ。
俺たちはその日から時々一緒につるむ関係となった。適当に遊びに行ったり、春原の寮に潜り込んだりしていた。決してこれがいい生活とは言えないが、ずっと一人でいるよりはだいぶマシだった。
そんな日々を過ごしていると、いつのまにか二年になっていた。教室には何度か行ったが、知り合いという知り合いは一人も出来ていなかった。春原が同じクラスになっていた事に少しホッとしたのは秘密だ。
ある日、春原が実家に顔を見せるということで一人になり、久々に夜道をふらついていた。そこであいつは突然話しかけてきたのだ。
「ねえあんた、確か同じクラスの岡崎よね?」
「ん? ……そうだけど、お前は?」
「棚町薫。……もしかして喧嘩してきた帰りとか?」
「喧嘩は一年の時に数回だけだ。それも別に俺から吹っ掛けたわけじゃないし」
「へぇー」
初対面からグイグイ来る奴だな、と感じていた。普通俺の事を知っている人間は避けていくのだが、こいつはどうも違うようだ。
「まあいいや、暗いからわたしの家まで送ってってよ」
「はぁ? いや、そもそもお前んち知らないぞ……」
「すぐそこだから大丈夫よ! それともこんなか弱い女の子を一人で帰らせるっていうの?」
戸惑う俺を差し置いて小芝居が始まった。
「こんな夜道、一人じゃ怖いわ。お願いできないかしら?」
「なんだよこの茶番は……、わかったわかった。すぐそこなんだな?」
「あれ意外、来てくれるのね」
「お前な……」
小芝居からの切り替わりが早すぎる。
「ごめんごめん、あんたのこと不良って聞いてたからちょっと確かめてみたの」
「考えてみたら、か弱い女の子は夜道で不良に話しかけないからな……」
「細かいことは気にしない! ほらほらレッツゴー!」
「おーう……」
これが棚町との最初の会話だった。今思い出しても棚町は何だか変わった奴だ、と改めて思う。
そんなこともあって、学校で誰とも話さないという状況は回避できていた。今朝も自分の席につく際、棚町と軽い挨拶を交わす。
「おはよー、今日はちょっと早かったわね……」
「そうか?」
昨日は何時に来たか、なんていちいち覚えていない。俺が来た時間に対して棚町はなぜか不満そうにしている。
「おはよう、薫の読み外れちゃったね」
「ほんとよー! もう一限遅れてきたらお昼おごってもらおうと思ってたのに!」
「なんだよその賭け……。俺に得が無いじゃないか」
棚町の予想した通りの時間に来たら奢らされる予定だったらしい。棚町の隣にいるのは、棚町の友人の田中恵子。俺が知り合う前から既に仲良くなっていたそうだ。
「そうそう、あんたに悲しいお知らせがあるんだけど」
「はぁ? 『あんたはどの道奢らされます!』ってことか?」
「……あんたが良いんならそうして貰うけど?」
「止めてくれ」
棚町の目が本気だった事に寒気を覚える。こいつを敵に回すのは止めておこうと本能的に感じた。
「違くて、春原の奴最近あんたより早く来てるって話よ」
「なん……だと……?」
「岡崎くん、なんかスゴい顔になってるよ?」
あいつが俺より早く学校に来ていた事なんて会ってからほとんどなかったはずだ。あまりの衝撃にこの間立ち読みした漫画のような驚き顔になってしまった。
「あいつがそんなに彼女欲しがってたやつだった、ってのが意外だわ」
「肉食系って感じなんだね。……男の子って皆そんな感じなのかな?」
「いや、あいつのは九割下心だろ」
「残りの一割は?」
「妄想」
「あはは! それは流石に……いや、そうかも」
「春原くんってそんな感じなんだ……」
今までよりちゃんと学校に来るよう頑張っているはずなのに、何故か俺たちの春原の評価は下がっていた。
放課後、俺と春原は学校から少し離れたファミレスに来ていた。
「はいはーい、いらっしゃいませ……ってまたあんた達かいっ」
「おいおい、お得意さまと呼んでくれなきゃゴェッ!」
ふんぞり返っている姿が気にくわなかったので手刀で黙らせる事にした。思いの他深く入ってしまったようでその場で蹲ってしまった。
「他の客の迷惑になるからとっとと座ろうな」
「オゴゴ……喉を突く前に言ってくれませんかね!?」
「……わたしも今度使おっかなそれ、二名様ご案内しまーす」
「ムチャクチャ危ないので二度とやらないでください……」
棚町は放課後にファミレスでバイトをしている。俺と春原はたまにそこで時間を潰すようになっていた。
メニューを決めた後、春原がパチンと指を鳴らした。しかし、何も起こらなかった。数秒後に諦めてすごすごと呼び出しボタンを押した。
「ちぇっ、融通聞かないなあ」
「ファミレスでなにしてんだよ……」
「僕くらいになればあれで来てくれるようになるのさ!」
「来てなかったからな」
今は人がそこまで多くない時間帯とはいえ、そんな奴にいちいち対応してる暇はないだろう。
「いやいや、悪いのはこの店の方で……」
「すみませんお客様、よく聞こえなかったのでもう一度言ってくれません?」
「ヒィ! いつの間に!」
「今お前が呼んだんだろ……」
春原自身が呼んだとはいえタイミングが悪すぎる。もしかすると棚町も狙って割り込んできたのかもしれない。
「んで、ご注文は?」
「ふっ、いつものやつ頼むよ」
「はいはい、ドリンクバー二つね」
「お前そんな注文でよく常連顔できるな……」
「別にいいじゃん、売り上げに貢献してやってるんだしさ」
「ドリンクバーくらいじゃ全然売り上げにならないわよ……」
加えてこれで何時間も居座るんだから寧ろ迷惑な客になっている気がする。
それから特に何をするわけでもなく、適当に話をしたり持ち込んだ漫画を読んで時間を潰していた。すると元の制服に着替えて鞄を持った棚町が俺の隣に座ってきた。
「ふー、終わった終わった」
「ああ、シフト終わったのか」
「そ。で、あんた達は何してるのよ」
「ふっふっふ、岡崎と男の話をしていたのさ」
何か勿体ぶっているようだが、全然違う。
「何よそれー、勿体ぶらずに聞かせなさいよ」
「いやいや、これは男同士でしか話せない大事な事で……」
「今日は三人にフラれたらしいぞ」
「あっおまっ!言うなよ!」
要するに『男(フラれた春原)の話(愚痴)』という情けない内容だった。ここまで愚痴ばかり聞かされていたのでかなり疲労が来ている。
「あー、お疲れ岡崎……」
「いつものことだしな。それにほとんど聴いてなかったから平気だ」
「ほとんど聴いてなかったのかよ!あと僕がフラれるのをいつものことにするな!」
とは言うものの、ここ数日はフラれた話ばかりになっていた。聞いている身としては最早いつものことなのである。
「つーかさ、君らはそういう話無いわけ?」
「何がだよ?」
「僕が話してるような浮いた話だよ、そういう相手とかいないわけ?」
「あんたのは沈みっぱなしじゃない」
「うっさいわ!……で、どうなのさ?」
いつもなら自分語りで終わるところだが、今日は何故か俺たちにも水を向けてきた。
「俺はあんまり興味無いしなあ……」
「……あたしもそういう話は全然無いわねー」
棚町が少し俺の様子を見てから答えたような気がしたが、多分気のせいだろう。
「ふーーーん?」
「なんだよ」
「君ら今の自分達がどう見えるか分かってる上で言ってる?」
「なによそれ?」
「そんなに近づいて座っちゃってさ、僕には見せつけてるようにしか見えないんだけど?」
「え? …………っ!」
そういえばさっき隣に座ってきた時からずっと肩が触れそうなくらいに近かった。俺はてっきり誰にでもフレンドリーな性格故に棚町にとってはこれが普通なのかと思っていたが、思いきり顔を赤くしているこいつの表情からしてどうやら違ったらしい。
なんて考えていると、棚町は突然立ち上がりバッと俺との距離を空けた。
「わ、わたし帰らなきゃ!帰って家事を手伝わないといけないから! じゃーね!」
そういってダッシュで店を出ていってしまった。
「一体どうしたんだ?」
「さぁねー」
「まあいいか、そろそろ店も閉まるしいくか」
「そだね」
結局今回もドリンクバーだけの領収書を春原に押し付けて店を出る。
「いやあんたも払えよ!?」
「ちっ」
俺たちは棚町と知り合ってからは3人で放課後を過ごすことが多くなっていた。男二人で宛てもなく彷徨うよりは居心地が良い。
棚町がバイトをしている理由はいつだったかポツリと教えてくれた。棚町は母子家庭で、家計を支えるためらしい。俺らと比べてしっかりしている奴だった。
あと棚町は結構人に気を使うタイプのようだ。何か思い付きで行動する事が多いが、行動の理由は割りと相手のためだったりする。少しだが、そんな行動力が羨ましいと思っている。悪友、という言葉が俺たちの関係に合っているのだろうか。お互いにあまり気を使わずにいられるこの関係が、この先どうなっていくかなんて、俺にはまだ分かる筈も無かった。