輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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人の噂も七十五日って長すぎますよね。


4

 棚町と出掛けた日から数日が経ったある日。放課後にいつものファミレスで時間を潰そうと一人店に入った。

 

(ん?あいつ最近学校には来てなかったよな……何してんだ?)

 

 ファミレスに入ると見覚えのある金髪がこちらに手招きをしてきた。向かいに俺が座ると、突然両肘をついて両手を組んで問いかけてきた。何処かのグラサン司令官のような圧を感じるポーズだ。

 

「おーかざーきくーん……」

「なんかゲッソリしてるな、何に喧嘩売ったらあったらそうなるんだよ」

「なんで僕が喧嘩で負けてきた前提なんだよ……」

 

 棚町辞書投げ事件(クラスの目撃者命名)の後、春原はしばらく学校をサボっていた。『僕の出会いはきっと外にある!』ということで駅前に繰り出していたらしい。だが、今の様子を見る限り成果は無さそうだ。

 

「僕はね、岡崎。お前を許すわけにいかなくなっちゃったんだよ」

「はぁ?なんでだよ」

 

 腕をワナワナと震わせて少し間を置いた後、バンとテーブルを叩いて勢いよく立ち上がった。

 

「お前僕の居ない間に付き合ってる子が出来てたんだってなぁーーー!?」

 

 俺に飛びかかる勢いで身を乗り出してきながら大声でそう言ってきた。店内に響き渡った大声のせいか、その直後にガッシャーン、とキッチンの方から皿の割れる音がした。店員の誰かを驚かせてしまったのだろうか、後で謝らないといけないのかもしれない。

 

「僕がヒイヒイ言ってる間に何抜けがけしてくれちゃってんだよぉぉ~!?」

「それ、どういう内容だ?」

「しかも相手はお前がたまに話している田中さんだってぇ~!?」

「……あぁ、それか」

 

 ここまで聞いてようやく状況がわかった。学生寮で例の噂をしている奴がいたのだろう。それを噂が出て数日たってから春原が耳にした、といったところだろう。春原がまだギャイギャイ言っている中、俺はこいつに何と言うべきか迷っていた。普通に付き合って無いと言えばいいのだろうが、今のこいつに言っても信じなさそうだ。かといって作戦の事を言ってしまうとどうなるか。

 

 春原の性格からすると、クラス中に情報が漏れてしまう可能性がある。それが告白相手の男子にまで知られてしまうのは避けたい。どうしたものか迷っていると、俺たちがうるさくしたせいか店員が一人駆け寄ってきた。というか棚町が春原の大声を聞いて駆けつけて来ていた。

 

「ねえちょっと!」

「あっいいところに! 聞いたかよこいつの噂!」

「あんたの声厨房まで聞こえてたわよ! こいつと恵子は別に付き合って無いから!」

「へっ……?そうなの?」

 

 棚町がそう言うと春原の勢いがピタリと止まった。俺が言っても暖簾に腕押しだっただろうから助かった。棚町の目が本当だと言っている事を理解したようで、なあんだ、と席に腰を戻した。

 

「なんだよ岡崎ー、そうならそうと言ってくれよ」

「さっきのお前に同じことを言っても信じなかっただろ」

「そうかもしんないけどさー」

「ところで春原、次うるさくしたらあんたの名前ブラックリストに乗せるからね」

「すみませんでした」

 

 秒速で頭を下げたところを見る限り、さっきまでの怒涛の勢いは静まったようだ。頭を下げる春原を意に介さず、棚町はブツブツと文句を言い始める。

 

「ほんとびっくりしたわよー。岡崎に付き合ってる子がー、なんて聞こえたもんだから」

「結果は例の噂の件だったけどな」

「岡崎に別の彼女が出来たのかと思ってビックリしちゃったわよ……」

 

 何故か棚町の方では別の誤解が生まれそうになっていたようだった。

 

「お陰でさっきお皿割っちゃったし……あー後処理めんどくさかったわ」

「あれお前だったのかよ」

 

 さっき割れた音がしたのは、春原の大声に驚いた棚町が皿を落としてしまったのだった。

 

「っとと、仕事に戻らなきゃ! あー片付けめんどくさーい!」

「焦って割る枚数増やさないようにな」

「もし増えたら弁償代は春原に請求するから大丈夫よ!」

「これっぽっちも大丈夫じゃないからやめてください!」

 

 棚町は急いで仕事に戻っていった。春原が噂を聞いた、ということは学校ではまだこの噂が生きているということだ。やはりうちの学校は噂が広まりやすいのだということを改めて実感する。

 

 とはいえ、これ以上田中との作戦で動く気はない。所詮噂は噂、しばらく経てば忘れられるはず。だからこの話もこれで終わりで良い、と思っていた。

 

 

 翌日の二限が終わった頃、教室に向かうとクラスの連中が移動する準備をしていた。

 

「あ、おはよ」

「ん。何だ、教科書持って。どこかに行くのか?」

「岡崎くんおはよう。三限は移動教室だよ」

 

 ようやく席について休めると思っていた矢先に嫌なことを聞いてしまった。只でさえ少ないやる気を完全に削がれてしまった。

 

「よしわかった。それじゃ四限でな」

「あんたほんっとに卒業出来なくなっちゃうわよ! ほらさっさと来る!」

「わかったから腕を引っ張るなよ」

「薫、流石に鞄は置かせてあげたら?」

「そうね! ほらさっさとする!」

「置かせてはくれるんだな」

 

 移動教室に向かう道中、少し違和感を感じた。いつもよりも受ける視線が多い。周囲の生徒達が俺を見ると何かコソコソと話している。

 

「あの二人って付き合ってるんだっけ……?」

「あれ?でも確かこの間棚町さんと……」

「ってことは二股か? これだから不良ってやつは……」

 

 この話は俺のことを言っているのだろうか。いつのまにか噂の内容が変わっている。しかも二股という俺に心当たりが無い物になっていた。棚町と田中は気づいていないようだ。あまりいい気持ちはしないが、この場は無視しておこう、と思っていたのだがそうもいかない事に気づいてしまった。

 

 棚町は俺の腕を掴んで廊下を歩いている。そして俺は田中と付き合っているという噂が流れている。これは確かに、二股だと疑われても仕方がない。今すぐにでも、棚町には手を離してもらう必要がある。

 

「なあ、もうそろそろ離してくれないか?」

「だーめ! こうしないとあんたまたサボっちゃうじゃないの!」

「そうじゃなくてさ、ちょっと周りを見てくれ……」

「へ?周りって…………」

 

 ここで棚町もようやく周囲から注目を浴びていることに気づいた。あー、と声を漏らして俺の腕を離した。 少しの間、周囲も含めて複雑な空気が流れた。

 

「ふ、二人とも。チャイム鳴っちゃうから早く行こう?」

 

 何ともしがたい沈黙を田中が打ち破ってくれた。

 

「そ、そうね!行きましょ!」

「……だな」

 

 さっきよりも少し早足で教室に向かった。連れてかれていた時までは隙を見てサボろうと思っていたのだが、今の気まずいやりとりでそんな気力は無くなっていた。

 

 

 その日の昼休み、俺は屋上に来ていた。春原はサボりのためここにいるのは俺一人。購買で買ったパンとジュースをゆっくり食べ始める。少し一人になりたかった、というのもある。正確には人の視線が無いところに行きたかった。

 

『岡崎が二股している。相手はクラスでつるんでいる女子二人』

 

 俺の噂は想像以上に広まっていた。それも、あまり良くない方向で。俺が元々不良だと言われていることもあり、悪い噂はより広まりやすいのだろう。根拠も無いのに二股していると皆信じてしまっているようだ。俺があれこれ言われるのは慣れているから別に構わないのだが、問題は二人に迷惑がかかってしまう事である。

 

 そんな事を考えていると、俺にとって当事者である一人が屋上に来た。

 

「あ!ここにいた!」

 

 少し息を切らしながら俺を見つけてはすぐ隣に座ってくる。

 

「もー、屋上に行くならわたしも誘ってよ。探しちゃったじゃないの」

「あぁ……」

「どうしたのよ? なーんか複雑そうな顔しちゃって」

 

 話す事を忘れる位に悩んでしまう。俺には付き合うというような関係は誰とも持っていない。最初に付き合っていると噂された田中とは、そう思われるような作戦行動を取っただけ。棚町とはたまにつるんでいる仲ってだけだ。

 

「もしかして噂のこと気にしてるの?」

「そんなところだ」

「なによ、前は噂なんて気にしないーって言ってたじゃない」

「……俺だけだったら、いいんだけどな」

「?」

 

 俺の評判がどうこう、という話であればここまで気を揉むこともなかった。今目の前にいる彼女にも被害が及んでいる、という事が問題なのだ。だから、ここで手を打たなければならない。

 

「なあ、棚町」

「な、なによ?」

「別れよう」

「…………えっ」

 

 音が完全に止んだような気がした。理解できない、という様子で棚町は狼狽え始める。

 

「……何?どういうこと?わたしたち、付き合ってるわけでもないのに……そんな」

 

 そう呟いた棚町からは、俺が思っていた以上に狼狽えているような表情をしている。

 

「俺たちについて噂が流れてるのは知ってるか?」

「……う、うん。最近はなんかわたしも含めて三角関係になってるって恵子から聞いた」

「そう、その噂を消すためだ」

「……別れる、ってそういうこと……はぁーびっくりしたー……」

 

 そう呟いて肩を落とす。俺の言い方が悪かったのか、何か勘違いさせていたのかもしれない。

 

「それで?具体的にはどうするの?」

「俺が別れを切り出して、それから距離を置く」

「……ねぇ、それじゃああんたともう一緒にいられなくなっちゃうじゃない」

「一緒にいた事が噂の原因でもあるからな、それも仕方ないだろ」

 

 これまでのようにつるむことも出来なくなる事を、棚町は一番に心配していた。少し俯いていた棚町は、俺に詰め寄ってくる。

 

「あんたは……、あんたはそれでいいわけ?」

 

 いつになく真剣な、必死に何かを訴えるような眼差しを俺に向けてくる。そんな棚町から俺は少し目を背けながら口を開く。

 

「俺や春原とつるんでたらさ、お前らも同類扱いされちゃうだろ」

「……違う」

「だからさ、あまり俺たちと一緒にいない方が」

「そうじゃなくて!」

 

 俺の言い訳を遮るように声をあげ、胸ぐらを掴み上げてきた。

 

「私はあんたといて楽しいからつるんでるの!」

「!」

「噂なんかにわたし達の事をとやかく言われる筋合いなんて無いっての!」

「……」

「それで!あんたはどうなのよって聞いてるの!」

 

 ここまで言われてしまっては、ごまかす事は出来ない。

 

「……俺も、お前といる時間は……悪くない」

「!」

「……けどさ」

「あーもう! 男の癖にウジウジしない!」

 

 俺の意見を聞けたからか、先程までの必死さは消えていつもの調子に戻った。

 

「わたしと恵子も全然気にしてないから! これまで通りにする!」

「あ、あぁ」

「もしあんたが距離を置き始めたら……」

「ど、どうするんだ?」

「あんたがやけに怖がってた辞書を持ち歩くことにするから!」

「それはマジでやめてくれ」

「それじゃ、今後ともよろしくってことで!」

 

 そう言って屋上から去っていった。

 

 結局俺たちの関係は変わらなかった。その後田中にも話をして、噂も放っておくことになった。棚町達とつるむ時間が無くなる事を覚悟していた俺は、なんだか拍子抜けしてしまった。変わって欲しくないものが俺にもあったことを、今になって気づかされた。気づけたことで、少しだけ満たされた気持ちになった。

 

 

 その日の放課後、春原の部屋にて。

 

「今度はあんたが二股してるって噂されてるんすけど」

「その話はもう終わってるんだよ、わかれ」

「わかんねえよ! 無茶言うな!」

 

 結局春原の誤解を解くために再度説明をすることになった。

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