つけるならアマガミみたいにカタカナ4文字で統一するか・・・とか。
「あ、岡崎くんおはよう」
「ああ」
二限終わりの休み時間に登校すると、田中が挨拶をしてきた。挨拶自体はもういつものことになっているのだが、一つ違和感を感じた。いつも来ている奴の席、棚町の席に姿も、鞄も無いのである。
「ん?あいつはいないのか?」
「うん、今日は学校お休みだって」
「マジか、珍しいな」
「私もそう思って今朝連絡してみたんだけど、『大したこと無いから大丈夫!』って」
「そうか。しかし、あいつが体調崩すとは……明日は大雪が降るかもな」
「ふふっ、それ薫が聞いたら怒りそう」
「だな」
やはり三人で話す時と比べて賑やかさが減るな、なんて考えていた。しかしその直後、田中は少し神妙な顔で話を切り出した。
「……岡崎くん。もしかしたらなんだけど」
「どうした?」
「薫、もしかしたらちょっと悩んでるのかもしれないの」
「……そうなのか?」
「確証は無いんだけどね」
そういう田中からは、冗談を言っているようには感じない。何故そう思ったかの理由を聞くことにした。
「連絡はとってくれたんだけど、休んだ理由については教えてくれなかったから」
「ああ……言われてみれば」
「あと、学校は休むけどバイトには行くって言ってた」
「……学校で嫌なことでもあったとかか?」
「うーん、学校で話している時はそんな様子も無かったと思う」
学校で何かあった訳ではない、かつバイト先でもない。今日は学校に来ないので、話を聞くとしたらバイト先に行くのが一番良さそうだ。
「それなら後でバイト先に行ってみるか」
「うん、お願いね」
「って俺だけなのかよ」
てっきり田中も行くものだと思っていたので少し驚いた。
「薫が休んだ理由、多分私にも言いづらかったことだと思うから」
「それじゃ俺でも変わらないんじゃ……」
「ううん、岡崎くんにだったら話してくれるかも」
「何でそう思うんだ?」
「親友の感、っていうやつかな」
「……なら、信じる」
「うん、信じてみて」
そうして今日の放課後の予定は決まった。解散になってすぐに俺は鞄を持ってバイト先に向かった。昼休みに来て机に突っ伏したままの春原は目もくれずに放置した。
「いらっしゃいま……あ」
「よう」
店に入ってすぐ、目的の背中が見えた。普通にこちらに移動してきた辺り、体調が悪いわけではないという推測は当たっていたようだ。
「バイト先には来てたんだな」
「今日は学校の気分じゃ無かったのよ」
「俺にはいつも早く来いって言うのにか?」
「……ごめん」
「いや冗談だよ、悪かった」
いつもなら軽口で返してくるところなのだが、やはり調子が悪いようだ。
「ねえ、岡崎」
「なんだ?」
「後でさ、話聞いてくれる?」
「……わかった」
寧ろそのために来たのだが、それは別に言う必要も無いだろう。仕事に戻る棚町の背中を見送り、俺はしばらく店内で待つことにした。棚町のシフトが終わる時間になるため、店の裏口に移動して少し待つ。すると裏口のドアが静かに開き、制服姿に戻った棚町が店から出てきた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「別にいいさ、大抵暇だからな」
「うん……」
やはりどこか元気が無いように見える。
「……今日さ、わたしの事を気にして来てくれたの?」
「あー……」
「うん、今の反応でわかったわ。……ありがとね」
なんだか見透かされたようでむず痒い。一呼吸ついてから、実はね……と話を切り出し始めた。
「……お母さんと、喧嘩しちゃったの」
棚町は母親と二人暮らしで、これまでも家庭を支え合ってきた仲らしい。喧嘩はしたことが無いと前に聞いていたが、昨日初めての喧嘩になってしまったようだ。
「なんでなの……? だって今まで……」
喧嘩した時の事を思い出しているのだろうか。どうも今の状態では詳しい話を聞くのは難しそうだ。棚町が落ち着くのを待っていると、顔を上げて俺に尋ねてくる。
「……あんたってさ、今日も遅くまで帰らないの?」
「いや、特には決めてないけど」
「帰らないならさ、わたしも連れてって」
「それは……」
「お願い! 今日だけでいいから!」
縋るように頼んできた今の棚町の姿が、中学の頃の自分と重なって見えた。些細な事で親父とぶつかったあの時を思い出す。親父に突き飛ばされた後、俺はとにかく離れたいという一心で家を飛び出した。ぶつけて痛めた右肩を庇いながら、宛てもなく暗い道を進んでいった。他の事なんて何も考えられずに、ただぐちゃぐちゃになった思考を振り切るように。
そうして距離を取った結果、俺と親父は他人になった。何度か関係を戻す機会はあったのかもしれない。でも、一度取ってしまった距離はもう戻ることが出来なくなっていた。もしここで棚町に俺と同じ道を進ませてしまったら。きっと俺と同じ傷を背負うことになってしまうだろう。そんなのは、駄目だ。
「今日はもう遅いから止めとけ。前みたいに遊べるところもこの時間じゃあまり無いしな」
「でも……」
「それに女子が夜に遊び回るってのは流石にまずい」
「わかってる! わかってるけど……」
今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべながら、更に続ける。
「今日は、帰りたくない……」
少しの間、沈黙が走る。気持ちはわかるけどどうしたものかと考えていると、棚町は何故か少し慌て始めた。
「あ……そ、そういう意味じゃなくて! 今はお母さんと顔を会わせたくないってことで!」
「? ああ、わかってるから」
よくわからなかったが、さっきまでの重い雰囲気が少し薄れたように感じた。
さて、どうしたものか。棚町を母親からあまり離したくはない。だけどここで突っぱねるような事もしたくない。そこで俺は、ふと思い付いた事を口にしてみた。
「ならさ、俺ん家に来るか?」
「……へ?」
「美也とは初対面になるか、まあ美也は平気だと思うけど」
「ちょ! ちょっと待って!」
俺の意見に棚町は顔を赤くしながら慌て始めた。そこまで動揺するようなことは言っていないのだが、俺に恐る恐ると尋ねてくる。
「い、いいの?」
「ああ、ちょっと距離を置くくらいなら良いと思うぞ」
「迷惑じゃない?」
「いつもの無茶ぶりに比べたら大したこと無いからな」
「……それはなんか複雑」
頬を膨らます姿を見て、少しだけいつもの調子に戻ったのを感じた。
「それで、来るのか?」
「……うん、お願いします」
「決まりだな、じゃあ行くぞ」
そして俺たちは俺の家に向かって歩き出した。家に向かう道中、会話はほとんど無かった。そのためか、俺はこれまでも何度か棚町と二人で歩いた事を思い返していた。こういう時は棚町が俺を連れ回す形になっているが、今は逆だ。話をするときも、話題を切り出すのはほとんど棚町からだった。
いざ棚町の元気が失われたら、こうも静かになるんだなと気づく。俺はこいつに色々と与えられていたんだという事を実感する。話しながら歩いている時は感じなかった寒さも、今日は一段と肌に突き刺さる。
いつもより長く感じた通学路を経て、ようやく家の前についた。
「電気は……ついてるな。さて……」
「……ちょっとタンマ」
「どうした?」
棚町が俺の袖を掴んで制止してきた。
「ちょっと心の準備させて」
「そんなに緊張することか?」
「そりゃするわよ! 男の人の家なんて初めてだし……」
「準備が終わったら言ってくれ」
「……うん」
あくまで非常事態だったのであまり意識していなかったのだが、いざ言葉にされるとちょっとだけ意識してしまう。なんて、今はそういう場合じゃない。あの時に失敗したままの俺には、偉そうなことはとても言えない。しかし、だからこそ、俺みたいにはなって欲しくないと強く思っている。
俺に出来ることなんてほとんど無いかもしれない。けれど、今は棚町の支えになれる事をしよう。俺が迎えてしまった悲しい結末を、棚町にも迎えさせるわけにはいかない。
「よしっ、いつでもいいわよ!」
「ああ、俺もOKだ」
「へ? あんたも何か準備してたの?」
「あ、いや。こっちの話だ」
「?」
いつもただ棚町の気遣いに甘えていた。けど今は、俺が棚町に与える側となる。そんな小さな決意を抱き、家の扉を強めに開けた。