輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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下手したら棚町編が一番シリアスになる可能性が出てきました。


6

 玄関の扉を開けると、偶然美也がすぐ近くにいた。部屋着に着替えておりこれからくつろぐモードだったようだ。いつも俺が帰るにはまだ早い時間だったため、あれ、と驚いた顔をこちらに向けてきた。

 

「ただいま」

「あれ? にぃに今日は早……」

「お、おじゃまします」

「へ?」

 

 俺の隣に棚町がいることに気が付くと、手に持っていた一枚のせんべいを落としてしまった。ここまで呆気に取られた美也の顔は初めて見たかもしれない。ワナワナと震えだし、少しずつ口を大きく開け始めた。

 

「お」

「お?」

「お……お兄ちゃんが女の人を家に連れ込んできたー!」

「待て、言い方が何かおかしいぞ」

 

 女の人を連れ込んだ、なんて言われてしまっては俺がまるで犯罪に手を染めてしまったみたいじゃないか。俺としてはクラスメイトを避難させているだけのつもりなのだが、美也は盛大に誤解していた。

 

「にぃにが……本物の不良になっちゃったってこと!?」

「俺今まで偽物の不良だったのかよ」

「ただぐうたらなだけだったにぃにが……とうとうワルの道にぃー!」

「美也落ち着けって」

 

 なんだか暴走気味になっているのを止めようとするが、更に思わぬ横槍が入ってくる。

 

「そうなの美也ちゃん……朝起きられないだけの情けないお兄さんにはもう戻れないの……」

「そっ、そんなぁ……どうにかならないんですか!?」

「ってお前も乗るのかよ!」

 

 何故か棚町も寸劇に加わっていた。ボケが倍に増えてしまうと手に負えない。役者二人の寸劇はまだ続く。

 

「安心して美也ちゃん! わたしがこいつの性根を叩き直してみせるわ!」

「なんと! それなら私にも協力させてください!」

「こいつに家事を覚えさせるために……、一緒に頑張りましょう!」

「はい! お兄ちゃんが登校時間に起きられるように!」

「そんなことで意気投合しないでくれ……」

 

 こうして俺の生活指導同盟が誕生してしまったのであった。

 

「それで、そちらはお兄ちゃんのお知り合いで合ってますよね?」

「って急に素に戻るなよ……お前ら本当に初対面なのか?」

「学校でお兄ちゃんと話してるの見たことあったから、知り合いなのかなーとは思ってたよ」

「ああ、そういう……」

 

 同じ学校なら、一度くらい見かけたことがあってもおかしくないなと納得した。完全に初対面だったら、あそこまで意気投合したことがあまりに不思議すぎる。

 

「わたしはクラスメイトの棚町薫、妹の美也ちゃんで合ってるわよね?」

「あ!前ににぃにに家事の大変さを叩き込んでくれたという棚町さんですね!」

「わたしの第一印象、それでいいのかしら……?」

「さっきまであんなにノリノリだっただろうが」

「あ、あれはノリでつい……」

 

 ノリで吊し上げられていた俺の身にもなってほしい。ただ内容が正論なだけに返す言葉もないのだが、家がこれ以上居心地悪くなるのは勘弁願いたい。

 

「ささ!立ち話も何ですので中へどうぞー!」

「おじゃましまーす」

 

 今のやりとりのおかげか、棚町の緊張はすっかりほぐれているようだ。そもそも二人とも社交性は高く、話せる人もそれなりに多い。あまり心配はしていなかったが、思ったよりも打ち解けるのが早くて助かった。なんて考えながら先導する美也に着いていき、俺たちは客間、ではなくキッチンに並んで立っていた。

 

「いや、なんでだ?」

「いや、エプロンつけた辺りで気づこうよ」

 

 まるで少し時間を飛ばされたかの様に準備が完了してしまっていた。

 

「善は急げ! ……ってことで簡単なやつから教えていくから覚悟しなさいよー?」

「マジかよ……」

「とその前に美也ちゃん、こいつがどの位家事をやった事があるか教えて……美也ちゃん?」

「あのお兄ちゃんがキッチンに立つ日が来るなんて……、思っても見なかったよ」

「うん、わかった。聞くまでも無さそうだわ」

 

 俺の家事事情を察されたようでため息をつかれてしまった。

 

 

 そこから二人からの家事指導が始まった。簡単な物から教えられて実践してみたのだが、不慣れな俺にとっては難しく大変だった。今まで多少の手伝いはしていたと思っていたのだが、それが今大きく覆される事になった。

 

 これらのほとんどを今までやってもらっていたと思うと、申し訳なさで心臓が潰れてしまいそうになる。一つ新しいことを教えてもらうたびに、俺の肩身が狭くなっていったような気がした。

 

「うん、とりあえずここまで出来たらいいか」

「つ……疲れた」

 

 本来美也がやる予定だった今日の分の家事を終わらせた時には、もう夜中になってしまった。俺に家事全般のやり方を教えるために同じ時間動き回っていた二人はピンピンしている。クタクタになった自分のだらしなさを、今日だけで何度思い知らされたかもう覚えていない。

 

「お疲れさま!普段やってない事したから大変だったでしょー」

「……美也」

「へ?何?」

 

 俺は美也に対して、心からしなければならないと思ったことを実行した。腰を九十度曲げて、美也に誠心誠意頭を下げた。

 

「今まで悪かった」

「ちょっ!? いいから! 今度から手伝ってくれればいいから頭上げて!」

「こいつがここまで真面目に謝ってるの初めて見たわ……」

 

 多分、美也からしても初めて見たと思う。これまで俺は全く素直じゃなかったから、心から気持ちを伝えたこともなかったかもしれない。

 

「しかし、思ってたより時間かけちまったな」

「何しに来たのかちょっとだけ忘れかけてたわ」

「まあ、それでもいいのかもしれないけどそれじゃ解決にならないよな。……どうするか」

 

 棚町を母親から一旦離れさせて悩みを聞く、という本来の目的を思い出した。そのためには二人になる必要があるな、と思いっていると美也が動き始めた。

 

「……! それでは、美也はそろそろ寝なきゃなので!」

 

 そう言うや否や、そさくさと寝る準備を始めた。家の時計は、いつもならまだ起きている時間を指している。

 

「では!後はお若い二人でごゆっくり~」

「お前の方が若いけどな……」

 

 俺が呟き終わる前にサッと自分の部屋に行ってしまった。

 

「美也ちゃん、気を利かせてくれたわね」

「……だな」

 

 俺たちの様子に気づいた美也が先に動いてくれた。明日の帰りに美也の好きなケーキでも買ってやる事にしよう。

 

「んじゃ、俺の部屋で話すか」

「……うん」

 

 ゆっくりと階段を上がり、棚町も後に続く。俺の部屋はほぼ寝るためだけの部屋となっていて、ついさっきまでは埃まみれだったのだが、頑張って掃除した結果、ギリギリ人を招けるレベルにはなったと思っている。

 

「明日からこの位を保てるように日々掃除しなさいよー、たまにチェックしにきてやるから!」

「そりゃあ怖いな……」

「わたしみたいな美女が部屋に来るってんだから、そこは喜ぶ所でしょ!」

「美女って自分で言っちゃうのかよ……」

 

 気の抜けたやり取りをしつつベッドに並んで座る。同時に一息つくと、さっきまでのテンションとは打って変わり、棚町が少しソワソワしだした。

 

「あ、あのさ……」

「どうした?」

「家事の事、迷惑だった?」

「え?」

「教えてる間、あんたずっと浮かない顔してたから……」

 

 棚町が落ち着かない様子だった理由は、さっきまでの事を気にしていたからだった。俺がずっとしんどそうな顔だったから、今になって気になってきたのだろう。別に、と俺はこれ以上気にさせないように答える。

 

「まあ大変だったけどさ、今までやってこなかった事が申し訳ないと思ってただけだ」

「本当に? ……ならよかった」

「つーか、ほんとに後先考えないのな」

「それは……ごめん」

「あぁ、気にしなくていいからさ。多分ああでもしなきゃ俺動けなかっただろうしな」

「……うん」

 

 我ながら情けない話ではあるが、これ以上棚町を落ち込んでしまうよりは良いだろう。

 

「それにしても……美也ちゃんが家事をやってるって、お母さんはどうしてるの?」

「……母さんは俺の小さい頃に死んじまったから、いないんだよ」

「っ!ごめん!」

 

 しまった!という感じで顔をしかめた棚町に、俺はすぐに続ける。

 

「顔も覚えてないぐらいだから、気にしなくていいぞ」

「……わかった。……うちはさ、お父さんがいないから二人で頑張ってきたって話したじゃない?」

「ああ」

 

 棚町を覆う空気が少し変わった。恐らくここからは悩みの本題に入るのだろう、と俺も腰を据える。

 

「お母さんがさ、再婚したいって言ったの」

「再婚……か」

「バイトの帰りにね、お母さんが男の人と手を繋いで歩いているのを見かけたの。それで聞いてみたら、二人で話し合った後に結婚を考えてる……って」

「新しい父親、ってことか」

「うん、そういうこと」

 

 もしも、知らない人がいきなり親になったら。当然子供としては戸惑うものだろう。俺に突然新しい母親が出来たとしたら……すぐに考えるのを止めた。少なくとも今の俺には受け入れる気持ちの余裕など無いだろう。

 

「わたしは、新しい父親なんて要らない! ……わたしと二人じゃ、ダメだったの? これまで二人でもやってこれてたのに、わたしの何がいけなかったんだろう……って」

 

 棚町の話を聴き終えて、疑問が浮かんだ。これまで二人で家庭を支えてきたのに、急に二人じゃダメだと思う事があるだろうか。棚町と棚町の母親の仲は良いはずだが、そんなことを言うだろうか。

 

 もしかしたら、二人の間になにかすれ違いがあるのではないか。もっとよく話しをしたほうが良いのかもしれないと思った。話もできない俺とは、違うのだから。

 

「お母さんのこと、嫌いか?」

「……好き。だって、女手一つでわたしのことを育ててくれたんだもん」

「ああ、これまでの話からそれはわかってる」

 

 やはり二人はお互いを嫌いになったわけじゃない。ならば今は、すれ違いをしているのだと思う。お互いの意思を知らないまま、道を違えてしまいそうになっている。今後の関係を分ける選択肢を、俺は既に踏み外してしまった経験がある。だから、教えてあげないといけない。

 

「もしも……母親と二度と親子で居られなくなるとしたらどうだ?」

「っ! それは嫌!」

「だよな。……俺と俺の親父が、今その状態なんだ」

「え……?」

 

 俺はゆっくりと、あの時の事を話し始める。

 

 中学三年の頃、親父と言い合いになった。きっかけは思い出せない位に些細な事だった。けど、意地になってたら取っ組み合いの大喧嘩にまで発展した。肩を痛めたのはその時だった。どんどん痛くなってるのにも関わらず、俺は意固地になって家を飛び出した。

 

 数日後にようやく診てもらった時には、もう腕が上がらなくなっていた。俺にとっての何もかもが、崩れ去ってしまった。それを見た親父も自責の念に押し潰されてしまったのだろう。無気力になり、俺の親であることを放棄してしまったのだ。

 

 親父は俺に他人の様に接するようになった。俺はその態度が嫌で避け続けた。そして今は親父が家を離れて、本当に会うことが無くなっていった。いつしか俺は、もう二度と親子の関係には戻れないのだと悟っていた。

 

「……そうだったんだ」

 

 こんな情けない身の上話を、棚町は黙って最後まで真剣に聞いてくれていた。

 

「もし、母さんとこのまま距離を置き続けたら。きっと俺と親父みたいに、親子じゃなくなってしまうかもしれない」

 

 それがどんなに辛いか、俺はよく知っている。

 

「だから棚町……。お前は俺と同じ間違いを犯しちゃ駄目だ」

「……っ!」

「母さんの意見を聞かないままで、この先ずっとすれ違い続けて、一生ロクに口も聞かなくなっちまう。そんなのは嫌だろ? ……だから、例え嫌でも、喧嘩になるとしても。話をしてみた方が良い。少なくとも俺は、そう思う」

 

 棚町は両手を胸に当てて苦しそうな顔になる。葛藤しているのだろう。俺はそのまま彼女の返事を待ち続けた。数分程じっくりと考えて、ようやく棚町は顔を上げた。心が決まったようだ。

 

「わかった、もう一度話してみる」

「それがいい」

「あんたの言う通り、今すぐに行く事にするわ」

「ああ、行ってこい」

「うん。……けど、その前にちょっとだけ……」

「お、おい棚町?」

 

 彼女は、俺の肩に頭を乗せて体重を預けてきた。しかし俺が仰け反ってしまい、彼女が倒れこみそうになったところを両腕で支える。これではほとんど俺が抱き寄せているようなものだった。棚町は更に俺に体を寄せて俺の胸元でつぶやく。

 

「ごめん、これから頑張るから……だからちょっとだけ甘えさせて……」

「……ああ。頑張れ、棚町」

「うん、ありがと」

 

 そこからどの位時間が経ったのかは覚えていない。少なくとも夜が明けたりはしていないが、全くちょっとではなかったと思う。元気になった棚町を玄関まで見送り、彼女は母の元へと歩き出した。玄関の扉が閉まった後、後ろからこっそりと美也が出てきた。

 

「にぃに……棚町さん行ったの?」

「やっぱ起きてたか」

「そりゃあんな真剣な話してたら気になるよー。で、お悩みは解決したの?」

 

 美也も棚町が悩みを抱えている事には気づいていたようだ。

 

「解決はこれからだけどな。まあ大丈夫だろ」

「……そっか」

 

 俺の表情から何か読み取ったのだろう、これ以上は追求してこなかった。

 

 俺にできることは、多分やれたと思う。後は結果を待つだけ。けれど、あまり心配はしていない。これまで仲良くやっていたあの親子なら、きっとまた一緒にやっていけるだろう。大きな肩の荷が降りた感覚に包まれながら、今日はすぐに眠りにつくことができた。




朋也と親父の喧嘩の後、原作では朋也は閉じ籠るのですがここでは家を飛び出したことにしました。
今の設定で閉じ籠った場合、美也を盛大に巻き込んでしまうため・・・ということで。
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