(ふぁ……もう朝か……)
昨日は慣れないことをしすぎたせいか、疲労ですぐに眠ってしまった。カーテンを閉める事にも気が回らなかった程だ。しかし、そのお陰で朝日が目に入り自然と起きる事になった。何故か気分もスッキリしている。
朝日で起きるなんて、いつ以来だろうか。少なくとも高校に入ってからはまともに朝日を拝んだ覚えがない。もう少し外を見てみようと窓に近づく。ふと玄関先をみると、家の前に制服の女子が立っているのが見えた。誰なのかすぐに理解した俺は、少し急ぎ足で学校に行く支度を始める。
「あれ?朝ににぃにがいるなんて珍しいね」
「ん、今日はなんか起きちまってさ」
「あーそっか、みゃーはまだ夢の中にいるって事だよね……、早く起きなきゃ遅刻しちゃう」
「待て、夢じゃないぞ」
本気で寝直そうとする美也を慌てて止めた。流石に俺の信用が無さすぎると思う。ふと何かを思いついた美也は、何故かニヤニヤし始めた。
「何にぃに~、棚町さんの事が気になって起きちゃったの~?」
「ああ、起きたらあいつが窓の外に写っていてな」
「……え、もしかして怖い話?」
「じゃなくて、今玄関先で待ってるみたいだったからさ」
「あ、そういう……って! だったらこんなのんびりしてないで早く支度して!」
「わかったから押すなって……」
美也に背中を押されてせかせかと準備を進めた。急かされるままに家を出ると、窓から見た通り棚町がそこにいた。やはり見間違いじゃなかったようだ。
「あ、おはよ」
「あぁ……、もしかして俺を待ってたのか?」
「うん、あんたに早く報告しておきたくて」
表情からは憑き物が取れたようにスッキリとしているのがわかる。
「美也ちゃんは?」
「ああ、準備にもう少しかかるから先に出ててってさ」
「そっか」
とは言っていたが、これも気を効かせてくれているのだろう。
「あれから、お母さんの話をちゃんと聞いてさ……」
それからゆっくりと、昨日棚町が聞いたことを話してくれた。
再婚を考えたきっかけは、いい父親になれそうな人と出会えたことだ。しかし再婚に踏み切った理由は他にもあったという。これまでは母娘の二人で家事を分担することでこなしていた。棚町が高校生になってからはバイトもして家庭を支え続けてきた。
そんな中で母はふと心配になった事があった。彼女自身の時間が無かったのではないかということだ。高校では周囲の友達とは仲良くやっているのは知っている。けれど、学校での時間以外で友達と出掛けるという話は一度も出なかった。きっと家の事を優先してくれていたのでは無いか。
せっかくの高校生活だ、娘にはもっと自分の時間も大事にしてもらいたい。母のこの決意は再婚に至るための強い後押しになったそうだ。結婚相手とは『家の事も出来るだけ協力してほしい』という条件をつけている。相手は勿論構わない、と良い返事をもらえているらしい。
「あんたのおかげで、お母さんと仲違いせずに済んだわ」
「そりゃよかったな」
「本当に、ありがとう」
「……どういたしまして」
いつもとはちょっと違う優しい笑顔を見たら、あの時の俺自身の気持ちを伝えて良かったと思えた。こんな俺でも少しは役に立てたのかもしれない、と俺も少し嬉しくなった。
「ちなみにだが、俺が起きてなかったらどうするつもりだったんだ?」
「え?叩き起こしてたけど?」
「……俺に感謝を伝えに来たんだよな?」
「そうよ?」
疑問を感じていない辺りが怖い。俺は奇跡的に起きられた今朝の自分に感謝した。
話が終わった頃に美也が家から出てきた。タイミングが良すぎる辺り、玄関で全部聞いてたのだろう。別に言いふらすようなことはしないだろうと思い、目をつむっておくことにする。慣れない朝日を全身に浴びながら三人で通学路を歩く。
「……人が多い」
「あんたいつもなら寝てる時間だものね、気分はどう?」
「なんか落ち着かないな」
「ま、これからはいつもこの時間になるからそのうち慣れるわよ」
「え?」
俺は思わず足を止めてしまう。振り返って俺を見る二人は当たり前だと言わんばかりの表情だ。冗談を言っているわけじゃなさそうだ。
「今日だけじゃ無いのか?」
「学校は週五回あるでしょうが! 明日からも連れ出す気満々だから覚悟しときなさいよー?」
今日家の前に来たのは用事があったからで、起きるのは今回だけと思っていた。毎朝叩き起こされる危機に晒されるのは正直避けたい。
「それは流石にお前が大変だろ」
「うーん、流石に毎回家の前に行くのはちょっとキツいわね……」
「あ、それなら私がどうにかして起こしますから!」
「うん、お願いするわ。待ち合わせは、今この辺りがちょうどわたしと合流できそうかな」
「了解です!」
俺抜きで俺の朝の予定が決まってしまった。同級生の女子と妹に登校を促される男子高校生。端から見ると羨ましい状況かもしれないが、俺はあまり嬉しくない。
しかし、今も感じている情けなさと不甲斐なさを払拭したいという気持ちもある。そのためには、少しずつこれまでの惰性から抜け出さないといけない。
「……わかった、二人とも頑張ってくれ」
「いや、あんた(お兄ちゃん)が一番頑張るの!」
本当に少しだけ、踏み出してみることにする。最初は一人じゃ無理だと思うから、二人に頑張ってもらうことにしよう。
学校の昇降口に到着し、自分の靴を履き替えに来た。美也はすでに別の友達と合流して別行動になっている。
(ん?なんだこりゃ……)
下駄箱に何か紙切れが入っている事に気づいた。紙切れには少し震えたような文字でこう書かれていた。
『田中さんとの事について話がある。放課後に校舎裏へ来てほしい』
名前は無いが、間違いなく田中の恋愛相談の相手からであろう手紙だった。文字が震えすぎていて解読するのに少し苦労した。俺に相当ビビりながらも頑張って書いたのだというのが伝わってくる。
「ねぇ、それ……」
「うぉっ」
急に横から覗き込んできた事に少し驚いてしまう。少し読んでから俺と同じ答えに行き着いたようで、眉をしかめながらため息をつく。
「あいつら、からよね」
「まぁ、そうだろうな」
「いや遅すぎるでしょ! それに直接誘ってこない辺り、もうほんと女々しいったらないわ!」
「だから何で当事者より怒るんだよ……」
「しょうがないじゃない!ムカつくもんはムカつくの!」
「……まあわかるけどさ」
例の噂が徐々に収まっていってから、もう何日も経っている。俺と田中の関係は今も話せる友人ぐらいだ。加えて田中は既に告白した男子への気持ちも消えていっているとのことだ。それどころか今では会話すらもほぼしなくなっているほどである。そんな田中の様子に男子達がようやく動く気になった、といったところだろうか。だとすれば、あまりにも遅すぎた。
「ねぇ、あんたこれ行くの?」
「ん?まぁ、話すぐらいならいいだろ」
「ならわたしも」
「いや、俺一人でいい。誘われてるのは俺だけみたいだしな」
もし棚町も一緒に行ったら、真っ先に問い詰めだしたりしそうだ。棚町が相手をボコボコにしてしまう所まで容易に想像できてしまう。
「…………わかった、任せる」
「ああ、結果は後で伝えるから」
「うん、頼むわよ」
棚町はすごく不満そうだが、応じてくれた。素直に従ってくれるかはわからないが、とりあえず俺一人で向かうことにしよう。
その後は普通に授業を受けて、昼休みになった。
「うーーーっす……」
「あからさまに元気ないな」
「めんどくさそうだから十五文字以内で説明して」
「んー…………」
一分くらい指折りをしながら言いたいことを纏めてから口を開く。
「出会いを探してたけどダメでした」
棚町の振りに律儀に答えていた。しかし棚町の表情は納得いっていなさそうだった。
「漢字込みなら十五文字だけど……」
「ひらがなだと越えてるから無効だな」
「そうね」
「あんたらの方がよっぽどめんどくさいんですけど……」
鬱陶しそうに答えつつ席にドカッと腰かける。
「しっかし春原、あんた連日遅刻の上にここ数日休んで……ほんとにやばいんじゃないの?」
「ハハ……、死ぬときは岡崎と一緒さ」
「岡崎は今朝ちゃんと朝から来てたわよ?」
「何……だと……?」
「それはもう俺がやったから没な」
「いや知らねぇよ! というかお前僕の買った漫画を僕より先に読むなよ!」
「お前が読むの遅いんだろ。しばらく前から未開封で置いてあったぞ」
「しかも開封までお前がしちゃったのかよ! 僕の楽しみがぁぁ!」
二ヶ月以上も熟成させてたらもう新鮮さは無いと思う。
授業が始まる前、俺と棚町が呼び出しの件について話しているところを春原に聞かれてしまった。興味津々の春原に俺は渋々呼び出しのことだけを話した。
「お前呼び出されたの? へぇ~、ずいぶん舐められたもんだねぇ」
「シッ! 声がでかいわよ!」
「岡崎くん、相手ってもしかして」
「ああ、そうだ」
近くで聞こえてしまったのか、田中が俺に確認してきた。
「えっ? 何? 何か面白そうなやつ?」
「あんたは知らなくていいわよ」
「固いこと言うなよ~、岡崎の用事は僕の用事でもあるのさ!」
「キモッ」
「何でだよ!」
「いや、今のは本当にキモいわ」
棚町と田中も引いていた。とりあえず春原の座っている椅子を軽く蹴っておく。
「んで? どーすんの? 僕たちでそいつらシメる?」
「いや、話したいだけみたいだから喧嘩はしないぞ」
「なーんだ、つまんないの」
「あんたは喧嘩したいだけじゃないの。そんなに停学になりたい訳?」
そこでチャイムが鳴り話は終わった。後は放課後に話を聞くだけだ。もう既に結果は見えているのだから、別に何も変わるようなことは起きない。仮に喧嘩になったとしても負けるとは思えないし、問題はないはずだ。無いはず、なのだが、どこか俺の中には胸騒ぎがあった。今日は少し長い放課後になるのかもしれない。