「あ、お、おう岡崎!」
「約束通りき、来てくれたか!」
「……あぁ」
待ち合わせに指示された場所には、予想通りの二人が待ち構えていた。名前はめんどくさくて覚えていないので田中の告白相手がA、Aをフォローしている友人をBにしておこう。しかし、ガチガチに緊張しているのは何故だろう。相手が俺だからなのだろうか。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ……スー、ハー……」
「これからこいつから大事な話が……す、すぐ終わるからさ! ……おい、大丈夫か?」
「別に、ゆっくりでいいけど」
「さ、さんきゅ……フゥー……」
まさかとは思っていたが、これは俺にビビっているのだろう。呼び出しも震えた文字で書かれた手紙だったし、間違いないだろう。以前に棚町から『クラスでは札付きのワルと呼ばれている』という噂は本当なのかもしれない。とはいえ同級生にここまで怯えた目で見られるのはちょっと悲しい。
「よ、よし! お、岡崎! 話というのは田中さんのことなんだ!」
「あぁ、そう書いてたな」
「でもさ! こないだ岡崎が田中さんに、よく話しかけに言ってたじゃ……ないですか?」
ちょっと威勢が出たと思ったら、目が合った途端に縮こまってしまった。自分でも目つきは悪いほうだと思っているが、あまりにも怖がりすぎだろう。この二人は本当にこういう手合いに慣れていないのだとわかる。
「あー、まあちょっと用事があってな」
「それなんだけどさ、……ほ、ほら、わかるよな?」
「何がだよ。ちゃんと言ってもらわないとわかんねえぞ?」
「う……」
この時点で俺は既に、二人の態度と歯切れの悪さに少し苛立ちを覚え始めていた。けれど、ここで俺が喋り出すと余計に時間がかかりそうなので我慢している。
すると、男は意を決したように俺にとんでもないことを言い放った。
「田中は……俺の女なんだし、さ」
「……はぁ?」
予想外な言葉に間の抜けた声が出てしまった。確かこいつは告白を保留していたはずだ。それなのに今の発言は、まるでもう付き合っているような言い方だった。
「だ、だからさ! こいつは田中さんに告白されてるって岡崎も知ってるだろ?」
「ああ、それは知ってる」
「そうそう! だから、お、俺の女にちょっかい出さないでくれないかな!」
俺の女、と一度言えた事を皮切りに段々と調子づき始める。なんだか、呆れてきた。こういう奴らの事を勘違い男子、とでも言うのだろうか。
「お前さ、結局告白の返事はしたのか?」
「えっ!? い、いやー……どうしよっかなー……って」
「はぁ……。残念だけどさ、田中はもうお前には気が無くなったって言ってたぞ」
「は……?」
俺の返答を聞いて二人して固まってしまう。一呼吸置いて漸く言葉の意味を飲み込めたのか、いやいやと慌てて声を張り上げる。
「そ、そんなの嘘だ!」
「まあ信じるかどうかは自由だけどさ、後で本人に聞いてみろよ」
「う、うぅ……本当な気がしてきた」
「……き、気を落とすなよ。田中さんが軽い女だったって事だろ?」
「そ、そうだよな! 俺悪くないよな!?」
こいつらは、自分が行動しなかった事を後悔するどころか田中の事を貶してきた。流石に今の発言は友人として聞き逃せない。
「……おい、それは」
言ったことを訂正させようと口を開いたのだが、Aが俺の言葉を遮ってくる。
「というか岡崎!君が田中さんに何か言ったんじゃないのか!?」
「……あ?」
「そ、そうだ!君は自分の評判を分かってるだろ?」
「きっと田中さんに俺たちが悪いやつだって吹き込んだんじゃ……」
「やっぱり不良は不良だな! ほんとにろくでもないことするんだからな!」
あまり関わる気も無かったから我慢していたが、そろそろ限界かもしれない。前に踏み込もうとした刹那、後ろから人影が物凄い勢いで通りすぎてAの前に来た。
「あんたたち今なんつったぁぁ!」
どこから聞いていたのか、棚町が飛び出してきてAの胸ぐらを掴み上げた。俺一人で充分だと言ったのだが、やはりと言うべきか、隠れて様子を見ていたらしい。
「ぐぇっ! た、棚町」
「黙って聞いてりゃ……ほんっとにムカつくことしか言わないわねあんたらは!」
「た、棚町が何でこんなところに!」
「……俺が連れてきた訳じゃないぞ」
Bがお前の仕業かと目線を向けてきたので正直に答えておく。
「棚町だけじゃないんだよねぇ」
「私たちのこと、そんな風に思ってたんだ。幻滅だよ」
「げっ! 春原まで……!」
「えっ……! た、田中さんも……!」
気づけば件の当事者が全員集合していた。田中も話を聞いていたようで、明らかに嫌な気分になっている様子だ。
「あ……た、田中さ……これは、その」
「ごめんね、全部聞いちゃった。告白の返事は、もういらないよ。あの話は、無かった事にしてください」
「そ、そんな」
田中はAをキッパリと拒絶した。Aは膝から崩れ落ちて、倒れそうになったところをBが辛うじて支えている。
「こ、こんなやり方横暴だろ! 先生に言えばお前ら不良たちなんか停学に……」
「あ、お前らの話だけど……もうクラス委員の絢辻には話してあるからな」
「は、はぁ!? 何してくれてんだよ!」
「ごめんね、あなたたちにされたことも全部話しちゃったから」
「た、田中さんまでそこの不良たちに協力してるの……?」
おずおずとAが田中に目線を送るが、Aの期待する答えは帰ってこない。
「うん、そもそも今回の件は岡崎くんにも相談してたから」
「へへっ、女の子からの頼みじゃ断れないよねぇ」
「……春原くんは、頼んでないけど付いてきちゃった」
「ちょっとぉ!?」
途中まで格好ついてたのに台無しになっていた。二人は心底悔しそうにしているが、俺たちの顔ぶれを見てどんどん腰が引けていく。
「んで?僕たちを黙らせようってんなら相手するけど?」
「生憎喧嘩は慣れてるからな、停学覚悟で買う準備は出来てるぞ?」
「ひっ……お、おい……もう行こうぜ」
「……」
BがAを連れてトボトボと去っていく。二人の背中が見えなくなったところで、俺は後ろから現れた三人の方に向き直る。
「さてと、お前らいつから居たんだよ」
「薫が私たちに呼び掛けたんだ」
「僕はただ面白そうだからついてきただけだけどね」
「ごめんね、だからほとんど最初から聞いてたんだ」
人のために動ける棚町がこんな時に大人しくしている訳がないか、と納得した。
「僕としてはもうちょっと泳がせてからでも面白そうだったんだけどねー」
「岡崎くんの事を言われた途端に薫が飛び出していっちゃったからね」
「……うん」
「……棚町?」
先程から棚町の口数が少ない。何か言いたそうで、でも纏まらなくて出てこない、そんな様子だ。
「……ま、これ以上は面白そうなことも起きないみたいだから、僕は帰るよ」
「! ……それじゃ薫、私も先に教室戻ってるね」
そう言って二人が歩いていくが、棚町は動かない。俺もそれが気になってその場から動かずにいた。
「……ここに来る前さ」
「ん?」
こちらに顔は向けずに、俺に語り始める。
「あいつらの本性を聞くために、話が終わるまで待つって決めてたの」
「そうみたいだな」
「恵子のことを軽い女って言った時も許せなかったんだけど、頑張って堪えてた」
親友の事を悪く言われたら怒るのが普通だ。ましてや棚町は人一倍感情的に動いてしまうところがある。そこをどうにか抑えていたらしい。
「でも……あんたのことを言われたとき、気づいたらあいつの胸ぐら掴んでた」
「……それは」
「自分でも全然止められなかったの」
俺が悪く言われた事で怒りが爆発したようだ。飛び出しかねないタイミングはその前にもあったはずだ。
「なんでだろ」
「……さあな」
俺には棚町の気持ちがわかるわけじゃない。しかし、田中の時は我慢できたのに俺の時に我慢できなかったというのは……と少し勘ぐってしまう。
「あのさ」
「なんだ?」
「わたしとあんたって……何て関係なのかしら?」
突拍子も無い質問だが、目は真剣だった。
「なんだそりゃ」
「今までいろんな人と接してきてさ、わたしとしては皆それなりに仲良くできてると思う」
「それは、そうだな」
棚町はかなり顔が広く、学校では色んな奴と話しているのを見かけている。
「でもさ、あんたと居るときだけ……何か違うのよ」
「何か……」
「そう、色で例えるならあんたは……透き通った光のような、黄金色って言うのかしら?」
「……俺ってそんなイメージなのか?」
「うん、何となくだけど」
「良い色なのかよくわからん」
「良い色よ、少なくともわたしにはそう見える」
俺の問いという程でもない呟きに、棚町ははっきりと言い切った。
「一緒にいると、暖かい気持ちになるの」
「そ、そうか」
「こんなの初めてで、わかんなくて……」
そう言って考え込み始めてしまった。俺も何と切り出せば良いかわからないまま数分が経った。
「あーー! もうめんどくさい!」
「!?」
「そうよ!うじうじ考えるなんてわたしらしくない!」
突然大声を出したかと思えば、何かを吹っ切るように俺に詰め寄ってきた。
「決めた!あんたには次の休みに付き合ってもらうから!」
「あ、あぁ。それは良いけど」
「だから空けといて!それじゃ!」
「え?おいちょっ……」
言い切る前に棚町は足早に去ってしまった。
色々と言っていたけが、話しを始める前までの暗い感じはなくなっていた。あいつなりに気持ちの整理をつけたのかもしれない。そんな様子を見たからか、俺も心のどこかで安心しているみたいだった。
(俺も帰るか……ん?)
次の休みの日に予定が埋まったな、なんて考えていると気づいてしまった。そういえば次の休みは……二十四日。
(クリスマスイブ、だな)
日付の事を分かっていた上で誘ったのだろうか。それとも、単なる思い付きだったのか。去る寸前に見えた棚町の耳が赤くなっていた事は、関係しているのだろうか。そう思うと何だか意識し始めてしまう。
『一緒にいると、暖かい気持ちになるの』
こんな俺の居場所なんて、どこにも無いと思っていた。けど、棚町が言ったこの言葉は心の深くに刻まれていた。
(俺は暖かい気持ちになる色、か。きっと、俺にとってのお前も同じなのかもな)
こんな気持ちは、俺一人では決して感じることのなかったものだと思う。次の休みが終わる頃には、色々と変わっているような気がしていた。俺とあいつの関係も、俺の心自身も。これから起こるであろう変化を、俺は既に受け入れる準備ができていた。
例の男子達には本編よりもイキってもらいました。
悪役って書くの大変ですね・・・。