「んん……」
「あ、起きた」
自分の寝室で目を覚ますと、上から棚町が顔を覗きこんでいた。やり取りに既視感を感じていると、俺の被っている布団を容赦無く引き剥がしてくる。
「うぉっ、さむ……」
「ほら! もう起きる時間でしょ!」
「いや、今日は学校休みだろ?」
時計を見ると俺にとってはかなり早い時刻を指している。いつもなら起きても二度寝を始めるところなのだが、そうさせてくれなかった。
「今日は薫ちゃんとデートの日って言っておいたじゃないの!」
勢いで決めたクリスマスイブに出掛けるという約束の日。正直なところ、昨晩はそれが気になってちょっと寝付けなかったのだが黙っておく。
「別に朝早く起きる必要ないんじゃないか?」
「何よ、私とちょっとでも長くデートしたくないわけ?」
「まあ、そうだな」
「へっ!? ……そ、そうでしょ! ならさっさと準備する!」
俺が素直に返すと思っていなかったのだろうか、慌てて部屋から出ていってしまった。着替え終えて自分の部屋を出ると、美也がリビングでくつろいでいた。
「あ、にぃにおはよー」
「ああ、はよ」
「おー、棚町さんバッチリ起こしてきたんだね。みゃーも起こし方マネしよっかなー?」
「それは止めてくれ……」
確かに布団を引き剥がされたら一発で目は覚めるが心臓に悪いから美也には習得してほしくない。準備を終えて家から出ると、普段よりも少し垢抜けた雰囲気に包まれた棚町が立っていた。
「うん、来たわね」
「ああ」
「それじゃあ、レッツゴー!」
「へいへい」
こうして棚町に連れられて歩くのも何度目だろうか。最初に出会ったときから、俺たちはこうだった。二人で遊びに行くことはこれまでにも何度かある。大抵はゲーセン等のレジャー施設でクタクタになるまで遊ぶのがお決まりだった。
しかし、今日はいつもと違って特別な日。クリスマスの装いに包まれたショッピングモールに来ていた。服、アクセサリー、飲食店などの店が並ぶ通りをゆっくりと歩いている。いつも俺を引っ張るように先を歩く棚町も、今日は横に並んで行動していた。
次あっちにいきましょ!といつもより弱めに俺の腕を引っ張る棚町についていく自分。俺が普段足を運ばないような店にいくつも見ていく。新しい経験に疲れはするものの、気分は決して悪くない。バスケが出来なくなったあの時から、俺は何もする気力がわかなくなっていた。毎日同じことを繰り返すだけだった日々から、こいつは俺を引っ張り出してくれていたのだ。
「……ありがとな」
「へ?どうしたの、急に」
「いや、何でもない」
「あはは、何よそれー……あ、次はあそこね!」
「ああ」
無邪気な笑顔につられて、俺も笑みがこぼれる。まだまだ慌ただしくも楽しい時間は続きそうだ。
「いやー、たまにはこういうお出掛けもいいわねー」
「そうだな」
一通り見終わった後は、ショッピングモールから離れた静かな公園に来ていた。隅のベンチに並んで腰掛けて一息つく。
「あのさ……今日、楽しかった?」
「ん? ああ、わりと楽しめたぞ」
「そか! それはよかった!」
俺を連れ回した後はほぼ必ず俺に感想を聞いてくる。
「そんなに気になるなら、先に言っておいてくれても良いんだぞ?」
「あー……、善処するわ」
「おい、それは気を付けないやつだろ」
「うっ……。仕方ないじゃない、もっとあんたと色々見たかったから」
「……なら、仕方ないか」
「そう、仕方ないのよ」
俺も棚町も、顔を下に背けて顔を赤くしながらだった。俺が連れまわされることは、どうやら逃れられないらしい。ベンチで少しゆっくりしていると、ちらほらと雪が降り始めた。それに合わせて、周囲の音が静まったように感じる。
「あんたに、言ってなかった事があるの」
「……なんだ?」
そう言って棚町は、俺の目をしっかりと見つめながら話し始めた。
「中学でのあんたの事とあんたの家の事、……ごめん、実は知ってたの」
「知ってたって……そりゃつまり、俺が話す前からってことか」
「うん。お母さんの事は知らなかったけど、バスケ部の事と肩を怪我した事は聞いてたわ」
前に棚町と遊びに行ったとき、怪我のことは既に俺が話していたのだと言っていた。けど本当は、俺の気分を害さないようにその話題を避けてくれていたのだ。
「やっぱりそうだったか」
「あれ、驚かないのね」
「そんな気がしてた、ずっと気遣って触れないでいてくれたんだろ?」
「まあね、誰だって触れてほしくない事はあるでしょ。……わたしも母子家庭の事をいじられて嫌な思いしたことあるからさ」
「そう、だな」
誰しも人に踏み込まれたくない領域がある。棚町自身が嫌な思いをしたことがあったから、俺の事情も踏み込まずにいてくれたのだ。
「二年生になって少ししてからさ、急に知らないやつがクラスに入ってきたなって」
「ああ、何せ初日から大遅刻だったからな」
「それでクラスの皆あんたのことを見て不良だーって言ってたけどさ」
「実際不良なわけだしな」
「……でも、わたしにはそうは見えなかった」
「どうしてだ?」
「うーん、何となく。パッと見ツンケンしてたけど、悪いやつーって感じはしなかったのよね」
直感、というやつだろうか。棚町的にも説明がつかないという感じらしい。
「だから、知ってる人にあんたの事を聞いて回ろうと思って」
「何でそこまでしようと思ったんだ?」
「わたしが一度気になったことをほっとかないのは知ってるでしょ?」
「……ああ、よく知ってる」
そのお陰というか、せいというか……いい結果も、悪い結果も色々あった。
「そこで同じ中学だった桜井さんが知ってるって聞いて、中学の頃のあんたのことを聞いたの」
「あいつか。そういや同じ中学だったからな」
「うん。部活の件は、桜井さんから大体聞けたんだ」
家庭の事情までは知らなかったけどね、と少し申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、こないだ知ってた事ごまかしちゃった」
「別にいい。……どの道お前には話してた気がするし」
「それなら、いいのかな」
俺の事情を知った経緯は、実のところあまり気にしてはいなかった。それよりも『棚町にならいいか』とまで思えるほどに気を許していた自分に驚いていた。雪の降りが少し強くなっているのを感じつつ、話がまた切り替わる。
「前にさ、わたしとあんたの関係って何だろう……、って聞いたじゃない?」
「ああ、確かまだ答えは出てなかったんだったな」
以前に棚町が言っていた俺たちの関係。今日はその答えを出すためのお出掛けだったが、答えが出たのだろうか。
「最初はさ、悪友ぐらいかなとも思ってた」
「思ってた……ってことは」
「でも、違うって思った。……それにしてはお互いの事知りすぎてるじゃない?」
「……そうだよな」
友達であっても話したくないような家庭や個人の事情を俺達2人は互いに深く踏み込んでいる。これで悪友、と当てはめるのは違うと俺も感じた。
「わたしはそれ以上だと思ったし、……朋也と今以上の関係になりたいって思う」
「!」
棚町はもう一歩踏み込んできた。
「あんたとのデートを今日にした理由、気づいてる?」
「まあ、日付でわかったよ」
いくら俺が恋愛事に無頓着でも気づけた。今思えば、俺もそうであって欲しいと思っていたのかもしれない。
「こうして今日話すまで『俺なんかでいいのか』なんて思ってたけどな」
「……なんかじゃないわよ」
俺に詰め寄りながらキッパリと言い切る。
「わたしは、あんたがいいの。わたしの誘いにいつも乗ってくれて、わたしの悩みを笑わずに一緒に向き合ってくれた。わたしは朋也と、恋人という関係になりたい」
もう少しで顔がくっついてしまいそうな距離で、そう言った。
「俺は、お前が思ってるほどたいしたやつじゃない」
「……そんなこと」
「一人じゃ朝も起きれないし、家事もてんで駄目だった」
「それは、うん」
自分で言っていて情けなくなってくる。けれど彼女はもう俺の情けないところを知っている。ここで取り繕ったって意味がない。
「けど……今まで諦めてた事が、少しずつやれるようになってきた」
それはきっと、独りじゃ決してできなかった。
「まだ背中を押してもらわなきゃだけど、頑張るからさ。胸を張ってお前と並んで歩けるようになりたい」
「っ!」
俺たちの関係を、より深いものにしたい。棚町も、俺も、もう悪友で留まる事なんてできない。
「俺と、付き合ってくれ……薫」
「……うん。こちらこそよろしくね、朋也」
公園を出る頃には吹雪くほどの大雪に変わっていた。それでも、寒さを忘れてしまうように俺たちは歩き出す。
「雪も強くなってきたし、そろそろ解散にするか?」
「何言ってるのよ!今日はまだもう一つ行くところがあるんだから!」
「マジか……どこなんだ?」
「あんたに、会わせたい人がいるの」
「会わせたい人?」
「わたしと喧嘩した時、わたしを説得してくれた事に礼を言いたいんだって」
「……それってまさか」
つまり、薫の母親に会うことはもう決まっていたということだ。彼女のペースに引っ張られる日々は、これからも続くようだ。
「そういうこと!じゃあ行くわよー!」
「はいよ」
何もかも変わらずにはいられない。これまでの俺ならただ拒絶して逃げていたかもしれない。変わりたいと思えるようになった今なら、少しずつ良い方向に進んでいけるような気がした。
これで本編折り返しです。
はい、かかりすぎですね。すみません。
次以降の話も既に組み立ててはあるので頑張って投稿していきます。