これまでよりCLANNAD要素がちょっと多めになるかもしれません。
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「おーい! そこの坊主!」
「ん?」
朝日のすっかり昇りきった通学路、歩いている俺の少し先から声が聞こえてきた。そこには高級そうな黒い車と、すぐ横にエプロンを着けた男が立っていた。道端でエプロンという姿はかなり浮いて見える。
周囲に人はいない、どうやら俺を呼んでいるようだ。正直怪しくて行きたくないが、しつこく呼ばれても困るので仕方なく向かう。
「というわけで小僧、手伝え」
「いや、何をだよ」
近くに着いた俺は突然手伝いを頼まれた。まだ用件も聞かされていないのだから安請け合いはできない。すると男は眉間に皺を寄せてあからさまな溜息をついた。
「かーーっ! 近頃のガキは察しわりぃなぁー」
「何の説明も無いのにわかるわけないだろ」
朝からオッサンのこのテンションはキツいものがある。寝不足による俺のストレスも更に増していた。
「で、どうしたんだよ」
「ああ、そこの車が溝にハマって脱輪しちまってるみたいでな」
「あの黒いやつか」
「そうだ。一人じゃどうにもならなそうでな、男手を探してたんだ」
「ふーん」
確かに後輪がしっかりハマってしまっていて動けなくなっている。車の向こう側には困った様子でどこかに電話をかけている運転手がいた。
「そこで偶然お前が通りがかった、つまりお前に手伝う意外の選択肢はねえ」
「はぁ? 無茶苦茶すぎるだろ」
「この時間にほっつき歩いてる学生なんてお前ぐらいしかいねぇ、諦めろ」
あまりの理論に遅刻した俺が悪いのか、と思い始めてきてしまった。仕方ない、と諦めたタイミングで運転手が電話を終えてオッサンと話す。
「すみません、やはり業者に連絡しようかと……」
「安心しな!俺とこいつで何とかしてやるぜ!」
「ちょっと待て、そのまま業者に頼んでもらった方が確実じゃ……」
「まあ任せときなって!あんたはエンジンかける準備しときな!」
「いや話聞けって」
「そ、そうですか?では……」
オッサンの強引なペースによっていよいよ断れないところまで来てしまっていた。
「おいオッサン、二人じゃこの大きさの車は流石に……」
「なんだ、ビビってんのか?」
「いやいや、そういう問題じゃないだろ……」
目の前にある車は見るからに送迎用の高級車だ。後輪を上げるのにオッサンと肩を壊している俺の二人ではあまりに戦力不足だ。
「なら小僧は応援だ! 『フレー!フレー!アッキー!!』と全力でコールしろ!」
「絶対に嫌だ! というかアッキーって誰だよ!」
「俺様の事に決まってだろーが!」
「知るか! てか良い歳してアッキーってだいぶキツいだろ!」
「なにぃ!? 俺はまだまだ現役だ!」
「何のだよ!」
「あの……本当に大丈夫ですか?」
さっきとは違う心配をされていた。実に面倒な事に巻き込まれてしまった。運転席で発信準備をしている運転手が心配そうな目でこちらを見ている。一度咳払いしたオッサンは車に向き直す。
「けっ! アッキーコールが嫌なら大人しく手伝うこったな」
「くそ……わかったよ」
このオッサンのペースに完全に乗せられている気がするが、逆らう気力も無くなっていた。
「おらぁっ!」
「ふんっ!」
少しだけ後輪が浮いた、しかし溝から抜け出すにはまだ全然足りない。
「なんだ小僧……っ、お前の力はその程度……かぁ?」
「あんたこそ……、膝が震えてるじゃねえか……っ」
「へっ……強がんなよ小僧……、パワーなら俺の方が……上ってこったな……!」
「言うわりに上がってねぇだろ……歳なんだから無理するなよな……!」
「言うじゃねえか……なら根性見せやがれぇっ!」
俺は何でこのオッサンに意地を張っているのだろうか。このオッサンを前にすると、負けたくない意外の事は考えられなかった。
「うぉおおおおーっ!」
ガコンッ、と後輪が溝から出る音がしたと同時に、車が少し前に動きだした。どうやら上手くいったようで、俺とオッサンは力の行き場を無くして膝を付いて倒れ込んだ。
「本当にありがとうございました。……お二人とも、大丈夫ですか?」
「お、おう……こんくらい……どってことねぇよ……」
「オッサンよりは……平気、っす……」
高校に入ってから運動をしてこなかったツケがこんな形で来るとは思っていなかった。
「はん、おめぇ意外にやるじゃねえか……」
「ああ……腰痛めなくてよかったな、オッサン」
「だからオッサンじゃねぇ! 可愛い一人娘のダンディーな父親だが、心はまだ少年だ!」
「いや、父親なんだったら大人になれよ……」
俺は大人になってもこういうやつにはならないと密かに誓った。
「しかし、おめぇ見たところ高校生か……うちの娘も高校生だが、おめぇにゃやらんぞ!」
「いや知らないしいらないから」
「なにぃ!? 俺の愛娘に向かって知らねぇだぁ!? ちったぁ興味持ちやがれ!」
「めんどくせぇ……」
父親からして、娘もこういう性格なのだろうかと少し心配になる。ここで思ったよりも時間をくってしまった事に気づき、俺は学校へ歩き出す。
「じゃ、俺は学校あるから」
「ちょっと待て! ……なあお前、野球に興味無いか?」
「無い、それじゃ」
「おい! ……ったく、おーい! 車の方は無事か?」
オッサンは運転手の方にかけつける。俺の役目は終わっただろうと思い、その場を後にする。こんな肩じゃ野球は満足に出来そうにない。でもあのオッサンなら、それも受け入れてくれるような気がする。根拠は無いけど、何故かそう思っていた。
もしまた会うような事があったら、少しくらいは付き合ってやってもいいかもしれない。なんて柄にも無いことを考えていた。
そんな事があり、いつもよりも少し遅れて学校に到着した。昼休みもそろそろ終わり次の授業が始まろうとしている。今から教室にかけこむのも面倒だと思い、次の時間まで適当にサボる事を決めた。自分の教室に向かうのを止めて適当に歩き始めたのだが、通り道に見慣れない女子生徒がいる事に気が付いた。
「えーっと……ど、どうしよう……」
妙におどおどしたツインテールの娘だった。何か困っているようで周囲を見渡しているが、休み時間も終わりかけな上今いる場所は授業で使う教室がほとんどない。そのためこんなところをうろついている生徒は俺ぐらいしかいなかった。
様子を見ているうちに彼女はどんどん落ち込んでいく。見ていられなくなって、俺はゆっくりと歩み寄って声をかけてみた。
「なあ」
「ひゃっ!」
「うぉっ!」
俺が話しかけると声をあげて二、三歩後ずさった様子に俺も驚いてしまった。突然話しかけてしまったとはいえそこまで驚くほどだっただろうか。
「あっ、す、すみません!大声出しちゃって……」
「いや、俺も悪かった。何か、困ってるのか?」
「は、はい……実は……次の移動教室がどこか、わからなくなっちゃって」
「……これまでどうしてたんだよ」
「ごっ、ごめんなさい! 私転校してきたばかりで……!」
「ああ、そういうことか。なら仕方ないな」
俺の軽口に過剰に反応されてしまった。凄く申し訳なさそうにする彼女を見て、思わず早口でフォローしてしまった。
「んで、どこに行くんだ?」
「は、はい。えっと……音楽室、です」
「音楽室か、ならここからそんなに遠くないぞ」
「そ、そうなんですね」
隣の棟に入ってすぐの階段を上がったところにあるから今からでも間に合いそうだ。
「んじゃいくか」
「えっ? あ、あなたはいいんですか? 次の授業とか……」
「俺もその近くに用があるんだ」
「……そうなんですね。お、お願いします」
近くの空き教室で寝て過ごすつもりなので、嘘は言っていない。彼女は納得したようで、大人しくついてきた。
「ほら、そっちに見えるのが音楽室な」
「はい! あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
授業開始一分前、ギリギリだったが到着できた。俺は当然、次の授業には絶対に間に合わないのだが、それはどうでもいい。
「あ、あの……お名前は」
「っと、俺はもういかないと。じゃあな」
「あっ……」
嘘がバレないように俺はそさくさと退散した。
(……妙に構いたくなるような、妙なやつだったな)
今まで会ったことのないタイプの娘だったからか、俺も対応がぎこちなくなっていた気がする。その後は静かになった廊下を歩き、空き教室で適当にだらけて過ごしたのだった。
結局その日は放課後までサボってしまった。今朝の車の件で体力が削られていたせいか、空き教室ですっかり熟睡してしまった。美也にバレていないことを祈りながら、家の電気が消えて暗くなっているのを確認し、こっそりと玄関を抜ける。
その瞬間、バチッという音がした。急に玄関の明かりがついたのである。すると俺の眼前には恐れていた光景が待っていたのである。
「はっ!? 急に明かりが……」
「おかえり! にぃに!」
「うおぉぉっ!」
明かりのスイッチのほうを見ると、やけにニコニコしている美也が立っていた。
「お、脅かすなよ……一体どうしたんだ?」
「ふっふーん、ちょーっと話したいことがあってね!」
「な、なんだ?」
これは、サボりがバレているのだろうか。表情は満面の笑みなのだが、どうも言い知れぬ圧力を感じる。
「今日スッゴく可愛いお友だちが出来たんだ!転校生の子なんだけどね!」
「……そりゃ良かったな」
どうやら違う話題みたいだったので少し肩を落とした。
「スタイルがスッゴいんだよ!あの抱き心地は抜群だったよー」
「んな話されて俺はどう反応すりゃいいんだよ……」
そもそも一年に知り合いはいないからあまり関係無さそうな話だな、と思っていたのだが、美也が最初に転校生と言っていた事に引っ掛かった。
「それ、もしかして今日転校してきたやつか?」
「うん! 一年生の事なのによく知ってるね」
「ん? ああ、なんか変わった雰囲気のツインテールに会ったんだよな……」
「……やっぱりそうだったんだね、にぃに」
「え?」
何やら空気が悪い方向に変わった。何かまずいことを言ってしまったのだろうかと思ったが、もう遅かった。
「紗江ちゃんから聞いたんだ、上級生の男の人に教室を案内してもらったって」
「あぁ、あの娘の名前か」
「うん、中多紗江ちゃんっていうの。……その人朝じゃないのに鞄持ってたんだって」
「……あ」
「特徴を聞いたらにぃにと一致してたし、どういうことか説明してもらおっかな~?」
完全に詰んでいた。あの娘意外に観察力あるんだな……と謎に感心していた。その後美也にこってり説教される羽目になってしまった。そんな中、何故か転校生の情報も色々と俺に詰め込まれた。
中多紗江、最近転校してきた出版社社長の娘。箱入り娘らしくかなり人見知りなところがあり、特に男性に対しては完全に萎縮してしまうとのことだ。俺が話しかけたときのあの怯え方にも納得がいく。
今日の登校は送り迎えの車でしていたというのも驚いた。いかにも高級そうな黒塗りの車らしい。今朝に見た車と特徴が似ているような気がするが、もしかしたらその車だったのかもしれない。送迎は今日までで、明日からは電車通学にも挑戦してみるらしい。
全てがまるで雲の上のような話ばかりで、自分とは別の世界の話を聞いているようだった。
「……というわけで、次に紗江ちゃんに会った時は失礼の無いようにすること!」
「あぁ……ん? そういう話だったか?」
「あれ? 違ったっけ?」
「まあいいだろ、もし会ったら気を付けるよ」
「うむ! よろしい!」
俺としては説教じゃなくなってくれた方がいいので乗っておく事にした。言いたいことを言い終えた美也は満足げに自分の部屋に戻っていった。正座で痺れてしまった足が治るまでの間、今日の事を振り返ってみる。
見るからに困っていた中多のことを、俺は放っておく事が出来なかった。中多は転校してきたばかりで、うちの学校の事をまだ知らない。俺が学校でどういう奴と思われているのかも、よく知らないのだろう。
俺とは住む世界が違う。俺が不良だと知れば尚更関わることは無いだろう。別に何か変化を期待していた訳でもない。また同じように、遅くに寝て遅くに起きる。惰性の日々は、まだまだ続くだろう。
ついでにあのオッサンは出会わないよう避けておこう。何となくそうしたほうが良いと俺の直感が告げていた。
謎のエプロンのオッサンをちょい役で出しました。
音楽室の場所は適当です。