ひとまず俺はさっき会った女生徒の特徴や言動を春原に伝えてみた。すると春原には思い当たる人物があったようで、俺の説明からほぼ確信していた。
「その人が森島先輩だよ!」
「ああ、あの人がそうだったのか」
何度か噂を耳にしていた『男殺しの天然女王』その人だったらしい。告白される事に慣れている様な雰囲気があったことも納得がいく。
「てことは岡崎!実は知らないふりしてこっそり告白の準備をしてたってことかよ!?」
「俺今の今まで名前もわかってなかったんだけど」
「そうでしたね……」
名前もわからなければアプローチのしようがない。どうしてフラれたのかは、いくら考えても思い当たる要素が無い。
「それにしても、森島先輩と話したって……なんか羨ましくなってきた」
「そこ羨ましいのか……?」
「僕なんか口説こうとしたら後ろから誰かに取り押さえられて気づいたら保健室にいたんだぞ!?」
俺以上に訳が分からない目にあっていた。
「というかお前、森島先輩だったか?……に声かけてたんだな」
「いやー、噂は知ってたけど、僕の容姿ならいけるかも?って思ってね」
「その自信はどこから来るんだよ……」
サムズアップしながら自信満々に答えていた。
「というかお前フラれるよりひどい目に会ってるじゃないか」
「何言ってんだよ!フラれてないってことはまだチャンスはあるってことさ!」
この謎のポジティブさは見習いたくない。
「とりあえず岡崎に告るチャンスは無いみたいだね」
「そんな結論なのか……別にいいけど」
告白しようなんてこれっぽっちも浮かんでいなかった。それよりも今は、思わぬ出来事に遭遇して疲れてしまった。
「はぁ……何か疲れたしこの後はサボるか……」
「おっ、いいね!じゃあ僕もそうしようかな」
「ああ」
そう言って立ち上がり、教室に置いてある鞄を取りに向かう。
「んで、どこ行く?」
「そうだな……お前の部屋にあるティッシュをベッドに一枚ずつ重ねて上からお湯をかける遊びとかどうだ?」
「何も楽しくねえよ! 僕のベッドがびちょびちょのぐちゃぐちゃになるわ!」
「無ければトイレットペーパーでもいいぞ」
「大差ねぇよ!……ゲーセンでも行こうぜ」
「そうだな」
結局、この日はずっとモヤモヤが残ったままになった。妙なモヤモヤを解消するために、ゲーセンで春原にはボコボコにさせてもらった。
次の日、昨日と同じ一時間目が終わる頃に学校へと到着した。席につくなり棚町が話しかけてくる。
「ねえあんた」
「ん?」
いつにない神妙な顔持ちをした棚町の剣幕に、少し身構えてしまう。
「昨日の帰りと今朝、塚原先輩……だっけ? あんたのこと探してたわよ」
「誰だそりゃ」
「あたしもよく知らないけど」
「知らないのか……」
「うっさいわね! 知らないのはしょーがないでしょ!」
「悪いとは言ってないだろ……」
何故かキレられてしまった。何処か不機嫌に見えるのは気のせいだろうか。
「それで、あんたが来たら『はるかの件で昼休み、屋上に来て欲しい』って伝言頼まれたのよ」
「はるかって……ああ」
昨日会った森島先輩の名前が確かはるかだったと思い出す。昼休みになれば昨日のモヤモヤが解決するかもしれない。
「……ねえ、その先輩と何が」
ここで授業開始のチャイムがなる。
「……後で聞かせなさいよ」
「気が向いたらな」
「絶対よ」
拒否権は無いらしい。ちょうど誰かに今の状況を相談したかったところなので、次の休み時間にでも話してみよう。
そして授業を寝て過ごし、休み時間になる。棚町に事情を一通り話したところで、つまり……と結論を出された。
「要するに、あんたフラれたってことね」
「待て、そのまとめ方は何か納得いかないぞ」
結果としてそうなのかもしれないが、それを認めるのは何か癪だった。
「冗談よ冗談。あんたが誰かを呼び出して告白なんて度胸ないでしょ」
「それはそれで何か納得いかねえ……」
俺はそんなにヘタレだと思われているのか、と少し肩を落とす。
「昼休みにはっきりするんでしょ?それまでは考えても無駄じゃない?」
「それもそうだ、伝言サンキュな」
「別にいいわよ、今度何かおごってもらえればね」
「言ってること矛盾してないか……?まあいいけどさ」
「約束したからね!」
ニヤリと笑いながら顔を近づけて念押ししてくる。ジュースくらいなら買ってやるか。
昼休みになり、ふと隣の空席を見る。春原の連続出席記録はここで途絶えてしまったようだった。俺としては屋上に向かう際、後をつけられても面倒なので手間が省けて都合が良かった。
「……いくか」
屋上に着くと、そこには二人の女生徒が立っていた。森島先輩と、もう一人は初めて見るが恐らく塚原先輩だ。森島先輩はそわそわして、少し落ち込んでいる様に見える。対して塚原先輩はあまり表情が読めない。
「あなたが昨日の昼休みに屋上ではるかと会った岡崎君、で合ってるかしら?」
「は、はい」
「名前聞いてなかったから、二年全部のクラスに聞いて回っちゃった!」
「なんすかその行動力は……」
大した行動力だと思う反面、あまり俺の名前を出さないで欲しいとも思った。また変な噂が出回ってしまうことは避けたい。
「まだ名乗っていなかったわね。私が貴方を呼び出した塚原響で、こっちが森島はるか。よろしく」
「よろしくね、岡崎君」
「はあ、どうも」
昨日森島先輩が響ちゃんと言っていたのはこの人だったようだ。確かに森島先輩よりかは話が通じそうな雰囲気だった。
「貴方に謝らないといけないことがあってね」
「はあ……それって昨日の昼休みの?」
「そう。はるかったら告白のために屋上へ呼び出してきた相手が、偶然屋上にいた岡崎君だと勘違いしてしまったのよ」
「何だよそりゃ……」
つまり、森島先輩にラブレターを渡して呼び出した相手が俺だと勘違いしたということだった。あの時たまたま俺だけが屋上に居たことが思わぬすれ違いを起こしてしまっていた。
「だって靴箱に入ってたラブレター、名前が書いてなかったんだもの!あんなのわからないわよ!」
「でも岡崎君にちゃんと確認すればわかった事でしょう?貴女の早とちりも悪いわ」
「それはそうだけど……」
「ほら、まずは岡崎君に謝るのが先でしょ」
「むー……岡崎君、勘違いしてごめんなさい」
「ああ、いえ」
かなり不服そうな顔をしながらも、俺に頭を下げた。俺は嫌な気分よりも状況を理解できた納得の方が強かったので別にいいと謝罪を受け入れた。
「元々呼び出してた奴は何で来なかったんすかね?」
「何か不良がいたから屋上に入れなかったって言ってたわね」
「ああ……」
彼は俺と春原が居座っていて、ビビって入れなかったのだった。そう聞くとなんか俺もちょっと悪いような気がしてきた。
「それでも行こう、と決心した時にははるかが降りていくのが見えて混乱しちゃってたわ」
のんびり昼飯を食べている間にそんなすれ違いが起きていたのか、と呆れ笑いが出てしまう。
「あの子にも悪いことしちゃったわ」
「元々はるかを呼び出していた彼には今朝説明しておいているわ」
「友達なら良いよって言っておいたからバッチリ!」
すれ違った上に止めを刺されていた。その男子にとってはかなりのトラウマになってしまったことだろう。
「まあはるかはこういう子だから、許してあげて欲しいのだけど……」
「響ちゃんひどーい! あの日は三人から告白されて大変だったんだから!」
「俺は気にしてないし別にいいっすよ」
「君も否定してよー!」
「いや、その通りだし」
「うっ……ごめんなさい」
「ありがとね」
「いえ、別に。じゃあ俺はこれで」
とにかくこの一件はこれで解決のようだ。これ以上話は無いだろうと思い、二人に背を向けて屋上から立ち去った。
呼び出しの件はこれで解決したし、気がかりな事は無くなった。後は適当に授業を受けて今日は終わりだろうと考えていた所で、後ろから話し声が聞こえてきた。
「そういえば君、今朝はどうしていなかったのかな?」
「遅刻かしら?それはちょっと感心しないわね」
「ちょっと待て」
先輩達と別れて教室に戻ろうとしていたのだが、何故か二人ともついてきていた。てっきり屋上で別れたと思っていたのでツッコんでしまう。
「岡崎君、急に止まってどうしたの?」
「何で一緒に歩いてるんすか」
「細かいことは気にしない!」
男の子でしょ!と俺に人差し指を突きつけてハッキリと言ってくる。加えて彼女は無自覚なのか、ほぼ初対面のはずなのにやや距離感が近い。
「いや気にするでしょ、あと細かくないっす」
「どうせ教室までなんだから、お話しましょう!」
「はあ……」
ここまで来られると断る方が面倒だし、話ながら歩くことにした。少し後ろから塚原先輩も話し始める。
「はるかは興味を持ったらどんどん進んでっちゃうから。でも興味ないことには全く見向きもしないのよ」
「犬みたいっすね」
「ちょっと!その言い方は先輩に対して失礼じゃない!?」
「はるか、先輩じゃなくても失礼だと思うわよ」
片や頬を膨らませながら怒る先輩と、片や冷静にツッコミを入れる先輩。同じ一個上でもこうも違うと本当に同い年なのかちょっと疑いたくなる。
「あの日は結局一限の後の休み時間と、昼休みと、放課後の三回も告白されたのよ」
「いつもそんな感じなんすか」
「最近は本当に多くなったわよね……ほぼ毎日はるかが呼び出されてるのを見るわ」
断ることに妙に慣れているように見えていた事に納得がいった。もうこの学校の男子全員を切り捨ててしまうのでは、なんてことを考えてしまう。ふと、森島先輩が俺に不服そうなジト目で見つめている事に気づいた。
「……なんすか?」
「君、何でさっきから私についての事を響ちゃんに聞いてるの?」
「そういうのをちゃんと覚えてそうな人に聞いてるんで」
「ふふっ、よくわかってるわね」
「二人ともひどーい!」
何故か俺の中で森島先輩はちょっとからかうぐらいの立ち位置になっていた。
「そういえば一昨日くらいだっけ? 響ちゃんが金髪の子を保健室に連れていってたの」
「ああ、はるかに凄く怪しい視線を送っていたから。押さえ込んで先生方に報告しておいたわ」
「あの子大丈夫だったのかな……」
(ん? ……それってまさか春原か?)
春原が森島先輩に告白しようとした時の証言と一致している。やはり告白とかチャンスとか以前の問題だったようだ。
「君はどう思う?」
「……そいつは寧ろ喜んでると思います」
「そうなの? 君がそう言うならいいか!」
「いいのかしら……?」
塚原先輩が疑問に思うのはもっともだが、相手は春原なので問題ない。寧ろごみ箱に蹴り飛ばしても平気な気がする。そんな話をしているうちに、俺の教室の前に辿り着いた。
「教室が見えてきたわね」
「そうね。そろそろ昼休みも終わるし、戻りましょう」
「それじゃ岡崎君、またね」
「はあ……」
そう言って二人は階段のある逆の方向へ歩き始めた。本当にただついてきただけだったのか、と森島先輩が興味の向くままに動く性格であることを思い出した。
放課後になり、帰る準備をしていると棚町が話しかけてくる。
「そういえば、昼間の件はどうだったのよ」
「ああ、まあ大した事じゃなかったんだが……」
そういえば森島先輩との一件の説明をまだ棚町にしていなかった。話を聞いてもらってた事だし、あの告白は勘違いだったと説明する。
「はー、噂には聞いてたけどモテる女って大変なのねー」
「そうみたいだな」
「というかあんた、教室に戻ってくるときその人と楽しそうに話してなかった?」
「見てたのかよ」
「クラスの男子がざわついてたもの、気にしない方が難しいわよ」
そういえば教室に戻るとき視線が集まってたのを思い出す。
「楽しそうだったかはわからんが、誤解が解けた後は普通に話してた……ってところだな」
「ふーん」
「あと一昨日に春原が森島先輩にアタックしようとして門前払いされたらしいぞ」
「うっそ、フラれる奴は沢山聞いたけど門前払いは初めて聞いたわ」
「だな。来たらいじってやるか」
「さんせー」
そういえば春原は結局来なかったので、この噂は春原の耳には入らずじまいだ。まあ知られても面倒だからその方が楽で良い。帰り際に校内でふと噂話が耳に入ってきた。あの男殺しの天然女王が二年の不良と話していた』というものだ。
別に俺の行動が変わるわけではない。でも、例え自身が変わろうとしていないつもりが、俺を取り巻く環境が少しずつ変わっていく、そんな予感がしている。
『なにもかも、変わらずにはいられないです』
いつの日か見た、あの夢。その言葉の意味が少しだけ感じられた気がした。
(変わらずにいられない……か)
そんなことを思いながら、未だ変わらぬ町並みの中をうろつくのだった。