「あ、お兄ちゃん」
「え?あっ!」
「……美也ちゃんのお兄さん?」
「ああ」
滅多に会うわけじゃないだろうと思った次の日の昼休みの事だった。まさかの美也、中多、そしてその友人とバッタリ遭遇したのである。同じ学校に通っているのだから、偶然会う事もあるだろう。とはいえ翌日に遭遇するのは予想外だ。
「えーと……美也ちゃん、もしかして美也ちゃんのお兄さんって……?」
「あ、そうそう!これがお兄ちゃん!」
「そ、そうだったんだ!」
昨日の美也の話し方では中多が会った人物と自分の兄が同じだと思っていた。だからてっきり既に知られているのかと思っていたが、違ったようだ。
「美也、言ってなかったのかよ」
「あ、うん。紗江ちゃんに言うの忘れてた」
「そうかよ……」
別に紹介してほしかった訳でもないが、忘れられてるのも不満が残る。
「昨日も言ったけど、こちらが紗江ちゃん!あとこちらは水泳部の七咲逢ちゃん!」
「あ、あの!昨日はありがとうございました!」
「……初めまして、美也ちゃんのお兄さん」
「あ、ああ……よろしく?」
「なんで疑問系なんですか?」
「何となくだ」
「はぁ……」
後輩との挨拶なんて久しぶりすぎて、どう言えばいいのか迷ってしまった。七咲にはしっかり疑問を持たれてしまったので次があったら気を付けよう。微妙なやり取りをしていると、中多が俺に質問を投げかけてきた。
「せ、先輩って……、遅刻しても大丈夫な人なんですか?」
「遅刻しても大丈夫ってどんな奴だよ……、寒くて起きられないだけだ」
「そ、そうですよね! ……すみません」
皮肉を言われているのかと思ってツッコミで返したが、そういう訳じゃなかったようで謝られてしまった。
「ちょっとお兄ちゃん! 紗江ちゃん繊細なんだから優しく! あと寒くなくても起きないじゃん!」
「今のキツかったか……? 悪いな」
「い、いえ! 悪いのはすぐに怖がっちゃう私の方ですから……」
「もー! 紗江ちゃんに気を使われてるじゃん!」
中多の怯えようを見ていると、全面的に俺が悪いような気がしてきた。美也が完全に中多の保護者のようになっているため、俺の味方がいなくなっていた。
「あー……そうだな、寒いのは地球のせいだから中多は悪くないぞ」
「全然そういう話じゃない!」
「じゃあ何に謝ったらいいんだ?」
「それは……あれ? なんだったっけ? 紗江ちゃん、分かる?」
「え……えっと……?」
二人が混乱し始めたところで、七咲がクスりと笑っていた。
「……なんか、美也ちゃんのお兄さんって聞いてたイメージと違うんですね」
「そうなのか?」
「何というか、もっと悪い人なのかと思ってましたけど……ふふっ」
「逢ちゃん! せ、先輩は優しい人だからっ」
「うん、今ので良くわかったから」
後輩の女子にフォローされるのはかなり恥ずかしい。
そこで昼休みも終わる時間になったため解散した。どうも中多は俺の事をいい人だと思っているようだ。一度教室を案内しただけなのだが、よほど純粋な娘なのだろう。
隣にいた七咲……だったか、は最初俺の事を少し警戒していたように見えた。恐らく俺が不良と呼ばれているのを聞いていたのかもしれない。この学校内での俺の評価は大抵後者なので仕方がないと思っている。そう考えると、美也以外の後輩と普通に話したのは初めてだ。奇妙ではあったが、不思議と気分は悪くなかった。
その日の帰り、見覚えのある背中があった。立ち止まって震えている様子にデジャブを感じながら声をかけることにした。
「中多、どうしたんだ?」
「ひゃあぁ!」
「おっと、悪い」
また後ろから声をかけて驚かせてしまった。俺も話しかけ方を気を付けないといけないようだ。
「あ、先輩……すみません、ビックリしちゃって……ふぅ」
「いや……それで、立ち止まってたみたいだけど、どうしたんだ?」
「はい、それが……」
恐る恐る指差した先は、一つの住宅の門だ。その隙間から、小さくて可愛い感じの犬が覗きこんでいる。
「あ、あそこに……犬が……」
「あ、ああ……かなり小さいな」
「こ、怖くて通れないんです……」
「マジか……」
箱入り娘とは聞いていたが、ここまで漫画のような展開は想像していなかった。それなら別の道でも良いんじゃ……と言おうとした時だった。
「そこのおふたりさん! お困りのようですね!」
「ひゃっ!?」
突然俺たちの後ろから、長い緑髪の女の子が勢いよく声をかけてきた。俺たちよりは年下に見えるが、この辺で見かけない制服を来ている。小さな両手に持っているのは……星?の形をした木の彫刻だった。
「知り合いか?」
「い、いえ……知らない人です……」
「風子も知りません!」
「あ、そ……」
中多の知り合いとかじゃなく、ただの通りすがりだったようだ。
「それで、子供が何の用だ?」
「子供じゃないです!風子は女子高校生です!制服も着ています!」
「制服はそれっぽいけど、女子高生にはとても見えないぞ」
「あなた、失礼ですっ!……見た目で人を判断する最悪な人です!」
初対面にも関わらず最悪な人呼ばわりされてしまった。謎に落ち込んでいると、中多が口を開いた。
「えっと……何かご用ですか?」
「はっ!そうでした!風子、目的を忘れるところでした!」
俺たちに再度向き直し、ようやく本題に入るようだ。
「おふたりさんは今、その道を通れなくておこまりですね!」
「は、はい!そうです!」
「俺は困ってないけど」
「なぜなら、そこには世にも恐ろしい……ワンちゃんがっ!」
「はっ、はい!その通りです!」
「子犬な。あと全然恐ろしくないから」
何か二人の世界が始まってしまった。
「そこで風子の出番というわけです」
「その木の星で追い払うのか?」
「これは星ではなくひとでです!それにひとでさんでそんなひどい事はできません!」
「あ、そ……」
どうやら木彫りの星ではなくひとでだったようだ。ひとでと聞いて少し納得してしまったのは多分気のせいだろう。
「それじゃあ、一体どうするんですか?」
「風子のひとでぱわーで、ワンちゃんをやっつけてみせます!」
「いや、やっつけなくてもいいぞ」
意気込んでひとでを掲げているが、彼女の華奢な体つきからしてそこまで力があるように見えない。本当にやっつけてしまうとは思えないが、一体どうする気なんだろうか。
「それはダメです!犬さんがかわいそうです!」
「いえ、よのなかはじゃくにくきょーしょく、というやつなのです」
「うぅ……悲しいです」
「……なんだよこれ」
今この場所は深刻なツッコミ不足に見舞われていた。二人が作り上げた寸劇に最早俺はツッコむ気も失せていた。一息入れた少女は、ひとで?を両手で高く掲げてつぶらな目をカッと開く。
「それではいきます!ひとでさん……あたーーっく!」
「結局ひとで使うのかよ!」
さっきの発言をひっくり返す大ボケに思わずツッコんでしまった。謎の少女はひとでを前に掲げながら小走りで子犬に近寄っていく。子犬の前に立つと、両手を掲げて威嚇のポーズ(?)をしてみせる。
「ふぅぅ~~~……」
「キャンッ」
「ひゃぁぁ!」
ちっちゃく吠えられると、あっさり引き返して俺たちの前に戻ってきた。
「すみません、風子ではお役にたてませんでした」
「い、いえ……」
「それでは、風子はこれで失礼します」
そう言って犬がいる道と逆の方向に歩いて去っていった。一体何だったんだろうか。きっと俺達にはその答えはわからないだろう。
「別の道から行くか」
「は、はいっ」
めんどくさくなってしまったので、大人しく別の道へ向かうことにした。
「しかし、あの犬が怖いって普段どうしてるんだ?」
「えっと……これまでは家の車で送ってもらってたんです」
「マジかよ……てことは自力で学校に行ったことは……」
「はい……まだ一度も」
美也から話を聞いた段階では半信半疑だったのだが、子犬で怖がっている所を見た後では信じざるをえなかった。
「自分でも思ったんです。このままだと良くないって……それで……」
「……自力で登下校してみたってことか」
「はいっ! ……でも、自信が無くなってきちゃいました……」
少し俯いてしまう様子を見ると、なんだかいたたまれない気持ちになる。
「少しずつでいいんじゃないか?」
「えっ?」
「勇気出して自力で登下校してみてるんだろ?なら頑張ったってことでいいんじゃないか」
「……そう、ですね。ありがとうございます」
頑張るのを辞めてしまった俺が言えたことでも無いけど。何かを考えた後、中多は真剣に語り始めた。
「私、決めたんです。……いつか先輩みたいになろう、って」
「ん? 先輩ってのは?」
「はい、岡崎先輩の事です!」
「いやいや、何でそうなるんだよ……」
目指す対象を明らかに間違えている。何も努力していない俺に目指す様なところはないはずだ。
「昨日、初めて会った私の事を助けてくれたのが嬉しかったんです」
「別に大したことでもないだろ」
「いえっ! 私にとっては本当に嬉しくて……それにさっきもまた助けてくれました」
「別の道を提案しただけなんだが……」
「私も、そういう事をできる人になりたいんです」
そう意気込む中多の姿からは、今までの気弱な印象をはねのけるほどに力強さを感じた。
「だから、先輩の事をもっと知りたいです。私の人見知りな今の性格を、変えたいんです」
「そうか……。まあ、頑張れよ」
「は、はいっ!」
中多の決心する目を見て、俺はとりあえず応援しておくことにした。力になれるような事はないだろうし、かといって俺が邪魔をするようなことがあってはいけない。だから、これが適切な距離感だと思う。
駅まで行ってホームに歩いていく中多を見送った。別れた後も先程の中多の言葉が強く印象に残っている。中多には今の自分を変えたいという願望があり、今そのために努力をしている最中なのだ。
(俺みたいに、はなっちゃダメだろ)
中学三年のあの時から、俺は寧ろ変われないままなのだ。変わることを心のどこかで諦めている、とも言える。俺の事を知ったら、そのうち離れていくだろう。それなら尚更、俺にできることはない。駅と反対に歩く足取りは、いつもより少しだけ重い気がした。
風子、参上でした。
アマガミのストーリー軸からは大きくはずしたくないので、
CLANNAD要素を入れるにしても邪魔にならない程度にするつもりです。
(幻想物語の本とか、辞書投げとかちょっとした要素で)
ただ、この組み合わせは作ってみたかったので会わせてみちゃいました。