輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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今回も文字数オーバーしております。


6

(ん?あの車は……)

 

 時間は二限が始まっている辺り、俺としてはいつもより少し早く登校していた。すると見覚えのある黒い車が止まっているのが見えた。少し近づくと、運転席のドアが開いて見覚えのある人が降りてきた。

 

「岡崎さん……でしょうか。そろそろいらっしゃる頃かと思っておりました」

「あんた、あの時の……」

「はい、以前にここで助けていただいた者です。その節は本当にありがとうございました」

 

 俺の記憶にも新しい人物との再会だった。運転手は繁野という名前で、俺にお礼を言うためにここで待っていたようだ。

 

「本来ならもっと早くお礼がしたかったのですが、お名前も知りませんでしたから」

「それで、通るのをここで待ってたと」

「はい。お嬢様と同じ輝日東高校の制服でしたので、登校時間から待機しておりました」

 

 それはつまり、俺の遅刻した時間分だけ待っていてくれたということになる。

 

「なんか、わざわざすいません」

「いえいえ、お会いできて何よりです」

 

 一学生相手にも頭を下げて敬意を示してくれている。礼節を弁えている、と言うのだろうか。しっかりとした大人の立ち振舞いには、何だか感心してしまう。

 

「ちなみになのですが、あの時のエプロンの方とはお知り合いだったのでしょうか?」

「いや、全然知らないっす」

「そうですか……あのお方につきましては引き続き探してみることに致します」

「名前は聞けなかったんですか?」

 

 俺が去った後、オッサンは繁野さんとやりとりをしていたはずだ。あのオッサンも名乗らなかったのだろうか。

 

「お名前を聞いても『俺はただのしがないパン屋さ……』と言われてしまいまして」

「なんか想像つくのが嫌っすね」

「貴方の名前については、『あいつの名は……大宇宙 銀河だ!』と仰っておりました」

「あのオッサン本当に大人なのかよ!?」

 

 しっかりとしていない大人の立ち振舞いに、何だかガッカリしてしまう。同じ大人でもここまで違うんだな、と肩を落とした。ここで一つ疑問が浮かんだ。繁野さんは最初に俺の名前を呼んでいた。オッサンが嘘の名前しか言わなかったのなら、本当の名前はどこで知ったのだろうか。

 

「俺の名前呼んでたっすよね。どうやって知ったんすか?」

「……近頃、お嬢様が『岡崎先輩』という方の話をよくされるのですよ」

「お嬢様?」

 

 そういえば少し前にもお嬢様、と言っていた。俺の話をしていたってどういうことだろうか?

 

「困っている時にいつも助けてくれる本当に優しい先輩なんです、と」

「え、まさかお嬢様って……」

「ええ、中多紗江お嬢様です」

「……マジっすか」

 

 そんな偶然が本当にあるとは思っていなかった。

 

「貴方の事を話す紗江お嬢様は、いつも目が輝いておられるのですよ」

「それは、俺は別に何も……」

「お嬢様は以前とは見違えるほどに積極的になられました、恐らく貴方のお陰でしょう」

「そんなことないっす。あいつが頑張ったってだけで」

 

 そう、ずっと中多自身が頑張ったというだけなのだ。俺は本当に大したことをしていないのだ。

 

「……やはり噂は間違っているのでしょうね」

「噂?」

「貴方が不良である、という噂です」

「それは……」

 

 少なくとも学校では確かに流れている噂。噂によって生徒はほとんどがそう信じていると思うのだが、この人は違った。

 

「お嬢様が不良とつるんでいるという噂を聞いたときは、止めるべきかとも思いました。しかし貴方でしたら私は問題無いと判断致しました。きっと噂も何かの誤解では……」

「噂は本当っす」

「そうなのですか?」

 

 ここまで俺の事を信じてくれているこの人には、嘘をついちゃいけないと思った。

 

「といっても、遅刻欠席が多いってだけなんですけどね」

「なるほど……確かに今から学校に行っても始業には間に合いませんね」

「俺がだらしないってだけで……中多に何かしようってわけじゃ」

「ええ……直接お話ししてみて、貴方が悪い人じゃないのは分かっておりますよ」

 

 なんだか必死に弁明してしまったな、と気恥ずかしさを感じた。

 

「しかし……一つ懸念があるのです」

「懸念?」

 

 繁野さんの顔つきが変わった。何か大きな問題を危惧しているのか、眉間に大きくシワが寄った。

 

「貴方の噂について……お嬢様のご両親はまだ知らないのです」

「!」

 

 それはつまり、娘が『不良』とつるんでいるのを知らないということだ。

 

「特にお父様は厳格に躾をなされてきた御方です。私は事情を知っておりますが、もしお嬢様が不良と一緒にいる、と言った形でお父様の耳に入ってしまった場合は……」

 

 思わず唾を飲み込み、冷や汗が頬を伝う。

 

「お嬢様と今後関わらないで欲しい、と言われてしまうかもしれません」

 

 頭から冷や水を浴びせられたように、俺の気持ちはまっ逆さまに落ちていく。ずっと頭の片隅では感じていたのだ。俺の行動は、良くも悪くも中多に影響を与えすぎているのではないかと。今の話は、悪い意味での影響というだけの話だ。

 

「すみません、貴方の気を悪くさせてしまう話でしたね」

「いえ」

「もしそのような事があっても、私は貴方の力になれるよう動かさせていただく所存です」

「……はい」

 

 その後何言か話をしてくれていたが、俺の耳には入ってこなかった。今後もお嬢様の事をよろしくお願い致します、と告げて繁野さんは車に戻っていった。車が発進して見えなくなっても、俺はその場から動けずにいた。現実を思い知らされてしまったのだ。どんな事情があったとしても、世間からの俺の評価は『不良』でしかないのだと。

 

 

 結局俺が学校に辿り着けたのは昼休みが始まる頃だった。鉛のように重い足をどうにか動かし、校舎裏の庭についた。今は、一人になりたかった。これからどうするべきなのか、中多とどう接していくべきなのか。静かな所でじっくりと考えたかった。けれど、その願いは叶わなかった。偶然にも目的の場所に、中多の姿が見えたからである。何故か、三人の男生徒に言い寄られている。

 

「ね、ねぇ君! その髪型ってもしかして○○ちゃんのオマージュ!?」

「やっべぇ、尊み深すぎじゃん! となればあのキャラもお願いしたひ……」

「ぜひうちのアニメ研究サークルに!」

「えぇっ!? いや、あの……そういうわけでは……!」

 

 少し言葉遣いがおかしい連中にやや強引に勧誘されていた。勢いが強くて端から見るとかなり危ない構図になっている。きっと彼女は、今のままじゃまた勢いに押されて断れなさそうに見える。渦中に歩み寄ろうとして、立ち止まる。

 

『お嬢様と今後関わらないで欲しい』

 

 否が応にもあの言葉がフラッシュバックする。ここで俺が行けば、また繰り返しになってしまう。あいつのためを思うなら、俺はどうするのが正解なのだろうか。

 

「しかし完成度が高い……まずは話だけでも!」

「コスして欲しいキャラが山ほどあるんす!」

「さあさあ! とりあえず我が部室にご案内致しましょう!」

「あの……えっと! わ、わたしには……あうぅ」

 

 俺は何を迷っているんだろうか。いつか離れることになるなんて、最初から思っていたことのはずだ。今さらどうしたって何も変わらない。今だけは、思うように行動してやろう。

 

「中多」

「あっ、先輩!」

「げっ……岡崎!?」

「やべっ! この娘岡崎の連れ!?」

「マ!? ……関わるのマズいんでは!?」

 

 俺を見るなり三人は分かりやすくビビり出した。中多と俺に関わりがあるとわかった途端、彼らはそさくさと逃げていった。

 

「ありがとうございます……もう少しで連れていかれてしまうところでした」

「そうだな」

 

 あのまま放置していたら、最悪バッドエンドになってしまいかねないような予感がした。それが避けられただけでも良しとしよう。

 

「えへへ、また先輩に助けられちゃいました」

「次からは、中多自身で断れるようにならないとだな」

「え……?」

「俺はいつでも駆けつけられるわけじゃないし、それに元々は中多の訓練なんだからさ」

「そ、そうですよね! 頑張ります!」

 

 一瞬寂しげな表情を浮かべたように見えたが、あえて触れないでおく。

 

「先輩、聞いてください!」

「なんだ?」

「今度お店の面接を受けられる事になったんです!」

「そうか、なら頑張らないとな」

「はい!」

 

 軽く跳び跳ねながら嬉々として報告する中多。今まではそんな様子を見ると俺も暖かい気持ちになっていた。けれど、今の俺は目の前の暖かさを受けとることができなかった。

 

「今度棚町に面接がどんな感じか詳しく聞いてみたらいいんじゃないか?」

「そうですね! 棚町さんは頼りになります!」

「じゃあ棚町には中多と話すように言っておくから」

「え? ……先輩は来てくれないんですか?」

「面接なんてほとんど経験無いからな、俺がアドバイス出来る事も無いだろ」

 

 俺が直接動いてしまうのを避けるため、俺抜きで動く事を提案する。面接について助言できないのは事実だ。中多は少し難しい顔をして俺の様子を伺ってくる。

 

「先輩。何か、あったんですか?」

「ん、どうしてだ?」

「その、いつもより元気が無さそうに見えたので」

「俺はいつもこんなもんだ」

「本当……ですか?」

 

 俺に近づいて顔を覗きこんでくる。色々考えていたのが顔に出てしまっていたのかもしれない。何かを思い立った様子の中多は、意を決した表情で俺に問いかける。

 

「あのっ! ……先輩は何かやりたいことはありますか?」

「……いきなりだな」

「ずっと、聞こうと思ってたんです」

 

 中多は自分の胸に両手を置き、俺に真剣な目線を送ってくる。

 

「先輩は、私のやりたい事を手伝ってくれて……本当に嬉しいんです。だから、私も先輩のやりたい事を手伝えたらなって……思って、その……」

 

 恩を返したい、という事なのだろうか。そういえば以前、部活はしていたかと聞かれたことがあったなと思い出す。その時は答えをはぐらかしてしまったが、これ以上隠しても多分お互いのためにならない。そろそろ話しておいたほうが良いだろう。俺がかつて情熱を燃やしていた時の事を。

 

「中学の部活、バスケやってたって前に言ったよな?」

「……はい」

「3年の時に辞めた。……いや、辞めるしか無かったんだ」

 

 親父と喧嘩して、右肩を故障したあの日。本気でやりたいと思っていた事が、二度と出来ないと医者から告げられたあの日。俺の全てが崩れさってしまったようだった。これからどうするか、何て考える事もできない程に打ちのめされてしまった。

 

「だから、俺のやりたいことはもう終わっちまったんだ。高校も惰性で通ってるだけでさ、ただ何もせずに迷い続けてるんだよ」

 

 バスケが出来なくなった時から、やりたいことは無くなってしまった。そんな俺のために、中多が手助けなんてする必要は無い。そういう意図で言ったつもりだったのだが、彼女の想いはどうやら違うようだった。

 

「でしたら……これから見つけませんか?」

 

 俺の想定外な返答だった。

 

「見つける?」

「はい! 次のやりたいことや楽しいことを、です」

 

 これまでも何度かあった、時々見せる中多の意思の強さ。その強さにあてられてか、廃りきっていた俺の心が少しだけ揺らいだような気がした。

 

「そう、だな。見つかると……いいな」

「私も、手伝いますから!」

「…………いや」

「え……」

 

 俺なんかの事に、中多が頑張らせてしまうのは避けたい。

 

「……中多のやりたい事が、まだ実現できてないだろ」

「! ……はい」

「俺の事より、まずそっちを先に実現させないか?」

「はい! ……私が今度の面接に受かったらその次は!」

 

 中多が言い終わる前に俺は校舎の時計を見る。

 

「っと、そろそろ昼休みも終わるな」

「えっ? もうそんな……」

「じゃあな」

「先輩っ!」

 

 振り切るように早足でその場を去る。どこまでも純粋無垢な後輩に、これ以上甘えちゃいけない。俺なんかと、関わっていちゃいけない。俺は教室にも向かわずに学校を飛び出した。もう終わるだろうと嘘をついた残りの昼休み時間が、長く苦しく感じられて耐えられなかった。学校を完全にサボってしまった俺は、夜まで宛ても無く町をさ迷った。それでも心を満たすものは、何も見つけられない。これまでの放課後と同じように時間を潰していたはずなのに、身も心も一段と冷え込んでしまった。




話の構成上、他の話よりも岡崎がネガティブになってきました。
自己肯定感の低さは智代編で顕著に出ていたのを大いに参考にしています。
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