輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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5人目は七咲編です。

この組み合わせもやり取りを想像してて楽しいです。


七咲逢編
1


 始業の時刻からはだいぶ遅れて登校した俺は、当然のように教室には向かっていなかった。授業を避けるかつ人目の無さそうな場所を探し求めて、校舎裏を歩いていた。

 

「この芝は寝ころべそうだな。よっ……と、中々悪くないな」

 

 日当たりが良い芝生を見つけたので、仰向けに寝転んでみる。思いの外感触も良好でそのまま寝てしまいそうだ。俺は気持ち良さに抗えず、目を閉じて力を抜いていった。

 

 こんな風にサボるのは今に始まったことじゃない。高校に入ってからの俺は、授業にまともに出たことが一度もなかった。こうして教室に行かなかったり、席に座っていても寝たりボーッとしたりしている。そのせいでテストの点数は赤点かギリギリ回避かというレベルである。

 

 しかし一番の問題は、そこに危機感を感じないことだろう。俺の将来に希望が持てていないから、何かを頑張ろうという気持ちが全く沸いてこない。二年生も終わりそうな今になっても、こうして意味の感じられない自堕落な日々を過ごしている。

 

 希望の光を失った中学三年のあの日の事は鮮明に覚えている。忘れたくても忘れることができない。あの肩の痛み、心の苦しさ。それが時折り夢にも出てきてしまうほどに。早く覚めてほしいと思いながらも、悪い夢は覚めない時間が今も続いている。夢なら、そろそろ覚めてくれ。

 

 

「……もしもーし?」

 

 突如俺の中に知らない声が響く。重い目蓋を開けると見知らぬ女子の顔がぼんやりと見えてきた。

 

「んぁ……?」

「あ、起きましたか。こんな所で寝ていたら風邪引いちゃいますよ」

「ああ、悪いな」

 

 聞き馴染みの無い声に少しずつ頭が眠気から覚めていく。気だるさを抱えた身体をゆっくりと起こす。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。通りすがりに見かけた俺を起こしてくれたようだ。眠る前は日差しが心地よかったのに、今は日が隠れてしまっている。少し温もりがあった芝生もすっかり冷えていた。俺はどのくらい寝ていたのだろう。起こしてくれた女子生徒に尋ねてみることにした。

 

「今って何時間目辺りだ?」

「……もう放課後ですよ?」

「マジ?」

「はい、マジです」

 

 周囲を見渡すと、校舎はすっかり夕暮れ色に染まっていた。昼ぐらいになったら起きようと思っていたので完全に想定外だ。全く起きられなかったのは、あの悪夢に囚われていたせいだろうか。若干寝汗をかいてしまった体に意識を向けるとバキバキに固まっており、本当に長時間眠っていたのだと実感する。

 

「寝過ぎて身体いてぇ……」

「あの、いつから寝てたんですか?」

「三時間目が終わる辺りだったかな」

「それ、思いきり授業サボってますよね」

「そうとも言うな」

「そうとしか言いませんよ」

 

 やれやれという顔で全うなツッコミをされてしまった。さっきまで枕代わりにしていた鞄を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

 

「今日は教室までたどり着けなかったな……まあいいや、帰るか」

「何しに学校来たんですか……、こんな所で諦める人は初めて見ましたよ」

 

 初対面の、恐らく後輩であろう女子に完全に呆れられてしまった。学校の敷地内に来たから俺の中では頑張った方なのだが、普通に通っているやつからしたらそう思われるのも仕方ない。

 

「起こしてくれてサンキュな、えーっと……」

「一年の七咲です」

「ああ、二年の岡崎だ」

「はい、それでは」

 

 そういって七咲はすぐに俺に背を向ける。しかし俺は歩きだそうとする方向が気になった。そっちには確か校門は無かったはずだ。

 

「帰らないのか?」

「私はこれから部活です。水泳部なので」

「……そうか」

 

 遠くの方から部活動に精を出している何人かの声がふと耳に入ってくる。部活、夢を見た俺としてはあまり聞きたくない単語だった。かつて俺も中学までは部活動に励んでいた一人だった。けれど今は、なるべく関わらない様に過ごしている。バスケの事や親父の事を、出来る限り思い出したくないからである。

 

 遠ざけ続けているうちに、バスケへの熱は完全に冷めきっていた。放課後には帰る以外の選択肢が浮かびすらしていなかった位だ。すっかり冷えてしまった身体の冷たさが、更に強まった気がした。

 

「どうかしたんですか?」

「ああ、いや」

「……?」

 

 少し物思いに耽ってしまっていた。俺があまり気分の良くない顔をしていたからだろうか、少し首を傾げる。その直後、何かハッとしたかと思うと俺から少し距離を取った。何か嫌な予感がした。

 

「……もしかして、女子の水着姿を想像してたんですか?」

「は?」

 

 とんでもない勘違いをされてしまっていた。彼女は自分の体を両腕でガードし始めるが、茫然としていた俺が彼女を見続けていたせいで更に警戒心を強めてくる。終いには携帯を取り出し始めた。

 

「私の体をあまり見ないでください、通報しますよ?」

「待て待て! そりゃ冤罪だ!」

 

 通報しますと言いながら携帯を取り出されてはシャレになっていない。只でさえ素行が悪いと言われているのにこれで訴えられたら一貫の終わりだ。慌てる俺の態度を一頻り見終えた後、七咲は携帯をしまった。

 

「なーんて、冗談ですよ」

「勘弁してくれよ……、マジで通報されるかと思ったぞ」

「別に本当に通報してもいいんですよ、サボり罪とかで」

「サボりで毎回捕まってたら、学校よりも警察へ行く回数のが多くなりそうだ……」

「それはサボりすぎですよ……」

 

 俺と彼女は、初対面とは思えない様なアホな会話をしていた。お互いの顔も名前も今知ったばかりなのに、あまり気を遣わず軽口を言いあえる相手だった。通報されかけた事で変に気を使おうと思わなかったからだろうか。

 

「それでは、練習の時間になるのでこれで」

「あ、あぁ」

 

 彼女は今度こそこの場を離れていった。初めて話した奴だったが、この数分の間に印象が二転三転した気がする。いつも決まった奴としか話していなかった俺には、少し良い刺激だったかもしれない。ただ、通報はシャレになっていなかったから止めてほしい。変な緊張をしてしまったせいか、体の冷えは少しだけマシになっていた。

 

 

 その後、いつもと代わり映えのない寮の一部屋に来た。

 

「おーす」

「岡崎……、前から言ってんだけどさ、入る時はノックしてくれよ」

「ああ、そこまで言うなら次からはやるけど……修理代はお前持ちだぞ」

「どんだけ強くドア叩く気だよ!?」

「あれだよ、吊るした丸太使って何人かで思い切り突き破るやつ」

「突き破るって言っちゃってるじゃねーかよ!」

 

 俺の冗談はまだ笑える範囲で済んでいる、はずだ。こうしてイジった時はいつも春原は迫真の顔になるが、それはいつもの事だから気にしない。軽い挨拶を終えて年中出しっぱなしの炬燵に座る。

 

「よっと……春原、お茶」

「出ねーよ! このやり取りも何回やってると思ってるんだよ!」

「こうやって毎回言ってたら、いつかは大人しく出すようになるかと思って」

「僕はパブロンの犬じゃねぇよっ!?」

 

 きっとパブロフの犬の事を言っているのだろう。わかっているのであれば、引き続きお茶をせびり続けて忠犬になってもらうとしよう。どうにか卒業までには立派なお茶くみ要員になってほしいものだ。

 

「まあ、今はまだ……な」

「意味深な言い方するなよ! これから先も出さないからな!?」

 

 こんなやりとりもいつもの事だ。全く、と呟きながら春原はベッドに寝転び直す。俺は炬燵の上に置いてあった表紙の色がやけに濃い漫画が気になった。

 

「何だ?この漫画……『すいえいぶ!!』?」

「ん? あー……なんか話題になってたから何となく買ってみたんだよ」

「お前こういう話題に乗っかるようなタイプだったか?」

「だから何となくだって!」

 

 漫画の表紙にはスクール水着姿の可愛らしい女子が三人描かれている。それでいて露出がやや強めな印象を受けた。こいつの名誉のため、話題になってたということにしておいてやろう。

 

「けど僕にはあまり合わなかったんだよねー、次は買わないかな」

「そうなのか?」

 

 春原の言い草に疑問を感じて、中身をパラパラとだけめくってみる。漫画の内容は、表紙に反して案外スポ根な展開だった。目に入る台詞は、努力がどうとか逆境がなんだとかそんなのばかりだ。登場キャラクターの熱量の強さにちょっと見ただけで目眩がしそうだった。

 

「俺にも合わないな、こりゃ」

「だよねー……、僕らには関係ない話だったよ」

 

 俺は興味を無くして漫画を閉じた。元の位置に置き直そうとした際、俺はふと思い出したことがあった。芝生で寝ていた俺を起こしてくれた七咲の事を思い出す。そういえば彼女は水泳部だと言っていた。放課後は水泳部の練習に精を出しているのだろう。もしかすると、彼女が今夢中になっている事なのかもしれない。かつて、ただ純粋に希望を抱いていたあの頃の俺と同じように。

 

『……もしかして、女子の水着姿を想像してたんですか?』

『私の体をあまり見ないでください、通報しますよ?』

(……いや、どうなんだ?)

 

 今日話した感じを思い返したら、水泳部に本気で取り組んでいるかどうかはわからないなと思った。彼女の性格があまり見えてこなかった、といった感じだった。まだそこまでの間柄とは言えないだろう。

 

 俺が寝る場所に選んだ校舎裏は、そもそも通り道として使うような場所じゃない。教室のある棟からまっすぐプールのある体育館に向かうなら通る必要は無いはず。俺は人が少ない静かな場所を選んだけれど、あいつも静かな方が好きなのだろうか。と、ここまで考えた所で止める異にした。この部屋の中で色々と考えた所で、七咲の行動理由なんてここで考えたってわかることじゃない。ましてや次に会うかどうかすらわからないのだ。

 

 俺は漫画を左手に持ち、軽いシュートでゴミ箱に放る。とても綺麗とはいかないが、小さくアーチを描いて上手く入れる事ができた。ガコンッと音が鳴り響き俺は少しだけ快感を得る。

 

「おっ、ナイッシュー……ってこら! 勝手に捨てんなよ!」

「読まないんだし、別に良いだろ」

「分別とかあるんだよ! この寮ではゴミ捨てのルールを守らないと罰があるんだよ……」

 

 問題なのは投げた事じゃなくてゴミの分別についてだったようだ。しばらく入り浸っているが初耳だった。

 

「どんな罰なんだ?」

「一週間トイレ掃除」

「……確かにキツいな」

 

 学生にとってはかなり嫌な罰が取り決められていたようだ。俺に影響が無いならいいかとも思ったが、ゴミ一つでこいつにごねられても面倒だ。仕方なく俺は炬燵から立ち上がろうとする。

 

「わかったよ。んで、どう分けてあるんだ?」

「え? そのゴミ箱だけだけど?」

「……分別するんじゃないのか?」

「僕のだってバレなきゃ大丈夫でしょ」

 

 こいつは三年間トイレ掃除させた方が良いんじゃないだろうか。ゴミ箱から取り出した漫画を春原の制服の内ポケットに入れた。『僕の服はゴミ箱じゃありません!』と言ってくるが無視した。

 

 

 俺と春原は、かつてはスポ根とも言える生活を送っていた。互いにスポーツ推薦でこの学校に来て、春原はこの寮に住んでいる。中学までは俺はバスケで、春原はサッカーに打ち込んでいた。けど、それぞれの理由でその道は閉ざされてしまった。努力や根性ではどうしようもない、理不尽とも思える障害によって。

 

 挫折して夢見るのを辞めた末、俺たちはこの狭い一部屋に落ち着いてしまったのだ。まるで時間も、俺たちそのものも止まっているかのように何も変わらない日々を過ごしている。いつしか変わることを望みながらも、ずっと抜け出せずに居座り続けている。そんな俺でも、きっといつかはこの部屋からも抜け出す時が来るのだろうか。この狭い部屋から……。

 

「やっぱり狭いな、この部屋」

「あんた家主の前で失礼ですね……」

 

 この場所ももう少しくらいは広がって欲しい、なんてしょうもない事を考えていた。




やっぱりアマガミから橘さんの紳士要素を引くと
ストーリー展開が少なめに感じてしまいますね。
なのでゲームから引っ張ってきたりオリジナル展開に走ったりして膨らませております。
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