「あ、サボり崎」
これが翌日の三時間目に来た俺に対する第一声だった。そう言ってきたのは俺の前の席から体をこちらに向けてきた棚町である。あまり女の子らしい座り方とは言えない彼女は、俺に遠慮なくものを言ってくる数少ない知り合いだ。
「なんだその呼び方」
「昨日教室に来なかったからよ」
「いや、それはわかるんだがもっとマシな言い方は無いのか?」
「あんたがもっとマシになれば済む話でしょ」
「なんだよそりゃ……」
眠いのもあってか、これ以上言い返す気力が起きずに放っておくことにした。席に腰かけて次の授業のために寝る準備を始める。しかし棚町が引き続き話しかけてくることによって遮られる。
「それで、昨日はどこでサボってたのよ?」
「……普通、体調不良とかを先に考えないか?」
「いやあんたは普通じゃないでしょうが! 前科がありすぎなのよ!」
俺がこれまでにサボりすぎていたために何も言い返せなかった。こういうのを日頃の行いって言うんだろうな、と心の中で悲しい結論に至った。
「まあいいわ、放課後暇でしょ?」
「言い方が気に入らないから暇じゃない」
「暇ね、おっけー。後でファミレスで薫ちゃんの話し相手になってもらいまーす」
「会話になってないぞ」
確かに暇じゃないと言ったはずなのだが、俺の意見が全く通っていなかった。
「今日早上がりでちょっと変な時間が出来ちゃうのよ」
「バイトってそういう時もあるのか」
「そ、だから暇潰しにあんたを召喚させてもらうわ」
「そんな理由かよ」
要は暇な時間を自分の退屈しのぎに捧げなさい、という事だ。と言っても俺もただ暇な時間にはちょっとうんざりしてきていたので丁度良かった。一時の暇潰しに俺も付き合うことにする。
「わかった、じゃあ先に現地行っとくから」
「これから授業でしょうが! そういう事をサラッと考え付く所が普通じゃないのよ!」
俺のサボり癖はかなり根深い所にまで浸透しているらしい。
放課後になると、棚町は『あんたは後でゆっくり来てくれればいいから!』とさっさと行ってしまった。俺は道中でちょっと時間を潰してから向かうことにした。棚町の『(どうせ)放課後暇でしょ?』にちょっとだけ反抗したくなったのもある。通り道にあった公園のベンチが丁度良さそうだったので、そこで休憩することにした。
「ふぅ……」
深く腰かけてだらりと力を抜くと、思ったより心地が良い。住宅街や通学路の喧騒から離れた、少し寂れた公園がある事は知っていた。カラスの鳴き声とブランコを漕ぐ音だけが聞こえる空間で、ベンチに腰かけてボーッとしながら近くでブランコを漕いでいる女子高生を眺める。
「……あ」
「ああ」
その女子高生は七咲だった。翌日に再会するとは予想外だった。向こうも俺に気づいたらしく、漕ぐのを止めてこちらを見てくる。そこからどうしたら良いかわからず、互いに見合ったまま動けなくなってしまった。
「……」
「……」
からっ風の吹く音だけが公園に響き渡る。数分間の無言の時間が続く。なまじ目線が合ってしまっているため、知らんぷりをするのも気が引ける。七咲もどうするか悩んでいる様子だった。しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「……乗りたいですか?」
「いや、乗らないけど」
「そうですか」
「……」
「……」
会話が、続かない。一度話した仲ではあるが、お互いの事を全然知らないから当然だった。先程と違って目線は合っていない。七咲はブランコに腰かけたまま足をプラプラとさせている。そんな光景を眺めていると、七咲がジト目でこちらを見ながら言った。
「あの」
「何だ?」
「……暇なんですか?」
「お前がそれ言うのかよ!」
同じ公園で無言の時間を過ごしていた相手にまで暇呼ばわりされてしまった。不意を突かれて思わず今日一番の声量でツッコんでしまった。
「というかお前、水泳部じゃなかったのか?」
「今日の練習はお休みですよ」
「そうなのか」
「え、知らなかったんですか?」
「いや、何で俺が水泳部の活動日を知ってると思ってるんだよ」
「昨日は水泳部がやっているから覗きに来たんですよね?」
「お前俺に何か恨みでもあるのか……?」
もしかして昨日あの場所に寝ていたのは水泳部を覗くため、とでも思われているのだろうか。だとしたら完全に変質者である。初対面からこんなに当たりが強いのはどうしてなのか。俺の気づかない所で恨みを買うような事をしてしまっている、という可能性もある。
「冗談ですよ」
「……そうか」
そんな俺の心配は杞憂だったらしい。また彼女のヒヤヒヤする冗談だった。表情からはやはり心境が読み取れない。からかっているのか、それとも俺を嫌っているのかがわからないから反応に困ってしまう。
「それじゃ、行くところあるから」
「はい」
俺はゆっくり立ち上がり、その場から離れようとする。歩き出す前に、もう一度七咲の様子を見る。一見真面目そうで、クールな印象がある。しかし時々人をからかうようにキツめの冗談を言ってくる一面がある。
「……変わった人ですね」
「だからお前が言うのかよ!」
本当に、良くわからない奴だ。
「ああ、水泳部の七咲逢ちゃんね」
「知ってるのか」
「私も直接会った訳じゃないけどね」
ファミレスの奥の席で、俺は予定通り棚町の暇潰し相手になっていた。良い機会だと思い、七咲についてちょっと知っておきたいと思い聞いてみることにした。交友関係の広い棚町なら、と思ったがアタリだったようだ。あいつの性格を知っておけば今よりも振り回されにくくなるかもしれない。
「水泳部の友達が言ってたのよ、有望な一年生が来た!って」
「有望、ねぇ……」
「水泳部の皆は七咲ちゃんの事を『素直で可愛い後輩だ』って言ってるみたいよ」
「……もしかして俺が会ってる奴って別の奴なのか?」
会って話している時は、そんな感じは全然しなかったように思える。噂と俺の印象が違いすぎて、あれが本当に七咲だったのかどうかが怪しくなってきた。
「でも、水泳部の一年ってその七咲ちゃんだけらしいわよ?」
「一人だけ?」
「うん。だから七咲ちゃんを部に誘った塚原っていう先輩も、その子には相当期待してるらしいわ」
「マジか……更にわかんなくなってきた」
水泳部での評判を聞いた結果、俺の中で余計にこんがらがってしまった。唯一の一年で期待されているということは、それだけプレッシャーもあるだろう。そんな中で部活動を続けているということはかなりやる気があるということになる。
つまり七咲は今、水泳部に真剣に取り組んでいるのだろう。スポ根、とまで言えるかはわからないが努力している最中なのだ。七咲の事が少しわかったと同時に、自分との違いに距離を感じることになった。
「それで、何であんたから七咲ちゃんの名前が出てきたわけ?」
「ああいや、たまたま話す機会があってな」
「ふーん? ……それじゃあ残りの時間はそこんところ詳しく聞かせてちょうだい?」
「何でだよ……」
「ちなみに全部吐くまで店から出さないからそのつもりでよろしくー」
「誰かこいつクビにしてくれよ!」
その後、棚町の暇潰しは俺と七咲が会った時のエピソードを聞き出して終わった。若干不満は残っていたが、俺の飲み物代を出してくれたので許すことにした。
ファミレスを出て解散した後、俺はスーパーマーケットの前に来ていた。普段なら一人で来ることは無いのだが。今日はここに用事があった。店頭の買い物かごを持って中に入る。何を買うんだったか、と今朝俺の枕元に置かれていた美也の書き残したメモを鞄から取り出す。内容は調味料が何個か足りなくなったので買ってきてほしいという内容だ。おつかいを頼まれるのはいいのだが、買い物に慣れていない俺には一つ大きな問題がある。
この広い店内のどこに何があるのかが、さっぱりわからないのである。美也が買い物をする様子を眺めていた事は以前あったのだが、内容など全然覚えていない。あまり遅くなってしまうと店がしまってしまうので悠長にもしていられない。この広い店内をしらみ潰しに探すしかないか、と肩を落としていた。
「あれ? また会いましたね」
ふと昨日から何度も聞いてきた声が、思わぬ場所で俺に聞こえてきた。
「ん? ……また七咲か」
「はい、何故スーパーに?」
さっきの公園の時と同じ制服姿の七咲がいた。今日二度目の遭遇は予想していなかったし、会う場所も意外だった。七咲の問いかけに、俺はメモを見せながら答える。
「妹に買い物を頼まれてるんだよ」
「妹? ……もしかして先輩の一つ下の娘ですか?」
「ああ、美也ってやつが同じ学年にいるだろ?」
「確かにいますね。あまり話した事はないですけど」
別に知り合い、というわけでは無いらしい。ともかくこの件は終わるかと思いきや、七咲から思わぬ返答が来た。
「全然似てないと思うんですけど、嘘ついてたりしませんか?」
「何でこんなことで嘘つくんだよ……」
「私に近づくため、共通になりそうな話題を捏造したとか?」
「そのためにこんなメモまで用意してたらヤバすぎるだろ!」
「そうですよね、冗談です」
「疲れるんだから止めてくれ……あと内容がシャレにならんぞ」
本日二度目の冗談に襲われた。というか七咲の中で俺は相当ヤバい奴にされているようだった。やっぱり棚町から聞いた水泳部での印象と全然違う気がする。あと話すときは微妙に距離を置かれている。正直言って、全然可愛い後輩とは感じられない。
それにしても、ここにいるということは七咲も買い物をしに来ているのだろうか。買い物かごには、肉や野菜がいくつか入っている。そういえば俺も頼まれた物を買わないとなと思いメモを見直す。しかしやはり勝手がわからないから苦戦しそうだな……と悩んでいると七咲が聞いてくる。
「……その買い物、手伝いましょうか?」
「いいのか?結構広いから時間かかるんじゃ……」
「私は買い物慣れてますから、すぐにわかりますよ。……こっちです」
「あ、あぁ」
七咲はメモの内容を見ると、迷いなく歩きだした。俺も見失わないように後を追う。天井に下げられている案内版を見ることもなく、暗記しているかのように必要なものを籠に入れていく姿を俺はただ呆然と見ていた。そして調味料コーナーに辿り着き、あっという間に買うべきものが俺のかごの中に揃っていた。
「これで揃いましたね」
「すげぇ……ほんとにすぐに終わったな」
「買い物は慣れていますから」
「そっか、サンキュな」
「……いえ」
正直かなり悩んでいたのでかなり助かった。本人の言う通り、買い物は相当慣れていることが分かった。七咲のイメージをまた改めないといけないらしい。
「いつもは妹さんが買い物をしてるんですか?」
「ああ、そうだな」
「そうですか。……今度会ったら、話してみようかな?」
後半は小さい声だったからスーパーの喧騒に消されて聞こえなかった。
「それでは、自分の買い物の続きがありますので」
「あぁ……あのさ」
「なんですか?」
七咲の持っているかごの中身がそこそこな量になっているのが少し気になった。俺の買い物の量も大したこと無いからちょっと聞いてみることにする。
「それ、重くないか? 良かったら手伝……」
「いえ、いつもこの位ですから。ではこれで」
「そ、そうか」
俺が言い切る前に断られてしまい、七咲は行ってしまった。どうやら俺への警戒はまだ解かれていなかったようだ。
買い物の会計を済ませて一人帰路につく。この二日間、俺はあの不思議な後輩に振り回された事が印象づいていた。今もこうしてあいつの事を考えてしまっている。正直、俺よりもあいつの方が断然変わった奴だと思う。そう言いながらも、嫌な気分になっていない事が不思議でならなかった。
七咲といる岡崎はかなりツッコミ寄りになる、というイメージがあります。