ということで今回もほぼオリ展開です。
いつも浴びることの無かった朝日が、俺の全身に刺さっているように感じる。そんな中で、無理に起こした重い身体をゾンビのような二足歩行で動かしていた。なんと、俺が学校の始業時間に間に合いそうなのである。
普段俺を起こすことを諦めていた美也だったのだが、今朝は久々に起こしにきた。絶対に起こしてやる、という謎の気迫に俺は終始押されっぱなしだった。それは、あの俺が寒さを忘れて飛び起きてしまうほどだった。どんな方法だったかを聞かれると、『想像に任せる』としか言えない。
『流石に毎日あの起こし方は毎日はできないよー』
そう言っていたものの、しばらくの間は尾を引いて朝に起きてしまうかもしれない。
「起きてしまうかも、じゃないですよ。起きるのが普通ですからね?」
「そうかもしれないけどさ」
「逢ちゃんの教えてくれた起こし方、バッチリだったよ!」
「弟がどうしても起きない時にやってるから、お兄さんにも効いてよかった」
「お前の案だったのかよ……、心臓に悪かったぞ」
「だからこそ効果があるんですよ」
あまり顔には出ていないが、心なしか得意気になっているように見える。実際に俺がバッチリ起こされているため、言い返すこともできなかった。
「逢ちゃんありがとね!」
「ううん、美也ちゃんの力になれてよかった」
そういえば、美也と七咲は知り合いじゃなかったはずなことを思い出す。今のやり取りを見るとかなり打ち解けているように見える。
「しかしお前らいつの間に仲良くなったんだ? 前は美也と話したことなかったんだろ?」
「逢ちゃんのことは元々気になってたんだけど……」
「私から話しかけたんです」
「男兄弟がいて家事をやってるっていう共通点があるなんてビックリだったよー!」
「うん、もしかしたら話が合うかもって思ったから」
二人は元々知り合いというわけでは無かった。俺が以前スーパーで話した美也の情報を聞いて、話してみようと思ったらしい。図らずして俺が橋渡しになっていたということになる。その結果があの朝だと思うと複雑な気分になった。
「ちなみに、私たちの輪にはもう一人いるんだよー」
「最近転校してきた娘だけど、なんだか仲良くなれそうだよね」
つまり最近は三人で行動するようになったらしい。
「一人仲良くなってたらまた一人と……嬉しい限りだよ~」
「二個頼んだらもう一個おまけしてくれたら確かに嬉しいな」
「人の事をアイスクリームみたいに言わないでください」
冷静にツッコミを入れられてしまった。俺の冗談を聞いた美也が何かを想像してあ~、と小さく唸る。
「なんかアイスクリーム食べたくなってきちゃった」
「この寒いのにか?」
「お兄ちゃんがアイスの話するからでしょー!」
「俺のせいなのかよ……」
よもや冬にアイスの話をして食べたくなったといちゃもんをつけられるとは思っていなかった。うぅ~と唸る美也を見た七咲は、俺にあーあと言って俺をジト目で見つめてくる。
「これはお兄さんが買ってあげないとですね」
「マジかよ」
「にっしっしー、今度三人分買ってもらうからね!」
「俺は要らないんだけど」
「違うよ! 紗江ちゃんも入れて三人分!」
紗江ちゃんとは、恐らく美也達の輪に加わっているという三人目のことだろう。にしても何で俺がそこまで……と不満を抱いていると七咲が俺の脇を小突いてきた。
「二個頼んだらもう一個おまけしてくれるんですよね?」
「うぐ……」
まるで小悪魔のような微笑みを浮かべながら、俺の言った事をそのまま返してきた。してやられた感を感じてとても言い返しづらくなってしまった。
「今度だよな、じゃあ二十年後ぐらいに」
「今食べたくなったって言ってるじゃん!」
「ふふっ、じゃあ今度の休みにでも行こっか」
「さーんせーい! 紗江ちゃんも誘おー!」
「味方がいねぇ……」
今度という先伸ばしも塞がれてしまった。勢いにたじろぐ反面、妹に良い繋がりができたことが喜ばしかった。
「……わかったよ」
二人の楽しんでいる様子に絆されて、アイスの件を了承した。たまには、そんな休日があるのも悪くない。
俺が教室に行くまでをしっかりと監視されて、高校で初めて始業時間前に教室へと辿り着いた。誰かと話しながらだと案外辿り着けるものだな、と感心しながら席に向かう。席に腰掛け全体重を解放させた気分でいると、珍獣でも見たかの目をしている奴に見られていた。
「んー……、どうしようかしら」
「今日は間に合ったんだから呼び名考えなくていいだろ」
「えっと、朝崎?」
「だからいいって、普通に呼べばいいだろうが……」
「あ、うん……そうね」
その日は放課後までずっと数奇な目で見られることになった。
(つ、疲れた……これ毎日はキツすぎるな……)
久々に授業を受けた結果、俺はへばってしまった。気力と集中力が全く持たないし、教師が何を言っているのか全然理解出来ない。自分がどれ程周囲から遅れているのかをこれでもかと痛感させられた一日だった。
ようやく放課後になって解放された時には、帰るためのエネルギーすら残っていなかった。今は俺の居眠りスポットと化した校舎裏の芝生で休憩している。やはりこの芝生は横になるのに丁度良く、俺の疲れを少し癒してくれる。真面目な生活よりも、こうしてダラダラしている方が気が楽だ。
「これじゃあだらしないって言われても仕方ない、か」
と一人でぼやくと、視界の外から近づいてきた人影から返事が返ってきた。
「やっと自覚したんですか」
「……いたのか」
「はい、今来たところですけど」
近くにしゃがみこんだ七咲は、最初に会ったときと同じように俺を見下ろしていた。彼女の黒のショートヘアーがそよ風に靡く。
「先輩が何時間目まで耐えられたか、想像してました」
「リタイアすること前提かよ……」
「先輩のことですから」
本気で俺の事をだらしない人と認定しているようだ。しかし結果は七咲の予想を裏切るものになるだろうと、少しだけ得意気に語る。
「今日はな……なんと入学して初めて最後まで教室にいたぞ」
「そうですかーそれは偉いですねー」
「顔を背けるなよ……」
馬鹿にした言い方な上、俺にとっての偉業を軽く流されてしまった。
「そういえばさ」
「なんですか?」
ふと、前に気になったことを聞いてみることにした。
「プールの方に行くんだろ?前もそうだったけど、何でわざわざここを通ったんだ?」
「ああ、それは……。好きなんです、静かな場所が」
そう言いながら彼女は、悪戯を企む笑みから表情を変えた。冗談を言って面白がっている時とは違う、夕日に映える細やかな笑み。軽く見入ってしまったことを悟られないよう、長めに瞬きをして気持ちを切り替えた。
「いつも水泳の自主連だったり、休日もランニングや家事をしていて。充実はしているんですけど、落ち着く時間が無いんです」
「すげえな、そりゃ……」
「先輩にはとても考えられないですよね」
「今俺の事はいいから続けてくれ」
少し笑ってから、続ける。
「けど、ずっと忙しいままだと疲れちゃいますよね」
「まあ、そうだろうな」
「なので……こういう静かな場所に来ると落ち着けるんです」
こうした人気の無い静かな場所では自分を労る事ができる、ということだろう。話し終えて一息ついた時の澄ました表情がそれを裏付けていた。
「なんか、わかる気がする……かもしれない」
別に七咲ほど忙しくしている訳じゃない。けど、人のいる場所は窮屈でいない場所は気を張らなくてすむから俺も静かな方が良い。そういう意味で言ったのだが、聞いた彼女は少し笑った。
「先輩はよく寝られるってだけじゃないですか?」
「乗ったんだからぶち壊さないでくれよ……」
「冗談ですよ。同じ気持ちになってくれたなら、嬉しいです」
こいつの冗談には、まだちょっと慣れなくてむず痒くなる。その反面同じ気持ち、という言葉が少しだけ嬉しかった。人と気持ちを共有するなんて事が本当に久々だったのもあるだろう。そこに七咲の後ろから近づいてくる人影が現れた。
「あら、ここにいたのね」
「あっ、塚原先輩!」
「ん?」
不意に聞こえてきた声に、七咲は振り替えって元気よく答えた。俺と話す時には見られないテンションの上がり様だった。
「すみません!すぐに練習に……」
「ああ、まだ時間じゃないから大丈夫よ」
やりとりからして、水泳部の先輩だろうか。
「ところで、貴方は確か岡崎君、で合ってるかしら?」
「そう、っすけど……」
「水泳部三年の塚原響です」
丁寧な人だな、と思っていると七咲は塚原先輩に疑問を投げかける。
「どうしてここに?」
「この辺りで貴女が最近岡崎君と一緒にいるって噂になってたから、ちょっと気になってね」
「……噂、っすか」
七咲とはまだ数回しか会っていないのだが、この学校では本当に噂が広まるのが早い。俺が絡む噂というと、あまり良い予感がしない。
「別に悪い噂じゃないわ、仲良くやってるのかが気になってただけ」
「……なら、いいんすけど」
思っていた事が表情に出ていたのかもしれない。不安になっていた事を塚原先輩は先んじて否定してくれた。
「ただ、今は大事な時期だから」
「大事な時期?」
「ええ、そろそろ選抜メンバーを決める時期なの」
「そっか」
俺もバスケをやっていた頃があるから、メンバーに選ばれることの重要さはよくわかる。とはいえ、今の俺にとっては他人事のようにしか捕らえられない。なので気の抜けた返事をしてしまう。そんな俺の様子を見た七咲は、俺が大事さをわかっていないと思ったのだろうか。俺に一歩詰め寄り睨むかのような真剣な眼差しを向けてきた。
「部活嫌いな先輩にはわからないと思いますけど……私は絶対に選ばれたいんです」
七咲のこの熱量を受けて、俺の中に苦い既視感が込み上げた。一瞬だけ、少し幼い俺の影が七咲に重なっているように見えた。
「そ、そう……なんだな」
「私もそれはよく知ってる、期待してるわね」
「はいっ!」
(あぁ……そうだ、そうだった……)
七咲の後ろに見えた俺の影は、気のせいのようで気のせいじゃなかった。今の七咲は、俺が進めなかった道を進んでいる真っ最中なのだ。偶然夕日に照らされている二人と偶然日陰に立っている俺。明暗をはっきりと分けられて、俺は思い知らされざるを得なかった。
「……邪魔したな、俺は帰るから」
「え?は、はい……」
「……」
二人に背を向けて俺は校舎に向けて歩きだした。水泳部の先輩と後輩である塚原先輩と七咲。目標のためにと燃える瞳は夕日も交えてより一層輝いているように見えた。今の俺にとって、あまりにも眩しすぎた。校門を出た時には、ある程度冷静さを取り戻していた。別に誰にも悪意があったわけじゃない。
このモヤモヤを晴らす先が、決して七咲に向いたりしてはいけない。今日姿を見なかったヘタレ金髪にぶつけることとしよう。そう決めた俺は足早に学校から離れていった。
成長に必要な葛藤、苦しいけど大事なことだと思います。