「それじゃーレッツゴー!」
「おー」
「……」
「テンションひくーい!やりなおし!」
「だりぃ……」
ここは俺たちの住んでいる町から少し離れた駅前だ。今この場には謎にノリノリな二人と、ついていけない俺の三人が集まっていた。ちなみにこのやりとりが行われているのは朝の八時である。俺と美也のやりとりを見ていた七咲が少し呆れ笑いを浮かべながら間に入ってくる。
「美也ちゃん、これでやり直してたら進まなくなっちゃうよ」
「そだね!私ももう飽きてきてたしいいや!」
眠気もあって言い返す気力が起きなかった。休日に俺たちが私服で集まっているのは、数日前の約束があったからだ。その約束とは端的に言えば俺がアイスをおごらされるというものだ。改めて考えても納得はいっていないのだが、ここまで来てやっぱり嫌だとも言いづらい。集まる事は良いにしても、俺にはいくつか疑問があった。
「なんでこんな朝早くからなんだ?」
ここまで朝早くから集まる理由がわからなかった。目的であるアイスを買おうにも大抵の店がまだ開いていない。俺の疑問に、七咲が先に答えてくれた。
「美也ちゃんが私の予定に会わせてくれたんです」
「夕方からは家の事をやらなきゃだもんねー」
「なら昼ぐらいでもよかったんじゃ……」
「いやいや、せっかく会うなら遊べる時間を増やしたいじゃん!」
この時間帯から動いたのには七咲への配慮があってのことだった。それに加えて、ただ約束を果たすだけの日じゃ面白くないというのもあるようだ。確かにせっかくの休日に友達と会ったのにアイスだけ食べて終わりというのも変だ。早くから動いた理由はわかったが、疑問はもう一つある。確か俺を除いて三人という話だった記憶があったが、今俺の前には二人しかいない。
「もう一人は結局来られなかったのか?」
「紗江ちゃん、予定は空いてたみたいだったんだけど……」
「ちょっと訳ありで辞退しました」
「辞退って……」
友人と遊ぶかどうかの話に使う言葉ではないと思う。七咲の冗談なのかと思ったのだが、美也もそうだねー、と納得していた。
「紗江ちゃんにとっては試練になっちゃうからねー」
「試練って……凄く人見知り、とかなのか?」
「まあ、そんなところです」
「お兄ちゃんは気にしなくてもいいことだからねー」
「……そうなのか」
何だか含みがありそうで気になる言い方だと感じた。けれど、深堀りすればする程俺が損をしそうな気がしたので止めておいた。
「なので先輩からお金だけ受け取って紗江ちゃんに渡そうと思います」
「友人の兄から人づてで金渡されるって意味わからなすぎるだろ……」
「しかもそれでアイス買いなって、なんか親戚のおじさんみたいだね!」
「お前ら楽しそうだな……」
俺をからかう時に妙に息が合うのはどうなんだろうと思ったが、俺が棚町と一緒に春原をイジる時とあまり違わない気もしてきた。春原ならいいが俺がこれをやられると気分がまいってしまう事を知った。春原イジりを止めないけど。
「それじゃあ行こっか!」
「うん!」
「ああ」
朝日に照らされる中、まだ静けさを保っている町をゆっくりと歩き始めた。
少し移動している間に時間が経ち、通りの店もまばらにシャッターの空く音が響き始めていた。そんな光景を眺めながら俺は横に並んで歩く二人の後ろについていた。
「お兄ちゃん、なんで少し後ろにいるの?」
「ん? まあ何となくだ」
妹と後輩とはいえ、女子二人と並んで歩くのは少々恥ずかしい。かといって直接そう言うのも憚られたので答えをはぐらかした。しかしそんな俺を見た七咲は少しニヤけながら口を開いた。
「後ろからつけてたらより怪しさが増すと思いますよ?」
「誤解されるからその言い方やめてくれ!」
「お兄ちゃん……実の妹までそんな目で見てたなんて……」
「お前もノるのかよ!?」
久々の心臓に悪い冗談が出てきた。朝の静かな町並みに俺のツッコミが軽く響いてしまった。
「冗談ですよ、早く間に入ってください」
クスッと笑った後に七咲は俺の方を見ながら、柔らかな微笑みを俺に向けてきた。そんな表情を見た俺は、大丈夫そうだなと心の中で密かに思っていた。
今日集合する前、俺の胸中に一つ不安な事があった。七咲が部活に行く前、俺と七咲、塚原先輩と話したあの放課後の事である。塚原先輩と七咲が話している最中に強引に話を切って立ち去ってしまった。それで七咲が何か気にしていないだろうか、と懸念していたのだ。しかし今の反応を見る限り、俺の杞憂だったようだ。いつも通りに接してくれている事に安堵していた。
歩き始めてからいくつか店を回って、昼時になった。
「お昼は何食べよっか」
「確かこの辺だと……あ、あった!」
「おっ、ラーメン屋か」
そこは中々雰囲気のあるラーメン屋だった。以前にこの店は見かけたことがあったのだが、入るか迷って止めたのである。
「私、ラーメン好きなんです」
「そうなのか、俺も割りと好きなほうだけど……たまに食うくらいだな」
「私は、多い時は毎週食べに行ってますよ」
「マジか……」
女子で毎週ラーメンは好きでなければ行けないだろう。女性一人では少し入りがたい雰囲気を醸し出している目の前の店を薦めているのも好きである証拠だろう。
「ただ最近は水泳部の方に集中していたから、あまり食べられてなかったんです」
「今日は行っても大丈夫なの?」
「うん、一日くらいなら平気だよ」
「それじゃあ、レッツゴー!」
こうして入ったラーメン屋でそれぞれ頼んだラーメンを堪能した。ただ他の店と違って一杯の量が多く、美也が食べきれなかったため残りを俺が食べた。七咲はかなり慣れた手つきで一番に食べ終わっていた。
「いやー最初は緊張しちゃったけど、美味しかった!」
「それはよかった」
「頼み方が慣れすぎていて驚いたぞ……」
「この店は私のお気に入りの一つなので」
「ほんとに好きなんだな……初めて入ったとこだったけど、また来てみるかな」
「是非、また来ましょう」
「お、おう」
力強く薦めてくる七咲から今までに無い圧力を感じた。そんなやりとりをしている間に、何やら荷物をガサゴソとさせていた美也が声を上げた。
「あっ!席に忘れ物しちゃったかも!」
「マジか」
「ちょっと取りに戻るねー!」
幸い店からそんなに離れていないので、まだ席に置きっぱなしの状態になっているかもしれない。そう思って美也は駆け足で店に向かっていった。
「美也が忘れ物なんて珍しいな……」
「でも、すぐに気づけてよかったですね」
「ま、そうだな」
そこまで時間もかからないだろうと思い、その場で立ち止まって美也を待つことにした。美也が場を離れているため、七咲と二人になる。
「……先輩」
「な、なんだ?」
七咲の方を見ると、少し低めの声色で俺に問いかけてきていた。
「この間……学校で会っていた時、何かあったんですか?」
「この間って?」
「私と塚原先輩が話していた時に、急に帰ってしまったのが気になって……」
「あー……あれか」
あの時俺が突然帰ったことを気にしていたようだった。すっかり忘れて触れないでくれるかと思っていたのだが、そうもいかないらしい。あの時は本当は、と言いかけて止める。
「……昨日は急にお腹がいたくなっちまってな、悪かった」
「そう……ですか」
本当の事は……七咲には話すべきじゃないと思った。楽しい休日に、それも水泳部が好きな彼女に俺のトラウマ話なんてするべきじゃない。七咲にとって俺は、ただのだらしない奴でいい。俺の身の上話なんて、今の楽しい時間に話するべきじゃない。
「先輩。私が嘘をつく時って、分かりやすいですか?」
「何だそりゃ?」
これまで俺に言ってきた冗談のことだろうか。わかりやすいというか何というか、と思っていることをそのまま話すことにする。
「あんまりわからん、って感じだな」
「そうですか……私は、何となくわかっちゃいました」
「いや、自分が嘘をつく時はそりゃわかるだろ」
「そうではなくて、先輩が……やっぱりいいです」
「そ、そうか……」
何が言いたかったのか、よくわからないやりとりだった。七咲は何かをためらってから、もう一度俺に問いただすように距離を詰めてくる。
「あの、先輩……」
「おまたせー!私が座ってた席にそのまま置いてあったよー!」
「あ、あぁ……そりゃ良かったな」
ここで忘れ物を無事回収できた様子の美也が戻ってきた。話が打ち切られて、俺は少しだけホッとしていた。
「って逢ちゃん、どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
美也を利用して逃げた形になったが、これ以上追求される事はなかった。
それから腹ごなしぐらいに町を見て回っているうちに、日は沈み始めて夕焼けが街を照らし始めていた。ここで七咲は用事の時間となったため、今日の集まりは解散となった。
「郁夫が家で待ってるのでそろそろ帰りますね」
「ああ、わかった」
「またねー!」
「うん、美也ちゃんもまた学校でね」
七咲は小走りで去っていった。落ち始めた日に照らされた健気な背中は、すぐに見えなくなった。その後、俺と美也はゆっくりと家に向かう。
「それにしてもにぃに、よく逢ちゃんと知り合いになったよね」
「会ったのは偶然だけどな……最初はかなり警戒されてたんだけど」
「うーん、それもあるんだけどさ……」
「別の事か?」
美也は少しだけ目を泳がせながら続ける。
「……逢ちゃん、水泳部で、結構本気で頑張ってるみたいじゃん?」
「そうらしいな、直接見たことが無いからわからんけど」
「頑張ってるみたいだよー。だから、その……なんでかなー?って」
俺が部活動に対してトラウマを抱えている。それを知っている美也は俺が七咲と普通に接している事が気にかかったようだ。かつてはバスケ部の頃に仲が良かった連中との関わりを一切断ってしまう程に拒絶していた。それが今は、部活懸命に打ち込んでいる七咲と休日に遊ぶまでに打ち解けている。一体何があったのか、もしかしたら俺の気持ちの整理がついたのだろうか。そう思った美也は、なるべくオブラートに包みながら聞こうとしてくれているのがわかる。
正直なところ自分でも不思議だと思っている。お互いの事を全て知っているわけじゃないけど、一緒にいる時の空気は全然嫌じゃない。今の七咲との距離感がちょうど良いということなのだろうか。
「部活の話をあまりしてないし、見てもないから……部活の印象がちょっと薄いのかもな」
「なるほどねー」
「別に部活のことは……まだ吹っ切れたわけじゃない」
「そうだよね……」
このトラウマにケリをつけるのはそう簡単にはいかない。最悪の場合、一生引きずる可能性だってある。
「逢ちゃんには知られたくない?」
「そうだな、今は特に」
「そっか……」
「……もし必要になったらその時は自分で話すよ」
「うん、わかった」
「つっても話す時が来ない、ってのが一番良いのかもしれないけどな……」
この先も付き合っていくかどうかはまだよくわからない。けど、話してしまえばきっと今までの関係のままではいられなくなる。それだけは確信があった。俺は今の関係のままでいたいのだろうか。それとも、もう少し先に進みたいのか。思いに耽っていると、美也は俺の目を見ながら優しい笑みを浮かべていた。
「……なんかね、みゃーはいつか話すことになると思ってるよ?」
「なんでそう思うんだ?」
「うーんとね……今日の二人を見てたら、なんとなく」
「……どうだかな」
今は仲良くやれていると自分でも思っている。会うたびに七咲の知らなかった所を知ることが出来ていて、それを嬉しいと感じている。でも、俺の方はどうだろうか。俺にとっての肝心なところを、未だ話せていない。寧ろ今は特に話すべきじゃないだろうと思う。俺の挫折話なんか、きっと今の七咲にとっては邪魔になるだけだから。
「……あれ?俺たちなんか約束があって出掛けたんじゃなかったか?」
「え?なんだったっけ?」
出掛けた事への満足感や考え事があったせいか、全員の頭からアイスの三文字は溶けて消えていたのだった。
仲良くなりつつも少し気になることを引きずりつつ・・・
という難儀な状態になっている感じです。
オリジナル展開を膨らませるのって難しいなあと改めて思っております。