最近想像が溢れちゃってしょうがないですね・・・。
「それで、あんた達はどうして呼ばれたのかわかるかしら?」
「……さぁ」
月曜の朝から、俺は春原と共に職員室に呼び出されていた。目の前で呆れながら叱責してくる高橋先生は俺と春原の反応を伺っている。
「もしかして……愛の告白ってやつ?」
「岡崎君はわかる?」
「まあ、何となくは」
「わかっているなら直して欲しいのよね……」
「あれ、僕無視されてる……?」
ある日の放課後、俺と春原は職員室に呼び出されていた。俺たちがまともに授業に出ていないことが理由だろう。春原は目の前で足を組んで腰かけている女教師に色ボケしているが放っておく。
「このまま行くと二人とも試験を受ける資格すら無い状態なのよ」
「そんなことあるのか?」
「私だってビックリしたわよ!出席率で引っ掛かる生徒を持ったのなんて初めてなんだから!」
先生にとっては俺たちが今までで一番の問題児らしい。ため息をつく高橋に対して、春原はずっとスカートを覗こうとしている。携帯を持っていれば通報したかった。
「つまり僕らが麻耶ちゃんの初めてを……」
「だから他の面で挽回してもらう必要があるわ」
「……ねえ、僕のこと見えてる?」
さっきから横のやつが鬱陶しい。
「他の面でって……どうにかできるのか?」
「貴方達の心象が今よりマシになれば受けられるかもしれないわ」
「まさかボランティアでもするのか?」
「まあそんなところよ」
「マジぃ? めんどくせー……」
俺も春原と同意見だけど、内心それしかないのかとちょっと納得もしてしまっていた。要するに勉強の方では最早期待していない、という意味でもあったからだ。
「そうでもしないと貴方達の素行は挽回できないわ」
「……もしかして僕ら、笑えないぐらいヤバいってこと?」
「それはここに連れてこられた時点で気づこうな……」
職員室まで腕をガッチリ掴まれて連行されるなんて初めてだった。加えてここまで深刻な空気になっていてヤバくないはずが無いだろう。関係ないがこの先生、意外に力が強かった。俺たち二人の腕を片手ずつ掴んで歩かされている間、全く振りほどけなかったのである。どこかの情報だと、ヨガやジョギング等で結構鍛えているらしい。
「それで、何すりゃいいんだ?」
「あなたたちに、この仕入れた本達を図書室に持っていって整頓してもらいます」
先生は席の横にある俺の身長と同じぐらいの高さに積まれた段ボールを指差した。
「うへー……これ全部?」
「何日かかるんだよこれ……」
「図書委員の子達はいつも半日で終わらせてるから大丈夫よ」
「いや、図書室に慣れてるやつと同じようにはいかないだろ」
慣れてる奴と初めての奴では作業スピードは全然違うだろう。それに単純に量が多くて力的にもかなりキツそうに見える。仕事量を想像してガックリしていると、同じく嫌そうにしていた春原が徐にゴネ始めた。
「麻耶ちゃんにさっき思いきり腕掴まれたからさー……まだ右腕痛いんだよねー」
「俺は左腕だな」
「男がそんなことで弱音吐かないの!」
その男二人を力強く引っ張ってきて平然としている人に言われても納得しづらい。それに一つ気になる事が浮かんだ。本来その作業をしていたやつがいるはずだ。
「図書委員はどうしたんだ?」
「突然熱が出ちゃったみたいでね、早退しちゃったのよ」
「そいつらが治ってからじゃダメなのー?」
「……さっきも言ったけど、これは貴方達の救済が目的なのよ?」
どうやら逃げ道はなさそうだ。春原も察したようでゴネるのを止めた。
「しかしこの量、二人だけで今日中とか無理があるだろ……」
「そう言うと思って助っ人も頼んであるわ」
「おっ、そうこなくちゃね!」
「助っ人には先に図書室へ向かってもらっているから、頑張ってらっしゃい」
「ま、トイレ掃除よりはマシかな……岡崎、行こうぜー」
「あぁ」
春原は積み上がった段ボールの上から半分を持ち上げて歩き出す。俺も残りを持っていくか、と右肩を気にしつつ持とうとしたら先生が声をかけてきた。
「あ、岡崎君」
「なんすか?」
「右肩が痛むなら無理はしないこと、いいわね?」
「……うす」
高橋先生は俺の事情を知っていたようだ。そういえば職員室に連行された時、右腕を掴むのを止めて左腕に切り替えていた。大人にそんな風に気を回されたと感じたのは初めてで、少し戸惑った。この役目は俺たちのために作られた物だし、これ以上はあまり迷惑をかけない方がいいのかもしれない。たまにはしっかりやるか、と意気込んで段ボールを持ち上げるために腰を落とす。
「あごめん、そこの台車使っていいんだったわ」
職員室に響く勢いでズッコケてしまった。ちょっと良かった気分が消し飛んでしまった。
「それでは二人とも、よろしくお願いしますね」
「ああ」
「へーい」
先生の呼んだ助っ人とは、クラス委員の絢辻だった。これまで面識は無かったが、絢辻はしっかりしているようで俺達にも普通に接してくれていた。
「絢辻はこの作業やったことあるのか?」
「はい、何度か図書委員のお手伝いをした事はありますよ」
「そりゃ頼もしいな」
「僕らなんてそもそも図書室入るの初めてだもんねー」
図書室は人によっては一度も入ることなく卒業してしまうのではないだろうか。もしかするとサボり場所にも良いのかもしれない。
「休み時間以外は基本施錠されていますよ?」
「……別にここでサボろうか、なんて考えてないぞ?」
「授業に出ない事が多いのは知ってますから、何となくわかっちゃいましたよ」
苦笑いしながら、俺の考えたことを読まれてしまった。もしかすると、結構侮れない奴なのかもしれない。俺と春原は絢辻からある程度の指示を受けて、後は各自で整頓していくことになった。一個ずつ不慣れに本をしまう俺と違って、絢辻はテキパキとこなしていく。俺も早く終わらせるために真似て少しずつ片づけていく。
「おっ、雑誌もあるじゃん!どれどれ……?」
「おい春原、それ駄目なパターン……ってもう聞いてねえな」
図書室の隣にある準備室のようなスペースで、春原は寝転びながら雑誌を読み始めた。ちょうど入り口や受付から見えない位置で、整理している絢辻は気づいていない。引き戻すのもめんどくさいし、どうせ役に立たなそうなので放っておく異にした。
春原から雑誌を引き剥がす労力を考えると、さっさと自分の作業を終わらせた方が楽だ。自分の持ってきた段ボールを見ると、未整理の本がまだまだある。少し肩を落として室内を見渡すと一人だけ、席で勉強している女子がいる事に気づいた。その女子は、七咲だった。窓際の席で問題集を開いて集中している。整理を始めている俺たちには気づいていないらしい。
(……そういや、試験近いんだったよな)
そのために今、俺はこの作業をしているという事を思い出した。本来は七咲のように勉強しているのが生徒として普通なのだろう。俺は今、試験に出るための奉仕活動をしている。すなわちこれでようやくスタートラインにありつけるレベルということだ。すっかり普通から離れてしまったな、と今更ながら実感する。
今は整理を終わらせるのが先だ。自分で生み出した状況に憂いていても作業は終わらない。早く終わらせるために大人しく作業へと戻った。
「お疲れさまでした、岡崎君。お陰で随分早く終わっちゃいました」
「そりゃよかった」
作業は思いの外順調に進み、日が暮れる前に終わったのだった。
「そういえば、春原君はどこへ行ったのでしょうか?」
「ああ。雑誌を一通り読んで、飽きて逃げちまった」
「そうですか……。先生にはそう報告しておきますね」
自分の作業を終えた頃、春原は忽然と姿を消してしまっていた。きっと雑誌を読み終えて満足した頃に作業の事を思いだし、嫌になって逃げたのだろう。
「岡崎君はちゃんとやってくれたので試験は受けられると思いますよ」
「良かった、けど、試験受けなきゃなんだよな……」
「ふふっ、頑張ってくださいね」
別に良い点を取ろう、などという志なんかは当然持ち合わせていない。しかし今日は自分の卒業が崖っぷちであることを思い知らされてしまった。赤点を回避するために少しは頑張った方がいいのだろう。
「ちなみに、春原はどうなりそうだ?」
「先生次第、ですね」
「だよな……」
春原は先生にみっちりと教育されるエンドになることが確定したみたいだ。こればかりは自業自得なので俺にはどうしようもない。
「ふう……あれ、先輩?」
「よう」
俺の作業が終わった後も、七咲は勉強を続けていた。ちょうど一息ついている様だったので話しかけることにした。
「珍しいですね、先輩が図書室に来るなんて」
「まあ、ちょっとな」
「もしかして先輩も追試を避けるために勉強をしにきたんですか?」
「も? ってことは……」
「あ……えっと……」
俺が追試になることが前提だったことはさておくとする。七咲はしまったという顔をした後、堪忍したように俺に打ち明けた。
「実は数学が苦手で……赤点にならないように勉強をしていたんです」
「それでずっと悩みながらやってたんだな」
終始眉をしかめながら取り組んでいた事に納得していると、何故かジト目を向けられていた。
「もしかして、私が勉強していたところをじっと眺めてたんですか?」
「いや、そんなには見てないぞ」
作業が単調だったのもあってか、思い返せば作業中にちょいちょい見てしまっていた気がする。七咲から目線を逸らして少し申し訳ない気持ちになっていると、俺と対照的に七咲はクスリと笑った。
「やっぱり先輩って、わかりやすいですね」
「そうかよ」
別に怒っている訳では無かった事に安堵する。軽く息をついてから、七咲の前の席に腰かけた。
「ちなみにですけど、先輩の学力って……」
「問題ないぞ、追試は何度も乗り切っているからな」
「何度も追試になってるんですね、わかりました」
前から思っていたが、俺の軽口への対応が冷たい。
「今はこの問題を解いているんですけど、わかりますか?」
「どれ……」
今開かれている問題集は一年向けのものだ。流石に一度乗りきった問題ならわかるはずだろうと軽い気持ちで問題を見る。少し考えた後、俺ははっきりと言った。
「全く記憶に無いな」
「えー……。まあ期待はしてませんでしたけど」
俺の見立ても虚しく、一年前の勉強の記憶は片隅にも残っていなかった。七先に呆れのジト目を向けられてしまう。
「今までどうしてたんですか?」
「追試はほとんど勘だったな……数学とかは最低限の一夜漬けでなんとか」
「それで先輩が進級できていることが不思議です」
「……俺もそう思ってきたところだ。なあ、俺って進級してるんだよな?」
「後輩の私にそんな事聞かれても知りませんよ……」
俺の素行があっても進級できてしまうのは学校としてはどうなんだろうか。俺の不甲斐なさを理解した七咲は、やれやれという顔で俺に提案してきた。
「仕方ないですね、私が勉強を教えてあげますから」
「いや、俺は別に……」
「もし留年したら、私と美也ちゃんも同級生になっちゃいますよ?」
「ぐっ……わかった」
後輩に勉強を教わるという中々に恥ずかしいイベントが発生してしまった。しかしやらなければ留年というリスクがあまりにも重い。大人しく七咲の問題集を借りて一緒に勉強する事となった。
最初に数分間で出来る限り問題を解いて、七咲に答え合わせをしてもらった。その結果は、やはりズタボロだった。
「先輩って、本当に同じ学校の先輩ですよね?」
「俺も自信が無くなってきた……」
これでも少しぐらいは当てられると思っていたのだが、悉く玉砕されて気持ちが落ち込んでいく。
「これでも前回赤点は回避できたんだけどな」
「一夜漬けだとすぐに忘れちゃいますよ。……それにしても忘れすぎですけど」
それからまた数問挑んでみても結果は同じだった。なけなしの自信を全て折られてしまい、完全にやる気を無くしていた。
「この図書室に授業免除される位の天才少女とかいねえかな……」
「現実逃避しないでください、そんな超人がいるわけないじゃないですか」
「だよなあ……」
どこかの学校ではそんな肩書きの少女がいるとかいないとか。そんなあり得なさそうな妄想にすらすがりたくなるほどに打ちのめされていた。
「……どうして少女限定なんですか?」
「ん? ……なんでだ?」
「私に聞かれてもわかりませんよ」
なぜそんな事を考えたのかはわからずじまいだった。ただの苦し紛れに浮かんだ妄想だ、と思う。
その後、勉強は図書室の施錠時間になるまで続いた。見回りをしていた教員に帰宅するよう促されたため帰る準備を始めた。
「結局ほとんど俺の勉強になってた気がするんだが……」
「人に教えるのも、良い勉強にはなるらしいですよ?」
「まあ、聞いたことはあるけどさ」
人に教えるためには自分がちゃんと理解していないといけない。説明するというのは思った以上に難しいと聞いたことがある。俺が誰かに教える機会なんて来るとは思えないけど。
「なので、この時間はお互いに効果があったんですよ」
「まあお前がそれでいいならいいけど」
そう言う七咲の表情は何故か満足気だった。
図書館を出て校門に来ると、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
「もう遅いし、送ってくぞ」
「いいんですか?」
「ああ」
「それじゃあ、お願いします」
最近は七咲と一緒にいる時間が多くなってきている。その影響か、今も自然と共に行動する選択をとっていた。
出会ったときの警戒も無く、かといって変に気を使うわけでもない。時々冗談を言っては笑い合っている。この関係がなんだか心地良い。でもいつかはこの関係も変わってしまうのかもしれない。俺という人間を知られれば知られるほど、今の関係は崩壊してしまう。そんな恐怖が俺の腹の底で見え隠れしている。
今はもう少しだけ、このままでいたい。何も考えずに楽しくいられる時間を続けていたい。せめて、七咲にとっての大事な時期を終えるその時までは。
岡崎が図書室に行って七咲と遭遇するまでの理由付けに迷った結果こうなりました。
橘さんと教える教えられるの立場が逆になりましたね。