輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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第8話です。
七咲編なのに七咲が出てきません。


8

 ピンポーン……。

 

 次の日の放課後、七咲家の呼び鈴を鳴らしてみるが反応は無かった。七咲の親は共働きで家にいないと聞いているし、弟もどこかに出掛けているのかもしれない。不自然にカーテンの閉まった窓がある部屋、あれが恐らく七咲の部屋なのだろう。やはり今の状態で俺が会っても、きっと状況は変わらない。ここで出来ることは無いと諦め、郵便受けに頼まれたノートを入れる。

 

 俺のやるべきことは、もう決まってる。そう意気込んで家から離れようと踏み出す前にもう一度部屋の方を見た。部屋のカーテンが一瞬だけ揺れた、ような気がする。気のせいかもしれないが、俺が来ていることに気づいたのかもしれない。

 

「ノート、受け取ってくれよ」

 

 そう呟いて、七咲家を後にした。

 

 

 その翌日、俺は朝から登校して朝休みに教科書を開いていた。そんな俺をまじまじと見てくる視線に気づいた。

 

「あれ? おかしいわね、まだ夢の中にいるのかしら」

「いきなり失礼だな」

 

 そう言いたくなる気持ちはわからないでも無い。と思いつつも反抗していると、棚町は俺にビシッと人差し指を突きつけて言う。

 

「いやあんた! 自分が今何してるかわかってるわけ!?」

「テスト近いから勉強してるだけだろ、学生としては普通だろうが」

「だからあんたは普通じゃないんだっての!」

 

 前にもそんな事を言われた気がする。その通りなのでそこに反論はできないが、勉強の手は止めない。

 

「で、本当にどうしちゃったのよ?」

「そういう気分なんだ、いいから集中させてくれ」

「いやいや信じらんないわよ!」

「別に信じなくてもいい、とにかく俺は次のテストは頑張らないといけないからさ」

「……ほんとーにやる気なの?」

「あぁ」

 

 さっきまで俺を疑いに疑っていた棚町だったが、ようやく納得してくれそうだ。少し考えた後、頷いてから俺の机に手を置いた。

 

「……よし!」

「何だ?」

「そういうことなら薫ちゃんに任せなさい!」

「え?」

「放課後空けときなさいよ!」

「あ、あぁ……」

 

 いったい何をするつもりなのかは教えてくれなかった。棚町のことだし、悪いようにはされない、と思う。

 

 

 そして件の放課後になった。棚町に連れられて来た空き教室には、見知った顔二人が机を繋げて先に座っていた。

 

「という訳で、助っ人を呼んでおいたわ!」

「よろしくお願いします」

「ひさしぶりだねー!一緒に勉強頑張ろー!」

「……そういうことか」

 

 助っ人の一人はこれで二度目となる絢辻。そしてもう一人、同じ中学だった桜井も加わっていた。

 

「あれ? 岡崎君が助けを求めてるって聞いて来たんだけど……」

「ううん、似たようなもんかと思ってそう言っちゃった」

「適当だなお前……実際助けは欲しかったけどさ」

 

 正直なところ、自分の力だけではすぐに限界が来ると思っていた。なのでこの展開は願ったり叶ったりである。

 

「それで岡崎君、どうして次の試験は頑張ろうと?前は乗り気じゃなさそうでしたけど……」

「……まあ、ちょっとな」

 

 絢辻の疑問はもっともである。前に試験の話をしたときの俺には頑張る理由がなかったために引け腰だったからだ。今はやらなきゃいけない理由ができたという話なのだが、ここでは気恥ずかしくて言いたくない。

 

「怪しい……絶対何かあるわよこれ……」

「無理に聞く事は無いわ。……誰にでも伏せたい理由はあるもの」

「そ、そうそう! 頑張らなきゃーって思うことが大事!」

「うーん……二人がそう言うなら仕方ないか」

 

 何故かフォローしてくれた二人のお陰で助かった。

 

「しかしいいのか? 俺なんかに時間使って……」

「クラスメイトとして協力は惜しみませんよ。私も復習になりますから」

「私もテストちょっと不安だったから……一人だと誘惑に負けちゃいそうだし」

「そういうわけだから、あんたは安心してみっちりしごかれなさい!」

「言い方が安心できねぇよ!」

 

 本当に助かるんだけども、棚町の一言で素直に喜べなくなってしまった。全員がノートを開いてから、勉強を始める前に今回のテスト範囲と俺の学力の確認をすることになった。

 

「それで、あんた今どの位のレベルなのよ?」

「前に一年の数学の問題集を何問かやったんだが、ほとんど解けなかった」

「……道のりは、険しそうですね」

「が、がんばろうね!」

 

 桜井の気遣いが逆に俺の心を抉ってしまっていた。

 

「ですが、赤点を回避するだけであればどうにかできると思います」

「本当か?」

「出そうな問題を何ヵ所かだけ解けるようにする感じかしら?」

「そうなりますね。付け焼き刃のようなものですし、確証はありませんけど……」

「それでいい、やってみるよ」

 

 いきなり高得点を取る方法なんて無いのは承知の上だ。一時凌ぎだとしても、できることは全てやっておきたい。

 

「……本当に、本気なんだ」

「何か言ったか?」

「何でもない、それじゃあ勉強開始ー!」

 

 

 それから三人のサポートもあって俺は今までに無い集中力で試験勉強に打ち込んだ。放課後に勉強を開始してから学校の門限が許す限りまで粘る日々が続いた。放課後の勉強を終えた後は、まっすぐ帰ってその日に覚えたことの復習もした。一度美也から『にぃにがとうとうおかしくなっちゃった!?』と言われたのは流石に傷ついた。そんな中で何度か俺達四人の様子を見に来た人がいた。

 

「岡崎君……本当に勉強してるのね」

「あ、高橋先生だ」

 

 俺が珍しく勉強している、と絢辻から聞いて真偽を確かめに来たらしい。

 

「理由は聞かないわ、そのまま頑張ってみなさい!」

「うっす」

 

 先生の細かいことを気にしない性格は少しだけ好感が持てる。細かい作業を絢辻に丸投げしているという噂はあるが。

 

「そういや、春原はどうなったんすか?」

「あー……彼には今かなり困らされてるのよね……」

「まさかあの馬鹿、本当に私たちの後輩になるの?」

「そっちは無理矢理なんとかさせるつもりだから大丈夫よ」

 

 困らされている、というのは成績のことじゃ無いらしい。しかし今のあいつが留年を回避できるとは思えなくて気になった。

 

「なんとかって、どうやって……?」

「…………知りたい?」

「いや、いいっす」

 

 春原の欠席率でもどうにかするレベルの無理矢理とはどんな事なのだろう。少々気になったが、先生の険しいような顔を見て聞くのを止めた。というより知らなくていいということは、俺はどうにかされるのを回避できていたらしい。

 

「それじゃあ、何が問題なんですか?」

「これは、個人的な話になっちゃうんだけど」

 

 眉間に皺を寄せてため息をつきながら、先生は言った。

 

「街中で偶然会った時、私に『俺の女になれよ』とか言ってきたのよ……」

「マジで何やってんだあいつは……」

 

 しばらく見かけないうちに、もう救いようの無い所まで行ってしまっていた。

 

「つい思いっきり平手打ちしちゃったから、問題にならないか心配だわ……」

「あいつはひっぱたかれると喜ぶんで大丈夫っす」

「寧ろタコ殴りにしちゃっていいと思います」

「二人とも春原君っていう人に当たりが強いんだね……?」

「あはは……」

 

 春原という人間を知っている奴ほど扱いが雑になるという事がよくわかる光景だった。

 

 

 そんな事もありつつ、勉強漬けの日々を何とかやりきった。久方ぶりの緊張感を抱えながら試験当日を迎えた。

 

「さてと、やれることはやったげたわ」

「ここまで頑張っていましたから、きっと大丈夫だと思いますよ」

「私もこれまでで一番できそうな気がするよ!」

「ああ、ありがとな」

 

 絢辻は自分の席に、桜井は自分のクラスに戻っていく。

 

「じゃ、頑張んなさいよ」

「おう……ところで、隣の干からびてるやつは……春原、なのか?」

「…………うぁぁ」

 

 元気という元気を失った春原が朝から屍のように全く動かず席に突っ伏していた。図書室での手伝いから逃げ出した後、行方知れずになっていたのだ。

 

「ああ、私が朝来たときからずっとそうなってたけど……」

「何があったらこうなるんだよ……」

 

 留年を避けるために一体何をされたのか想像もつかない。一歩間違えたら俺もこうなっていたかもしれなかったので、知らずにいれて良かったと安堵した。

 

「今座ってるってことは……、一応試験は受けられるってことだよな?」

「だと思うけど、この状態で受けても結果は期待できなさそうね」

「だろうな……」

 

 碌に勉強もしていない上にこの状態ではオール零点もありえそうだ。

 

「ってこんな奴の事気にしてる場合じゃないわ! あんたもこれ以上気にしない方がいいわよ!」

「ああ、そのつもりだ」

 

 横の屍は完全に放置されたまま、試験は幕を開けた。慣れない緊張感に最初は飲まれそうになったが、やるべき事を思い出して答案用紙に向き合った。絢辻に教えてもらったヤマに狙いを絞り、分かるところだけを解いていく。こんなに真剣にテストを受けた記憶は無い。バスケが自分の全てだったと言える中学でも、勉強はそこまで頑張っていなかったことを思い出す。そんな俺が、まさか誰かの為にこうして全力で勉強する日が来るなんて思ってもみなかった。いつのまにか俺は、随分な変化を遂げていたんだ。苦しいはずの時間の中で、少しだけ喜びを感じていた。

 

 

 テスト終了後、俺は家のリビングでへばっていた。

 

「つ、疲れた……」

「お疲れさまでしたー! いやーにぃに本当に勉強してたんだねぇ~」

「家でもしてただろ……、まだ信じてなかったのかよ」

「いやいやー、改めて実感してるんだよー」

 

 美也はしみじみと煎れたお茶を飲んでいた。

 

「そういえば、七咲は学校来てたのか?」

「うん、逢ちゃんもテストだけは受けに来てたよ」

「様子はどうだった?」

「……暗い顔してた。見ていてこっちも悲しくなっちゃうくらい」

「……そうか」

 

 自力で立ち直った、ということは無さそうだ。今すぐにでもどうにかしてやりたいが、まだその時じゃないと逸る気持ちを抑える。

 

「逢ちゃんのこと、どうにかできそう?」

「ああ……やることはやったし、後は結果次第だ」

「うん! にぃに頑張ってたし、信じるよ!」

 

 七咲の笑顔を取り戻すため、自分でも驚く程の行動力を発揮できた。後はなるようにしかならないだろう。俺の想いに迷いは無い。けれど、それ以上に心配もあった。きっと次に七咲に会う日は、試験以上に大事な日となるだろう。そう感じた今日は中々寝付けなかった。




いざという時の岡崎の行動力は主人公してるよなーと思います。

七咲編の罠BadEndで有名な「路地裏のハニートラップ」は春原に回収してもらいました。
やはり春原のキャラと立ち位置が便利すぎますね。
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