1話目から文字数オーバーという謎の勢いがあります。
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(……またあの夢か)
中学の頃の夢を見るのもこれで何度目だろうか。数日おきに絶望した瞬間をフラッシュバックされてしまうため、忘れたくても忘れられない。いつもなら俺を起こしてくる朝日が鬱陶しく感じるのだが、今日だけは助けられた気分だった。
再び寝る気分では無くなってしまったので、仕方なく起きることにした。早い時間に起きてしまった俺はゆっくりと朝の身支度を始める。寝汗をかいて体にまとわりつくシャツを着替えながら時計を確認する。
もしも今から準備を急いで家を出たら、登校時間に間に合うかもしれない。しかし動かす手は全くそのつもりは無かった。本当に、ただ想像してみただけだ。
夢見が悪かった事も後押ししてか、無駄に制服の皺を伸ばして靴紐を結び直す。やれそうなことが無くなったので、諦めて空っぽの鞄を持って家を出る。すっきりしない曇り空に影響されてか、歩きながら夢に出てきた光景の事を思い出す。
俺が心を閉ざしていた中学三年の頃、怪我のせいで退部になった後はただ嫌な時間だった。何もしたくないと思った俺は、周囲との関係も拒絶してしまっていた。親父の顔を見たくなかったから家にも帰らず、学校に行ったところで話す相手もいない。どこにいても向けられる周囲からの同情の目がたまらなく不快だった。皆が遠巻きに見てくる中で一人だけ、俺に話しかけてくるやつがいた事を思い出す。
「岡崎くん、その……」
「……悪い。今は誰とも話したくない」
「わかった、ごめんね」
「いや……」
当時同じクラスだった彼女、桜井梨穂子。何度も話すことすらも断っていたはずなのに、見かけるたびに声をかけてくれていた。高校生になった今はある程度落ち着いてきて、会った時は普通に話す位にはなった。落ち着いた、というよりはようやく諦めがついてきたのかもしれない。
彼女はどうしてそこまで俺の事を気にかけてくれていたのだろうか。俺と直接の関わりも、気にする程の間柄でも無かったはずなのに。ただ彼女がお人好しなだけなのか、それともなにか別の理由でもあるのか、俺には知る由も無い。
そんな彼女、桜井梨穂子は今どうしているかというと……。
「ど、どうしよ~……、もしこのまま抜けなかったら、私干からびて骸骨になっちゃうよー!」
学校の裏口にあるフェンスの穴に挟まって動けなくなっていた。
「って何でだよ!」
「ふぇっ!? だ、誰かいるんですか!?」
声に気づいた桜井はこちらを見ようとするが、体勢的に後ろを見ることが出来ないようだった。そのため俺である事にはまだ気づいていない。
俺が学校に着いたのは一時間目の半ば頃だった。途中から入るのも避けたかったため、適当に校舎の周りを散策していた。そしたら校舎裏のフェンスに挟まっている桜井の姿が見えたのだった。
「あのあのっ、違うんですっ! 忘れ物を取りに戻ったら遅刻しちゃいそうだったので……それで、その……」
「とりあえず落ち着け、遅刻はもうしてるぞ」
「えぇ~そんなぁ~!? ……ってあれ? その声はもしかして、岡崎君?」
「ああ」
ようやく俺だと言うことに気がついたようだ。俺の返事を聞いた桜井は、そのままの体勢で頭を抱えだした。
「うぅ~……よりによって岡崎君に情けない所を見られちゃったよー……」
「別に誰に見られても嫌だと思うけどな……抜けないのか?」
「そうなんだよー! ……助けてもらっても、いいかな?」
「……わかったよ」
こんな状態で助けを求められては、助けずに離れることはできなかった。その後、フェンスの穴を広げるために網を引っ張ったりフェンス下の地面を少し削る事で桜井は脱出できた。フェンス越しに話すのも何だと思い、桜井が抜けた後に俺も穴を潜って校舎側に出た。
「ふぅ~、一時はどうなるかと思ったよー」
「それにしても何でこんなとこで挟まってたんだ?」
「実はここを通ると正門から行くよりも近道なんだよ!」
「でも今回は挟まったから遅刻しちまってるけどな」
「うっ……前までは行けたはずなんだけどなー、何でだろ?」
お腹回りを擦りながら首をかしげる。太ったというワードが喉まで出かかったが、傷つけてしまいそうなので止めておいた。
「とにかく、もうその穴使わない方がいいんじゃないか?」
「岡崎君が穴を広げてくれたから次は大丈夫だよ!」
次が無いようにしてほしいのだが、まだこの抜け道を使うつもりらしい。
「そもそもギリギリにならないように出ればいいだろ」
「……それ、岡崎君が言っちゃうの?」
「俺はもう諦めてるからいいんだよ」
「諦めちゃダメだよー」
がっくりと肩を落とす桜井だったが、当事者である俺は平然としていた。これじゃあまるっきり逆だな、と苦笑していると桜井がハッとした顔になる。
「って、もう授業始まっちゃってるんだったー!急がなきゃ!」
「そうだな、気を付けて行けよ」
「もー、岡崎君も急ぐの!」
「ちょ、急に引っ張るなよ!」
手を掴まれたまま、勢いで引かれて教室の近くまで走ることになった。桜井の足は速いわけじゃ無かったが、教室につく頃には二人してかなりバテてしまった。締め付けるような肺の苦しさに自分がいかに運動と無縁の生活をしてきていた事を実感させられた。
朝眠れなかった事と走った事への疲労が重なり、授業はほとんど熟睡していた。何事も無く終わるかと思っていたその日の昼休みに俺は職員室に呼び出された。
「岡崎君……また遅刻してきたわね」
「はぁ」
「はぁ、じゃなくて!これで何日連続かわかってるの?」
「さぁ」
「これ以上続くと本当に卒業できないの、わかるでしょ?」
「まぁ」
「……貴方の気持ちはよぉーくわかったわ」
流石に返事を適当にしすぎたか、先生の額に青筋が立っているのが見えた。職員室で作業をしている他の教師達がたまにこちらを見てくる。『また岡崎か』とでも思っているであろう目線を感じて、少し苛立ちを覚える。早くここから離れたいと思っていると、意外な助け船が渡される事となった。
「あの、高橋先生! 岡崎君の今日の遅刻は私のせいなんです!」
「桜井?」
「それは、どういうことかしら?」
何故か職員室にいた桜井が横から割り入ってきた。桜井は俺に目配せをした後、高橋先生に説明を始めた。
「実は今朝、私が困ってる所を助けてくれて……結局二人で遅刻になっちゃったんですけど……」
「ふーん……、それは本当なのかしら?」
助けたというのは、フェンスに挟まっていたところを抜け出す手伝いをした事だろうか。別にあれが無くても遅刻はしていたのだけれど言い訳にはなってそうで先生も信じかけている。
「ね?」
「あ、あぁ」
「ふーん……?」
先程まで俺を嗜める姿勢だった先生の目が俺をからかうような好奇の目に変わっていた。そしてやれやれ、と肩をすくめてから俺に向き直した。
「今回は桜井さんに免じてそういう事にしてあげるわ」
「……うす」
今日のところは一応許されたようだ。俺への用は済んだようで、あっさりと釈放された。職員室を出たところで、桜井も同じタイミングで出てきた。教室に向かって並んで歩いている最中に桜井に尋ねる。
「何で職員室にいたんだ?」
「うん、今朝遅刻しちゃったから……何かあったのー、って先生に心配されちゃって」
「あぁ、なるほど」
俺の呼び出しとはえらい違いだな、と軽くため息をつく。と言っても自分が原因を作り出しているのだから仕方ないことだ。
「なあ、さっきは何であんな事言ったんだ?」
「えっとね……今朝は助けてもらったから、そのお礼にーと思って。迷惑……だったかな?」
「いや、俺はいいんだけどさ……」
「岡崎君は私を助けてくれたのに、誤解されちゃってるのがなんか嫌だったんだ」
「……どの道遅刻はしてたんだし、誤解でも無いだろ」
「それはそうなんだけど……、私がそうしたかったからいいんだよ!」
「そっか、サンキュな」
「どういたしましてー」
満足げに桜井は自分の教室に戻っていった。俺も教室に戻ると、俺の席の隣で何事も無くへらへらした金髪に迎えられた。
「おっ、おかえりー」
「世の中って不公平だな」
「いきなりなんだよ。僕何かした?」
俺よりも遅刻してきた春原が呼び出されず、俺だけ呼び出された事に不満を抱かざるを得なかった。席についたところで昼休みも残り数分。
「そういやお前、桜井さんだっけ? 戻ってくるとき話してたみたいだけど」
「あ、それ私も気になってた。どういう関係なわけ?」
「そう聞かれてもな……別に同じ中学だったってだけだぞ」
「それだけー? そのわりには仲良さげに見えたけど?」
本当に何かあるわけでは無いのだが、こいつの疑る目が鬱陶しい。しかし棚町も春原を止めず、俺に似たような目を向けてきているのが気になる。
「そんなに気になるのか?」
「桜井さん結構人気者なのよ? あんたと真逆よ、真逆」
「そうなのか……」
「こいつ、贅沢な思いしてることに気づいてないの?」
「話してるだけで贅沢っておかしいだろ」
桜井が人気者であるというのはどうやら本当のことらしい。となると俺が知り合いなのは確かに不思議な事だと思った。
俺と桜井は同じ中学だった。そこまで近しい仲では無かったが、いつからか顔見知り程度にはなっていた。きっかけは覚えていないが、俺がまだバスケ部に入っていた頃から知り合っていたと思う。
つまり桜井は俺がバスケをしていた事も、訳あって辞めた事も知っている。親父と喧嘩して肩を痛めた事で部活から離れたという話は、当時の校内で広まってしまっていた。桜井はそれを知って、辞めてからも気を使って話しかけようとしてくれていたのかもしれない。今朝俺を庇ってくれたのも、きっと気を使ってのことなのだろう。
「ま、お人好しではあるよな」
「あんたなんかにわざわざ話しかけにいく位だから、相当だと思うわ」
「……もうちょっと優しい言い方にしてくれないか?」
「私は桜井さんみたいに優しくしないわよー」
そう言いながらわざとらしくそっぽを向く。春原も俺のカバーはしてくれないようで、あーあとぼやきだす。
「贅沢言わないから僕も優しくて可愛い女の子に話しかけられたいなー」
「世間一般ではそれを贅沢って言うのよ」
「岡崎はいいのに僕はダメっておかしくないですかね!?」
「まずその必死な感じからどうにかしないとダメでしょ」
はあぁぁー、と春原は机に突っ伏した。そして俺の方に顔を出して、何かを悟った表情でボソッと結論を告げた。
「岡崎……世の中って不公平だね」
「だろ?」
「……相変わらずあんたらの会話ってアホらしいわね」
一緒になって混ざってる棚町も同類だ、とは言わないでおいた。
放課後、部活動等の喧騒から逃げるように学校を出る。かつては俺も、部活が全てだったかのように精を出していた。それが今では関わりを持つことすらも嫌になってしまった。とりあえず学校に行ってるのも、思考放棄の惰性ってやつなのだろう。
今俺が関わりを持っている面子は、部活に関わりを持っていない。棚町は家のことがあるためにバイトを優先している。春原は俺と同じ理由で入るつもりは無し。桜井はどうだったかと思い出そうとしたのだが、そういえば彼女が部活に入っているか全然知らなかった。彼女とそういう話をした覚えがない。俺と同じく帰宅部なのだろうか。
今日は何故か桜井の事が気になってしまう。いや、これまで気にしなさすぎただけなのかもしれない。何故俺は未だに彼女との縁が続いているのか。彼女が俺と関わってくれる理由が何なのか。当たり前のように接してきたけど、思えば奇妙な繋がりだなとようやく自覚した。
唐突に気になりだした彼女、桜井梨穂子は今どうしているかというと……。
「お、おかしいなー……。子供のころは余裕で滑れてたのに、どうして~!?」
公園の滑り台に挟まって動けなくなっていた。
「ってまたかよ!」
「ふぇっ!? お、岡崎くん!?」
とりあえず桜井の近くに行き、事情を聞いてみた。
「小さい頃、この滑り台で遊んでたなーって思って……」
「それで滑ろうとしたら嵌まって動けなくなった、と」
「うぅ~……また恥ずかしい所を見られちゃったよぉ……」
頭を抱えている姿を今日だけで二度も見ることになった。
「もしかして……最近ちょーっと食べ過ぎちゃってるからかなぁ……?」
「この滑り台の大きさじゃ、高校生だったら誰でも引っ掛かるだろ」
「そ、そうだよね!私達はまだ育ち盛りなだけだよね!」
会話がやや噛み合っていないような気がする。本人が納得したのなら良いか、と俺は朝と同じように桜井が脱出する手助けをした。
「岡崎君ありがとね、今日は二回も助けられちゃったよー」
「まあ、あれぐらいなら別に」
「えっと……他の人には言ったりしてない?」
「わざわざ言いふらす事でもないだろ」
「そっか! よかったー……」
一喜一憂の激しい姿に、思わず笑みが浮かぶ。ふと、俺は聞きたくなった。
「……なあ、桜井」
「なに?」
「悪い、やっぱ何でもない」
「えー?気になるよー」
桜井は交遊関係が広く、人気者である。そんな中で自分の事を特別気にかけてくれるのはどうしてか、なんてのは自意識過剰な気がした。危うくとても恥ずかしい質問をしてしまう所だった。俺と桜井は、真逆のような存在だ。この妙なつながりは、これからどうなっていくのか。その答えは桜井次第、と言ったところなのだろう。
岡崎と桜井は幼馴染みではなく中学から関係があったという設定にしました。
小さい頃から絡みが・・・ということみを思い出す展開も考えましたが、
個人的にこちらの方が話が作れそうかなと思ったので前者を採用しています。