輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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明るい話だけでは、人生は成り立たない。


4

「なあ、岡崎……」

「何だ、いつにも増して気持ち悪いな」

「……」

 

 三時間目が終わる頃にやってきた春原がにじりよってきた。俺の感想、もとい冗談にいつもならツッコミが入るところなのだがその様子がない。もしかすると真剣な悩みなのかもしれない、と聞き直してみる。

 

「何かあったのか?」

「……僕に彼女ができる気配がまっっっっったく無いんだよ!」

「さて、次は現代文だったか……」

「聞けよ!」

 

 なんというか、予想通りな悩みだったので拍子抜けしてしまった。棚町が一瞬こちらを見て『うわー、めんどくさそう』という顔をして知らんふりしていた。その気持ちは大いにわかる。わかるが正直相手するのを手伝って欲しい。

 

 とはいえ、聞いてしまったものは仕方ない。というか聞いてやらないとこいつが俺を解放してくれる気配がない。心底めんどくさいけど聞くことにした。

 

「色々な手段で誘ってみてるのに全部断られちゃうんだよぉ……」

「例えば?」

「僕の行き着けのラーメンの味玉無料券とか、駅前のファミレスのクーポンとか」

 

 春原の器の小ささが全面に押し出されていた。

 

「そんなんで釣られる奴いないだろ」

「何で? 良いじゃん味玉」

「いや、味玉は良いんだけどな」

 

 女子を誘うセンスとしての話なんだが、説明するのもめんどくさい。

 

「なら次から自己紹介の時に「春原・味玉・陽平」と名乗ってみるのはどうだ?」

「勝手に変なミドルネーム入れるなよ!」

「何でだよ。良いんだろ、味玉」

「いや、良いんだけどさ……」

「これまでの方法でダメだったんだろ?なら新しい方向性も試してみた方が良い」

「うーん……、そうなのかな?」

 

 俺は既に適当にあしらうモードに入っていた。相当雑な返しをしている自覚しているのだが、意外にも春原が流されそうな雰囲気になっている。

 

「あと黄身みたいな髪色してるし」

「それはただの悪口ですよねぇ!?」

 

 前の奴が吹き出した。やぱり棚町はこっそりと聞き耳を立てていたようだ。

 

「そーいや岡崎、森島先輩とはどうなの」

「どうって……特に何も無いぞ」

 

 森島先輩の誘いにまともに乗ったのは結局図書館に行ったときぐらいだ。それ以外はやりたくない内容なので毎回断っている。

 

「何でお前、そんなに気に入られてる訳?」

「俺に聞かれてもな……単に遊び相手だと思われてるだけかもしれないぞ」

「どうだかねぇ、お前もまんざらでも無いんじゃないの?」

「まんざらじゃなかったら断ってないっての」

「僕だったら絶対断らないのになぁ……」

 

 誘いの内容が内容だけに断っているのだが、説明する気が起きない。

 

「はぁー、僕が誘われたらあそこに行って……」

 

 春原が自分の世界に行ってしまったので、俺も自分の思考時間に入る。今朝も森島先輩に誘われたのを思い出した。

 

『今日の放課後空けといてね!今度こそ遊んでもらうから!』

 

 と言っていたが、何をするか聞かされていない。加えていつもと違って自信満々という表情をしていたのが気にかかる。外の天気は少し薄暗く、厚い雲が空を覆っている。俺は何故か、胸騒ぎがしていた。俺と先輩の関係が大きく揺らいでしまいそうな、そんな嫌な予感がする。どうか気のせいであってほしい。

 

「……そしてクリスマスにめでたく……って岡崎、僕の話聞いてる?」

「ああ、お前が「味玉陽平」に改名するところまで聞いてた」

「全然聞いてないじゃん! あとさっきより名前食われてるだろ!」

「ははっ、食べ物に食われるとか面白いじゃん」

「何も面白くねぇよ!」

 

 こうして春原の相談は適当な冗談話で終わらせた。あと棚町はもう少し笑いを堪える練習をした方がいいぞ、と今度言っておく事にする。

 

 

 授業中は俺の心中に巣食う不安に放心している間に終わり、約束の放課後になった。空は変わらず薄暗いままで、気分をより重くしてくるようだった。

 

(確か中庭で何かするって言ってたよな)

 

 中庭といってもあまり広いスペースではない。軽くボールで遊ぶ程度のスペースにいくつかスポーツ用具がいくつか放置されている。そこに早足で森島先輩がやってきた。何故かバスケットボールを抱えながら。

 

「おっ、今回は先に来てたんだ! グッド! 良い心がけだね!」

「……今日は何を?」

「えー、わからない? これがあるってことはもうわかるんじゃないかしら?」

 

 違う、わからないんじゃない。答えは先輩が持っているものからすぐに分かってしまった。だからそれを口にしたくないし、その先を先輩に言ってほしくなかった。

 

「君が以前バスケをしてたって聞いたの!」

 

 今朝から感じていた胸騒ぎが、最悪な形で的中してしまった。一体どこで聞いたのか、そこはどうでもいい。問題なのは、先輩がどこまで知っているのかだ。もし止めた理由を知っているのなら、バスケをやろうなんて誘わないはず。なら、森島先輩が知っているのは以前やっていたということだけなのだろう。

 

「おーい、ボーッとしちゃってどうしたの?」

「え、あ……」

「もしかして、気分悪い?」

 

 森島先輩はいつも好奇心が先行して動く帰来がある。だからきっと、俺を誘っているのもただ純粋な興味なのだろう。何回か話しただけの関係で、半端に俺のことを知った結果こうなってしまった。

 

 これは仕方のないすれ違い。誰かに悪意があってこうなったわけじゃない。

 

 けれど、いくら事実がそうであると自分に言い聞かせてももう避けられない所まで来てしまった。俺の心は、嫌な気持ちが溢れそうになっていた。

 

「……いえ、いいっすよ」

 

 やって見せるのが、一番手っ取り早いだろう。俺はゴールの前に向けて歩きだし、ボールを受けとる体勢を取る。俺がやる気になったのだと思い、森島先輩は嬉しそうな顔でボールを俺に放る。ボールを受け取り、数回ドリブルをして見せる。

 

「わぉ! 流石経験者はドリブルがかっこいいね!」

 

 俺は返事をせず、シュートの構えをする。先輩はさっきよりも期待してるような目線を向けてくる。俺はこれから、現実というものを見せつける。今の俺を、バスケができなくなってしまった俺の姿を。

 

 これが、変えようの無い残酷な事実なのだと。

 

 ボールはゴールに向かうことなく地面に転がり落ちた。転がっているボールを見つめている間、まるで時間が止まったかのように静かになった気がした。さっきまで遠巻きに聞こえていた下校中の生徒の喧騒が嘘の様に鳴り止んた。

 

「へ?」

 

 森島先輩は状況が理解出来ずにいるようだ。元バスケ部のシュートが見られると思っていた彼女からすれば、俺がどうしてシュートをろくに撃たなかったのか、わかっていないのだろう。

 

「ど、どうしたのかな?ボール落ちちゃったよ?」

 

 俺はずっと転がったボールを虚ろな目で見つめた。こうなるとわかっていたのに、改めて思い知った事実に虚しい気持ちになる。

 

「ひ、久しぶりだったから失敗しちゃったのかな? ほら、もう一度……」

「何度やっても同じっすよ」

「えっ?」

 

 俺は先輩の言葉を遮って、全てを諦める思いで口を開く。

 

「俺、もうバスケできなくなったんすよ」

「……どうして?」

 

 先輩の方に顔を向けること無く、俺はただ語るように続ける。

 

「中学の時に右肩を怪我して、右腕が肩より上に上がらないんすよ」

「なんで、怪我しちゃったの? 試合中に熱くなりすぎて怪我しちゃった、とか?」

「いや、そんなんじゃないんですよ。もっと、下らない理由で……」

 

 怪我をしたときの事を思い出す。今でもあのときの事を鮮明に覚えている。忘れられるはずがない。右肩を痛めて苦しんでる俺を見て放心していた親父の顔。もうバスケはできないと淡々と告げる医者の声。隣で懸命に励まそうとしてくれた美也。色々と思い返しながら言葉にしようとしても、上手くまとまらずにいた。少し沈黙が続いた後、先輩がハッとしたように話し始める。

 

「……ごめん、言いたく無いならいいよ」

 

 俺の表情から察してくれたのだろうか。いつもの振る舞いからは少し離れた台詞だった。

 

「前にね、響ちゃんに言われた事があるの。人と接する時は、もう少しデリカシーを持ちなさいって」

「……そうっすね」

「うん……」

 

 次の言葉を探しているのだろうか。何とか明るくしようとしてくれているのがわかる。これは言ってしまえば事故のようなもので、この事をあらかじめ話しておけば済んだ事だ。なのに、俺はこの時まで話さなかった。今もただ先輩を困らせているだけで何もできない。そんな自分の中に罪悪感が込み上げてくる。

 

「……そういうことなんで、もう行きますね」

「ま、待って!」

 

 俺は先輩に背を向けて歩きだす。先輩は俺を呼び戻そうとしているが追ってはこない。そのまま振り返ること無く学校を出た。これでもう、会うことも無くなるのかもしれない。そう思うと、内から出てくる虚しさと後悔だけが残った。

 

(……朝よりも寒いな)

 

 空は薄暗い曇り空のまま。俺の心は、まるで雨にでも降られたかのように冷えきっていた。

 

 

 その後、俺は春原の部屋にいた。既に読み終えている漫画を開いてみるものの、全く面白味も無い。春原がベッドに寝転んで顔だけを向けて聞いてくる。

 

「何かあったの?」

「いや、何も」

「ふーん、もしかして森島先輩にフラれたとか?」

「……そもそも付き合って無いからな」

「そうなの? 何回も会ってるからもしかしてと思ってたんだけどね」

「そんなんじゃないだろ」

「そうかねぇ?……まあ、これで僕にもチャンスが回ってきたってことだね!」

「……そうだな」

 

 無気力に返す。諦めも含んでいたかもしれない。

 

「お前、それで良いの?」

「……」

 

 少しだけ真剣な目で問いかけて来た。俺には、返せる言葉が見つからなかった。

 

「ま、僕には関係無いけど」

 

 それ以降は無音の時間が過ぎていき、暗くなったのを見て部屋を出る。少し変わってきているかもしれないと思った。しかし、変わっていたのは周囲だけだった。俺は、中学のあの時からずっと止まったままだった。何も変えられていなかった。

 

 雲は、まだまだ晴れそうに無い。この身も凍る様な寒さも、和らぐ日は限りなく遠い。月も星も見えない夜空を見上げながら、夜道を独り歩いていた。

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