第6話です。
先輩から聞いた場所へ向かうと、桜井はクラス委員の綾辻と話をしていた。部室で申請書と言っていたからそのやりとりをしているのだろう。自分の入るタイミングを待つ。
「あら、岡崎君」
「あれ? どうしたの?」
向かい合わせの位置にいた絢辻が俺に気づいて声をかけてくれた。割って入らずに済んだことを安堵しつつ、要件を伝える。
「創設祭、俺も茶道部の手伝いをすることになった」
「えっ!? い、いいの?」
「男手が必要なんだろ?」
「……うん! それじゃあよろしくね!」
もしいらないと突っぱねられたらどうしようかと思っていたが、すんなり頼まれてくれた。
「つまり、岡崎君は茶道部に入ったという事ですか?」
「ううん、岡崎君は手伝ってくれるだけだよ!」
「入部したわけじゃないけど、創設祭の手伝いだけはやる事になったんだよ」
「……なら別に茶道部でも良いような気がするけど……まあいいか」
絢辻は訝しげにしていたが、これ以上の詮索はしてこなかった。
「それにしても、最近は遅刻しなくなったみたいですね」
「え? ああ、言われてみれば続いてるな」
「うん! 頑張ってるよ!」
俺の事を話していた所に桜井が胸を張っていたのを見て、絢辻は首を傾げる。
「……え? 桜井さんが頑張ってるの?」
「え? あっ! そ、その……」
俺が朝桜井に起こしてもらっていることを知っているのは今のところ伊藤と美也だけだ。俺としてはあまり知られたくないのを察して桜井も秘密にしてくれている。しかし、思っていたよりも桜井は隠し事が下手なようだ。
「私も寝坊で悩んでたから! お互い電話で起こし合って頑張ろーってことにしてるの!」
「そ、そうなのね……」
慌てながら内容を暈した言い訳をする桜井の勢いに、絢辻は若干引きながら理解を示した。この調子じゃバレてしまうのも時間の問題だろう。そうなる前に自分で起きられるようにならないといけない、という謎の焦燥感が込み上げてきた。この話を終えたいと思ったところで、絢辻は机の中から1枚の紙を取り出した。
「気を取り直して……これが申請書です。記入して私に出してくださいね」
「わかった! ありがとー」
桜井が用紙を受け取って、上から下まで目を通す。しかし、そこで動きが一時固まってから絢辻に尋ねた。
「えっと……絢辻さん、申請書ってどうやって書けばいいの?」
「……え?」
「……ん?」
一瞬空気が固まったような気がした。疑問があるというのはわかるのだが、聞き方が予想以上に大きいのが引っ掛かる。
「ええと……どこがわからないの?」
「……全部!」
俺の中に浮かんでいた悪い予感が当たってしまった。絢辻の笑顔もややひきつっているように見える。このままだとまずい気がしたので、俺は桜井に尋ねてみる。
「去年はどうしてたんだよ?」
「前は先輩達が全部やってくれてたから……」
「どんな風にやってたとか見なかったのか?」
「それが……ボーッとしてる間に全部終わっちゃってたから……」
先輩の作業に完全に置いていかれている絵が容易に浮かんだ。
「その先輩達には聞けないのかしら?」
「ううん、部室にいるから聞けると思うけど……」
「じゃあ聞きに行くぞ」
「ま、待って!」
部室に戻ろうと向きを変えた俺、制服の袖を引っ張って止めてくる。
「聞いたら教えてくれるんじゃないか?」
「うん……でも、今回は自分の力で頑張るって約束だから……」
「それでもやり方がわからないままにしておく方が良くないだろ」
「そうかもしれないけど……」
できるだけ先輩達に頼らないという桜井の気持ちはわかる。どうしたらいいか、と悩んでいると絢辻が口を開いた。
「ちょっといいかしら?」
「え? うん……」
「岡崎君の言う通り、先輩から作業を引き継ぐのは頼るとは違うわ」
「そうなの?」
「寧ろ後の事を任せられるように、聞けるうちにやり方をしっかりと聞いておいた方が良いわ」
「そっか……そういうことなら、そうなのかも」
桜井がするべき事をビシッと伝えてくれた。流石クラス委員だな、と思わず感心した。
「わかった! 聞きに行ってくる!」
「俺も行くか?」
「ううん! 一人で行けるよ!」
そう言って意気込んでから、踵を返して急ぎ足で教室から出ていった。
「どうした? そんなに疲れることしたのか?」
「ううん……なんだか大仕事になってたかも、と思ってたら気疲れしちゃいまして」
「……全部書く事にならなくてよかったな」
申請書の書き方を丸々教えることになっていたら確かに大変だったのかもしれない。ともかく俺も部室に向かおうと教室の外を見ると、先程出たはずの桜井が戻ってきていた。
「どうした?」
「えへへ……申請書の紙、持っていくの忘れちゃってた」
思わぬ拍子抜けに軽くズッコケてしまった。絢辻もあはは、と苦笑いを浮かべる。
「……桜井さんのお手伝い、頑張ってくださいね」
「あぁ、こりゃ頑張らないとだな」
一度部室に戻ると、まだ先輩達はこたつでくつろいでいた。桜井が申請書の書き方を教えて欲しいとお願いしたところ、二人とも少し呆れながらも丁寧に教えてくれた。申請書は無事に書き終えることができたが、昼休みを使い切る形になったためここでは解散になる。
申請書の提出は、絢辻と同じクラスである俺が渡すことにした。その方が楽だろうと桜井も納得してくれたため、記入済みの申請書を受けとった。授業が終わり、俺は申請書を持って絢辻の席に向かう。
「絢辻、これなんだが……」
「あ、もう出来たんですね。うん、記載も問題無さそうね……」
受けとるなり素早く内容に目を通す。俺がそのスピードで申請書を見たところで何も頭に残らなそうだ。二十秒程で確認を終えた絢辻は軽く頷いて俺に笑顔を向ける。
「はい、確かに受けとりました」
「ああ、んじゃよろしくな」
やりとりを終えた、と思ったタイミングで横から高橋先生が割り込んできた。
「絢辻さーん、少し頼みたいことが……あら、岡崎くん?」
「あ、先生」
「うす」
ここ数日は遅刻を回避していた為、話をするのが久しぶりに感じる。今回は怒られることは無いだろうと特に構える心配もなかった。そう思っていたところに、丁度俺の遅刻の話を振られる。
「岡崎君、最近遅刻しなくなったけれど何かあったのかしら?」
「いや、特には……」
「ふーん? ……絢辻さん、それは?」
「これですか? 今さっき岡崎君から受け取った創設祭の申請書です」
「そうなの? って、茶道部??」
部活名を見た先生は信じられない、と目を見開く。
「あー、確か茶道部って桜井さんが……もしかしてそういう……?」
「……なんすか」
暫く俺を見て考えた後、何かに気づいたようでニヤニヤし始める。これは何か勘違いをされているような気がする。
「へぇー、まあ頑張んなさい男子!」
「……」
左肩をバシバシと叩きながらあっはっはと笑う様子がとても鬱陶しい。別に頼まれただけ、日頃の借りを返すだけ。そんな言い訳が頭に浮かぶがここで言っても状況は更に悪化しそうなので黙っていた。なんだかむず痒い空気を終わらせるために、俺は話題を切り替えた。
「んで、絢辻になんか用だったんじゃ?」
「あそうだった! ……絢辻さん、私の仕事を手伝って欲しいんだけど……」
「いや頑張れよ教師」
絢辻は先生に気づかれない所でコクコクとうなずいていた。
放課後、俺と桜井は帰り道を歩いていた。
「茶道部の申請書、さっき出しておいたからな」
「ありがとー!」
今日は茶道部の活動は無かったようだ。申請書を提出したので桜井的には今日の活動をやりきったという扱いらしい。
「ねえ岡崎君」
「なんだ?」
「しょーじきに答えて欲しいんだけど……」
「あ、あぁ」
桜井のこの前置きは悩みを話す時だ。空気で察した俺は相談に乗るつもりで少し身構える。出来るだけ肯定的に乗ってあげよう。
「今の私って……部長としてやっていけそうかな?」
「無理だな」
「うぅっ! バッサリだー!」
即切り捨ててしまった。俺の言葉が刺さったのか、胸に弓矢を受けたように軽く仰け反った。しかし桜井はめげずに再度聞いてきた。
「即答はひどいよ~……ねぇ、もうちょっとじっくり考えてみたらもしかすると……ね?」
「じっくりか……」
桜井が部長になり、後輩たちを引き連れて周囲から尊敬されているシーンを思い浮かべる。ここまで想像してから現実の桜井に目を向けてみる。
「無理だな」
「うぅっ! 一緒だぁー……」
また切り捨ててしまった。今度こそがっくりと項垂れてしまった。そんなやりとりをしている最中、向かいからエプロンを来た女性が歩いてきた。
「あら、あの娘は確か……」
こちらに気づいた様子の女性は、桜井の方に向かって小走りで近づいてきた。俺からすると全く知らない相手なので少し身を引く。
「梨穂子ちゃーん」
「あっ! 早苗さん!」
「はい、早苗です♪」
早苗、と名乗った人物は、桜井に挨拶をしてから柔らかく微笑んだ。随分若い人に見えるが、桜井とどういう関係なのだろうか。
「知り合いなのか?」
「この間話したパン屋の人だよ!」
「はい、パン屋の人です♪」
「ああ、そういう……」
例のたまにおかしなパンがある店の人だったようだ。ということは、美也とも面識があるんだろうか。
「そちらの方は、桜井さんのお友達ですか?」
「岡崎っす、妹の美也がたまに来てるかと思うんすけど」
「あら、美也ちゃんのお兄さんだったんですね~」
やはり美也がたまにいっているパン屋であっていたようだ。桜井が横で『そうなの!?』という顔をしているがスルーした。ところで、と早苗さんは次の話を切り出した。
「お二人とも、秋生さんを見ませんでしたか?」
「秋生さん?」
「早苗さんの旦那さんですよね?」
「はい♪」
(旦那!?)
結婚している歳だとわかって驚愕した。てっきりもっと若いかと思ってしまっていた。思わずまじまじと見てしまったが、早苗さんは気づいていない様子だった。
「うーん……見なかったです」
「そうですか……」
姿を知っていそうな桜井が見ていないのであれば、俺が力になれることはなさそうだ。と思っていると突然大きな音がした。カキーン……。おっしゃあぁーーー……。何やら男が野球をしている音と声だった。
「ん? 何の音だ?」
「あら、秋生さんの声が聞こえました」
「近くの公園の辺りでしょうか?」
「そうですね、また近所のお子さんと野球をして遊んでいるみたいです」
聞いた感じ旦那はノリのいい人のようだ。しかし野球で打った音はわかるのだが、その後に聞こえた雄叫びが全力すぎる。
「それでは、私は今から迎えに行ってきますね」
「はい!」
「それと……岡崎さんもよかったら美也ちゃんと一緒にうちの店にも来てみてくださいね♪」
「うす」
軽く会釈をした後背中を向けて歩いていった。なんだかおっとりとしているようでしっかりした人だった。早苗さんを見送った後、桜井がポツリと話し始めた。
「早苗さん、昔先生をしてた事があるんだってー」
「は? ……ちょっと待て、あの人いくつなんだ!?」
「聞いたことないけど……私たちの一つ上の娘さんがいるらしいよ?」
「マジかよ!? 全然そうは見えなかったぞ……」
「うんうん、私も最初聞いたときはビックリしたよー」
まさか娘がいる年齢だとまでは予想できなかった。この数分の間で女性の見た目の若さに二度も驚かされてしまった。呆気にとられている俺の横で、桜井は別の事で考え込んでいた。
「私も早苗さんみたいになれたら、立派な部長になれるかなー……?」
先程の早苗さん、という人は先生だったというだけあって受け答えがとても丁寧だった。確かにあの物腰を備えていたら良い部長と言えるだろう。早苗さんのそれは、先生として経験を積んだ結果なのかもしれない。もしかしたら、多少の経験なら先に積んでおく事ができるかもしれない。
「そんなに不安なら、練習してみたらいいんじゃないか?」
「練習?」
「誰かが新入生役になって、桜井に色々質問してもらうとかさ」
「なるほど!」
両手を合わせて表情が明るくなる。不安が和らいだ様子を見て、俺はちょっと安心した。
「確かに効果ありそう! よく思い付いたね!」
「さっきの人が先生って聞いたからな、それに近いことをしたらいいんじゃないかって思ったんだよ」
「そっかー、私は全然思い付かなかったよー」
先生になるわけではないが、部長として質問の受け答えをする機会はあるだろう。桜井の人望なら、協力してくれる人はきっと多いだろうから問題無さそうだ。
「それじゃあ今度早速やってみる!」
「ああ、頑張れよ」
「え?」
「ん?」
桜井の頭上に疑問符が浮かんだ。つられて俺も疑問符で返してしまった。
「あ、ごめん……てっきり手伝ってくれるのかと……」
「へ? あ、あぁ……」
てっきり俺の出番は無いだろうと思っていたから気を抜いていた。少し眉をしかめてそう言われてしまってはなんだか申し訳なくなってきしまう。別に俺も断る理由はない、と慌てて返事をする。
「手伝うよ、ただ力になれるかわからないぞ?」
「ううん、さっきみたいなアイディアを出してくれると信じてるから!」
「んな期待されてもな……」
先生の真似事、というのは偶然出たものでまた出せるとも限らない。それでも、俺でも力になれるのであればできることはしてあげよう。よーし、と気合いを入れるキリッとした横顔を見たらそう思えた。
「あ、ちなみにだけど……いつも変わったパンを作ってるの、早苗さんなんだよね……」
「驚くところいくつあるんだよあのパン屋は……」
もし会って話してみたら、まだまだ変わった所が出てくる気がする。もういっそ娘が実は留年していて俺達と同じ学年、なんてことがあってもおかしくなさそうに思える。あまり笑えない冗談になってしまったので、変な妄想は止めておくことにする。
早苗さんもちょろっと出してみました。
あとあっきー(声だけ)
ほんとにどっちの作品もキャラがいいから描きやすい…