ちょっと真剣な空気入ります第8話です。
創設祭の準備は滞りなく進んでいた。男手が必要というのも納得できるような力仕事が多くあり、運動不足の体にはかなり堪えた。疲労のためか放課後はまっすぐ帰宅してすぐに寝るようになっていた。そのお陰で、無遅刻の記録は伸び続けていた。もう珍しくなくなってきたからか、棚町にも特にイジってくることもなく普通に挨拶するようになった。
「岡崎ー、どっか遊びに行こうぜー」
「悪い、今日もやることがあるからパスだ」
「またそれかよー、つまんねーの」
創設祭の準備を優先しているために、春原の手伝いは連日断っている。流石に不満が溜まってきたのか今日はいつも以上に俺へ突っかかってくる。
「お前近頃そればっかじゃん、なんかあんの?」
「創設祭の準備があるからな」
「そうせつ菜? 園芸でも始めたの?」
「何言ってんだお前」
学校行事の事だと軽く説明すると、あまり興味無さそうに聞き流していた。こいつは出ないのだろうなと想定して話を終えようとしたら突然春原はハッと体を起こした。
「……はっ! 祭り!?」
「どうした?」
「それって、出会いのチャンスって事じゃん!」
そういえばこいつが彼女作りに精を出していたのを思い出した。創設祭を経て結ばれたカップルもいる、という噂もあるらしい。しかし、同じ学校内なのだから新しい出会いの機会はあまり無い気がする。そう思ったのだが、今それを言うと面倒なテンションに付き合わされそうなので言わないでおいた。それに俺たちは、この学校じゃ悪目立ちしすぎている。校内をうろついていたら周囲の人は避けてしまうだろう。
「それじゃあ岡崎!僕と一緒にナン……」
「いや」
俺がこれ以上茶道部にいると迷惑がかかりかねない。
「創設祭には、行かないからさ」
だから、こうするべきなんだと思った。それは自分に言い聞かせるような、小さな宣言の様だった。
「何だよつれないなぁー……準備したってんならお前も当日はいるんだろ?」
「……俺の役目は準備までだからな、当日は行かなくても大丈夫だろ」
「ふーん……ま、僕は知んないけど」
何か察してくれたのだろうか、詮索はされなかった。
「僕の方が先に彼女が出来ちゃっても文句言うなよ?」
「ああ、フラれ話楽しみにしとくな」
「ちょっとは背中を押すとかしてくれませんかね……」
正直こいつがフラれようが彼女ができようが、今の俺には気にする余裕が無かった。
それからはあっという間に時間が過ぎ、ついに明日が創設祭というところまできた。準備も完了してあとは本番を迎えるだけとなった。
「いよいよ明日……だね!」
「ああ、そうだな」
新入生を迎え入れるための施しを済ませた部室を見ながら感慨に耽る。
「いやー、梨穂っちも岡崎も頑張ってくれたじゃないか!」
「出番無し」
「これなら来年以降も茶道部は安泰だな……」
「未練も無し」
「先輩! まだ気が早いですよー! 明日が本番なんですから!」
心なしか二人とも涙を浮かべているように見えなくもない。後輩の成長を素直に喜んでいるのだろう。本来の茶道部である三人のやりとりを見て、改めて思った。この場所は、やはり彼女達のものだ。
「明日は、部長として頑張れよ」
「え?」
「じゃあな」
何か言われる前に、俺は三人に背を向けて歩き始める。後ろから何か声が聞こえても、振り返らない。本当なら、俺は創設祭に出ないと素直に言えばよかった事だ。しかし言おうとしても喉につっかえたまま、言う勇気が出せずに逃げてしまった。桜井はきっと、俺の言葉の意味を理解してくれるような気がする。逃げたことを頭の中で無理矢理に正当化しながら家に帰った。
その日の夜、家のこたつで美也と明日の創設祭の話になる。
「……本当に、いかないの?」
「ああ」
俺は創設祭に出ないということを美也に話した。
「桜井さん、にぃにと一緒に出し物やるんだー、って張り切ってたよ?」
「……それでも、だ」
これまで準備してきたことを知っているため、色々と俺の言葉を聞きたそうにしている。けれど、俺の顔色を見てか聞くのを躊躇っている。
「……わかった、美也は友達と行ってくるからね」
「ああ」
そこでこの話は終わった。美也はこたつから出て、家の電話で誰かと話をし始めた。明日一緒に行く友達とだろうか。意外と美也があっさりと引いたなとも思ったが、今はこれ以上考えたくない。俺は寝る支度を始めながらこれからの事を想像する。
自分で起こした事だが、明日から桜井と顔を会わせづらい。思えば俺は、結局あいつに何もしてやれていないのだ。朝何度も起こしてもらって、退屈だった俺にやることを与えてくれた。それなのに俺は、明日行かない事でしか返す事ができないなんて。なんてどうしようもないやつなんだろうか。これ以上考えても良いことは一つもない。心の苦しさを覆い隠すように、寝る支度を済ませてさっさと布団に入った。
中々寝付けないまま、気づけば朝になっていた。登校時間に間に合うように起きるようになった体が、今は少しだけ恨めしく感じる。一度顔を洗って寝直すか、と目を開ける。ここ数日、この場所で何度も見た顔があった。俺が昨日逃げてしまった相手が、俺の目をバッチリと覗いていた。
「……何で俺の部屋にいるんだ?」
「起こしにいくって、約束したもん」
普段よりも少し低めの真面目さを含んだ声で、はっきりと言った。適当にあしらえってはいけない空気を感じとって寝ていた体を起こす。
「……俺は、学校には」
「美也ちゃんが昨日教えてくれた。岡崎君、今日は行かないつもりらしいって」
「昨日電話してたのはそういうことか……」
思えば美也と桜井は最近話す仲になっていたのだった。美也は自分で言うよりも桜井に伝えた方が効果的だと判断して身を引いたのだろう。
「どうして?」
「それは……」
続きを言いかけて、止まる。何とも簡単で、何とも独り善がりな理由を説明しなければいけない。決心して口を開く前に、桜井は悲しげな笑顔を浮かべながら言った。
「……ごめんね、理由は何となく気づいちゃってるんだ」
「え……」
「自分がいたら、新入生達が怖がって来なくなっちゃうから……だよね?」
「!」
心臓を掴まれたような気分だった。桜井には、俺の考えが見透かされていた。
「……よく、わかったな」
「えへへ……だって、君の事をずっと見てきたから」
「っ!」
桜井は真っ直ぐに俺を見続けている。ずっと、という言葉が俺の心に響く。中学の時から、つまり俺が堕落してしまった時からという事だ。
「私はね、岡崎君が一緒にいてくれたお陰で頑張れたの! だから今日も一緒にいてくれたら、上手く行くはずだよ!」
「……なんでだよ」
「えっ?」
ずっと、気になっていた事があった。中学の時からずっとそうだった。
「なんで、そこまでするんだよ」
桜井は人望があって、何かと一緒に行動する友達は他にも沢山いる。少なくとも俺よりも真面目で、頼れる奴もいるはずだ。それなのに彼女は、俺の事を気にかけ続けている。中学から俺がどんなに駄目な奴だったかを知っているだろう。
「お前にはもっと、頼れるやつがいるはずだろ! 俺なんかよりも……!」
これまで溜め込んできた本音をとうとう出してしまった。優しく接してしてくれているクラスメイトに吐きかけるような言葉じゃないのはわかっている。しかし桜井は目を閉じてゆっくりと首を横に振る。
「なんかじゃない。私は、岡崎君とがいい」
人懐っこいような、周囲に流されやすそうな雰囲気はどこにもない。どこまでも真っ直ぐに俺と向き合って、俺を選んでいるのだと告げた。
「それに今ここで、また私が遠慮していたら……。君が、また独りになっちゃう。もう君には、あんな悲しい顔をさせたくないから」
「!!」
また、とは中学時代の事を言っているのだと直感でわかった。俺がバスケを辞めて閉じ籠ってしまった時、俺は独りになろうとしていた。そんな俺を最後まで止めようとしてくれていたのが、彼女だった。彼女は周囲の事と関係なく、俺を繋ぎ止めようとしてくれていたんだ。
あの時の俺はそんな好意を突っぱねてしまい、桜井はそれに合わせて遠慮していた。でも今は、桜井は俺に更に踏み込んできた。そんな桜井の決意を目の当たりにした俺は……揺らがないはずが無かった。
「……わかった、行くよ」
「……うん! 行こう!」
俺にできるのなら、応えようと思った。パッと明るくなった桜井の表情は、朝日よりも眩しく見えた。一息ついたのも束の間、桜井が時計を見るとハッとなり慌て始めた。
「わー! 結構時間がやばいかも! 岡崎君急いで準備してー!」
「あ、あぁ!」
桜井に急かされて支度を始めようとして止まる。
「どうしたの!? 早く準備しないと遅れちゃうよー!」
「……桜井」
「えっ!どうしたの!? やっぱりまだ気持ちが……」
「着替え」
「…………あっ! ごめん!」
「……ぷっ」
「……あははっ」
既視感を感じるやりとりに、お互い吹き出してしまった。さっきまでの嫌な気持ちはどこにもない。部屋を出る桜井の背中を見届けて、支度を始めた。
次でとうとう最終話です。
我ながらなんとも言えない気持ちになりながらも頑張って仕上げようと思います!