輝日東高校にうつろいゆく光   作:こなひー

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上崎編の後編です。
本編の更新が散々遅れてしまっていましたが、これで最終話となります。


2

 俺は暫く呆気に取られて思考が纏まらないでいた。上崎自身が噂を流していた、とは全く予想していない展開だった。一体何のためにその様な回りくどい事をしていたのだろうか。それも俺には知られないように、付き合っている事を隠してまでしていたのだろうか。いくら考えても混乱するだけなので、目の前で悔し泣きを始めそうな上崎に尋ねる。

 

「何で、わざわざそんな事を?」

「それは……」

 

 まさか春原が言っていた通り、本当に俺の事を嵌めようとしていたのだろうか?そんな不安を抱えていたのだが、上崎の口からは意外な言葉が飛び出してきた。

 

「あなたを、他の人に取られたくなかったから」

 

 俺から目を逸らさずに、ハッキリと言い放った。上崎が俺を独占したいがために自ら噂を流したのだと。

 

「あなたには既に付き合ってる人がいるって事にすれば、あなたを独占できると思って。それで流したの」

「そ、そうだったのか……」

「ごめんなさい、私の都合であなたを惑わせちゃって」

 

 上崎は俺が思っていた以上に戦略的に動いていた。噂を利用してまで俺の彼女になろうとしていたのだと知って、俺は感嘆していた。誰かが自分のために動いてくれたと感じられたのは、いつぶりだっただろう。そんな思考を巡らせていると、上崎はどんどん表情を暗くしていた。

 

「これじゃあ、彼女失格だよね……」

「待て待て! 話が飛びすぎだ!」

 

 俺が黙って考えていたのを怒っていると勘違いされているようだった。上崎が涙をこぼしそうになっている所を慌ててなだめる。

 

「俺たちの事がバレてる訳じゃないんだろ、なら良いんだよ」

「岡崎君、私の事を責めないの?」

「俺の噂なんか一つや二つ増えた所で変わらないし、責めるような事でもないだろ」

「でも……!」

「それにさ」

 

 俺は本当に気にしないのだが、上崎はまだ悪気を感じている様子だ。それならと、もう一つ気にしなくていい理由を話す。

 

「今俺にはお前という彼女がいるんだから、噂もあながち間違いじゃないだろ?」

「!!」

 

 俺に彼女がいるという噂について、事実となった今否定する理由が無いのだ。付き合い始めた時期などこの際どうだっていい。

 

「もしかして、準備室以外で会わなかったのはそれが理由なのか?」

「う、うん……でもそれだけじゃないの」

「何があるんだ?」

 

 上崎が不安に思っていることは今全て聞いておくべきだと思った。思わずせっついてしまったが、上崎は既に観念しているようで迷わず続ける。

 

「私が校内に噂を広めてたって事は何人かに知られてるの」

「……?」

「つまり、私が彼女だって知られたら……」

「っ! ……何となく、ややこしいことになっちまいそうなのはわかったよ」

 

 岡崎に彼女がいるらしいという噂を上崎は校内に広めた。つまり『らしいという不確定な言い方を彼女自身がするのはおかしい』のだ。俺と彼女が付き合ったことで、結果としてかなりややこしい状況になっていたのだった。

 

「……何かすげえ変な状況だな」

「うぅ……ごめんなさい」

 

 ともかく上崎が校内で付き合っていることをバレたくない理由が判明した。自分のせいでこうなったと思い詰めるのはわかるが、少々落ち込みすぎな気もする。そんな俺の思考をよそに、上崎は何かが決壊したように思っていたことを吐き出した。

 

「創設祭を一緒に歩きたいけど……きっと私が原因で君に迷惑かけちゃうと思う。だから、クリスマスは一緒にいられないの。本当にごめんなさい」

 

 創設祭に行くことを本当に楽しみにしていたのだろうか、耐えきれず涙を溢していた。そんな様子に胸を痛める俺だったが……どうしても、一つ気にかかることがあった。

 

 

「なあ、その……創設祭ってのは学校の行事か何かなのか?」

「……へっ?」

 

 ずっと引っ掛かっていた創設祭という言葉。文脈からクリスマスにこの学校で行われる行事だということはわかる。だがどうしても俺の記憶に該当する物が存在しなかった。先ほどまでの重苦しい空気がコロッと変わってしまった中、上崎はしばらく固まった後何か思い返し始めた。そして独り言のように呟き始める。

 

「……そっか、去年の創設祭の日は家でずっと寝てたんだったっけ」

「だから何でそんなことまで知ってるんだよ……」

 

 俺自身ですら当日の記憶が曖昧だったのに、上崎はスラスラと俺の行動を言い当ててきた。そんな情報は俺と美也ぐらいしか知らないはずだ。俺のツッコミが聞こえたのか、知っている理由を端的に答えてくれた。

 

「美也ちゃんが愚痴ってるのを偶然聞いたから……」

「美也の事も知ってたのか」

「もちろん!」

 

 俺の知らない間に妹の事を把握しているのはもちろんじゃ無いと思う。上崎が俺の事を知りすぎなのはいい加減なれてきたが、それよりもわからないことが浮かんだ。

 

「あのさ、創設祭は絶対に行かなきゃダメなのか?」

「え?」

「ほら、クリスマスらしい事なら他でも出来るんじゃないかと思ってさ」

 

 上崎の中では創設祭イコールクリスマス、だと言っているように聞こえた。けれど、俺はそこがどうも結び付かない。この質問が上崎にとって盲点だったようで、考え込み始めて疑問符を浮かべた。

 

「……ほんとだ。私、なんで創設祭に拘ってたんだろ」

「何かあるんじゃなかったのか?」

「ううん、全然」

 

 どうやら色々と考えすぎて視野が狭くなっていたらしい。この様子からして、上崎にも創設祭に拘る理由はないようだ。

 

「じゃあ、クリスマスは一緒にいてもいいの?」

「当たり前だろ。学校以外にはなると思うけどさ」

「……よかったぁ」

 

 安堵の笑みを浮かべた後、ゆっくりと俺に近づいて優しくぶつかる。俺の胸に頭を埋めてくるのでそっと腕を彼女の腰に回す。彼女の体重が俺の体にかかるのを感じつつ、俺の気持ちを語り始める。

 

「俺さ、今になってやっと実感してるんだ」

「何を?」

「お前が、本気で俺の彼女になろうとしてくれてるんだ……ってことを」

「!」

「今度は、俺も本気で応えるから……聞いてくれ」

「うん……わかった」

 

 上崎は目を閉じて俺の答えに耳を傾ける。そんな彼女の安らかな表情からは、万感の想いが伝わってくるようだった。

 

 

 

(……あなたは、覚えてなかったけど)

 

 一人で街中を歩いている時に、ナンパ男に無理矢理連れていかれそうになった。周囲の人たちが関わらないように避けていく中で、彼は私を助けてくれた。その時に言い放った一言が忘れられなかった。

 

「その娘が嫌だって言ってるだろ、嫌なことを無理強いすんなよ」

 

 昔から私が言いたくても言えなかった『嫌だ』の一言。それを彼は私の代わりに言ってくれた。私を庇って立つその背中が、目に焼き付いて離れなかった。

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

「……気にすんな、あいつに腹が立っただけだ」

 

 正義のヒーローと言うにはちょっと目付きが悪くて、愛想も無かったとも思う。けれど、私にとっては正真正銘のヒーローだった。

 

「この辺歩くときは気を付けろよ」

「ま、待ってください! 名前……」

「……岡崎だ、じゃあな」

 

 ぶっきらぼうに名字だけ名乗って去っていく背中が小さくなっていくのを見届けた。追いかけたいとも思ったけれど、彼は私の事を全然見ていなかった。本当にただ自己満足で動いただけなのかもしれない、それでも私には正しく運命だった。

 

「岡崎くん……か」

 

 彼の事をもっと知りたい。そんな気持ちが芽生えてからは、ひたすら一途に彼の事ばかりを考えるようになった。

 

(そう……私の想いはあの時からだった)

 

 いつか私の事を見てもらえるように、彼の全てを知っておきたい。ここから私は彼の様子を影からじっくり観察する日々を過ごした。

 

 

 それからしばらく観察して、色々とわかったことがある。一番気になったのが、彼は校内で不良と呼ばれていること。学校も碌に行かず、巷では喧嘩ばかりしているなんて噂を聞いた。

 

 確かに出席率は悪くて授業態度も決して良いとは言えない。けれどそれはただ面倒くさがりなだけであって、自ら喧嘩をふっかけるような人じゃない。私は彼の優しい一面を知っていたからすぐにわかった。彼はきっと、周囲から誤解をされているんだと。

 

(誤解されてるのはムカつくけど……これってもしかして好都合?)

 

 評判が悪いのならば、他の女と接触する可能性が低くなる。彼に近寄ろうとする女がいたら偽の噂で直接追い払おうと思ってたけど、必要ないかも。それでも念のため、寄り付かないように対策はしておこう。彼の事だけは絶対に譲れないから。

 

 校内が創設祭ムードになってきた頃に、中学で彼に起こった悲劇のことを知った。父親と喧嘩した結果右肩を負傷して大好きだったバスケが出来なくなった。そこから彼は意欲を無くしてしまったことで気力も無くなっていったのだ。

 

 彼の事情を知ったときは自分事のように悲しくなった。一番やりたいことが叶わない、それがどんなに辛いことだっただろうか。

 

(もし彼に振り向いてもらえなかったら、他の女に取られてしまったら……)

 

 想像するだけで悪寒が走り、体が震えた。生きる意味を奪われたら、誰かに先を越されたりしたら私はどうなってしまうだろう。そんなの、嫌だ。そんな結末は絶対に認められない。他の誰が相手になったとしても、彼の隣には私が居たい。

 

 いてもたってもいられなくなり、すぐに手紙を書き彼の靴箱に向かった。彼には私だけを見てもらうために、出来ることは全部やろう。ここまで積み重ねてきた想いは、誰にも負けないのだから。

 

 

 

「俺は、お前のことをもっと知りたくなった」

「うん、私もあなたの事をもっと知りたいよ」

「俺の事なんかもうほとんど知ってるんじゃないのか?」

 

 これまでの会話を思い出し、軽く笑いながら問いかける。しかし彼女はううん、とゆっくりと首を横に振る。

 

「もっと、あなたの口から直接聞きたい」

「……そうだな、俺もそう思うよ」

「うん、だから……」

「ああ、改めて……」

 

「これからも一緒にいてください、朋也くん」

「こちらこそよろしくな、裡沙」

 

 彼女が抱えていたものは解決できた。これで俺達は、ようやく本当の意味で彼氏彼女になった。まだまだ俺も彼女も話していない事や知ってほしい事はきっと出てくるだろう。だけど、相手の事をちゃんと見て受け止められる俺たちならきっと大丈夫だ。人目を避けたこの準備室から出て二人並んで歩く日も、そんなに遠くないと確信していた。




橘さんは「嫌なことを引き受けてくれた人」
岡崎は「嫌なことを突っぱねてくれた人」
という違いにしてみました。

キャラの解釈これで合ってるかな?と思い続けながら書いてきましたが
これにて終了となります。
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