EVANGELION -夢の後にあるセカイ-   作:KYON-

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14,アスカとアスカ

 暗い廊下の床を、光の円が動き回る。それは懐中電灯の明かりだった。

 光の後、しばらくして、手をしっかりと繋いだジンとアスカが廊下を歩く。

 彼らの歩く廊下には、生命の気配が全くしなかった。廃墟には、大抵蜘蛛が巣食い、蟲の死骸が部屋の隅に溜まっていたりするものだ。しかし、ここにはそれがない。さっきまで人がいて、空気に溶けるように居なくなったかのようだ。

「アスカ、見覚えあるでしょ、やっぱり」

「……まだはっきりしない。でも、前にここに来たことはある気がする」

 ジンはアスカの、涙の跡の残る横顔を見つめた。彼は、彼女に前世の記憶が無い事を望んでいた、ジオフロントに案内した時「そんなの知らないわよ!」と引っ叩いて欲しかった。

 でも、彼女には前世の記憶がある。彼は確信し、これから彼女を巻き込んでしまう事を酷く畏れた。出来る事なら、この惣流の魂を持つ式波アスカを、本当の式波には会わせたくは無い。

 

 アスカ(式波)の目的は…このアスカ(惣流)の体だろう…。

 アメリカに突如現れた巨人、ジンの予想では02-β。昔、惣流アスカの体に宿ったもう一人のアスカを、体と引き離して生まれた式波アスカの魂を宿した、最新式エヴァだ。姿こそオリジナルの弐号機、02-αとほぼ相違ないが、カタログスペックはαを凌駕する。

 ――初号機で止められるかどうか…。

 もし止められずに、この娘の体に魂が乗り移れば…意志の強さで式波が勝ってしまう。

 一身二魂の行く末は、Bad Endしか無い。

 

 それ故、彼の下した決断。

 このアスカに、記憶を取り戻してもらって…ジオフロントに匿う。

 

 言い換えれば、ここに閉じ込める。苦渋の決断だ。

 だが、ここにはまだαも安置されている。彼女が乗ると言い出したら、どうやって止めればいいのか。

 

 

 ジンが不意に歩みを止めた。

 そこは、廊下が広くなり、休憩所の様になっている一角だった。

「どうしたの、ジン」

「…少し休憩しよ、アスカ」

 闇の中、懐中電灯でベンチを見つけるとジンは腰を下ろす。埃は全く積もって無い。

 

「休憩ついでに、少し昔の話をしたいんだ」

 隣に座ったアスカに、そして自分自身にも語り掛けるように。石狩ジン、昔の名を碇シンジと言う少年は、話し始めた。

 

 

 

 アスカ、君と初めて会ったのは、二つ前の世界だった。

 二つ前?

 そう。その世界は本当に酷かった。セカンドインパクトっていう、人類の半分が失われた、海の赤い世界。そこに僕は「碇シンジ」として生を享けた。幼い頃に母を亡くして父に捨てられ、親戚に虐げられながら育った。十四歳の時、その父から突然呼び出されてね、人類を守れと言われたんだ。『汎用ヒト型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン』に乗って。本当に怖かった。使徒という人類の敵との戦いは、死と隣り合わせ。でも、逃げだしたらとうとう誰にも必要とされなくなる。必死で戦ったさ、父に認められたいという思いで。君に会ったのは、そんな戦いの最中だった。

 ――分からない…どういう事?

 今はまだ分からなくても良い…ただ聞いてくれれば。

 …そう……私はどんな人間だったの?

 ――寂しそうな碧眼の女性、かな。その時の僕と同い年、十四歳で、ユーロ空軍のエースパイロット。大学も卒業してて、途轍もない自信と実績を持ってた。でも、そのせいで人と交われずに、寂しい思いをしてたんだと思う。多分、彼女はお母さんに縋ってたんだと思う。

 寂しがり屋…ね。今も同じみたい。

 何処の世界でも君はそうだ。僕はそんな彼女と、同じ家で暮らす事になった。戦術のためのコミュニケーション強化って名目で。最初は反発しあってたけど…時間が経つにつれ、彼女を家族だと思えるようになった。一緒に戦い、同じ釜の飯を食べて、同じ道で学校に通ううちに、僕は彼女に同僚以上の感情を抱いていたんだと思う。彼女も手を絆創膏だらけにして、料理の練習をしてた…らしいんだ…。一線を越えようと、何度も思ったさ。でも…

 でも?

 彼女が起動試験に乗った新型エヴァが、使徒に乗っ取られてね、僕が対応したんだ。倒すわけにもいかなくて、殺したくなくて。でもエヴァのコントロールを本部に奪われたんだ。使徒となってしまった彼女の乗るエヴァを、プログラムで制御された自分のエヴァが肉塊に変えて…彼女の乗るコックピットを噛み潰す音を、自分のエヴァの中で聞いて、叫ぶ事しかできなかった…。

 ――私はそこで、死んだの?

 いや、彼女は助かったらしい…でもよく知らない。僕はその時、組織を出たんだ。NERVっていう組織で、父さんが司令官だったんだけど、もう父さんを信じられなくなったから。でもその時また使徒が現れた、無残にやられて使徒に喰われた同僚の姿を見て、助けようと舞い戻ったんだ。でもまた彼女と同じように、その同僚も助けられなかった。夢中で助けようとした結果は、覚醒したエヴァのせいでまた世界が滅びかけた事だけ。この手で救った同僚の姿は、幻だった…。そしてエヴァに取り込まれた僕は、14年を眠って過ごした。

 思い出せない。

 このころの君は君じゃない。君はこの時の君の、片割れのようなものだから。

 14年後、どうなったの。

 酷かったよ、僕のせいで世界は赤色に染まった。地面も海も空も。僕はWILLEという組織によって目覚めたけど、サンプル体扱いさ。僕が戦って救った人々は皆、手の平を返すように冷たい視線を向けてきた。君も、そのうちの一人さ――。

 ……。

 暫くして、父の組織が迎えに来た。現実から逃げるように、僕は父の元へ向かった、でも父は僕を見ていなかった。自分の欲望を満たすための道具としてしか、僕を扱わなかった。言われるままに戦ったさ、WILLEと。それで、世界が滅んだ。

 滅んだ!?

 そう、フォースインパクト。誰かの目論見通りに起こされた、人造の大災害さ。しかし僕の友達…なのかな。カヲル君って言うんだけど、彼の意志がインパクトに介在したおかげで、世界は中途半端に改変されて巻き戻った。それで始まったのが一つ前の世界。

 その調子だと、もう一度滅ぶのね。

 うん…。でもその世界は良かったよ。またエヴァのパイロットをすることになったけれど、父も優しかったし、周りの人も自分を概ね信頼してた。君…名前は惣流・アスカ・ラングレーだった、君とも、互いを信頼して…愛し合ってた。

 んっ!! 本人の前でよく言うわよ…。

 事実だよ。でもその満たされた世界は、君から崩れ始めた。君の中に、もう一人の君が宿った。式波・アスカ・ラングレー。二つ前の世界のアスカさ。寂しがって、自分を誇示して、でも人の愛を渇望してた彼女。そして彼女は君の中でどんどん強くなり、一身二魂の弊害で君は死にかけた。だからNERVは魂の分離を決意。君のクローンを作って、そこに式波の魂を移した。そして彼女の為にエヴァも新たに新造して、危機は一転、盤石の態勢になったはずだった。でも式波の心は弱すぎた。僕は愛を惣流にしか向けなかった、誰も気性の荒い式波に近づかなかったのも原因の一つさ。精神を病んだ彼女は、人類補完計画、人を滅ぼす計画に利用された。

 そこで?

 いや、僕が止めた。けれども世界はまた赤い大地に覆われた。NERVの現場指揮官が裏切り、奇しくもWILLEという組織を立ち上げてNERVとの戦争になった。

 葛城ミサト…

 思い出してきたみたいだね

 もう殆どね、証明にここからは私が話すわ

 じゃあ頼むよ

 式波はWILLEに寝返った。シンジ、あなたの愛情が得られないなら、アンタを殺すまで、と言い放ってね。ミサトもそれを喜び、彼女を洗脳して重用した。式波のβは強かったから、私のαは全く太刀打ちできない。

 思い出したか、自分が惣流の魂だととも気づいてる

 目的は気付かせる事でしょ? もう続けるけど、WILLEのヴンダーがロンギヌス二本を集め、また式波を依代にインパクトを起こしにかかった。あなたはそれを止めに行ったけど、結局駄目。手持ちのカシウスを無理矢理挟んで、あなたの意志によるバグでまた巻き戻された世界がここ、第三の世界ね。

 合ってる、あの時ヴンダーと彼女は、四号機の開けた空間の隙間に封じ込めた。けど式波を完全に取り込んで、強化されたβがとうとう扉を抉じ開けた。

 あなた、心臓は今も初号機の中?

 そう、加えて言えば、いまアメリカを震撼させているβも似たような状況だ。魂が完全にエヴァに囚われてる。

 ホント、詰めが甘いんだから。WILLEも見逃したでしょ。

 彼らは意外だった、まさかこの世界に転生してるとは。しかも記憶付きで。昔のSEELEの様に振る舞ってるらしい。

 全く、どうやって異空間の式波と連絡を取り合ったのか…厄介な相手ね。

 恐らく式波はWILLEにヴンダーをもたらすついでに、君を狙うだろう。目当ては…

 この体、ったく、女が女の体狙うって、前代未聞よ。薄い本じゃあるまいし。

 そうなれば話は早い、僕は君を巻き込みたくない。ジオフロントで大人しく…

 イヤよ、アタシはあなたの半身じゃ無かったの? 私も行く、ジオフロントが残ってるなら、αもあるんでしょ?

 だからだよ、アスカを巻き込みたくない

 あなたが死ぬならアタシも一緒。記憶を呼び戻しといて、何言ってんのよ。

 

 

 アスカが立ち上がる。ジン、いや、シンジは、座ったまま彼女を見上げた。

 

「言うと思った」

「そう。ところで、式波を倒してどうするつもり? まさか彼女を自分に取り込むんじゃないでしょうね」

 

 腕組みをしたアスカは、夫の浮気に怒る妻の姿そのものだ。シンジは、無言を持って質問に答える。肯定だった。

 

「劇物を飲むようなことを…正気!?」

 アスカは声を荒げた。人のいないNERV本部の廊下に響く。それに対して、シンジは至って冷静な話し声だった。

「アスカ…彼女もアスカなんだよ…」

 シンジの言葉に、アスカは目線を伏した。

「…わかってるわよ」

「彼女も、僕の愛したアスカさ。落とし前はつけなきゃ」

 

 シンジはスクッと立ち上がり、廊下を歩き始めた。少し歩いて、立ち止まっているアスカに手を差し伸べた。

 

「納得してくれるなら、僕の背中を頼むよ」

「…αに乗せてくれるってわけ?」

「君は僕の妻さ、守りたいのは山々。でも」

「でも?」

「やっぱり、出来れば死ぬときは一緒にって、思っちゃってね」

 

 シンジは少し間を置いた。フラフラとした足取りで、アスカが近づくと、頭を撫でで言った。

「アスカ、戦いが終われば、今度こそ幸せにするよ」

 

 アスカは顔を俯けた。

「また泣かされちゃったじゃない…! バカシンジのくせに…」

 

 震える彼女を、シンジは優しくさすった。




次の投稿は九月と言ったな、あれは嘘だ。

伏線ネタバラシ回2です。
ここから徐々に文字数も多くしていけたら…
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