EVANGELION -夢の後にあるセカイ-   作:KYON-

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15,揺れる世界

 式波・アスカ・ラングレーは、一面の荒野をジョギングしていた。

 昔はここに、エヴァの製造、運用を統括する組織、NERVの支部があったはずだが、今は見る影もない。代わりにあるのは、米軍の基地だけだ。

 その基地も、今や人はいない。皆退避したか――殺されたからだ。

 誰に? アスカは視界の端に見える陸軍の車両達を一瞥する。怖くて手が出せないって、アメリカも落ちたわね。結局、弱い者いじめしか出来なかったって訳か。――基地を滅ぼした張本人は嘲笑した。ジョギングする肉体は、エヴァそのものだ。

 彼女の魂は、今や完全にエヴァンゲリオン弐号機βタイプ、略称02-βに取り込まれ、同化している。S2機関を得た02-βは人類補完計画に利用され、異次元の彼方へと追放されたはずだった。だがS2機関の生み出す莫大な力と、何よりも宿っている魂、アスカ、その意志の強さで異次元から舞い戻った。ボロボロだったはずの装甲や肉体は、今や完全に復活している。

 さて、ここからどうするか――彼女は思案した。シンジの予想、彼女がWILLEに頼まれて扉を抉じ開けたというのは外れていた。アスカは異次元で永遠に漂う虚無を恐れて、自分の意志で元の世界に這い上がって来た、というのがこの状況の真相だ。シンジが介入して、再度巻き戻されたと思われるこの世界の事を、彼女はまだ知らない。

 パッと見た限りは、また平行世界化してるわね。――エヴァの驚異的な視力は、赤くない海を捉えた。エヴァ同士が激しく戦ったあの大地ではない。彼女は次に自分の頸椎内部、エヴァと同化した彼女の感覚的には、そこにはエントリープラグがあった。そこはL.C.Lで満たされているものの、インテリアには何も無い。アスカの肉体は、魂と共にエヴァの一部となっていた。

 このままでは、この世界で活動できない。そう判断したアスカは、魂を他の入れ物に一時的に移す事を決めた。だが入れ物は何でも良いという訳ではない。魂と肉体には適合性が有るからだ。それ故、アスカの魂の入れる器は非常に限られる。アスカは決めた。

 日本へ――。そこに、目的がある。自分のもう一つの体、惣流アスカの体。そして、自分の殺したい人間も、そこにいる。

 先ほどから、米軍があらゆる無線周波数――民間のラジオにも使われている周波数帯も含まれる――を使って、自分に呼びかけているのを思い出したアスカは、これに応答した。

 日本に連れて行け、そうすれば危害は加えない。

 わざと民間の周波数帯に、超強力な電波で発信した彼女の声明は、あらゆるラジオ番組を押しのけて全米に流れた。

 

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 アメリカの世論は一気に、巨人の意向を受け入れる方向に傾いた。ホワイトハウスはこれに従ったが、この決定に焦り、憤慨したのは、勿論、突如巻き込まれた日本政府と国民だった。

 この世界、日本はアメリカに次ぐ軍事大国で、日米安保も締結していなかった。面倒事では済まされない物を押し付けようとする米国に対し、日本は対等な立場で即座に拒否の声明を発表する。

「今回の米国政府の決定は我が国の意志を無視した一方的な独断であり、外交ルートを通じて決定の撤回を要請し強く抗議する。もし米国側が強行するならば、武力の行使もあり得る」

 日本政府の冬月総理は、米国への強烈なメッセージを発表したと同時に、記者会見の場で、戦略自衛隊に戦闘態勢整備を命じたとメディアに伝えた。予想以上の強い反応は、ホワイトハウスを悩ませた。しかし、米国民の意思は変わらない。

 冬月は、官邸にある男を呼んだ。

 

「冬月総理、お呼びでしょうか」

「うむ、かけてくれ」

 ソファに遠慮なく腰を下ろす彼は、冬月よりも一回り若い。体格は日本人にしては非常に大柄で、顎周りに蓄えた黒い髭と、いつもかけているサングラスが周りの人間に威圧感を与える事だろう。

「六分儀、今日呼んだ目的は言わなくとも分かるだろう」

「はい、WILLEとジオフロントの少年、そしてあの巨人についてですね」

 男は名を六分儀ゲンドウと言った。冬月の大学教授時代の教え子で、今は冬月の右腕として公安を取り仕切っている人物だった。

 六分儀は、鞄から纏められた幾つかの資料を取り出し、机の上に置いた。

「現段階で、WILLEの正体についてはかなり調査が進んでいます。構成員の数は百名前後、世界各国の重要機関に根を張っています」

 資料をめくる冬月の表情が曇った。世界の裏で暗躍するWILLE、その実態がこんなにも巨大で勢力のある組織だったとは、予想だにしなかった。

「幹部は十五人、未だ全員の国籍と氏名は調査中ですが…」

「どいつもこいつも、名家出身か。日本国籍も混じっているな」

「はい。加えてその日本人が、WILLE最高幹部だと思われます」

 冬月は眉間に皺を寄せると、資料を閉じる。次に手に取ったのは、ジオフロントについての最高機密文書だ。謎が多く、オーパーツである装甲版によって守られたそこは、現在戦略自衛隊が基地として使用する計画を立てている。資料はその調査に関する物だったが、そこには信じられない事が記載されていた。

「やはり少年が出入りしている…か」

 装甲を迂回して、大空間内部に侵入できないかと試みていた戦自の偵察部隊が、約一年前、装甲部分を歩く少年の影を目撃したというのが事の発端だった。彼は闇の中、懐中電灯を照らしながら部隊に近づき、横を知らない顔をして通り過ぎて行ったという。これ以降、偵察や調査の為の人員は拡充されたが、その少年はそれきり二度と現れていない。

 だがつい一週間前、六分儀の部下がとうとうその少年に出会った。資料に添付されている鮮明な写真は、その時撮られた物だ。

 冬月は、老眼の為に少し写真を離して見つめた。華奢だが身長は高く、短髪の髪。服装はまるでどこかに遊びに行くようにラフだった。

「この子の名は?」

「それが、いくら探しても戸籍情報にヒットしませんでした。外国人の可能性も無し。考えられる可能性としては、無戸籍者、あるいは密入国者、そしてWILLEの関係者。ざっと三つが挙げられます」

 六分儀は、ずれたサングラスを直す。

「WILLEと少年については調査を続けてくれ。」冬月は資料を六分儀に差し戻した。そして、椅子により深く腰掛け、問う。

「巨人はどうなった」

 六分儀のサングラスが、一瞬その反射を強めた気がした。彼は、にやりと笑う。

「間違いありません、EVAです」

「…そうか」

 冬月の脳裏には、昨年、月面上で発見された巨人の姿が浮かんでいた。

「何とかしてあの赤い巨人を停止させられれば、E計画は大きく進みます」

「またそれか。兵器工廠の貪欲さには呆れる。得体の知れない物を、人の下僕にする計画とは…」

 天井を見上げる冬月を見て、六分儀は資料を纏めると、何も言わずに部屋を出た。

 小言は聞きたくないか――以前とは少し変わってしまった側近の姿に、冬月は不安を覚えた。だが今は、そんな感情に浸っている場合ではない。

「総理、アメリカが動き始めました。巨人を乗せた空母が、護衛艦隊と共に…」

「わかった、今すぐ葛城幕僚長を呼べ」

 

 冬月は、もう一人の側近であり戦略自衛隊のトップ、葛城を呼んだ。

 

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 暗闇に包まれた部屋。一国の元首であろうと、この部屋がどの国のどの都市のどの建物にあるのかを知ることはできない。何故ならば、ここは世界を裏から操る組織の重要な拠点。もし知ろうとすれば…。数年前、ロシアの大統領が急逝したように。

 その部屋に、前触れもなく五つのモノリスが浮かび上がる。円を描いて並ぶモノリスには、時計回りに数字が振られ、アルファベットのWを基にした、秘密結社『WILLE』のマークが刻まれている。マークと数字は闇の中で、蛍光色の蒼い光を放っていた。

 各々が、打ち合わせも何もなく、順番に言葉を発する。

 

「突如抉じ開けられし扉、」

「現れた真のエヴァンゲリオン、」

「再会と再生への道は整った…」

「残るは最後の天使の撃破のみだ…」

 

 状況を羅列し、予定を定めた最初の声は、全てが老いた男のざらついた声だった。

 だが、これを受けて発言したWILLE首領の声は、それとは全く違う。

 

「そう、エヴァ初号機を抹殺し、その血を以て、私たちの補完計画は達成される…」女の声だった。しかも、かなり若い。老人たちを統率しているのが信じられないほど、俗世感を纏っている。しかし老人たちは、この声を黙って聞くと、沈黙をもって服従を表した。

 

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 葛城は、戦略自衛隊発足以来初めての女性幕僚長であった。年は三十代前半であるが、どんな状況下でも犠牲を最小限に抑え、目的を完遂する指揮の手腕は誰にも引けを取らない。髪を後ろで一つ括りにして、表情を悟られないようにとバイザーを装着した姿は、男性将校以上の貫録と迫力を持っていた。

 そんな彼女は、冬月に命令を受け、戦闘機に乗って単身米海軍の輸送艦隊に向かっていた。目的は、勿論輸送の停止要請。そして、受け入れられなかった場合の警告の伝達である。彼女は交渉術にも長けていた、それ故、冬月は彼女をメッセンジャーとして指名したのだ。もし交渉が破断すれば、日米開戦にも繋がりかねない。非常に責務の重い任務だ。

 

 だが、彼女にはもう一つ裏の顔も有る。彼女がこの危険な任務を快諾したのは、ただ単に上官からの命令に従っただけではない。裏の顔、裏の仕事の為でもあった。

 

 巨人が現れてから四日後の夜、ハワイ近海に米艦隊が現れた。戦闘機は旗艦である空母「オーバー・ザ・レインボー」の甲板に垂直着艦すると、すぐさま艦隊の司令長官が現れた。小柄で、小太りの軍人で、周りに士官を幾人も伴っている。

 

「葛城幕僚長、お待ちしておりました。お元気そうで何より…」

「挨拶は結構。今回私が来た理由はご存知でしょう、この場で単刀直入に申し上げます。艦隊の舳先をすぐさま米国本土へお向け下さい」

 葛城は苛立った様子で、艦橋にも上がらずに話を始めた。だが艦隊の司令官も大統領の厳命を受けている、何よりも米国民の命がかかっているせいで、そう簡単には折れない。

「それは受け入れ難い。米国民三億の命がかかっているのですよ」

「ならば、こちらも同じです。このまま日本に巨人がやってくれば、日本国民の命が危険にさらされます。これ以上航行を続け、万が一にでも巨人を乗せたまま貴艦隊が我が国の領海に侵入しようものなら…どうなるかはお分かりでしょう」

 

「どうするつもりですかな?」米艦隊の司令官は、葛城の言っている事を出鱈目だと思った様子で彼女に訊き返した。葛城は見下ろすようにして、語気を強めた。

「…巨人ごと沈めるまで、覚悟はおありでしょうな」

 

 司令官は、甲板にいる者皆に聞こえるかと思うほどの大声で、高らかに笑った。

「日本の海上自衛隊が? 米海軍の艦船を沈める? 面白い、これ以上滑稽なジョークはない!」

 葛城はバイザーの奥で視線を研ぎ澄ます。耳から入ってくる騒音をシャットアウトして、輪形陣を組む艦船に目を凝らした。

 あれか――彼女の目が、空母の丁度真後ろを航行する、超大型輸送艦に留まった。艦名までは夜闇で見えないが、大きさから巨人があそこにいるのは確実だった。

 一通り笑った司令官が、彼女を艦橋に案内する。

「そう熱くならないでください。明るくなった時に巨人をお見せします、そうすれば、米国が仕方なく移送していることに気付かれるでしょう」

 葛城は寸分を表情を変えない。だが、心の中では怪しい笑顔を浮かべていた。

 

 これで、WILLEの宿願が叶う――と。

 

 もとより、冬月に従うつもりも無かった。日本を守るつもりも無かった。

 目的は、巨人への接触…。それだけ。




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