EVANGELION -夢の後にあるセカイ-   作:KYON-

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17,ヴィレ、補完の道具

 太平洋上の艦隊が橙色の光を浴びる。灰色の無機質な軍艦の輪形陣が、光を反射する海面に黒く浮き出た。航跡は東へ延び、舳先は西を向いている。

 円の中央、光る空母の甲板を、一機の回転翼機が飛び立つ。それは旗艦空母のすぐ後ろで、艦隊の足を引っ張っている輸送艦、オセローのヘリポートに降りた。

 オセローは、つい先月までユーロに本社を置く運送会社所有の船であった。ユーロとアメリカの間で大型産業機械の輸送に従事していたが、その大きさと積載量に目を付けた米軍が、期間限定で借り入れた。その為、色も塗り替えられず、装甲板は皆無、スクリュー出力も軍用には程遠い。

 急な編入は、艦隊の移動速度をオセローの限界速度に制限する。日本にとっては幸運だ。時間が稼げれば、それだけ準備も整えられる。日本近海では、すでに潜水艦が展開しつつあるらしい。

 軍艦とは思えない緑色の甲板に着艦したヘリから降りたのは、日本政府特使の葛城。彼女は部下を数人連れて、艦隊副長の案内の元、巨人の視察に来ていた。

 彼女は昨日と同様に、バイザーをかけて表情を隠していた。顔色の伺えない相手に、案内役を押し付けられた副長は、得も言われぬ恐怖を感じていた。大統領に特命を承った時よりも、葛城を案内している今の方が、肺を圧迫されるような緊張感が体を強張らせる。

 副長は棒のようになった足のせいで、ぎこちなく艦橋の階段を降りると、格納庫の鉄の戸の前に一行を連れて行った。彼は守衛に命じてロックを解除させる。

 

「どうぞお入りください、葛城大将」

「ご苦労、外で待っておけ」

「はっ!」

 女性とは思えない。一国の防衛軍を率いるだけの人物であるから、男性顔負けに厳しい人物であろうとは予想できた、だが葛城が持つオーラは、そんな言葉では表現しきれない。彼女のオーラは、強い意志と感情によって燃え盛る、何もかもを燃やし尽くす冷たい炎。声にまで現れている。

 副長、彼は畏れた。人を見る目があると自負する彼は、彼女の連れた部下を見て息を呑む。

 内に炎を抱えながらも、この人はそれに理性的に蓋を被せられる。自分の感情を完全にコントロールして、そのうえ部下の精神まで支配しているのか…?

 ピントの合っていない部下達の目には、葛城の背中しか映っていない。

 彼は葛城にカリスマ性を見出した。彼の上官である合衆国大統領以上の大きな器と、それに釣り合う類まれな才能。だがそれは、第二次大戦時、ナチスを率いたヒトラーに似た色をしている。他人を思うがままに動かし、自らの目的を達成する。

 

 葛城は格納庫の戸を開く。ロボットの様に一厘も動かない部下達の敬礼を、当然の様に見て。

 

 人は意思を追う事で強くなれる、だが強すぎる意思は人を曲げる、か。

 副長の、心内での呟きだった。

 

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 巨人は、水で満たされた格納庫に納められ、手足をロープで拘束されていた。運んでやるが、無闇に動くと船が転覆する、と米軍が一時拘束用につけた物らしい。こんなもの、引き千切ろうと思えばいつでもできるが、彼女、巨人と一体化した式波アスカは大人しく従った。

 その格納庫に、規則正しい足音が響く。意識を遠のかせ、人間の睡眠状態に近づいていたアスカは目を覚まして、四つの目で音源を探した。

 あれか――足の方にある入口から、自分の頭側に向かって歩いてくる人影。その背格好と雰囲気から、彼女はその人が誰であるかすぐに理解した。

 葛城ミサト…。自衛隊の制服を着こなす彼女の肩には、桜の紋が四つ。階級章が前の世界と同じならば、彼女は海上自衛隊の幕僚長、という事になる。

 

 ミサトは、赤い巨人、前世では弐号機βと呼称されていた巨人の頭部の近くに立つ。それとほぼ同時に、緑色に光った巨人の眼が、中にいる魂が覚醒した事を彼女に伝える。それを見てニヤリと笑ったミサトに、巨人が声を発した。

「こんな所で会うとは思わなかったわ、ミサト」

 ミサトはバイザーを外した。そして、冷たい眼で巨人を見る。

「…それはどちらのセリフかしらね、まったく」

「世界を越えた再会だってのに、喜ばないとは。冷たい」

 声は、その大きな図体に似合わず、式波アスカの物そのままだった。普通の人間が見れば、その不釣り合いさに驚き、巨人への疑義を大きくするが、前世の記憶を持つミサトは構わない。

「遊びでここに来たんじゃないの。私は海上自衛隊幕僚長として、この艦隊に即刻米国へ引き返すよう、説得に来たのよ」

「ふ~ん、でも無駄足に終わりそうね…。米軍ども、エヴァの力にすっかり腰が引けちゃって」

「単刀直入に聞くわ、何で日本に行きたいと言ったの?」

 ミサトの硬い声が格納庫に響く。ここまでは、本気で日本を守る為に奔走する、自衛隊のトップの姿だ。彼女を見て抱いた淡い希望、前世の記憶が彼女にも残っているなら、自分に協力してくれるのではないかというそれが、泡のように消えていくのを感じたアスカは、真剣な声で答えた。

「勿論、仇敵を殺したいからよ」

「それは碇シンジ…? それとも…」

「両方、もう一人の腑抜けたアタシ、あいつもどうせこの世に転生してんでしょ」

 眼が一層強く光る。眩しくなったのか、ミサトは本来の用途の為にバイザーを掛け直した。

「引き返す気は、無いという事ね」

「だから無駄足って言ったのよ。もし自衛隊が米艦船を沈めようとも、エヴァを潰せるとでも?」

「…思わないわ」

「ミサト、早めに帰った方が良いわよ?」

 勝ち誇ったような声で巨人が言う。言い返さないミサトのせいで、数十秒会話が途切れた。オセローが波を切る音と、揺れによる水音だけが、格納庫に反響して、二人の空間を別世界へ導く誘い香のようだった。

 

 反響音が一瞬止んだ時、ミサトが言った。

「話を変えましょう、アスカ」ミサトが本性を現す――。

 彼女は着ている軍服のボタンを外す。そして、内ポケットを見せるようにする。アスカが見たその軍服の内側には、見覚えのあるマーク、アスカの肩にも刻まれているあの紋が刺繍されていた。

WILLE(ヴィレ)…」

「そう、人類の補完、そして人々の願いを叶える為に世界の裏で動く秘密結社」

「まさか…ミサト…ここに来た目的って…」アスカの驚きの声が響くのを聞いたミサトは、満足げに笑みを浮かべる。

「真の目的は…WILLE首領として、補完計画の執行者に接触し、協力を要請する」

「もう一度世界を作り変えようってこと…?」ミサトは答えず、問う。

「アスカ、シンジ君が欲しいでしょう。殺したいと言っているけど、それは愛情の裏返し。違う?」

「ち、違うわよ!!」巨人は思わず手首のロープを切るほどに焦った。一瞬、オセローの重心がずれて、甲板が傾く。水音が激しくなった。

「もしあなたがWILLE(私達)に協力するなら、補完計画に貴方の意志を反映させ、達成するのに、やぶさかではないのよ」

 アスカが押し黙る。ミサトには、喜びと驚きの表情の、眼帯をした少女の姿が見えた。そして、矢継ぎ早に提案する。

「弐号機βの改修と戦闘のバックアップの準備も整ってるわ。アスカが了承しさえすれば、前世NERV以上のメンテナンスも確約する」

「……体の用意は…?」

「出来てるわよ…式波・アスカ・ラングレー。この世界のあなたの片割れのDNAは、既に入手済み。ダミープラグ用だけど、適合性に何ら問題は無い」

 

 フッ、やるじゃない。私をもう一度取り込んで、自分の補完計画に使おうって魂胆か…。悪くない。今バックアップが在るのはありがたいしね。

 散々使って、最後は私が全て持っていってやる、執行者の特権よ…。

 

「いいわ、協力する」

 

 ちょろいもんね…。精神は年を取ろうとも、好きな男にこっちを向いて欲しい欲望には勝てないか…。

 都合のいい道具が手に入ったものね…。もう少しよ、加持君…。

 

 互いの心内は互いに把握している。甘い言葉で誘って、力を貸す。一見すれば共闘者だが、補完計画の甘い蜜を吸えるのは一人だけ。最後には、どちらかの夢が禍根に変わる。

 

「アタシは何をすればいいの?」

 ミサトがニヤリと笑う。「今晩、日暮れとともに周囲にA.T.フィールドを展開。全ての通信を遮断した後、私以外の乗組員と艦船を殲滅」

「終わったら?」

「私を連れて、ロシアと北朝鮮との国境にあるWILLEの基地へ」

 

「分かったわ」

 久々の実戦に、弐号機βの四眼は光を弱める。目を細めて、獲物を見定めるように。

 

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 日が暮れる。あと数日で艦隊は日本に着く、そこでは日本の海上自衛隊が決戦やむなしと、臨戦隊を取り、その隠されてきた牙を剥こうとしている。そして、葛城の突き付けた回答期限も迫りつつある。

 葛城は、この時間に合わせて部下を呼び寄せた。彼女に与えられた部屋の窓からは、オセローが見えている。窓から夕陽が差し込み、彼女の背中は黒くなった。

「お呼びでしょうか、幕僚長」

「全員揃ったか」

「はい。士官四名、全員集まりました」

 そうか…と、彼女は不気味な返事を返す。そして、懐に手を当てて、ハンドガンの膨らみを感じる。

「今までお前たちには世話になったな…」

「…?」

 唐突な別れの言葉、困惑する部下達。ミサトは高まる鼓動とアドレナリンに身を任せ、遂に決行した。

 ミサトがハンドガンを取り出すと同時に、血飛沫と銃声が部屋中に満ちる。腕程度なら吹き飛ばすほどに強化された特殊な拳銃は、彼女が前世から引き継いだ記憶の象徴。

 自分の顔に飛んだ部下の血液を舐めとる。その味は、興奮の度合いをさらに引き上げていく。

 同時に、オセローが弾け飛んだ。空に光をも歪めるモアレ(フィールド)が、辺りを闇に包む。そして、そのフィールドの中で、正確無比にコントロールされたアンチA.T.フィールドの矢が、ミサト以外の乗員の体を貫き、次々にL.C.Lへと還元してゆく。

 数秒で人が消えた艦隊、その旗艦の艦橋から弐号機βはミサトを取り出すと、A.T.フィールドの鉄槌が天から振り下ろされ、次々に船を沈める。世界最強の原子力空母も、その攻撃力の中心である艦載機や、半永久的な航行を可能にした原子炉諸共圧潰する。

 

 海が静まった時、弐号機βはA.T.フィールドを推進力に、空高く舞っていた。

 信号も、熱も、一切残さずに消えた艦隊に、世界は再び衝撃を受けた。




ごめんなさい、遅くなりました。
学校が始まって、執筆時間と睡眠時間が減ってます。
週末更新も大変ですが、気長におつきあいください。

誤字・脱字・アドバイスは何時でもお待ちしています。
遠慮せずに駄文をビシバシ叩いてください…。
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