EVANGELION -夢の後にあるセカイ- 作:KYON-
彼は華奢さと力強さを兼ね備えたその体を、ゆっくりとベッドに横たわらせた。
開いたカーテンからは青い月明かりが差し込み、彼の目元を照らす。
彼は寝つけるか心配になったが、それよりも心配なのは、隣の部屋で静かに寝息を立てる少女のことだった。
何故、彼女は初対面に等しい自分のところへやってきて
溜息交じりの吐息は、乾いた部屋の空気に溶けていく。
石狩ジン、本名をただ単に並び替えた偽名を使う彼は、過去の記憶をよみがえらせる。
一つ前の世界、今の彼女と出会った世界のことを。
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碇シンジは、公衆電話の前で立ち尽くしていた。
その原因は、電話が繋がらない事ではない。突如として飛躍した世界に、意識がついていけなかったのだ。
「あれっ…何で…ここに…」
――ついさっきまで自分はカヲル君と…。
シンジは自分の隣で、カヲルの首が弾け飛ぶ瞬間を、はっきりと思い出すことができた。なにせ数秒前の出来事のはずだ。なのに今の彼の身は未だ健在の第三新東京市にある。
L.C.Lに浸かっていたはずの体からはその独特の匂いはせず、制服も自分に合ったサイズの自分の物、トウジの物ではない。
彼はすぐに理解した。否、理解せざるをえなかった。
――また振り出しからか
再びの第四使徒襲来。もう一度、この時に戻されたのだと。
この状況からは、この結論しか導くことはできない。
俯き気味の顔に浮かべられた、自嘲気味の笑みの不気味さは父親譲りだろうか。
赤い大地に帰結するこの世界で、また同じ辛みを味会わねばならないというのかという絶望が、彼の心を冷やしていく。
迎えが来る前に死んでしまうか。自分さえいなければ、あんな世界になる事もないだろうから。
シンジは人の消えた市街地を、爆音の聞こえる方へと歩いていく。ミサイルが近くを通り、山影から姿を現した使徒へと着弾した。
――惜しい、あと少しで楽になれたのに。
ミサイルが自分を殺してくれなかったことを恨むシンジ。今度は使徒に踏みつぶされようと、路上で歩を止めた。
その時、彼に声をかける者がいた。
「弱気だね、シンジ君」
シンジは目を丸くして、ゆっくりと声のした方を向く。その場所は、前の世界でレイの幻影が見えた所だった。しかしそこに立っていたのは、少女ではなく少年だった。
銀髪に赤い瞳、シンジの一番会いたかった人。
「カ…ヲル君…?」
シンジは彼の方向へ走り出す。縋りたいという一心で。リュックがずり落ち、路上に転がるのも気にならなかった。
「カヲル君!!」
喜びに涙を流し、カヲルの名を何度も呼びながらシンジは走った。
だがカヲルは非情にも、そんなシンジを手で制する。
「君はいつまで僕に頼る気だい?」
「えっ…」
いつでも優しく自分を受け止めてくれていたカヲルの、予想外の言葉にシンジは身動き一つとれなかった。使徒の足が、先ほど落としたリュックを踏みつぶしたが、そのことに気付きさえしなかった。
「残念だけど、僕はこの世界にこれ以上の介入はできない。この思念体を飛ばすだけで精一杯さ…」
笑みを失くすことなく語るカヲルの顔は、彼がこれまでに見たことがないほどやつれ、そして無理をしていることを隠しきれていない。
先ほどから、彼の体も陽炎のように揺らめき始めている。
だがカヲルは続ける。
「シンジ君、この世界は確かにこのままだとまたあの赤い世界に導かれる…だけど、君ならきっと変えられる」
「無理だよ! 君がいないと、僕は何もできないんだ!」
「いやそれは違う!! そんな弱いリリンの代わりに僕は死んだわけじゃない!」
声を荒げるカヲル。目からは笑みは消え、いつぞやのシンジを叱咤するミサトによく似たものになっていた。その目から、思わずシンジは顔を背ける。
「大丈夫、君ならきっとできるさ。それに…」
カヲルはそっとシンジの肩に手を乗せた。そして、掠れる声で言った。
「希望は残ってるよ、どんな時にもね」
ハッと顔を上げるシンジ。カヲルは彼の頬の涙を指で拭うと、霧が晴れるようにしてこの世界から消えていった。完全に消えてしまった時に浮かべていた笑みは、何処か悪戯気な、彼らしくはないものだった。
その時、前方から一台の青い車が疾走してくるのが見えた。
――また逃げてしまうかもしれない、またあの世界を創ってしまうかもしれない、でも…このまま終わるのは嫌だ…!
拳を握り、涙を拭い、彼は再び生気を取り戻す。
彼の目には、以前のような弱気な色など微塵もなかった。
車はそんな彼の目の前で、豪快なドリフトをしながら急停止する。流石はミサトだと、彼は涙の乾ききった顔を緩めた。
そして助手席のドアが開き、サングラスをかけた運転手が姿を現す。
「乗れ、シンジ」
車の運転手は同じサングラス姿でも、ミサトではなく彼の実父、NERV総司令碇ゲンドウだった。
――なんで父さんが…なんで総司令直々こんな危険なとこに…
予想の斜め上を行く状況に、彼は呆然とする、が、心の中では喜びさえ感じていた。
――でも、違う世界か…悪くない。
シンジは急いで車に乗ると、前の世界のミサト並みの荒っぽい運転をするゲンドウに連れられて、NERV本部へと向かっていった。
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――車から現れた父さんの姿、今でも笑っちゃうな…
肩を静かに震わせて笑うと、ジンはむくりと起き上がる。
やっぱり、昔のことを思い出すと寝付けない。加えて彼の隣の部屋には、その時の戦友さえいるのだ。
忍び足でダイニングに向かった彼は、冷蔵庫から缶ジュースを取り出す。
ベランダ窓のカーテンを全開にして、天高く上った満月を肴に、彼は酒の代わりにそれを流し込む。微炭酸のそれは、寝付けなかったものの、鈍っていた彼の感覚を再び鋭利にする。
白い光を纏う月に、ジュースを半分ほど飲んだ彼はある人物を重ねた。
「レイ…姉さん…」
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NERV総司令、碇ゲンドウ直々にNERVへと迎え入れられた彼は、自分に与えられた職務を全うしつつも、少しばかり状況の違う新しい世界に驚いていた。
一つ目は、ミサトとの同居がなかったこと。新しい世界の彼女は、前の世界のゲンドウに似ている気がすると彼は感じた。冷たく、任務至上主義。功労にはそれに見合う報酬と慰労の言葉はあったが、やはり前の世界とはかなり違った。
代わりに同居することになったのは父ゲンドウ、家族なのだから当然といえば当然だが、前の世界と比べるとやはり驚いてしまう。
そしてもっともインパクトの大きかったのは、そのゲンドウがレイと同居していたことだった。最も、消えたユイの代わりにはしていなかったが。
第四使徒戦から数日、退院したシンジは、ゲンドウの仕事が終わるのを待つ間に転入届などの書類を諸々揃えている最中だった。
転入届にペンを走らせたときに、思い浮かんだのは第一の少女、綾波レイの事。
――どうなってるんだろう…。
今回の世界では、シンジがすんなりとエヴァ搭乗を受け入れたために、彼はレイを見ていない。だが自分が必要とされた所から恐らく、負傷中であることは確かだ。
シンジは父と帰る時に、尋ねてみようと思った。この世界のゲンドウは、前のような外ン道ではなく、車の中で開口一番詫びを言ったほどのまともな父であるから、シンジの問いとあらば機密事項でもペラペラと喋るかもしれない。
「よし、できた」
全ての書類の清書を終え、あとは保護者の印を貰うだけとなった書類を鞄に収める。腕時計の時刻を見ると、すでに短針は夜の八時となっていた。
その時、ちょうど彼の元に仕事を終えた(はず)のゲンドウがやってくる。サングラスの位置を直しながら口にしたのは、またしても謝罪の言葉。
「すまないシンジ、待たせてしまったか」
「いや、色々書類書いてたところだから、全然大丈夫…」
余りのゲンドウの変わりっぷりは、ただでさえ年月を経てぎこちない筈のシンジの態度をさらにぎこちなくさせる。だがゲンドウはその事など気づいていないのか、全く普通に振る舞っていた。まあその普通の振る舞いが、シンジをさらにカクカクにさせるのだが。
「今日は少し寄っていくところがある、お前もついて来てくれ」
そういいながら、来た道を引き返すゲンドウの大きな背中を、シンジは急いで追った。歩きながら鞄を閉め、踵の部分を踏んでいた靴を履き直しながら。
少し遅れたシンジを、エレベータの中で『開』ボタンを押しっぱなしで待つゲンドウの姿。シンジは急いでそれに走りこむと、ゲンドウがすぐさま『閉』ボタンを押した。
シンジは尋ねた。
「父さん、どこに行くの?」
「お前に紹介しておかなくてはいけない人がいてな…」
高速のエレベータはすぐに目的の階へと着く。病院の最上階、特別病棟だ。
白い廊下を歩きながら、ゲンドウは再び口を開く。
「シンジ、NERVのエヴァパイロットがお前以外にいる事は知っているな」
「うん、葛城さんが僕の事を『予備』と呼んでいたから…」
ゲンドウはムッとした表情を一瞬浮かべる。だがすぐに話を続けた。
「今から会いに行くのはそのパイロットだ、名前を碇レイ。戸籍上はお前の姉だ」
「…えっ?」
ゲンドウがサラッと口にした言葉は、シンジにN2爆弾並みの破壊力を持って直撃した。衝撃で一瞬シンジの思考は止まる。止まった思考はすぐに復旧したが、人格という殻を破ってすさまじい思考速度で困惑と驚嘆を始めた。
――碇…今父さんは碇レイと言ったよね…しかも戸籍上僕の姉って、あの綾波が僕の姉…ということは父さんの娘…嘘だろ嘘だろ…。
「驚くのも無理はない、だがシンジ、驚くのはまだこれからだ」
ゲンドウが一番奥の病室のドアに手をかけ、開けた。現れた広い病室には、シンジが目を覚ました部屋と同じく、一台だけベッドが置かれていて、そこにはベッドに腰掛ける制服姿のあの姿があった。
青い髪、赤い眼。色白の肌。無駄の無い美をたたえた少女。綾波レイ。
シンジは思わず『綾波…』と声を漏らしそうになったが、必死でその言葉を飲み込む。何故ならこの少女は綾波レイではなく、自分の姉の碇レイなのだから。
ゲンドウの後について、ゆっくりと彼はレイに近づく。容貌は何も変化が無いが、ミサトの前例があるだけに、性格の変化がどうなっているかが心配で堪らない。万が一、アスカ以上の破滅的な性格だったら…見てられない。
「レイ、紹介する。お前の弟のシンジだ。エヴァ初号機パイロット、今日から一緒に暮らすことになった。仲良くしてくれ」
「わかりました、お父様」
レイはベッドから降り、ゆっくりとシンジの目の前にやってくる。シンジとほぼ同じ身長の彼女は、少し身を屈ませてシンジの顔を見つめる。
「…はじめ…まして…レイさん…」
「初めまして、シンジ君。私のことは『レイ姉さん』って呼んで」
「えっ…!?」
口調も声も、前と同じくサバサバしてる反面、やはり性格が微妙に違った。じろじろとシンジを観察する態度や、自分を『姉さん』と呼べという所。やはり、世界は微妙に異なっている。
「シンジ、お前にはもう一つ言わなければならない」
ゲンドウはレイの横に立つと、その肩にポンと手を乗せた。
「それはレイについてだ。戸籍上はお前の姉だが、DNAはお前の母親そのもの。すなわちレイはユイのクローンというわけだ」
「……」
シンジの脳は、パンク寸前にまで追い込まれる。理解をしたく無い様な状況が次々と起こってゆく。ゲンドウからこの後語られた内容は、殆どが前の世界で冬月に将棋を指しながら教えられた事だったので、そこにはさほど驚きを抱かなかった。が、理解したくなかったのは、こんなに重要な事をペラペラと吐いてしまうゲンドウや、どこか間の抜けた様なレイ。新たな家族に、彼は拒否反応を起こしそうだった。
――慣れるのには時間がかかりそうだ…
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――で結局、ヤシマ作戦ぐらいの時には慣れてしまって、『姉さん』『シンジ』と呼び合うのが、綾波とは普通になってたなぁ…
ジンはジュースの残り半分のうちの半分、全体の四分の一を飲んだ。軽くなった缶を手で少し揺らしながら、窓の上部すれすれにまで昇った月を眺める。
日付が変わる。いまだ眠気など湧かない。
石狩ジン、いや、碇シンジは、夜の空気を嗜むように深呼吸をした。
ネタバラシ回とでも言いましょうか…わかりにくくてネタバラシになってないかもしれませんが…。
前世の詳しいお話は、別小説を作ろうとかなと思っています。
少々長い話になりましたが、読んでいただきありがとうございました。