サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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稲妻からの指摘

東京競バ場の裏門―関係者入口は、入り待ちの記者やファンたちでごった返していた。前の車から降りてきた馬娘―、メジロマックイーンがはやくも人の雪崩に遭っている。あれではまともに会場までたどり着けそうにもない。

しれっとそこを通過し、30メートルほど離れた駐車スペースに車を止め、目立たない屋根下の通路を使って関係者入口を目指した。記者やファンは相変わらずメジロマックイーンに夢中だ。

 

「もう―、なんですのこれは?!ちょっと、やめてくださいまし、私を会場まで通してくださいませんこと?!?!」

車か降りてトレーナーと別れるなり、待ち構えていた人間たちにもみくちゃにされ、進も戻るも叶わなくなっていた。前門のファン、後門の記者というやつだ。頼みのトレーナーは既に車でどこかに行ってしまった。選手控室では通信機器の使用は禁止されているので今はスマートフォンも持っていない。呼び戻すことも不可能だ。

 

「わかりました!お話はあとでたんまりお伺い致しますわ!致しますから、とりあえず、今は、会場まで―、はっ!」

 

遠くに見えるウマ娘。トレーナーらしき男性と共に、こちらの様子をうかがいながら関係者入り口を目指しているのを見つけた。栗毛色のロングヘア。サイレンススズカだ。―あれは使えるかもしれない。それを指さして大声で叫んだ。

 

「―サイレンススズカですわ!皆様見てくださいまし!秋の天皇盃で並み居るシニアの馬娘をぶっちぎって盾を頂戴したウマ娘ですわよ!」

うおおおお、と歓声を上げ、群衆はサイレンススズカめがけてなだれ込む。思惑通り危機を脱し、メジロマックイーンの周りには誰も居なくなった。

 

「―なんですの。誰も彼も行ってしまわれなくったっていいではありませんの。」

 

5番人気のプライドが傷ついたのか、メジロマックイーンはずかずかと関係者入口を通過していった。

 

 

 

 

「サイレンススズカですわ!」

という由緒正しそうな女性の叫び声が聞こえてきた。嫌な予感がした。こういうときの嫌な予感というのは大体的中してしまう。くるりとこちらをみた記者やファンが狂乱しながらこちらになだれ込んでくる。それを眺める女性―、ウマ娘。

「メジロマックイーンか―。してやられたな。」

 

むしろメジロマックイーンも群集をどかすのにやむなくスズカを、文字通り当てウマにしたのだろう。悪意があったわけではない―と、信じたい。まあ、充分に逃げ切れるだろう。

 

「走るぞ!」

 

そのスピードで、難なく群集から逃れることができた。―とはいうものの、もはや関係者入口を通ることは不可能に近い。仕方なく来賓口からスズカを会場に入れる。

「控室までの道順は大丈夫だな?―あとで俺も行くから、ストレッチして、…あとは瞑想でもして、集中力を上げておいてくれ」

 

はい、待っていますね、―と彼女は頭を下げ、会場内へ駆けて行った。

 

 

 

それを見送った後、車をちゃんとした場所―関係者駐車場に停めなおすべく、さっきの場所に戻ってきた。―最近の車はいちいち鍵を挿して回さなくても、ボタン一つで開錠できるので便利だ。ウィンカーが四か所、二回の点滅が、その合図だ。

 

「―兄ちゃん。ちょいと待ちいや。」

 

突如ドスの効いた声に呼び止められ、思わず体を固くする。振り向いてみると、存外に小柄な少女が立っていた。芦毛のロングヘア。青と赤のハチマキらしきものをつけており、耳にも赤いカバーをかぶせている。ウマ耳はあるようだ。身長は―、140あるのか?

 

「どこを気にしとるんじゃっ!」

 

その頭をじろじろみているとパンチが飛んできた。

 

「ワイはタマモクロス!白い稲妻と呼んでくれてもええんやで!」

タマモクロス。今回の2番人気。その名はクラシックの時分からすでに轟いている。秋の天皇盃、有マ記念をクラシックながら《オグリキャップに差し返して》勝利している。それから、オグリキャップに唯一差し勝てるウマ娘として注目を浴びるようになった。その子供みたいなスタイルとは裏腹に、歴戦の強者さながらの強い眼をしている。

 

「兄ちゃん、サイレンススズカのトレーナーやったな。ちょっと一言いいたくて待ってたんよ。」

ふい、とタマモクロスは目を伏せた。レース前にウマ娘みずからが揺さぶりをかけてくるとは思ってもみなかったが…,

 

「サイレンススズカのあの走り方はいずれ脚を滅ぼす。悪いことは言わん。少しでも早く走り方を変えさせんとダメや。」

は?という言葉しか返すことができなかった。どういうことだ。確かにスズカの走り方は極端に前傾姿勢で、だからこそ伸びやすいところはあるが、結局決めるのは脚力だ。スズカの脚はそういう筋肉で守られている。よほど地形が悪くない限りもしもは起こらない。

 

「参考までに挙げるけど、ワイやオグリの加速の仕方は《後ろ足で蹴って》、力で加速しとるんや。せやから前に出る脚はそこまで伸びない。その足に全体重を乗せる時間は少ないんや。比べてサイレンススズカの走りは、《前に伸びていく》重心で加速していく走り方をしとる。その極端なまでの前傾姿勢とスピードによりサイレンススズカは有り得ん程に低い姿勢になっとるんや。そしてそのバランスを保つために、脚を前へ、前へと運ぶようになるんや。するとどうや?前で足をついてから体が寄ってきて、後ろに蹴りだすまで、己の体重はその足にかかりっぱなしになるんや。

サイレンススズカのスピードから生まれてくる重さに、あの脚がいつまで耐えきれるかわからん。あの速さはほかのウマ娘には至れない宝みたいなもんや。壊れる前になんとかせえ。」

 

そんだけや。ほなな。―とタマモクロスは去っていった。

 

そういう考え方もあるのか、と感心すると同時に、言いようのない不安にも襲われる。

ウマ娘はレース中は時速60キロ前後で巡航している。もしそこで脚になにかあれば、ヒトのように、くじいたから2、3日休めばなんとかなる、というレベルのけがにはおさまらない。速度、体重、それらすべてが不自然な形になった脚にかかり、そこからウマ娘は壊れていく。命にかかわるといっても差し支えはない。事実、《そのような》処置を施された例だって何十とある。スズカだってその例外ではない。

 

予後不良な気持ちのまま、車に乗り込んだ。

 

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