サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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皇帝、怒髪衝天

トレーナーと別れたサイレンススズカは黙々と室内で調整をしていた。少しずつ、走り出す気持ちがスタートの瞬間、最大になるように持っていけるように気持ちを高めていく。

 

ふと時計をみやると、パドックでの調整時間が近づいていた。実際のバ場に限りなく近い状態で走れるが、その後は本バ場へ直行するので、実質最後の調整時間となる。

ふう―、と大―きく息を吐き、サイレンススズカは控室を出て行った。

 

 

パドックでの調整時間は各々に限られている。サイレンススズカが走れるのは、今走っているウマ娘たちの次のサイクル、15分間だ。

《続きまして、7番サイレンススズカ、8番メジロマックイーン、9番ナリタブライアンでございます。》

女性のアナウンスと同時に呼ばれた三人がバ場へ登場する。毎度のことながら、周りには記者やファンでぎゅうぎゅうと犇めき合っていた。

 

土の状態や芝の長さを確かめる。―うん、学園のそれとかなり近い。あとは荒れていなければ問題なさそうだ。ナリタブライアンやメジロマックイーンも同じくしてバ場の状態を確かめている。それを脇にサイレンススズカは走り出した。

 

おおお、という小さな歓声が響く。残りの二人もそれを気にせざるを得ない。  

急加速してはゆるやかに、また急加速しては穏やかに、走りとの相性を確認する。これならいけそうな気がしてきた。

 

歓声がさらに大きくなる。―ナリタブライアンが後ろから追い上げてきた。本来パドック上での競争行為はウマ娘同士のトラブルを防止するため禁じられているが、何故か偶然偶々並んでしまったのなら仕方がない。

 

「お前、会長や理事長の制止を振り切って走るらしいな。」

 

ほんの少し前に出てナリタブライアンが言った。わずかの差とはいえ先頭を奪われ、サイレンススズカはむっとして加速する。

小さな歓声と、二人を応援する声がパドックを熱くしている。

 

「ちゃんとトレーナーさんたちと話し合ったうえで私は今ここにいるわ。」

 

再び先頭に躍り出たサイレンススズカを更にナリタブライアンが交わしにかかる。

 

「話し合った?一方的に大見得切っただけだろうが。本当に勝てると思ってんのか?」

 

もうほとんどトップスピードに近い速度まで加速し、三たびサイレンススズカが先頭に立つ。パドックの歓声はどよめきに代わっていた。

 

「すくなくとも最終的にはみんなそう思ってくれたから、今ここに私はいるんだと思っているわ。」

 

「ほおん―。」

 

その後は二人無言で争い続ける。押しも押されぬデッドヒート。あとは正面ゲートに向けて一直線。わずかにサイレンススズカ優位かと思われたその時。

 

「 何 を し と る か 貴 様 ら  ! 」

 

びりびりと空気が震える。観衆のどよめきも一瞬で静まった。本バ場とパドックをつなぐ地下通路その入口に仁王立ちする人物―、ウマ娘。シンボリルドルフ。その眼には明らかに怒りの炎が見て取れる。その脇にはメジロマックイーンが慎ましく佇んでいた。

 

「 パ ド ッ ク で 競 争 す る と は 何 事 だ ! 何 の た め

の 禁 止 か ! 栄 誉 あ る レ ー ス に 出 走 す る ウ マ 娘 と し て の 品 格 を 忘 れ た か 貴 様 ら ! 」

 

なおも怒鳴り続けるシンボリルドルフ。誰も何も口をはさむことができない。静寂は続く。

 

「 ナ リ タ ブ ラ イ ア ン ! 」

 

サイレンススズカのわずか後ろで息を切らしていたナリタブライアンだったが、びくっと肩を震わせて直立する。

 

「 貴 様 我 が 日 本 ウ マ 娘 ト レ ー ニ ン グ セ ン タ ー 学 園 生 徒 会 副 会 長 と い う 立 場 に あ り な が ら ! 模 範 と な る べ き 年 少 の ウ マ 娘 に 喧 嘩 を 売 る な ど 言 語 道 断 ! 会 長 た る 私 の 顔 に 泥 を 塗 る つ も り か ! 」

 

腕組みして仁王立ちしたままシンボリルドルフはなおもナリタブライアンを叱責する。

さすがに事の重大さを理解しているナリタブライアンは直立姿勢を崩すことができなかった。

 

「 獅 子 身 中 ! そ れ が 学 園 全 生 徒 2 4 0 0 人 の 上 に 立 つ 者 と し て の 振 る 舞 い か 貴 様 ! 」

 

ひとしきりナリタブライアンを叱責し終えた後、シンボリルドルフは姿勢を崩さずに、再び大きく息を吸い込んだ。

 

「 サ イ レ ン ス ス ズ カ ! 」

 

今度はサイレンススズカの肩が震えた。

 

「我が生徒会の副会長ともあろう者が禁忌を犯し喧嘩を売ってきたことを生徒会長として謝罪する。誠に申し訳ない。」

 

先ほどとは打って変わって柔らかい口調の生徒会長。心なしかほっとした表情のサイレンススズカ。誰もが、これで皇帝の矛は収まると思ったが―。

 

「 だ が し か し ! 」

 

そういうわけにもいかなかった。

 

「 特 定 の ウ マ 娘 と の 競 争 行 為 が 禁 じ ら れ て い る と い う こ と は 貴 様 も 座 学 で 学 ん で い る は ず だ ! 売 ら れ た 喧 嘩 と は い え そ れ を 買 う と は 何 事 だ ! 貴 様 は 今 何 の 為 に こ こ に 立 っ て い る の か ! な ぜ 立 て て い る の か も う 一 度 胸 に 手 を 当 て て よ く 考 え て み ろ ! そ の 者 ら の 想 い を 貴 様 の 唾 棄 す べ き く だ ら ん 感 情 如 き で 凡 て 水 泡 と 化 す な ど 言 語 道 断 ! 恥 を 知 れ ! 」

 

ナリタブライアン以上の叱責の嵐だった。

 

「 湛 然 不 動 ! そ の 道 を 往 く な ら 多 少 の こ と で は 動 ぜ ぬ 心 と 自 信 を 持 て ! 」

 

それだけ言い残すとシンボリルドルフは転身、地下通路へ戻っていった。場の空気が一気に弛緩する。はあ―――、と大きなため息をつき、ナリタブライアンが伸びをした。

 

「あーあ、こりゃ帰ってからも会長から大目玉だな。悪かったよ、スズカ。」

 

同じく、ふう、とため息と伸びをしつつサイレンススズカも

「いいえ、乗ってしまった私も私だし。ごめんなさい。」

と答えた。

 

パドックでの競争行為における具体的な罰則は定められていなかったので、今回の件は二人とも不問となったが、直後別室に呼び出された各担当トレーナーをシンボリルドルフが怒鳴り散らかしている音が聞こえてきたという。

 

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