「その時」の足音は否が応でも迫ってくる。いよいよ本バ場でのお披露目の時間だ。これが終わればゲートへ向かい、出走を待つのみとなる。
1枠1番のウマ娘から順に小さなお立ち台でひと言ふた言喋る。いわば直前の決意表明みたいなものだ。我々トレーナーはそれから出走までの一部始終を、観客席の中に設けられた専用のゾーンで見届けることになる。
「お疲れ様です。」
スペシャルウィークのトレーナーが隣に座ってきた。やや苦笑い気味である。
「スズカさん、やってしまいましたね。お咎めがなくてよかったですが―。」
そのお咎めとやらはついさっきまでナリタブライアンのトレーナーと一緒に腹いっぱい受けたところだ。あそこまで怒りに震えるシンボリルドルフは見たことがない。曰く、理事長はもっと厳格になるそうで、かの皇帝ですら震えあがるほどだとか。
理事長の推参が遅れていてよかったと心から思った。
手を横に広げておどけて見せる。苦笑ののち、ふたりの視線はステージに注がれた。
《さあ、本日もついに、ついに最終レース!幸あり難ありの今年も末の末、有マ記念が人気で選ばれたウマ娘なら、このJ-CUPは紛れもなく実力で選ばれたウマ娘!15人の優駿たちが今!今年の中距離のタイトルを懸けて全身全霊を以てターフを駆け抜けます!―出走ウマ娘を改めてご紹介しましょう!まずは1枠1番、― タ マ モ ク ロ ス ! 》
1枠1番を持つウマ娘―、タマモクロスがお立ち台に上っていく。
「ワイがタマモクロスや!」
どおお、と大歓声が沸いた。老若男女関わらずみんなこのウマ娘を応援しているのがわかる。言い換えれば、この歓声の大きさがそのウマ娘の人気、実力の証明ということだ。
「今日はオグリキャップが1番人気やそうやないか!けどみんなよーく考えてみ?オグリキャップに差し勝てるのは今んとこワイだけなんやで?本当にオグリに懸けてええんか?今からでもワイに鞍替えしてもええんやで?―ほな、応援よろしゅう!」
わああ―、という歓声に見送られ、タマモクロスはゲートへ向かっていった。
「3枠5番、オグリキャップだ。」
2番から4番までのウマ娘に対する応援が比較的控えめだったこともあるが、この芦毛のウマ娘に対する歓声は異常だった。タマモクロスも大きかったがこれはもっと大きい。さすがは「芦毛は走らない」というジンクスを覆した二人―、トップウマ娘の風格といったところだろうか。
「先ほどタマが―、んふん、タマモクロスガ私に差し勝てるなどと抜かしていたが。」
場がしんと静まり返る。
「正味いまのところまったくその通りなので返す言葉もない。ただし、だからといって易々と一着を明け渡すつもりもない。私は私の走りを貫くだけだ。応援の程よろしく頼む。」
一例してゲートへ向かうオグリキャップ。もはや怒号と聞き違えるような音量の歓声が包み、その背中を押していた。
◇◆◇◆◇◆◇
《ミホノブルボンでした!彼女の逃げ脚に期待しましょう!―続きまして、4枠七番、サイ レ ン ス ス ズ カ ! 》
スズカがお立ち台に上り、軽く一礼する。
「4枠7番、サイレンススズカです。」
歓声ともどよめきとも取れない、なんとも不思議な声援が彼女に贈られる。そりゃそうだ。ついさっきパドックでナリタブライアンとやりあったのだから、良くも悪くも印象に残ってしまったのだろう。
しかしスズカは動じなかった。ひと言も喋らず、姿勢もくずさず、ざわめきが収まるのを待っていた。やがて、それになにか感じたのか、ざわめきは少しずつ引いていった。
「―私はこれまで、ただ走っているだけでした。正直周りのウマ娘なんか眼中になく、ただ先頭をひた走りたかっただけで、結果はあとから勝手についてきました。そんな私が、今回いろいろ背負ってしまって―、はじめて勝ちたいと思えるレースに出会えたんです。―ですから、他のウマ娘がどんなに強かろうが速かろうが関係ありません。加速の果てにある扉を押し開き、スピードの新たなる世界で、私は勝ちます。」
さすがに控えめではあったが、それでも多数の歓声がスズカの背中を押してくれたようだ。ゲートへ向かうスズカは、とてもいい表情をしていた。
続くメジロマックイーンやナリタブライアンの名乗りのときも、やはり会場はどよめきに包まれた。またトレーナーやシンボリルドルフから絞られなければいいが。
◇◆◇◆◇◆◇
「はいっ!スペシャルウィーク!6枠10番です!」
ナリタブライアンに続いてお立ち台に上がってきたスペシャルウィークは今日も元気だった。
「私はまだクラシック級ですけど、こんな大きなレースに呼んでもらえてとても嬉しいです!悔いの残らないように精いっぱい走ってきたいと思います!どんなに辛くても最後までけっぱりますんで、皆さん、応援よろしくお願いします!」
このあいだのヴィットール杯での差し足が効いているのか、クラシック級の出走ウマ娘の中では最も大きい歓声で迎え入れられた。
◇◆◇◆◇◆◇
「あーいこぴー!応援ヨロシクねー!」
15人目のウマ娘、マヤノトップガンの名乗りが終わり、全員がゲートエリアに集まる。
ついに、今年最後の、中距離タイトルマッチに等しいレース開幕を告げるファンファーレが響いた。ウマ娘たちは各々、意を決したタイミングでゲートへ入っていく。
《今年も末、中距離タイトルマッチの時間がやってまいりました―。芝2400、良、右回り。J-CUPまさに開幕の時であります。注目のウマ娘をご紹介してまいりましょう。 3番人気は9番ナリタブライアン。驚異的な追い込み型の脚質を持っています。2番人気はタマモクロス。1番人気があのウマ娘なだけあって闘争心はバリバリな様子。白い稲妻は今年も輝くのか。―そして圧倒的1番人気はこの娘。オグリキャップ。それまでのウマ娘とは明らかに別次元の加速でレースを制してきました。しかしタマモクロスにだけは2回挑んで2回とも差し切られています。今回どのような策をめぐらすのか楽しみです。》
《クラシック級からも選ばれたウマ娘がいるようですね。スペシャルウィーク、キングヘイローの2人が出走します。クラシック級とはいえここまで登ってきた優駿。得意脚質に関してはどれも一級品の輝きを放っています。善戦を期待したいですね。》
15人のウマ娘全員がゲートに入りその時を待つ。
ヴッ、とゲートランプが点灯し、それから数瞬ののち、ゲートが開いた。もう戻るに戻れない、スズカ最後の戦いが幕を開けた。