ガシャン、とゲートが開くとともに15人のウマ娘たちが一斉に飛び出した。ツインターボとミホノブルボンが先頭を奪取すべく加速する。
《スタートしました!何度も申し上げますがこのレースは中距離カテゴリの事実上のタイトルマッチ!非常に重要なレースですが、まずはツインターボとミホノブルボン!スタート早々にほかのウマ娘たちを引き離してレースの主導権を握ります!マイルから距離を伸ばして出走のサイレンススズカはその半バ身後ろ3番手、さらに3バ身離れたところにマヤノトップガンとメジロマックイーン、続いてビワハヤヒデとなっております!》
スタートから200メートル。先頭が早く縦長の展開となっている。タイムとしては若干速いがスズカはちゃんと食らいついている。マヤノトップガンとメジロマックイーンが逃げ出さなくてよかった。先行の波に呑まれなければ伸び伸びと走れるだろう。あとはその先の判断を冷静にできればいいのだが―。
《ああっとサイレンススズカ少し離されたか―?! 1バ身差で前を追いますサイレンススズカ、先頭は依然としてツインターボとミホノブルボン、競り合っております!先行から差しが団子になって順位が頻繁に入れ替わっています!スペシャルウィークはおおむね8番手、集団からひとつ離れてナリタブライアンは最後方。巻き返せるでしょうか?!》
読みは当たってくれた。やはり巡航速度ではスズカは他に劣る。無理に先頭に食らいつかず、先行より前めに位置取って自分のペースを守ったほうがいい。チャンスは必ず来る。まだ序盤も序盤というところで、各々最適な位置を求めて押し合いへし合いしている。
緩い上り坂を経て3~4コーナーへ差し掛かる。ここで大まかな位置関係が決まることが多いが、どうだろう。
《ミホノブルボンとツインターボがほかの13人を引き連れて1コーナーから2コーナー!―ああっとミホノブルボン頭一つ抜けたかっ!ミホノブルボン先頭、1バ身の差をつけられましたツインターボ、それを3バ身差でサイレンスズカ!その差は縮まりも開きもしていません足を溜めているのでしょうか? 後ろマヤノトップガンは若干下がり気味、ビワハヤヒデはそれを交わして上がってまいりました。スペシャルウィークとゴールドシチーも若干順位を上げて中間位置。外でスーパークリークとメジロマックイーンが捲る機会をうかがっています!オグリキャップとタマモクロスはほぼほぼ並んだまま12、13番手、その後ろさすがに辛いかキングヘイロー!その真横ぴったりとナリタブライアンが付いてます!》
4コーナーを回った時点で逃げ、先行、差し、追い込みのおおむねの作戦と位置関係は理解できた。キングヘイローはさすがに辛かったのか大幅に巡航速度が落ちている。続くバックストレッチ。まだスパートするには遠いが直線で伸ばしたいウマ娘もいるだろう。スズカとしてはこのあたりで逃げウマが若干落ちるのを見てから加速をかけて追い付きたい。―追い付きたい、が。
ミホノブルボンもツインターボもペースを落とす気配がない。フォームも歩幅も、呼吸さえも変わっていないように思える。涼しい顔して風のような速さで駆け抜けている。いくらスズカでも、この速さの巡航はさすがに着いていけない。。これがシニアトップレベルのスタミナか。完全に見誤った。これではスズカは先頭に立つどころか後ろの集団に呑まれて、完全に走りを見失ってしまう。
《向こう正面直線中盤に差し掛かりますがミホノブルボンもツインターボもペースは変わりません!風のように駆け抜けていきます!これは後方のウマ娘からすれば辛い展開でしょうか!ああっと最後方ナリタブライアン行きました!一気にひとり、ふたり、―5人交わし去って現在8番手!スペシャルウィークとゴールドシチーも加速するタイミングを伺っている!―残り1000を切りました!中央集団がざわつき始めます!外からスーパークリークとメジロマックイーンが加速している!しかしそれでも先頭をとらえることはできないのか!ミホノブルボンとツインターボがしのぎを削っている!3コーナーが近づいているぞ!》
スズカ、考えてくれスズカ。今のお前が身を置いているところは、ただ漠然と走っていれば勝てるような簡単なところじゃあないんだ。誰しも、勝つためには自分の限界を超えてきた。そしてスズカ。お前もそのひとりだ。きっとお前は今、スタミナや基礎スピードといった絶対的な能力という壁を感じているのだろう。しかし。その2人を抜き去るにはお前の中にある限界を超えていくしかない。一時的な速さだけでなく、追い付かれない強さも必要だ。お前にはまだ備わってないかもしれない。けれど、ここで勝負しなければこの先二度と同じ戦いはできない。スズカ。勝ちたいならスズカ。限界を超えてくれ。
ふいに、先頭の間に、スズカが先頭に躍り出るには余りにもちょうどいいラインができた。常に変わる位置関係、そのラインが維持されるのも数瞬のことだろう。
仕掛けるならここしかなかった。そして、それをスズカは見逃さなかった。
《サイレンススズカ!サイレンススズカが一気に!なんだこの速さは!あっという間に4バ身を詰め寄った!ミホノブルボンとツインターボを並ぶでもなくあっさりと抜き去っていきました!3コーナーサイレンススズカ先頭!先頭はサイレンススズカです!―残り700!中距離でも止まらないのかサイレンスズカ!》
《スペシャルウィークとナリタブライアンも上がってきています!先頭サイレンススズカ!3バ身おいてミホノブルボンとツインターボ、そのすぐ後ろ―交わしましたナリタブライアン!続いてスペシャルウィーク根性の粘り!タマモクロスとオグリキャップが大外から差しに来たぞ!もはやこの7人に絞られたか!後のウマ娘はこのペースに追い付くことすら叶いません!》
そのまま5バ身程度の差に収まって、地鳴りのような大歓声と共に7人のウマ娘が最終直線になだれ込んでくる。直線は500メートルと少し。その中に高低差2メートルの上り坂を含む。観客席に取り残されたトレーナーたちにできることは、もはや祈ること以外なかった。
ゲートが開いた瞬間、私の頭の中はやはり”先頭を獲る“意識しかなかった。スタートしたその瞬間から加速し、レースを引っ張る。―つもりでいたけれど、前の2人、ミホノブルボンとツインターボのペースがあきらかに速い。
トレーナーさんは、400メートルで戦うか引くか判断しろって言っていた。200メートルきっかりで判断できるかわからないけれど、私もトップレベルと言われているウマ娘。戦う相手の力量くらいは測れる。―このままのペースで走り続けると後半加速できなくなりそうだったので、少しだけ引いてみる。後ろに呑まれず、前に食らいつかない程度に空いたスペース。ここにいる限りは、私は自分のペースを守って走ることができるはず。
後ろからのプレッシャーを感じることは逃げウマ娘なら誰しもあることだけれど、今日に限ってはそれが一際強いように思えてしまう。
足音で後ろとの距離を測りながら、私は前2人についていく作戦をとった。
最初のコーナーを抜けて向こう正面の直線に入っても2人のペースは落ちない。風のように直線を駆け抜けていく。ついていけるにはついていけるけど―、抜き返すとなると、全力を出さないと厳しい。後ろの足音が少しずつ遠くなっているのもその証拠だと思う。この2人は他と比べて明らかに速い。この後スパートでさらに加速してくると思うと恐い。
前方を悠々と吹き抜けていく青い風とピンク色の風。それに対して私は、私の風に上手く乗ることができない。こんなにスピードに乗るのが難しいのは初めてかもしれない。―気持ちが乗ってないから?加速する勇気がないから?
ただ走ってるだけじゃ勝てない。勝つためには、無理にでも走らなきゃ駄目。このコーナーを抜けたら直線、そうなればほとんど勝ち目はない。だったら、今無理してでも先頭を獲りたい。
少しだけ先頭の2人の間が空いた。内から抜けるラインはできている。
残りの距離なんてわからない。けれど、もう今しかない。今このとき、私は風になりたい―っ!
急にいつもの感覚が戻ってきた。上半身が前傾し、脚が伸び、前へ、前へとなにかに押されるように伸びていく感覚。ずいぶんと苦労させられたが、やっと掴むことができた。
その一歩は、私が初めて、勝利へ向けて踏み出した一歩。譲れないものを取り戻すための一歩。その重みは、今まで積み重ねてきたものすべてだ。
「 ― 捕 ま え た っ ! 」