サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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彼女をJ-CUPへ送り出す手続きをしてから一週間後。テレビをつけると、ちょうどそのレースへ出走するウマ娘達の紹介―会見が、が放送されていた。

「おぉーっほっほっほ!今年の5月賞の覇者、このキングが!文字通りジャパンのキングになってみせますわ!おーっほっほっほ!」

以上、キングヘイローさんでした!とインタビュアーが締める。今一度高笑いして、キングヘイローはお立ち台から退いていった。

 

続いてお立ち台に立ったウマ娘は、芦毛色をしていた。《おおー!》と小さな歓声が上がる。それは遠く笠松から伸し上がってきた怪物と呼ばれる娘だった。

「オグリキャップだ。よろしく頼む。」

記者の質問にはほとんどまともに答えず、最後に、

「中央は笠松よりたくさんのものが食べられるから楽しい。」

とだけ言い残して去っていった。良くも悪くもオーラのある娘だと思った。

 

「はい!スペシャルウィークです!」

中距離の大将はいつも通り元気さを前面に出した会見だった。

「私にとって一番走りやすい距離なので、走るからには一番を目指したいと思います!」

屈託のないプラス思考、あざとさを感じさせないストレートに”かわいい“アピールでファンの心をますます掴むだろう。来週、調整を兼ねてG2のレースへ出走するらしい。分析のためにも見ておかなければならないな。

「ありがとうございました!スペシャルウィークさんでした!」

スペシャルウィークは笑顔で壇上から降りて行った。次のウマ娘は―、

 

「こん、こん、こん」

というところで、部屋の扉がノックされた。テレビを見ながら生返事を返し、開いた扉のその奥には、意外な影があった。

「トレーナー君、少し、顔を貸してくれないか。」

トレセン学園生徒会会長。それにして伝説とも呼ばれる実力と実績を持ち、栄誉たる七つの星を戴くウマ娘。

「シンボリルドルフ…。」

ははは、そう構えないでくれ、と皇帝は肩をすくめるが、その一挙手一投足に重みを感じ、つい構えてしまう。いい大人が。

廊下をつかつかと邁進する皇帝の後を着いていく。まるで飼い主と犬のようだと自嘲する。トレーナーですら委縮するほどにその存在感は大きく、そして重たかった。連れてこられた先は、理事長室だった。

 

「入り給え。」

シンボリルドルフが道を開ける。何の話をされるのかは大体察しがついていたが、今更踵を返すわけにもいかず、あきらめて扉を数回叩く。

「待望!入れ!」

恐る恐る扉を開くと、すでに重鎮たる面々が揃って座っていた。

 

「久々!元気にしていたかな?」

トレセン学園理事長、秋川やよい。その財力と意志の力で一人でこの学園を興してきたらしい。

「遅い。私たち生徒会を待たせるとは、貴様随分偉くなったものだな?」

トレセン学園生徒会副会長、エアグルーヴ。シンボリルドルフには無い冷徹さや非情さを持ち合わせているらしい。実績は会長に勝るとも劣らない。

「そんなの関係ねえよ。結果はわかりきってんだ。さっさと始めちまおうぜ。」

同じく、ナリタブライアン。この三人を合わせて「トレセン学園生徒会」の全容を成すようだ。

「さて。座りたまえよ、トレーナー君。」

会長―、シンボリルドルフがその席へ着く。こいつら本当に年下なのか、と内に秘めたる思いを感じながら、空いている椅子へ座った。

 

「君を呼び立てた理由だが―。」

シンボリルドルフが話を始める。室内の雰囲気が一気に張り詰めるのを感じた。繰り返しになるが、こいつら本当に年下なのか。

「君の担当のウマ娘のことだ。」

ええそうでしょうとも。わかっていましたとも。これから先何を言われるかも完璧に予測できてしまう自分が無駄に腹立たしかった。

「結論から申し上げると、J-CUPへの出走は取りやめてもらいたい。」

それはなぜでしょうか。などと訊き返すことすらできなかった。その理由は自分自身が一番よくわかっているからだ。

「君だってわかるだろう。J-CUPでは2400メートルプラス高低を駆け抜けることになる。カテゴリのうえでは中距離に位置しているが、ほとんど長距離のようなものだ。周りのウマ娘たちを見てみろ。中距離、長距離を主戦場としてきた者たちばかりだ。そんな中、マイルで戦ってきて、そのままの勢いで秋の盾を頂戴した程度のスタミナで、それらの先を往けはしない。」

学園上層部が雁首揃えて彼女のJ-CUP出場を撤回するよう詰めてくる訳。それはひとつしかない。

「これは貴様達だけの問題ではないのだ。トレーナーよ。彼女の成功は、この学園の名誉に多大なる影響を与える。」

エアグルーヴが口を開いた。そりゃそうだろう。彼女がこのまま彼の国のトップ施設に留学しようものなら学園の評判はうなぎのぼり。まさしく国内トップの名を恣とするだろう。

「邁進!君の担当ウマ娘はこのチャンスをモノにして更なる高みを目指すべきだ。余計なレースに出てリスクを負う必要は無い!」

上層部との決定的な違いは、彼女の《約束》を知らないからだろう。―知っていたとしても結論は変わらないか。特定の個人より大局を見て全体の利になるように動くのが生徒会、上層部、理事長の仕事であろう。反論の句はいくらでも喉を突くのに、ついぞその口からは出てこなかった。

 

「まあ、出走まであと3週間ある。急遽辞退という理由をつければ前日までの撤回も可能だ。ゆっくり考えてくれたまえ。」

一礼し、理事長室から退室する。自分だって迷っていた。このまま一時の夢や約束を優先させ、未来をつぶしてしまうリスクをとっていいわけがない。そんなことはあの面々から言われずともわかっていたことだ。今更彼女に「やっぱり出走を取りやめてくれ」なんて言えるわけもない。生徒会が話し込んでいるのをいいことに学園を飛び出し、星の海が広がる空、静寂だけが満ちている世界に目を輝かせながら駆け抜けていく彼女を横目に、大きくため息をついた。

 

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