ウイニングライブの楽曲は「Special Record!」。毎回レースごとに対応した曲を流すしきたりになっているらしい。このJ-CUPではこの曲で栄光のセンターの歴史を綴っている。今日の主役はスペシャルウィーク。楽曲のタイトルが名前をもじっているだけでなく、文字通りスペシャルなレコードを打ち立てたというエモーショナル性が受け、後生に語り継がれるレベルで盛り上がることとなった。
ライバルが居るほど頑張れることにスズカも気づくことができた。失ったものの大きさは計り知れないが、それでも一歩、進むことができただろう。初めて見る、二番手からの輝きは、彼女の目にはどう映っていただろうか。次の道は映っているだろうか。―その道へ、導いてやれるのだろうか。スズカへの憂いは、いつしか自問自答へと変わっていた。
◇◆◇◆◇
翌日。朝イチから車を走らせ学園まで戻るが、これからしなければならないことを考えると、その足取りは憂鬱かつ非常に重たかった。昨日スズカが感じたそれとはまた別の意味で逃げ出したい気分だ。途中どこかで車が壊れないかとさえ願ったが、さすがそこは理事長専用車。ちょっとやそっとではそんなことは起こり得ない。粛々と、嫌味なまでに快適な車での旅が、学園の門前まで続いた。
理事長車専用ガレージに車を入れ、エンジンを切ったが、スズカは降りようとしない。
「トレーナーさん、本当に理事長さんのところに行くんですか?」
はあー、と長い溜息をついて答える。
「行かなきゃならんだろ…。俺たちのわがままを通したんだから、その結果をご報告にあがらないとな…。」
そうですよね…―と、スズカにしては珍しく、明らかに憂鬱そうな表情をしている。
「なんにせよ、これを終えないことには俺たちに明日はない。太陽が無い夜を越えてこそ、あらたな太陽を迎えることができるってもんだ。何を言われるか正直わからんが、気をしっかり持ってくれ。」
はい…、とスズカは諦め、車を降りた。ターフとは違い、大理石の廊下はさぞ冷たかろう。カツ、コツ、とヒールが石を叩く音がやけに響く。
こん、こん、こん。
「理事長、失礼―?!」
バン、と理事長室の扉は開かれた。
「報労!遠路ご苦労だった!」
理事長はシンボリルドルフを従えて既にお待ちかねだったようだ。スズカを見つけると、駆け寄ってきて抱きしめた。
「―よく頑張ったな。君は我々の誇りだ。敗けて得るものも有るだろう。誇っていい。」
本当にすみませんでした―と理事長に抱かれながらスズカが繰り返し謝罪の言葉を口にする。その肩を優しくなでながら、いいんだ、いいんだ―と理事長は優しく語り掛け、シンボリルドルフもこころなしか悲しげな表情をしている。
「―本日はそのことでご報告と謝罪に参りました。」
「謝罪?」
スズカを撫でながら理事長がこちらを向いた。
「ええ。私の独断で、サイレンススズカをJ-CUPに出走させ、結果的に学園やそれにかかわる様々な方々の更なる発展の機会を逃しました。これは後年に関わる重大な事案であります。いかなる処分もお受けいたします。申し訳ございませんでした。」
理事長からスズカを引きはがし、二人して頭を下げる。今のところ、これ以外にできることが思いつかないのが自身の限界を感じさせた。
「 杞 憂 ! すべて問題ないと言っただろう!何度でも言うが、最終的に出走を許したのは私だ!誰かが責任をとらねばならないなら私が取る!ウマ娘やトレーナーは我々大人の都合で走らされただけにすぎない!それに責任を問うなどもっての他!―というわけでトレーナー君!引き続きサイレンススズカの担当をよろしく頼む!」
わっはっはっは!と扇子を片手に高笑いする理事長を横目に、シンボリルドルフが口を開いた。
「―ということだ。我々が実力を以てしても止めていればこうはならなかったのだ。その責任は我々にある。君たちは自らの可能性を信じて、前に進もうとしたのだろう?希望を持ったウマ娘とトレーナーの挑戦を悪く言うものなど誰も居ない。君たちの更なる精進を期待する。この後始末は、私と理事長に任せてくれ。」
スズカと二人顔を見合わせて、改めて一礼し、理事長室を後にした。
扉の外の靴音が遠くなったのを確認して、シンボリルドルフはソファに腰を下ろした。
「あとは任せろとは言いましたが、どうなさるおつもりなのですか、理事長。」
理事長席に鎮座し、眉間にしわを寄せ、頬杖を突き、空いた手で扇子を使う。理事長お得意の《考えるポーズ》だ。
シンボリルドルフも腕を組み脚を組み、同じく眉間しわを寄せている。
無言の時間が続いたが、先に口を開いたのはシンボリルドルフだった。
「―私は、あなただからここに居るのです。もし、理事長がその頭を挿げ替えられるおつもりでしたら、私もこの椅子を明け渡します。」
仰いでいた扇子をパチリと閉じ、目を閉じたまま理事長はため息を吐く。
「―そうせざるを得ないだろう。幹部会からの突き上げは必至。誰かが責任をとらなければならない程に事態は大きい。」
「私の息の掛かっている者は数名いるにはいるのだが―。」
バン、とテーブルを叩き、シンボリルドルフが理事長に詰め寄った。テーブルを介した二人の距離は、それ以上に近い。
「消滅寸前のこの学園を先代から引き継ぎ、ここまで発展させたのはあなただ。あなたの目が黒い限りは、あなたがこの先の未来を創るべきだ。」
ぐい、と理事長に顔を近づける。至近距離で睨み合う二人。
「聞き分けろ、ルナ。確かにお前を育てたのは私だがそれは私だけの力じゃあない。お前は私を妄信している。そろそろ自分の脚で地に立て。組織の長とは孤独なものだ。信じられる上司も、トレーナーも居ないのだ。いい加減お前もそれに慣れろ。学園を卒業した後も生徒会長を続ける気か?」
~~~~~~!!!
カツカツカツカツ、バン、バタン!
シンボリルドルフは顔を真っ赤にして理事長室を出ていった。ふうと一息、扇子で自らを仰ぎながら、その体にしては大きすぎる椅子をくるくる回す。
「私絡みになると途端に周りが見えなくなるな、あいつは。」
翌週、突如として理事長の退任が発表された。学園から離れる訳ではなく別のポストが用意されたのだが、彼の国へ渡り見聞を深めてくるそうだ。
空いた理事長の椅子には誰も彼もがけん制しあって結局主は決まらず、最終的には樫本という女性が半年限定で《代理》という注釈つきでその職を執ることとなった。